第四百九十七話・騎虎之勢、木の葉を隠すなら森の中(心霊治療師と、奇跡の発現)
ルート70を快適に……途中途中で襲い来る魔族や妖魔をせん滅しつつ移動中。
セントルイスで一泊したのち、今度はルート44に乗り換えて、最後の直線コースを爆走中。
あ、キャサリンは安全運転ですので、ご安心ください。
やがてモーターハウスはオクラホマを越え、アルバカーキを越えて。
ついにグランドキャニオンの手前、ロングジム・ルーフキャンピング場に到着。
ここをベースキャンプとして、これからの修行が始まるそうです。
「さて。それじゃあ、さっそくだけれどオトハくんの修行について説明しようかねぇ」
「待ってました! それで、どのように修行して、俺の身体を修復するのですか?」
「うん、それを知るために、一度、車の外に出てみようか?」
マスター・シャンディーンに促されて、俺とキャサリンはモーターハウス外へ。
澄み切った空気が肺の中にしみわたる、その一言に尽きるといっても過言じゃない。
「それじゃあ、まずは君自身の力を知りたい……。魔力の循環を、やってみようか?」
「こうですね?」
――シュンッ
さすがに魔力回路の欠損が見られるので、いつものようなゴン太な魔力循環はできないし。
そもそも、ここに至るまでに魔力が自然に循環しているように特訓して来たから、実に自然に体を魔力がコートしている。
これには見ていたキャサリンも絶句している。
「す、すごいでーす。これが自然な魔力……」
「うんうん。それじゃあ、魔導体術、魔力変換を行って闘気の循環を」
「お、おおう……」
待て待て、今、全身を包んでいる魔力を解除して……その次に魔力変換で闘気を形成して、あとは魔力を纏う手順と同じように……と。
――ブヴン
魔力ほど滑らかに纏うことはできないけれど、一応は自然の流れを身に付けていると思う。
既にキャサリンは何も告げず、自分の魔力制御を開始。
そしてマスター・シャンディーンは。
「うんうん。それじゃあ、次は聖霊力を循環して御覧」
「え? 聖霊力ですか? ちょ、ちょっと待ってくださいね」
ええっと、精霊力を生み出す方法は、精霊や自然の力を体内に取り込み、それを魔力式にて変換することで発生する。ということで、精霊の力については地球では見ることができないため、大地から自然のエネルギーを取り込み、体内から溢れる魔力を変換する技を使う。
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
体内で精霊力が高まり、それを体に纏い始める。
やることは同じ、すべて等しく体内を循環させるだけ。
「うんうん。それじゃあ、その三つをまとめて一つにし、それを循環させて御覧」
「あ~、そういうことね」
――キィィィィィィィィィィィィン
魔力、闘気、聖霊力。
この三つを同時に練り上げて、一つに束ねる。
三重らせん状態になった俺の魔力が、体内を循環し始める。
ここまでは、俺としてもおさらいというレベルなので、多少の疲れが出るものの不可能ではない。
ほら、全身が金色に輝き始めた。
おもわずドヤァという顔でキャサリンを見ると、大きく口をあけてポカーンとしている。
ちなみにマスター・シャンディーンはというと。
「うんうん。今練り上げた三つの力を、一つに練り合わせているね。そこに神威をコートして御覧」
「え? 何をいっているのか分からないのですけれど?」
「四つの力を束ね、混合してごらん」
「ええっと……今のこの状態で、更に神威を……と……こういう感じでウゲェェェェェェェェ!!」
――プッシャァァァァァ
昼に食べたものが全てリバース。
うげ、内臓がねじ切れそうになった。
ああ、もったいないけれど仕方がないので、吐しゃ物にタオルを掛けて、そのまま空間収納に没シュート。
あとは魔力で水を生み出し、それで綺麗に掃除する。
「ハアハアハアハア……マスター・シャンディーン、この4つの力の練り込みに、どのような意味が?」
「まず、我々人間は、魔力や闘気を操れない。これは大前提として存在する。それを、体内の魔力回路を解放し、魔力が生まれる『根源の弁』を開くことで、体内を魔力や闘気が循環する。この通り道が魔力回路や経絡であり、正式には『パス』と呼ばれている。オトハくんは、このパスが損傷していたのを、聖霊力によって一度修復しているね……」
「え? な、何故、そのことを?」
それを知っているひとは……いない筈。
あれは俺とマイアたち、あの里のエルフしか知らないんだけど。
「私はシャーマンだよ……私が見たわけではない、君の近くにいる、その子たちに教えて貰ったからね」
「俺の近くにいる……ああ、まだ残っていた子がいたのか」
「いいや、残ってはいない、ただ、その子たちの残滓を感じるだけ。話を戻すが、聖霊力による治癒により、君の体内のパスは常人よりも強度も柔軟性も高くなっているのだが、残念なことに、神威に対する密度が弱い。これは致命的だね」
ふむふむ。
これは俺も知らない世界。
「亜神としての肉体をもたない君がパスに神威を注ぐと、密度の荒さゆえに体外に神威が溢れていく。それは肉体に浸透し、やがて制御できない神威は体内から浸食を始め、健康であった肉体が著しく損傷する。本来ならば、亜神となったものの体内には、この神威に対する完全抵抗能力が生まれているはずなのだが、オトハくんにはそれがない。結果として体が神威を受け入れず、それを魂が本能として理解した結果、魂レベルでの神威に対する拒絶反応が発生している。それが、下半身の幽体離脱状態だねぇ」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
いや、ここまで端的に説明されるとは、参りましたの一言に尽きる。
しかも、あの子たちの残滓まで……シャーマンって、そういうこともできるのか。
「では、俺のこの状態を修復する方法は?」
「全部で三つ。一つは、神威を捨てて、人として昇華する。ただし、それでは来るべき『星の崩壊』は防ぐことができない」
「星の崩壊とは?」
「災禍の赤月。そう告げれば、君は理解できるね?」
――ゴクッ
思わず息を飲んでしまう。
そもそも、それをどうにかするために頑張って来たんだからね。
ということで、一つ目はなし。
「二つ目。身体も完全に亜神化し、神威を自在に操れるようにする。ただし、君は人としての生を終えることはできない。神話で見る、神の子たちの結末と同じ末路を辿ると言えばわかるかね? 君は二度と、愛する者たちと同じ時間を生きることはできない……」
神の身体、すなわち不老。
神は決して不老不死ではない。神を殺すものが存在する神話なんて、腐るほど見てきたからね。
ただ、人としての時間は失ってしまう。
最悪は、それでもいい。
全てを守れるのなら、それぐらいの覚悟は持っている。
「そして三つ目。普段は人間のままで、必要に応じて亜神化する」
「……はぁ? あの、マスター・シャンディーン、そんなご都合主義のようなことができるのですか?」
「さあ。出来るかできないかと言われると、出来るのではないかと答えてあげよう。私自身、そのようなことができるかどうかは分からないけれど、先ほどの『4つの力』を一つにし、それをコントロールすることができるのなら、あるいは可能かもねぇ」
断定的な答えではない。
だけど、それを導いてくれるために、ここまで来たのですよね。
「それで、このグランドキャニオンへ来た理由は、その4つの力をコントロールする修行のため……ですよね」
「そうそう。今の君に足りないもの、それは聖霊力。君自身の身体から湧き上がる力を制御するためには、聖霊力が必要。そしてそれは、鏡刻界では自然の中にいくらでも存在している。精霊という姿を借りてね。だけど、この地球では、精霊の力は著しく失われている。そもそも、精霊たちの宿り場が消えつつあるからね……」
「精霊の宿り場……世界樹ですか?」
「うんうん。この地球にはない。いや、二つ、精霊樹として生まれたけれど、まだ幼く力も弱い。だから、このグランドキャニオンで、大地の精霊の力だけでも借りられるように交信を行いつつ、4つの力を一つにする訓練を続ける……亜神としての肉体を得るのではなく、神威に負けない『聖霊体』に作り替えるということ。これは……魂の修練でもある……そう、星が語っているからね」
そう告げてから、マスター・シャンディーンは両手を左右に広げてから、高速で両手を叩き合わせる。
――パァァァァァン
その瞬間、地面から白い光が沸き上がり、マスター・シャンディーンの近くに集まり始めた。
「これが大地の精霊、星の力の一つ。ここグランドキャニオンは、大地の精霊の拠り所であるからね……では、これを受け取って、そして体内に滞留させて御覧。まずは、聖霊力を受け入れる器を用意しないとね」
スウッと白い光が俺の周りに集まってくる。
そして一つ、また一つと体の中に飛び込んできた瞬間。
――プシュゥゥゥッ
心臓の鼓動が高まり、体温が高くなっていくのに気が付く。
熱い、とにかく体が熱い。
「そのまま、今受け入れた力をパスに乗せて、ゆっくりと循環させる。まずはパスを強くしないと話にならないからね。そして、神威をつかっても大丈夫だと、君の魂が理解できるようにすることで、幽体離脱した下半身は元に戻る。できるなら、数年単位で時間をかけて、じっくりと調整してあげたいのだけれど……それまで待っていたら、君の魂がその肉体を手放してしまうだろうから」
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
体中が熱い!!
体か震えて、座っていることもできない……。
魔法の絨毯から転げ落ち、大地に体を伏せて呻くことしかできない。
くっそぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
こんなことで、くじけて堪るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
――プツン
あふん……。
『おや、意識が離れたか。どれ、大地の精霊たちよ、一度、オトハくんから離れてくれるかな?』
体の自由が利かない。
ただ、マスター・シャンディーンの声だけが聞こえてくる。
くっそ、魂レベルで拒絶反応が出たのかよ。
これを克服して、俺は元の身体を取り戻すんだぁぁぁぁぁぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
――同時刻、ボルチモア、ノーブルワン郊外
クリスティン研究所主任は、護衛を伴って周辺のパトロールを行っている。
あの魔族大暴走事件以後、ノーブルワンの関係者たちは定期的に巡回パトロールを行い、危険な魔族が現れていないかどうか確認を行っていた。
その日のハートロルを終え、夕方4時にノーブルワンへと帰投していた時、助手席に座っていたクリムゾンが、運転中のクリスティンに話しかけた。
「なあ、主任さんよ……オトハは確か、グランドキャニオンに入ったはずだよな?」
「ええ、昨日連絡があったでしょう? モーターハウスが宿泊できる場所にたどり着いて昨日から修行が始まったって話したわよね。新山さんとか築地君も、その報告を受けてほっとしていたのを忘れたの?」
「ああ、そうなんたが……それじゃあ、あいつは何者なんだ?」
クリムゾンが小さく指さした先。
そこには、交差点の角を曲がっていく乙葉浩介の姿があった。
ただ、髪の色は黒ではなくブラウン、服装も彼が好きな地味目のジャケットではなく、ランニングシャツにジーンズという、この土地に似合う服装をしている。
「本当だわ……ねぇ、クリムゾン、貴方の目では、彼の魔力波長は乙葉君のと同じなの? 魔力波長って、人間の指紋のようなもので、まったく同じものはいないっていうけれど」
「……ほぼ同じ……か。いや、クリスティン主任に分かりやすく説明すると、乙葉とミラージュの違い程度の差異しか感じない……なあ、ミラージュには弟とかいないよな?」
「いるわけないでしょう……って、あれ?」
クリムゾンとクリスティン主任の話の最中、こっそりと離れてつけていた乙葉浩介らしき人物の姿が、スッと消えた。
「……透明化? いや、完全に消失したか……どういうことだ?」
「それは私が聞きたいわよ。とにかく、一旦ノーブルワンに戻りましょう。この事をプロフェッサーたちにも共有しておかないと、なんだか嫌な予感がしてきたわよ」
「はっはっはっ……俺もだ。ということで急ぎ、戻るとしよう」
急ぎノーブルワンに戻り、乙葉宅へと移動する二人。
そして今、彼らが見た出来事を説明すると、瀬川が深淵の書庫を展開。
乙葉浩介の魔力波長を追跡したものの、ミラージュ以外には同率波長を感じ取ることはできなかった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




