第五百一話・飲水思源、禍を転じて福と為せ!!(犯罪者、乙葉浩介)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
乙葉浩介の偽者が出現してから一週間。
ボルチモア、ノーブル・ワンでは日夜、偽乙葉浩介の情報収集が続けられていた。
新山小春、築地祐太郎、瀬川雅の三人は午前中は調整槽にて身体の不調を治しつつ、午後からは深淵の書庫を使っての調査を繰り広げている。
祐太郎はクリムゾンと共にレンタルしたワゴン車で移動、ボルチモアだけでなくメリーランド州全域をくまなく走っては、雅からの発見報告の現場まで移動。そこで魔眼を使い周辺調査を行うという日々を送っていた。
現在までの『偽乙葉浩介』の発見報告は全部で五十件以上、東はニューハンプシャー州から西はサンフランシスコ・ゲート中に至るまで、様々な地域で監視カメラやニュース映像などに通じ出されている。
深淵の書庫の解析によると、首筋に浮かび上がる数値もⅠ〜Ⅳ、奇数が東海岸側、偶数が西海岸側という感じに分類されているらしく、全ての発見報告では偽乙葉浩介に追従している謎の人物の姿も浮かび上がっている。
だが、残念なことに足取りを追うことはできず、背後に隠れている組織その他については未だ解析不可能状態。
グランドキャニオンで修行中の乙葉浩介オリジナルの元にも、毎日夕方、小春たちが調査報告を行っているのだが、その乙葉浩介も先日から【300時間の眠り】という修練が始まり、意識を閉ざしてしまった。
そんな日が続いた、十日目のこと。
──ボルチモア、ノーブル・ワン
ドダダダダダダダダッッ
乙葉邸の廊下を小春が走る。
朝、リビングでニュースを眺めていた小春は、いきなり画面に乙葉浩介の姿が浮かび上がり絶句した。
テロップでは『現代の魔術師・乙葉浩介による大統領暗殺未遂事件』が大々的に流れ、しかもその瞬間の映像まで放送されていたのである。
「お、乙葉くんの偽者が暗殺未遂を起こしましたぁ!!」
「「「はぁ?」」」
ダイニングでのんびりとティータイムの準備をしていた雅と祐太郎は、まさかの発言に慌ててリビングへと向かう。
「偽者がやらかしたっていうが、そもそも誰を暗殺しようとしたんだ?」
「だ、だ、大統領よ。ジョージ・パワードアメリカ大統領。今朝のホワイトハウスからの生中継の最中に、いきなり転移してきたって!! ほら、この映像ですよ!!」
………
……
…
小春が指差した先、大型モニターには、イーストルームで演説を行っているパワード大統領の姿があった。
拳を振り上げて熱弁している最中、突然、パワード大統領の右側に転移してきたらしき乙葉浩介の姿が映し出されると、いきなり無詠唱で魔法の矢を生み出し、大統領に向かって飛ばしたのである。
幸いなことに魔法の矢は大統領に命中することはなく、頬を掠めて後ろの壁に突き刺さり消滅した。
そして乙葉浩介を捉えるべくSPが駆けつけた時、すでに乙葉浩介の姿はその場から消え去っていった。
………
……
…
「SPが瞬時に動けなかったのは、恐らくは魔法による行動阻害だろうなぁ」
「魔法の矢は、見た感じですと大地属性、黒曜石の塊のように見えましたわね」
「首筋に浮かぶ刺青はⅢだったので、クローン三号ですね。偽乙葉くん単体で動いているとは思えないので、どこか近くに黒幕がいるんじゃないかなぁ」
ただニュースの一場面を見ていただけで、小春たちは事実を得る。
そもそもオリジナルがアメリカ大統領を襲撃する意味など皆無であり、あきらかに冤罪を被せようとしていることが簡単に理解できたのだが。
「問題は、襲撃したのが浩介の偽者だという証拠がないということか」
「そうですわね、乙葉君のお父さんのいう通りです。ここが日本ならいざ知らず、アメリカでは魔法による犯罪に対してはかなり厳しい法律が存在しているみたいです。あの映像と、そして大統領が暗殺されかかったという時点でアウト。襲撃したのが乙葉君の偽者だと説明しても、それを証明する手立てが全くありません」
淡々と説明する雅だが。
そう話している最中にも、深淵の書庫で大統領が襲撃を受けた同時刻の映像を探しまくっている。
「深淵の書庫の映像は証拠にならないのですか?」
「残念ですが、オンリーワン魔術についての信ぴょう性と証拠能力については、かなり厳しいかと思いますわ。深淵の書庫は私しか使えない光の矢、そして私は乙葉君の友人。この時点で、深淵の書庫は証拠として成立しません」
「そんな……」
目を伏せて頭を左右に振る雅と、口元に手を当てて涙を浮かべる小春。
乙葉浩介本人不在のまま、彼が犯罪者として手配されているという事実が、彼女には耐えられなかった。
「オトヤンを追いかけているのは連邦捜査局のようだな。別のニュースでは、合衆国すべての州に緊急指名手配が掛かったらしい」
「まあ、予想以上に早いということですけれど。これで私たちとしても、動きやすくなりましたわね……深淵の書庫、連邦捜査局にアクセス。乙葉くんに関する全ての映像、報告、通信をサーチして解析……って、嘘でしょう?」
――ザーーーッ
深淵の書庫の内部モニターのあちこちに赤い文字でアラートという表示が浮かび上がる。
「私の深淵の書庫に干渉する魔導システム……って、ああ、パールヴァティさんですか。これは参りましたわ」
「瀬川先輩、それってどういうことなの?」
「中国の崑崙八仙、そこに所属している琥珀眼のパールヴァティさんが、アメリカの情報システムに『対深淵の書庫用プロテクト』を構築したようですわね……でも、この程度は」
そう呟いて、『人間・瀬川雅』から『魔人・オーガス・グレイス』に変化しようとする。
深淵の書庫の中で神装白衣を脱ぎ、シャツとジーパン姿になったのだが。
――ゴホン
という乙葉洋子の咳払いで、雅の動きが停止する。
「瀬川さん、魔人モードでの深淵の書庫の使用は禁止よ。まだ負荷が高くなりすぎるので制御が効かないのと、その状態で余剰魔力を消耗すると、そこから回復するのに精気を吸収しないとならなくなるわよ。それに、多分ですけれど、浩介については放置していても大丈夫だと思うわよ」
「そうなのですか?」
「ええ。そもそもですけれど、浩介の手配が行われた時点で、アメリカ・ヘキサグラム会長が黙っていないでしょうから。恐らくですけど、今頃はホワイトハウスまで乗り込んでクレームをぶつけているでしょうねぇ」
「だが、全米のニュースで浩介が大統領を襲った映像が流れたのは事実。今頃は全世界規模に『乙葉浩介は魔術を使った犯罪者である』っていう噂は流れているだろうな」
そこまで告げてから、京也はどこかに連絡を取る。
「ということで、3人は調整槽での治療を行いつつ、このノーブル・ワンで偽者の捜索をお願いね。それに、すでに偽者捜索に向かった人たちがいるので」
「え? それは誰ですか?」
ここにいるのは小春たち現代の魔術師チーム3名と、クリムゾン、乙葉夫妻のみ。
「あの、オトヤンのおばさん……っと、洋子さん、まさかとは思いますけれど」
「ええ、そのまさかよ。私の能力をコピーしたミラージュと、あの子を制御できる人造妖魔トニー・シャーデン・フロイデ。あの二人で捜索を始めたのだから、多少は不安ですけれど、大丈夫よ」
「その通りね。ここは私たちにまかせて!!」
――ババーン
突然、部屋に入って立ちポーズを決めるミラージュ。
その後ろでは、執事のトニーが申し訳なさそうな顔をしていた。
「失礼しました。奥様、ミラージュさまは忘れ物を取りに来ました」
「ええ。ベオウルフの言う通りよ。ということで忘れ物は回収したので、夕方まで調査をしてくるわ。ここはノアの箱舟に乗ったつもりで私たちに任せて」
「はぁ……それじゃあ頼むわ」
「よろしくお願いします。私も動きたいのですけれど」
祐太郎と小春がそう告げるので、ミラージュは人差し指を立てて左右に振りつつ。
「お義姉さまと私の未来の夫に告げるわ。私はお兄様の魔力を感知できる。つまり、偽物とお兄様の波長が近いのなら、それも発見できるという事よ。では言ってくるわ。夕ご飯までには帰るので」
「それでは奥様、行ってまいります」
あわただしく家から飛び出していくミラージュとトニー。
その様子を見送ったのち、雅たちもまた調査を再開することにした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




