第五百三話・唯我独尊、井の中の蛙大海を知らず(模倣の進化? そんなことは知らないわね)
メリーランド州ボルチモア市街地。
封鎖されたノーブル・ワンの外で調査を続けていたミラージュとトニーは、ボルチモア市街地をワゴン車にて移動。
車載設備の一つである『魔力波長走査システム』を駆使しつつ、データ化した乙葉浩介の魔力を探す為に走り回っている真っ最中である。
先日まではノーブルワンより南地区および西地区周辺を調査したものの、とくに手がかりはつかめていない。というのも、魔力波長精査システムは測定距離に難があり、ワゴン車を中心にわずか直径100メートル程度しか調べることはできない。
それでも、このシステムを使えばだれでも特定波長を調べられるということで、ノーブル・ワンとしても大変重宝していた。
そして今日は、いよいよボルチモア中心地区の調査を行うため、朝からミラージュとトニーの二人はワゴン車で走り回っていたのである。
………
……
…
――正午・フェデラルヒル・パーク
ちょうどいい時間ということで、私とトニーは昼食をとることにしたわ。
このフェデラルヒル・パークはボルチモアのシンボルである丘公園。
大勢の観光客をはじめ、市民にも愛されている場所として有名だわ。
チェサピーク湾が一望できるのと、南北戦争で使用されていた大砲がずらりと並んでいるのも圧巻な光景よ。
ここは天然の良港として長い歴史をもつチェサピーク湾を一望できる展望スポットとしても知られているわ、大切なことだから二度言うわね、私は知らないけれど。
だって、興味が無いわ。
あの大砲だって、歴史的価値があるオリジナルは全て博物館に収納されていて、今は外見こそおなじだけれど、『魔導砲』というヘキサグラムの対妖魔兵装に置き換えられているのだから。
お兄様の国である日本は魔法技術に優れていて、私たちアメリカは対妖魔兵装に長けている、それでいいのよね。
ということで、お昼ご飯よ。
私は人造妖魔ということもあり、一日に必要な摂取カロリーがものすごく高いわ。
具体的には、一日12000キロカロリー。
普段は栄養剤を飲んでいるので問題はないですけれど、こうして出かけるときはこまめに摂取する必要があるわ。
そう思って、ヨーゼフと二人でランチタイムを楽しもうと思っていたのですけれど。
──ピピッピピッピピピッピピッ
「あら? この脳波波長はジャンヌダルクね。私に何か用事かしら?」
突然、ジャンヌダルクから念話が送られてきたわ。
でも、私は念話の使い方なんて知らないから、声に出てしまうけれど構わないわよね?
いえ、よく考えたら、以前、異世界のシコルスキー大佐と念話で繋がったことがあったわね、あの方法なら言葉にしなくても会話はできるわ。
「ヨーゼフ、ジャンヌダルクから念話が届いたので、先にハンバーガーとフィラデルフィアチーズステーキのセットを買ってきて。コーラは好きだけれど今日の気分は烏龍茶ね。ポテトはメガマックよ」
「ミラージュさま。なかなかハードなご注文ですね。それと私の名前はトニーです」
「知っているわ、情緒の問題よ……と、ジャンヌ、どうかしたの?」
『いえ、いつものやりとりが終わるのを待っていただけよ。それよりも大変なのよ、今から私の話を聞いて』
「なるほど、それは大変ね?」
そう返事を返したら、ジャンヌが頭を抱えたみたい。
『まだ何も話していないわよね?』
「そうね。お兄様が連邦捜査局に重犯罪として指名手配されたから、次のアメリカ政府の手としてはお兄様の友人たちを監視という名目で保護。ついでにノーブルワンにも立ち入って、お父様たちを施設から出さない……っていうところかしら?」
この程度の推理ができないようでは、全米最大の推理作家、密室の巨匠と呼ばれているミンミン・マリアッチのファンを名乗ることはできないわ。
ほら、ジャンヌが頭を抱えて黙っているじゃない。
『あ、あのね、どうして分かるの? 私まだ、詳しい話はしていないわよね?』
「突然よ。いえ、当然よ。私の能力はコピー。これを義姉さまの能力である『温故知新』でさらに進化。カウンターコピーの能力も手に入れたのよ。だから、今のあなたの仕草もわかるわ。私と念話で話しつつ、ノーブルワンの喫茶店で平静を装っているわよね?」
『ん〜。乙葉浩介さんのうちにいるのだけれど』
「大したことないわ、誤差ね?」
ええ。
距離的には1マイルも離れていないから誤差よ。
『誤差……なのかなぁ』
「そうよ、人間と猿の遺伝子ぐらいの誤差よ」
『かなり違うわね……って、また話が逸れたじゃない。いいこと、ミラージュとトニーさんの二人は、絶対にノーブル・ワンに戻ってきたら駄目だからね。人造妖魔の存在については、まだアメリカ政府にも秘匿している情報なのだからね』
「当然よ。あら、ヨーゼフがお昼ご飯を持って来てくれたので、そろそろ電話を切るわね。また何かあったら、すぐに私に教えなさい」
そう告げると、ジャンヌも念話という電話の向こうで頷いていると思うわ。
『はいはい。分かりましたわよ』
「いいこと、貴方はわたしにとって大切な友達なのですから、絶対に教えなさい。もしもしあなたに危害を加えるようなものが出てきたとしたら、ヨーゼフがただではおかないから」
『そこは、私が……じゃないのね』
「当然よ、私は非戦闘員よ。それでは」
――プツッ
念話が切れたわ。
正確には、強制的に切断されたみたいね。
さて、それじゃあそろそろ食事……のまえの、軽い運動でもいたしましょうか。
この、鬱陶しい空間結界で、私たちを外部と切り離した腕は凄いと認めてあげましょう。
でも、それが悪手であると、理解していただかなくてはなりませんわ。
「ミラージュさま。空間結界です」
「そのようね……敵の種類は中級妖魔と魔獣の群れかしら。結界の大きさは、おおよそ一マイル立方のレギュラー・ヘクサヒードロゥンね……ちょうどいいわ、新しく進化したスキルを使うには絶好のチャンスだわ」
………
……
…
突然の虹色正6面体空間結界に囚われたミラージュとトニー。
その内部には、無数の魔獣や中級妖魔の群れが徘徊し、いまにも二人に襲い掛かりそうな雰囲気を醸し出していた。
だが、そんな状況でも、ミラージュは眉根一つ動かすことなく、じっと様子を伺っていた。
「それではミラージュさま。ここは私が」
「駄目ね。せっかくスキルを進化させたのですから、私が楽しむことにするわ」
そう呟いた瞬間、ミラージュの全身に魔術紋様が浮かび上がる。
そして身に付けていた着衣が変形し、全身を包む純白のスーツに変化した。
「闘気を魔力と練り合わせて具現化し、魔導装甲を形成したわ。この状態で使える魔術はいくつもあるけれど、そのうちの禁断の技を使うわ」
両手を床面に添えて、静かに呟く。
「永続化」
一瞬で結界が永続化し、時が経っても解除されることは無くなる。
術式強度はサンフランシスコ・ゲート並み、つまり、この異空間にサンフランシスコ・ゲートを構築したようなものである。
その突然の変化に、魔獣たちも姿勢を低くして、いまにもミラージュたちに襲い掛かりそうになっているが。
「では、次はわたくしが。時間加速・爆弾……と」
――シュンッ
トニーは冷静に、右手の中に手りゅう弾を作り出す。
「それじゃあ、帰るわ」
「畏まりました、お嬢様」
ピン、と手りゅう弾の安全ピンを引き抜くと、それを魔物たちに向かって投げる。
それを見てから、ミラージュはトニーと共に空間結界の外へ転移。
やがて爆発した手りゅう弾の効果で、空間結界内部は一瞬で数百年の時間が経過していく。
何のことはない、トニーは絶対破壊されない空間結界の内部時間を進めただけ。
結果として内部にいた中級妖魔と魔獣は、一瞬で数百年の時の流れに翻弄され、やがて衰弱し、魔核が砕け散って消滅した……。
時間を支配する人造妖魔・トニー・シャーデン・フロイデ。
ミラージュ・乙葉の遺伝子を持つクローンであり、そして時間の支配者と謳われていた魔皇ウルグの紋章を体内に持つ存在……。
そして通常空間に戻って来たミラージュとトニーは、何事もなかったかのようにランチタイムに突入。
なお、この瞬間に体内残存カロリーの大半を失ってしまったミラージュは、夕方まで黙々と食事を摂り続ける事になったのは言うまでもない。
なにせこのボルチモアには、オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズというとてつもなく肉々しいBBQサンドを売っている名店があるのだから、夕方まで食べ続けていれば消費したカロリーを取り戻すことぐらいは容易い。
体内でカロリーを魔力に変換できる特殊な器官を持つ、ミラージュならではの裏技であろう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
注) ミラージュが呼んでいた人物名変換
ヨーゼフ =執事のトニー
ジャンヌダルク =瀬川雅の眷属・テスタス
ミンミン・マリアッチ=ジョン・ディクスン・カー(実在した推理小説家)
シコルスキー大佐 =憤怒のマグナム




