第五百話・六根清浄 、長幼の序(伊達に長くは生きていない……ってことですか)
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祐太郎たちから連絡を受けた件について。
いや、俺の偽者がアメリカ各地で徘徊しているっていう説明を聞いてもさ、それって見間違えとかじゃないのかって思っちゃうよね。
でも、祐太郎とクリムゾンさんが追跡して魂レベルで鑑定した結果、俺と酷似している存在と伯狼雹鬼が一緒にバスに乗って移動しているっていたらしくて。
しかも、祐太郎たちに向かって攻撃魔術を使ってくるわ、一瞬で転移して逃げるわ。
挙句の果てに、祐太郎たちが乗っていた車両の燃料タンクをぶち抜く魔法まで、こっそりと使っていたらしいからシャレで済ませられるレべルではなくなったらしい。
とはいえ、今だ修行中の俺に何かできるかっていうと、何もないんだよなぁ。
今日も大地の上に直接座り、精霊の力を感じる訓練を行っていたからね。
まあ、結果としては、今だそれらしい力の根源を見出すことが出来ず、修行は難航状態。
こういうのは焦りは禁物だってマスター・シャンディーンも話してくれたから、いまは心を落ち着けてのんびりと修行に励もうじゃないか。
「……そういえばさ、ヘキサグラムって人間のクローン研究をしているセクションってあるの?」
修行を終えた夕方、のんびりと食事を終えて片づけをしているときにキャサリンに問いかけてみたんだけれど。
「あるわよ。というか、正確には威力医療設備が整っているところなら、ある程度のクローニング実験も行っていたわ。私の前の身体だって、病巣を取り除いたのち肉体構成している妖魔の体細胞をクローニングして移植したりしていたからね。機械の部分と人間の細胞は、どうしても繋がりを持てなかったのよ。それで、妖魔細胞の遺伝子を組み替え、金属を取り込ませたうえで私の身体に移植されていたわ」
「あ、それは、すまなかった」
聞いてはいけないことを、聞いてしまったような気がする。
ダメだな、俺はこういうときのデリカシーっていうのが欠如している。
「別に、今はもう、気にしていないですからね。機械化兵士だった時代は、ただひたすらに任務のために生きていましたけれど、今は、コハルに頂いたこの体があります。それに」
笑顔でそう告げながら、キャサリンは両手を合わせてから、ゆっくりと左右に開いていく。
その手の間には、しっかりと魔力の渦が生み出されていた。
――ヒュゥゥゥゥゥン
「ふぅん。『魔力渦』か。随分と器用なことができるようになっているねぇ」
「あっさりとバレましたか。これが今の私の攻撃魔術です。体内のマナを両手に集めて高速対流させたものを射出する。私はマナ・ヴォルテッカーと呼んでいます。このように、魔力を授けてくれたのはオトハです。このおかげで、私は新しい道を進むことが出来ました」
うんうん。
そう言ってくれると助かるわ。
俺も試しに両手を合わせ、体内の魔力を集めて凝縮、高速対流させたものを生み出す。
――キィィィィィィィィィィン
うん、回転速度が違い過ぎる。
明らかに体内魔力の制御が出来ていないのが分かる。
これも、地面に足を付けた状態で、常に聖霊力を身にまとい循環している所業のたまもの。
今までは全く動かなかった両足だって、指先程度はピクピクと動かせるからさ。
「す、すごいデスね」
「まあ、これが聖霊力っていうやつで。これを循環させて神威の通り道を広げていかないとならないんだよ。俺は神にはならない……亜神のまま、みんなと同じ時を生きる。そのためにも、亜神のままで神威を自在に操れる肉体を作り出さないとならないんだってさ」
「マスター・シャンディーンの教えですね」
「でも……俺にどこまでできるのか分からないんだよ。実際、肉体を作り替えるっていっても、その結果、例えば不老不死になったりとかするかもしれないじゃないか」
災禍の赤月の浸食を押さえるためならば、 最悪はそれでも構わないと思っている。
俺は、俺の見える範囲だけを守れればいい、そう思っていたけれど。
今は、みんなが住んでいる、この世界のすべてを守りたい。
そのためになら、災禍の赤月を引き起こしている破壊神の残滓とやらと刺し違えても構わないと思っている。
まあ、そんなことをしたら、あとでやばいけれどさ。
「不老不死とまではいきませんけれど……老化については、自在に制御できまーす。神威を纏い続けると肉体の老化は止まりますが、纏うことを辞めると時間が戻って来るそうです。マスター・シャンディーンが、そう教えてくれました」
「へぇ……そういうこともできるのか。でも、本当かなぁ」
ちょっと眉唾だけれど。
そう思っていたら、キャサリンが爆弾発言をかましてくれましたよ。
「マスター・シャンディーンは、前回の魔族侵攻時から生きている、純粋なシャーマンです。彼とその一族は、このアメリカの大地で、解放されたゲートから現れた妖魔と戦い続けていたそうです」
「え……まじ?」
「その言葉は日本で学びましたね、マジでーす。でも、マスター・シャンディーンはどこの組織にも所属せず、この自然の中でのんびりと後継者を育成しています。もう、彼の力を受け継いだものが存在しないそうですから……」
「彼の力……って?」
そうキャサリンに問いかけると。
モーターハウスからマスター・シャンディーンも降りてくる。
「神威と聖霊、魔力と闘気。この四つを束ねた真なる力。神に至るための、魂の修練の先にある力。それを受け継ぐものを探しているだけじゃよ」
「マスター。それって、俺が身に付けるべきものですか?」
「いや、オトハくんは、そこに至っていない。まだ君は、四つの力のうち、魔力と闘気、この二つしか扱えていないではないか。今は聖霊に身を委ね、体を作りなさい。そして神威を自在に使えるようになったとき、どうするかというところだね」
それだけを告げて、マスター・シャンディーンは星空を見上げながら、地面に胡坐をかいて座る。
「災禍の赤月。それは破壊神の残滓が、封印されし力を取り戻すための儀式。世界の魔力が消滅し、すべての封印が開放された時、古の大地に眠る魔神が蘇り、その中に眠る破壊神の力が開放される……さすれば、二つの世界は一つとなり消滅し、すべての魂は目覚める破壊神への供物となる……」
淡々と告げるマスター・シャンディーン。
すでに災禍の赤月は始まっている。
まだ序章程度かもしれないけれど、それだけで世界中の魔族が暴走していた。
俺と白桃姫が水晶柱を媒体とした結界を施し続けているからこそ、世界は災禍の赤月の影響下から逃れている。
でも……。
「二つの世界が一つになる、これはどういう意味でしょうか?」
「簡単なこと。真刻界と鏡刻界、二つの世界が重なり合い実体化する。その瞬間、二つの世界は崩壊して、この神々がつくりし世界そのものが消滅する。恐ろしいのは、この二つの世界を統合するための秘術を知るものが存在していたということ……残念ながら、それは実現しえなかったがね」
「そ、そいつは放置して大丈夫なのか? もしもその秘術が災禍の赤月を引き起こそうとしたものに知られたら」
やばい、やばいやばいやばい。
絶対にまずい。
「鍵がない。彼が持っていた鍵は、所詮は本物ではない、予備のようなもの。それが何処にあるのかもわからない……ただ、君がオリジナルを持っている。それが覚醒している今は、予備は機能しない」
「鍵……って、まさか」
両手を合わせて、聖徳王の天球儀を取り出す。
すると、マスター・シャンディーンは天球儀を見つめ、ウンウンと頷いていた。
「それは、表に出してはいけない。天球儀と契約した以上、それは君の魂でもある。災禍の赤月が500年ごとに活性化する理由、それも天球儀には記されているよね?」
「はい。500年に一度、二つの世界で同時に発生する日蝕により、二つの世界を隔てる『神威結界壁』が消滅する。その瞬間に、魔族は水晶柱を用いた儀式を行い、二つの世界を繋げる道、すなわち越境型大転移門を作り出し、俺たちの世界へやってくる……」
すべては、災禍の赤月のような疑似的魔力中和現象を使った儀式であった。
その真実を知った魔人王ディラックが、天球儀を手に入れて封印の大地を解放し、眠りについている破壊神の力を手に入れて自らが破壊神となろうとしていた。
そこまでは理解している、だが、その首謀者であるディラックはもういない。
魔神ダークの精神体であったファザー・ダークすら取り込んだディラックは、消滅した。
だとすると、今、災禍の赤月を求めているのは誰か……。
「うんうん。そうだね……それが魔族の大侵攻。だが、それを誰が知り、誰が魔族に伝えたのか。魔皇はそれを知っているからこそ、二つの世界が一つになることを恐れ、真刻界には近寄らなかった……さて、ここからは君が、自ら考える道。その前に、まずは体を治さなくてはね」
「そうですね」
両足に力を入れるが、まだ足のつま先程度しか動かない。
それでも、以前よりは調子がいい。
「マスター・シャンディーン、一つ教えてください。災禍の赤月、それを起こそうとしている破壊神の残滓というのは、俺の知っている破壊神マチュアのことなのでしょうか」
「……さあ。君に加護を与えている破壊神、それが災禍の赤月を起こそうとしているのなら、それを邪魔しようとしている君に加護を与えるはずはないだろう? 世界の神、それを管理している神、その管理している神を統括する神。私たちの知らないところで、神々は私たちの想像の遥か斜め上のことを考えている……どうしても気になるのなら、体を治したのち、自ら神に問いかけなさい」
聖徳王の天球儀に封じられている秘儀の一つ、『神託』。
これで、加護を授けてくれた神に直接、問いかけろというのか。
それにしても……マスター・シャンディーンって、伊達に長く生きてはいないってところか。
まさに生き字引っていう感じだよなぁ。
「ありがとうございます。俺は莫迦なので、まだ答えを引っ張り出すことはできないけれど。それでも、この世界を、みんなの住んでいる世界だけは守りたいと思っています」
「うんうん、若いっていいのう……さて、わしもそろそろ眠るとするよ……」
そのまま立ち上がり、モーターハウスに戻っていくマスター・シャンディーン。
そして俺とキャサリンも戻ると、明日の修行のために身体を休めることにした……。
しっかし、俺の偽者のことも、マスター・シャンディーンに聞いたら教えてくれそうだよなぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




