第五百四話・(蛇の道は蛇ですが、太さが違うわね?)
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乙葉浩介の大統領暗殺未遂から、まもなく2週間が経過する。
この間、祐太郎を始めとした現代の魔術師たちは、ずっとノーブル・ワンで軟禁状態が続いている。
小春と祐太郎、浩介の三人はまもなく三学期も始まるのだが、残念なことに帰国の許可は下りていない。
ということで急遽、築地慎太郎に連絡を取り、祐太郎たちの現状を報告。
一時的にではあるが、魔法研究部はアメリカの対妖魔機関との親善交流という名目の元、公休扱いで学校を休むこととなった。
そして300時間の眠りに陥っていた浩介もまた、修行が終わることなく眠りについたまま。
この間にも偽乙葉浩介の発見報告は連邦捜査局に届けられているものの、ほぼ同時間に複数場所での発見などもあり、大統領を暗殺したのは乙葉浩介に変装した魔族ではないかという噂まで広がりつつあった。
――ボルチモア
ミラージュがノーブル・ワンから脱出……もとい、調査のために外に出て3日。
初めてのホテル住まいで興奮冷めやらぬというミラージュも、3日目にはすっかり平常運転状態。
支払いその他はトニーが所持していたスマホでの決済でどうにか事なきを得ているものの、それもあまり長くは続けられない。
それよりも、先日辺りからボルチモア市内で乙葉浩介を見たという口コミ報告があちこちのネットで確認されていたので、そのあたりの情報を参考にワゴン車で調査を続けていたのだが。
「……チャボ・ゲレイロ、お兄様の反応よ。方角はこのまま真っすぐ、そうね、その角を右に曲がって頂戴」
「畏まりました、お嬢様。それと私の名前はトニーです。『ロスの太陽』などというプロレスラーではありません」
「わかっているわ、でも強そうでしょう?」
「まことに」
そんな日常の会話を続けつつも、ミラージュは魔力感知センサーを全力で展開。
すると10分後には、乙葉浩介の魔力波長の近似値を発見。
すぐさまノーブル・ワンで待機しているテスタスに念話を送ると、その情報を元に雅が深淵の書庫で更に詳細データの解析を開始。
「お嬢様。こちらの施設の内部に、お兄様のような魔力反応が感じられています」
「正確には、隠していたけれど隠しきれなくなっているっていうところかしら? Fight fire with fire、蛇の道は蛇っていうことね」
トニーたちのワゴン車が走っている左手には、メッドスター ハーバー病院の柵が立ち並んでいる。
ニセ乙葉らしき反応は、この柵の向こう、病院施設内から発している。
「お嬢様、これはどうしましょうか」
「そうね、敵に知られずに接近した方が本当はいいのでしょうけれど、そんな面倒くさいことはしたくないわ、堂々と正面から向かう事にしましょう」
「さすがにそれはいけません。雅さんからの報告を待っていた方がよいかと思われますが」
「それね!!」
こうなると、雅の深淵の書庫による解析と作戦立案を待った方がいいと判断したミラージュは、後部座席に置いてあるランチボックスを膝の上に乗せると、中からコーラとポテト、ベジタブルバーガーを取り出す。
そして左目だけは病院の方を向かせたまま、のんびりとランチタイムに突入するのだが。
――ピピッ
病院内にいたはずのニセ乙葉の反応が動く。
それと同時に、雅からもテスタス経由で念話が届くのだが、メットスターハーバー病院に設置されている監視カメラなどにアクセスすることが出来なかったという報告が届けられた。
そのうえで、病院自体に外部と内部を隔てる結界のようなものがあるかも知れないこと、今の院長が元ヘキサグラムのサンフランシスコ支部で妖魔研究を行っていたことなどが告げられる。
「つまり、この病院が黒幕の一つである可能性があるということね、そして今、私たちの目の前に出てきたリムジンから、ニセお兄様の反応があるのは偶然ではないわね。ということで、レミー・マルタンに伝えて。連邦捜査局にこのことを報告して、軍を動かしてちょうだい」
『そ、それは報告するけれど、ミラージュはどうするの?』
「簡単よ、あの車を止めるわ……チャボ、あの車に全力でぶつけて頂戴」
『え、は、はぁぁぁぁ、あんた何を言っているのよ、そんな危険なことやってプツッ……』
念話を強制的にカットすると、ミラージュは体表面に魔力をコーティング。
同時に体表面に魔力紋様が浮かび上がると、全身を純白のスーツに変化させる。
「それでは参りますぞ、お嬢様」
「構わないわ、全力でぶつけて頂戴。あの車の中からは、高魔力反応しか感じないわ、つまりニセお兄様と魔族だけ。ぶつけたところで衝撃程度しか発生しないけれど、物理法則には耐えられるはずがないわ」
とんでもない理屈を並べた直後、トニーもアクセルをベタ踏みして一気に加速。
そのままニセ乙葉の反応を発している車の真後ろに回り込むと、そのまま一気に車を激突させた!!
――ドッゴォォォォォォッ
突然の衝撃に、相手の車はハンドルを取られてしまい、ふらふらと蛇行運転をしたのちに中央分離帯に激突、そのままひっくり返ってしまう。
その横に車を寄せると、ミラージュは素早く飛び降りたのち、横転している車から魔力反応をサーチ。
「そうね、受肉している魔族が一つと、この反応って……お兄様のクローン? 驚いたわ」
腕を組んだまま、じっと相手の出方を見るミラージュ。
やがて湾曲したドアが吹き飛び、中から二人の人物が姿を現した。
一人はボマージャケットにジーンズ姿の乙葉浩介、そしてもう一人は、白衣を着た研究員のような女性。
「て、てめぇ、一体何者だ、俺たちになんの用事があって、こんなくだらないことをしやがった!!」
「用事はあるけれど下らなくはないわ。そしてあなたは乙葉浩介のクローンね、それも、体内に魔人核を有した人造妖魔ね」
ビシッと右手人差し指を向けて、ミラージュが叫ぶ。
すると、ニセ浩介は前髪をかき上げてニイッと笑った。
「へぇ、俺のことをしっているやつがいただなんて初めて知ったよ。これってあれか、ドクター・摩周の話していたヘキサグラムの機械化妖魔ってやつか?」
「さあ? そんな情報は知らないわね。でも、ここで捕まってしまうわけにはいかないのよねぇ。ドゥアム、とっとと始末しなさい。その外見なら、すべての罪はあの小僧に被せられるからね」
女医の言葉で、ドゥアムと呼ばれたニセ乙葉が拳をゴキゴキッと鳴らした。
だが、ミラージュはそんなの気にも止めることなく、じっと相手の出方を伺っている。
「そうね、貴方の首の痣、それって3を示す文字よね、つまりあなたは3番目のクローンというところかしら」
「ああ、そうさ。俺は乙葉浩介の体細胞をクローニングして生み出された人造妖魔さ。あんたは知らないだろうけれど、このボルチモアには、人工的に妖魔を作り出す機関があったんだよ……おれは、そこのデータをもとに作り出された人造妖魔であり、神の器の複製体さ……それじゃあ、あばよっ!!」
右手をミラージュに伸ばすドゥアム。
だが、ミラージュは逃げることも臆することもなく、じっとその手を眺めている。
――パチンッ
そしてドゥアムが指を鳴らした瞬間、ミラージュも軽く右手を鳴らす。
その刹那、発動したはずのドゥアムの魔術式が消滅した。
「ん、あ、ああ、発動失敗か……ほらよっ!!」
そう呟きつつ再び指を鳴らすものの、やはりミラージュも咄嗟に指を鳴らして発動した魔術を消滅させた。
「な、なんだ、一体なんだっていうんだよっ。お前、一体なにものだよ!! なあネイトっ、この女は一体何者なんだよっ!!」
額から汗を流しつつ叫ぶドゥアムだが。
ネイトと呼ばれた女医はすでにトニーによって取り押さえられ、意識を刈り取られている。
「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗ることね」
「う、煩い煩い煩いっっっっ。こうなったら!!」
――シュンッ
ドゥアムの右腕が変形し、巨大な斧に姿を変える。
そして一瞬でミラージュの正面に転移すると、そのまま横一閃に斧を奮い。
――ドッゴォォォォォォッ
その腕ごと、ドゥアムの身体はアスファルトに沈みこまれてしまう。
彼の頭部に向かって、縮地で間合いを詰めてきた築地祐太郎の機甲拳によるかかと落としが炸裂。
たった一撃で、ニセ乙葉は意識を失ってしまった。
「所詮は偽者ね。本物のお兄様なら、まず最初に鑑定を使って相手を調べてくるわ。そのうえで祐太郎に念話で打診したのち、レミー・マルタンに対処方法を尋ねるわよ。そして出撃するときは義姉さまを抱きしめて口づけしてから、甘い言葉をささやいて来るに決まっていますわ」
「そんな事はしていませんっっっっっっっっ」
後方から走って来たFBI・SWATの装甲車両。
その窓から身を乗り出して小春が叫んでいる。
「やれやれ。とりあえずは間に合ったようだな」
「そうね。ということで大切な生き証人よ、これで私の仕事は終わりかしら?」
軽く微笑むミラージュ。
その彼女の頭を、祐太郎は軽く撫で上げる。
「あとは俺たちの仕事だな。さて、ようやくつかんだ偽者の尻尾だ、丁重に扱ってやるから覚悟しろ」
その言葉に、同行していたFBI・SWATがドゥアムとネイトの身柄を拘束。
そのままノーブル・ワンへと戻ることとなった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




