第四百九十五話・森羅万象、旅は道連れ世は情け(意識の限界と、肉体の限界と)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
――ボルチモア・ウォーターフロント・プロムナード
パタプスコ川に面しているこの場所は、ボルタモア博物艦船群やナショナル水族館、ウエスト・ショア・パークといった様々な施設が集まった観光スポット。
年始ということもあり、現在は大勢の人々でにぎわっている。
『なんだあれは!! 何かが飛んでくるぞ!!』
『うそでしょ? また化け物がやって来たっていうの!!』
『急いで逃げろ、女性と子供たちは建物の中に避難するんだ!』
川向うから超高速で飛んでくる飛行型妖魔。
大きさは人間の約倍程度、両腕の部分が翼になっている、いわゆるハーピータイプ。
その癖に下半身、つまり両足に当たる部分には筋肉モリモリの人間のような剛腕が生えているわ、さらに鋭い爪も生えているわで、さあ大変。
魔族大暴走の時の余波に襲われたためか、妖魔が出て来た時の対処はものすごく素早い。
近隣の建物の警備員たちが観光客を誘導しているのだが、建物の中に飛び込まれたら目も当てられないような……って、
って、ああ、あのサイズでは中に入るのは不可能か。
『マスター・オトハ、手伝いましょうか?』
「いや、ここは俺に任せてくれ。それじゃあ、戦闘モードでいきますか……超戦闘モードの発動を承認っ」
――キィィィィィィィィィィィィィィィン
体内の魔力回路に神威を循環させる。
それと同時に、『魔導体術』『戦闘飛翔』『身体硬化』『ステータスアップ』の四つの魔術を組み合わせて完成した新魔術・超戦闘モードを発動する。
これにより、今までおれが所有していた魔導装備の代替が利くようになったのだが、零式のようなさらなる爆発的効果を生み出すためには、超戦闘モードのモードを引き上げなくてはならない。
まあ、簡単な超高速説明だったけれど、ここまで2秒。
そして俺の魔力に引き寄せられたのか、ハーピー型妖魔が両腕をこちらに向けて飛んでくる。
猛禽類が地上の獲物を捕まえるときのように、急速で飛来して鋭い爪につかみかかってくるのだが。
「ちっ……力の楯っ」
――ガッゴォォォォォォォォォォォォォォン
その爪の一撃を、正面に展開した力の楯で弾き飛ばした。
『クウェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!』
必殺の一撃が弾き飛ばされ、ハーピーはさらに飛び上がったのち、幾度となく急降下攻撃を繰り返してくるのだが。やはり、力の楯を貫くことは出来そうにない。
「うん。すまないけれど、これで終わりにするから」
右手をハーピーに向けて、魔力を掌に集める。
俺の18番、力の矢の術式を無詠唱で発動すると、右手の周りに4本の力の矢が浮かび上がる。
『グギャッ、グギュギュギュギャッ!!』
すると、俺の生み出した力の矢に恐れをなしたのか、ハーピーが急上昇を開始。
だけどさ、逃がす必要もないし……野良妖魔っていうことは、人間を襲うんだよな。
「せめて、痛みなく……シュートっ……」
――シュシュシュシュンッ
俺の掛け声と同時に、4本の矢がハーピー目掛けて飛んでいく。
それは右肩を貫通し翼を吹き飛ばし。
左脚部の剛腕を貫き破裂させ。
右わき腹に刺さり大きく体を抉るように穿つ。
そしてトドメの一本は頭に突き刺さり、そして破壊した。
――ゴワグシャッ!!
肉体構成していたハーピー型妖魔でも、体内の魔核を破壊すれば霧散化することなく、消滅する。
そして俺の戦いを見ていたらしい人たちが、建物のあちこちからこっちを見ている。
その中には、さっき俺と握手した人たちも大勢いるようで、妖魔の脅威が去ったことを理解したのか、もろ手を挙げて喜んでいた。
『……ふぅ。私も少しは追い付けたかなと思っていましたけれど……完敗ですね』
「お、おおう、そうか」
物陰に隠れることなく、俺の後ろで戦いを見ていたキャサリンとマスター・シャンティーンが近寄って来る。うん、この手のタイプは何度か戦ったことがあるからなぁ。
焦らず意識を集中していれば、負けることはないんだけれどさ。
『うんうん。マスター・オトハ。上級妖魔を一撃で粉砕するとは大したものだが……無駄がある』
「おおっと、そうきますか。いや、そうですよね、魔術による戦闘なんて、誰かに学んだわけじゃなく、独学で身に付けたようなものですからね」
『魔力制御と神威制御、この二つを自在に使い分ける。ついでに、神威については必要な時だけ引き出せるようにしておかないと、あの手の妖魔相手に神威を使っていると、体がもたなくなるからね』
「ん~と、つまりさっきの妖魔程度に、神威を使うなということですか?」
そう問い返すと、マスター・シャンティーンはニコニコと笑顔で頷く。
うん、言いたいことは理解できるけれど、神威を使った方が破壊力が段違いなんだよなぁ。
『マスター・オトハ。ちょっと手を出してごらん』
「手、ですか? はぁ、どうぞ」
いわれるままに右手を差し出す。
するとマスター・シャンディーンが俺の手を取り、何かを唱えた。
――ジャキンッ
すると、俺の両手首の位置に、黒い紋様が浮かび上がった。
そして同時に、俺の身体から力が抜け始めるんだけれど……え、どういうこと?
「な、なんですか、これはいったい……」
『君の体内の生体エネルギーの流れを阻害した。同時に、神威の放出も抑えさせてもらったよ。ちなみにだけれど、体中に均等に魔力を循環すると、普通に動けるはずだからね』
「体に魔力を……ですか」
マスター・シャンディーンのいう通りに、体内にゆっくりと魔力を循環させる。
うん、魔力回路が今だ一部不活性な上に損傷している部分もあるけれど、この程度ならどうにでもなるだいたい3分ほどで体内の魔力が綺麗に整ってきたので、体も楽になったよ。
それまでは呼吸するのも大変なレベルで、体が思うように動かなかったけれどね。
「ふぅ。こんな感じですか?」
『う、嘘でーす!! 私がその修行をした時は、一か月は指の一つも動かせませんでした!! あの屈辱的な修行を忘れたことなんてないのに。どうしてマスター・オトハは、そんなにあっさりと魔力循環が出来るのですか!!』
「ああ、キャサリンも落ち着いて。俺の魔力制御については、マスター・羅睺から基礎は学んでいたからさ……と、そうか、暫くは神威任せで魔法を唱えていたから、こういう感覚をすっかり忘れていたわ」
両手を目の前で開いて、魔力の奔流を感じる。
うん、しっかりと……とまではいかないけれど、普通に生活する程度には……というレベルでもないか。
意識して行わないと、今の身体の状況ではすぐに動かなくなりそうだよ。
でも、いきなりなんで、こんな修行を?
「マスター・シャンディーン。俺は元々、魔力コントロールについてはある程度の基礎は出来ていると思うのですが。この修行というか、手元の鎖のように紋様の意味はなんでしょうか?」
『魔力を常時、体内で循環できるように。呼吸するレベルで魔力循環出来るまでは、神威の使用も禁止だからね』
「……んんん、神威もですか?」
『そう。君の身体の異変、それは体内にめぐる神威と魔力の制御にも問題がある。もっとも、身体と魂の急激な神化に、意識が追い付いていない。簡単に言うと、体は亜神化を続けているのに、それを人間だったころのように使おうとするから、肉体と魂の剥離現象が起きたのだろうなぁ。きっと、うん、多分ね』
「うわぁ……今なら分かるわ、英語で言われて自動翻訳したから理解したわ。俺の身体って、進化じゃなく神化していたのかよ……」
魔法の絨毯の上、座椅子に背中を預ける。
いや、今までもさ、先輩とか白桃姫が、俺の身体の進化について話をしていたんだけれどさ。
そっちの進化現象じゃなく、神化状態っていうことだったのかよ。
「んんん、ちょっと待って、マスター・シャンディーン、俺は神化したら、一体どうなるんだ?」
『さぁ? 私の知る限り、神化した人間というものが待っているのは、おおむね破滅だったような気がするが』
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォ。よっしゃ、しっかりと魔力も神威も制御して、破滅フラグを回避して見せるわ……ちなみにだけれど、亜神って寿命はどうなるの?」
『知らん。人間が亜神化するなど、神話とか伝承の物語じゃからなぁ。詳しく知りたければ、星見の丘にて、偉大なる精霊王に伺いを立てることも出来たのだが……』
うわ、馬路か。
いやいや、マジかよ。
それじゃあ、そのお伺いを一つ。
「その、精霊王のお伺いっていうのは、どこの星見の丘でしょうか?」
『もともとは世界の各地に点在していた。だが、それも最後の一つとなり、そして消滅した』
「消滅……それって、魔術師の系譜が途絶えていったような、そんな感じで伝えるものがいなくなったということですか?」
『いや。最後に残っていた偉大なる聖地。ウルルが消滅したとき、私たちは大精霊の声を聴く事が出来なくなった……』
そうでしたか。
ウルルねぇ、それって確か、オーストラリアのエアーズロックの……へ?
あれって確か、使徒の親玉、オールデニックだよね?
俺が封印して消滅したはずだよね。
ああ、見方を変えれば、あそこは確かにパワースポット。つまりそういうことか。
「そうですか……それじゃあ、神化については今は考えないことにします。まずは魔力制御、ここからですね?」
『うんうん。ちなみに、普通に生活するだけじゃあだめだからね。その状態で妖魔との戦闘を行ってもらうとしようか。キャサリン、車を持って来てくれるか?』
『わかりました。オトハ、ちょっと待っててくださーい』
「ああ、実践で鍛えろっていうことですか。それで、俺はノーブルワンから、キャサリンの修行場に行けばいいんですね?」
当面は、ノーブルワンの自宅から通うっていうことになるのか。
こりゃあ、大変だなぁ。
――ブロロロロロロロロロロッッッ
腕を組んで考えていると。
俺たちの近くに、巨大なキャンピングカーがやって来る。
うん、これは俺も知っているよ。モーターホームっていうんだよね。
全長10メートルの、バスのような巨大なキャンピングカー。
車体横に『Hexagram』のロゴが入っていることから、社用車のようなものか。
『それじゃあ、いこうか。目的地は、ここから3100キロメートル先。フェニックス州のグランドキャニオン。そこで、私の師が待っている』
「ああ、なるほど、俺もこれで移動……って、今、なんていいました?」
『グランドキャニオン。ああ、キョウヤには、話を通してあるから大丈夫だ。それじゃあ時間が惜しいので、いくとしようか』
「いや、待ってください。俺、ウォーターフロントまで観光に行くとは言って来たけれど、修行でグランドキャニオンに行くだなんて言ってないんだけれど!!」
そう必死に弁明する俺だけれど。
こののち、親父にスマホで連絡を取ることに成功。
かくして、俺の冬休みはモーターホームでの修行の旅ということになった……。
どうして、こうなった?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




