第四百九十三話・莫逆之交? 良薬は口に苦し(お兄様、貴方は堕落しました)
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現代の魔術師たち一行がボルチモアにあるヘキサグラム研究所・ノーブルワンに到着した日の深夜。
羽田空港から出発した乙葉の両親と築地慎太郎は、無事にロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナルエアポートに到着。そして翌朝一番で、ボルチモアのヘキサグラム研究所・ノーブルワンに向かって移動を開始した。
そして乙葉たち現代の魔術師一行は、今日から始まるそれぞれの治療について、どのように計画をたてるべきか頭を悩ませている最中であった。
4人が4人とも症状が違うため、まずは研究所責任者であるクリスティン・ルモールと面接を行い、適切な医師を紹介してもらうという方向性で固まり始めていたのだが。
………
……
…
「おにいさま、これはなかなか難しい問題ね」
食後の話し合いの最中、ミラージュが浩介に向かって話しかける。
当然、立ち上がってポーズを取るのも忘れない。
「うん、難しいとこなんだよ。俺はまあ、色々と対策を練ったりすることができるんだけれど、少なくとも新山さんの神威貸与による魔力回路の損耗、祐太郎の暗黒闘気使用による経絡の損傷、そして先輩の魔力コントロールの狂いについては、急ぎどうにかしないとならないっていことなんだよなぁ……」
「まあ、一番の重症はオトヤンなんだがな。あれから、下半身のコントロールは良くなっているのか?」
祐太郎にそう問いかけられて、俺は今一度、魂の器を確認する。
ゆっくりと目を閉じ、自分の中にある魂のありかを探る。
那由他に広がる魂の中、俺の下半身に当たる魂の部分も、今まさに片足突っ込んでいる感じである。
よく言えば、部分的な幽体離脱。
悪く言うと、下半身は死んでいるに等しい。
それでも、新山さんの献身的な魔術治療によって感覚的な部分は戻りつつあるし、今動かせないのは股関節から下、つまり歩行機能を始めとした運動障害を起こしている部分だけ。
そうでないと、今頃、俺はおむつをつけている状態だろうからね。
おかげさまで生理的な部分は問題ないんだけれど、とにもかくにも歩けないというのがもどかしい。
今だって、自宅から持ってきた『魔法の座椅子』に座っているんだから。
「いや、まだだなぁ。新山さんの目から見ても、代わらないでしょう?」
「ちょっと待ってくださいね。診断……うん、私の魔法でも、乙葉君の身体は健康そのものなのですよ。つまり、私の魔法的診断では判別がつかない部分ということになるので、流石に私でもお手上げ状態です。ごめんね……」
「いや、新山さんに罪はないよ。だから落ち込まないで」
「うん、ありがとう……」
そうだよ、新山さんはいつも俺の悩みを受け止めてくれているからさ。
「お兄様、結婚式はいつですの? 私はお兄様とアーデルハイドさんの子供を抱き上げるのを、今か今かと楽しみにしていますわよ」
「子供っ!!って、私たちまだ、そんなんじゃ」
「うん、ミラージュ、それはさすがに早すぎるわ」
「そうなのですか? 近所の知り合いはもう立派に子を産み、育てていますわ」
「「早すぎるから!!」」
おもわず新山さんと一緒にツッコんでしまったけれど。
まあ、その件は保留だ、保留。
別に俺と新山さんの仲が進展していないっていうわけじゃないからな、多分。
「お兄様、私の見立てでは、肉体と魂が乖離している状態に見受けられますわ。なんというか、こう、肉体の神化に魂が付いて行っていない……いいえ、魂の昇華に対して肉体の神化が追い付いていないっていうように思えます」
「……はぁ? ミラージュには、俺の魂まで見えているっていうのか?」
「見ているのではなく感じているのよ。そう、私には魔眼があるから」
「魔眼……って、何処の魔族から、そんな能力をコピーしたんだよ」
ミラージュの能力、それは見たものの能力コピーすること。
最も神から与えられたチートスキルについてはコピーできないらしく、俺のカナン魔導商会も先輩の深淵の書庫もコピーできていない。
だけど、ミラージュは人の魂を視認することができる。
そのものの魂の本質をね。
「ステテコビッチ伯爵の能力よ」
「「「「誰?」」」」
あ~。
そうだよ、ミラージュにとっては人間の名前なんて飾り程度の価値しかない。
そのものの本質を見ているから、自分が判ればそれでいいんだったよな。
「彼は優秀よ。ただ、今はその力をかなり失っているから。まあ、そのうち会うこともあるわね」
「はあ、ということは、この近くにいるっていうことかよ……」
「そうね。それじゃあ私は学校に行ってくるわ。きょうは部活があるのよ」
それだけを告げて、ミラージュはリビングを後にする。
しっかし、我が妹ながら、相変わらずぶっ飛んでいるよなぁ。
――ピンポーン
そんなことを考えていると、玄関のチャイムがなる。
そしてどたどたと玄関がにわかに騒がしくなると、親父たちが無事に到着した。
「ふう、ようやくついたぞ。みんなは、ゆっくりと体を休められたかな?」
「そりゃもう。昨日は夜中までミラージュにせがまれて、あっちの出来事についていろいろと話をすことになったけれどな……って、親父たちは、今ついたのか?」
「深夜に到着して、ホテルで一泊。朝一番でここにやってきたっていうところだ。まあ、兄妹の仲が良くて大変けっこう。それでミラージュは? まだ寝ているのか?」
「親父たちと入れ違いに学校にいったよ。部活だってさ」
「へぇ、まじめに頑張っているようだな、感心感心。それじゃあ荷物を置いてくるから、ちょっと待っていろ」
「ワシも一休みしてから、ここの責任者の人と話でもしてくるとするか。一応、名目上は『視察』ということでここにきているのでね」
「ああ、親父もそういうことだったよな。それじゃあ、気を付けて」
「うむ。流石にまだ眠いものでな……」
あくびをしつつ、晋太郎おじさんは寝室へ。
そして俺たちはというと、荷物を置いてきた親父たちから、今後の説明を聞いている。
その主な内容は、俺たちの治療について。
計算外だったのは、俺たちの治療についての主導権を親父たちが握っているということ。
どうやら最初からそのつもりで付いてきたらしく、親父の許可があったからこそノーブルワンの研究施設が使えるようになったらしい。
ということで、今日の午後から、俺と祐太郎、新山さん、瀬川先輩の治療が始まることとなった。
ちなみに俺たちの治療を担当するのは、この研究所の研究主任でもあるクリスティン・ルモールさんと……。
「男たちの調整は俺が。そして女性の調整については母さんが担当することになる。浩介は治療棟一階のA012ポット、築地君はA018ポットで行う」
「そして小春ちゃんと雅さんは、私が担当しますわ。二人は2階に移動して、そこで検査を行った後、調整を始めましょうか。それぞれL110とL121ポットでの調整になりますので……あ、大丈夫よ、こう見えても私も、この道の先駆者ですからね」
「マジか……」
確かに、親父たちの専門分野については俺も詳しくはない。
というか、話を聞くたびに上手くはぐらかされてきたし、ここの責任者だったっていわれた時もピンとこなかったレベルだからな。
「まあ、今日は簡単に身体検査と診察をする程度かな。そのあとで、個々に合わせて培養液を調節、そこに浸かって貰ったり適度な運動を行ったり……うん、女子については私に任せてくれれば大丈夫だからね」
「問題は、祐太郎君か……ここまで体内の魔素が石化現象をおこしていると、プロの心霊治療師の出番なのだがなぁ」
「あれ、ちょっとまって親父、俺については?」
まさかとは思うけれど、俺よりも祐太郎の方が重症だったのか。
それならそれで、祐太郎の治療に専念してもらうけれどさ。
事実、今の親父の説明を聞いて、祐太郎が真っ青になっているんだけれど。
「ん? 浩介は手遅れだな。俺とか母さんの治療技術の遥か先の話だ。ということで、お前には、別の治療方法を教えるから、暫くは単独行動になる」
「とほほ。ミラージュにも言われたし、本当に俺って不幸だわ」
「オトヤンの父さん、俺ってそんなにやばいのか? 確かに暗黒闘気を身に付けて以後、だんだんと俺の身体が自分の身体じゃなくなっているような気はしている……けれど、それってつまり、俺が人間じゃなくなってきているっていうことなのか」
真剣な顔で問いかける祐太郎。
だが。
「いやいや、大前提として、人間が魔族化するにはかなり面倒くさい条件があってね。祐太郎君の場合、そのどれにも当てはまらないから大丈夫。ただ、魔族の力も使えるように体が変化しつつあるっていうこと。体内に生まれた魔石は、暗黒闘気を使ったことによる副作用であって、処理しきれていない魔素が石化して定着しつつあるだけ。それは逆に、祐太郎君の暗黒闘気を使いこなせるようになるための器官を、体内で生みだふぺしっ」
――ペシッ
あ、母さんが親父の頭を軽くひっぱたいた。
「お父さん、また悪い癖が出ていますよ? 本当に、自分の好きなことになると早口になって、相手のことを考えないで説明を始めるのだから……ごめんね、祐太郎くん」
「い、いえ、オトヤンのお父さんのことは、俺も小さい時から知っていますし……最近も、後輩のお父さんがこんな感じですので」
「「「あ~、有馬博士かぁ」」」
俺と新山さん、先輩と、同じことを考えたようで。
たしかに今の親父は、そんな感じだったな。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
「まあ待て、浩介については、まだ先方の返事が届いていない。それが来てから対応するけど、それまでは浩介もみんなと同じように検査後に調整槽に入ってもらうからな?」
「はいはい。素直に従いますよっと」
ということで、午前中はまったりとした時間を過ごしたのち。午後からはそれぞれ検査を受けることとなった。はぁ、こんな大規模の検査なんて受けるの……って、俺、ちょくちょく病院で検査を受けているよなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
午後になって始まった、4人の本格的な検査。
新山小春は、神威貸与の影響により魔力回路が著しく損傷。これについては調整槽において、魔族が肉体構成を行う際に用いる術式を使用し、一時的に肉体を活性化させることで魔力回路の欠損を修復するという治療方法によって解決するという目途がついたものの。
「ふ、冬休み一杯、魔術行使の禁止……ですか」
「ええ。新山さんの場合は、意図して自身の限界に近い魔力を消費して、より上位の魔術を行使している節があるわね。神聖魔術の回復術式、本来ならば軽傷程度を癒す魔術でも、中傷程度のけがを癒すために必要な魔力を使用している……まあ、魔力は使えば使うほど強くなり、体内保有量も魔力の回復速度も高まるけれど、神聖魔法の場合はより適切な魔力コントロールを身に付けた方がいいのよ」
「そ、そうだったのですか!!」
安全マージンを確保するめに、多少無理して使用していた回復魔術。
それがここにきて、小春の身体を蝕む要因の一つになってしまった。
「それと神威貸与、あれは当面は使用禁止よ。そもそも神の力を行使するために、その神から力を借りるのだから反動が出るのは当たり前。まあ、普段から神威に馴染んでいれば、ここまで酷いことにはならなかったのにねぇ」
「神威に馴染む……それって、どうやったらいいのですか?」
「うーん。これについては一概にどうという方法はないのですけれど……例えば、霊的スポットに体を晒すとか、神社仏閣巡りをするとか。ほら、修験者が深い山奥で滝に打たれるっていうのも、そういった修行の一環なのよ……あとはまあ……これはお勧めできないからパスかな」
そこまでいって、乙葉洋子は口をつぐむ。
「え、それって?」
「あ、私はなんとなく理解しましたわ」
洋子か゛言えなかったことが、雅はすぐに理解。
そしてその様子を見て、洋子も頷いている。
「うん、まあ、そういうことなのよ」
「ええ、流石に今は、それは無理ですわね」
「でしょう? だから、その方法についてはまあ、おいおいという事ね。小春ちゃんは、一日6時間の調整槽入りと、魔力コントロールの勉強ってところかしら」
「はいっ!!」
胸元で両こぶしをギュッと握る小春。
神威の取り込みについてはまだ理解していないものの、やる気は十分である。
そして、彼女の様子を見てほっとすると、洋子は雅の方を向いた。
「さて、次は瀬川さんの診断結果ね。体内に流れている魔族の血と人間の血、そのバランスが著しく狂い始めています。具体的には、魔人王になっていた時は安定していたのですけれど、今はその力を放棄してしまっているわね。結果としてですけれど、そこに刻まれている魔皇紋を制御しきれていない。それが深淵の書庫の制御にも狂いが生じているっていう事ね」
淡々と説明する洋子。
そして雅もまた、彼女の言葉を一語一句聞き逃さないように、必死にメモを取っている。
治療のため、ここに来てからは深淵の書庫の使用も自粛しているぐらいである。
「それでは、私はどうすれば?」
「まず、余計な魔皇紋を封印しましょう。それって普段から解放しっぱなしになっているから、貴方の身体にも悪い影響が出ているのよ。そのうえで、雅さんには『魔人化』を身に付けて貰います。魔人王で無くなってからは、魔人王オーガスの姿にはなれなくなっているでしょう? あの姿で深淵の書庫が使えるように無意識のうちに微調整してしまっているので、そこから始めた方がいいわね」
「オーガスの力……」
意識を右手に集中する。
以前なら、それだけで右腕だけ魔人化することが出来たものの、いまは上手くコントロールできていない。
「はぁ、理解しましたわ」
「妖魔純血種である雅さんに必要なのは、魔人化しても自在に体を使いこなせるようになること。ということで、彼女の体内に残っている魔皇紋の皆さん、暫くは眠っていてもらえると助かるのですけれど」
『まあ、それについてはやぶさかではない。この子の資質を考えると、やはりもう一段階ほどは昇華して貰わなくてはならないからな』
『同感じゃな。雅には今一度、魔人王になって貰わなくてはならぬ。そしていずれは魔神へとたどり着き、わが宿願を果たしてもらわなくては』
『ディラック、少し黙っていろ。そもそもお前の魂が暴走した結果、災禍の赤月が発生したのだぞ!!』
『まあまあ、今はそんな些末なことよりも、雅殿を守るすべを見出しましょうぞ』
『そうだな。いずれは雅殿にも婿をとってもらい、我らは主君の子らに加護を与えるべきでは』
『そうだな、幸いななことに、雅殿の思い人は』
洋子の問いかけに、魔皇が念話を放つ。
だが、その会話は相変わらずどこか抜けていて、要領を得ていないように感じる。
「だ、だぁぁぁぁ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっ。魔皇紋の皆さん、ちょっと黙って貰えないでしょうかねぇ……」
ヒクヒクと頬を引きつらせつつ、雅が呟く。
その瞬間、魔皇紋が沈黙する。
「あらあら、まあ、そういうことですので魔皇紋の皆さんに、ご協力感謝しますわ。ということで、雅さんは肉体と精神の定着が歪まないように、調整槽で6時間ほど、毎日調整を行いましょう。その後のは……うん、私がお相手をしますので、魔人化の訓練も兼ねましょうか」
「「え?」」
その洋子の言葉と同時に、スーッと洋子の身体が変化する。
金色の体毛を持つキツネ型魔族。
その尻尾は、現在は6本まで回復している。
「た、た、玉藻姫……九尾の狐の玉藻御前が、私を……」
「まあ、現役時よりも力は衰えていますけれどね。浩介とミラージュの件で、私の魔力は殆ど二人に引き継がれちゃったから。でも、ようやくここまで回復したので、こちらとしても慣らし運転のつもりで、ね」
伝説を相手にする。
それだけでもう、雅はお腹がいっぱいである。
「ということでね、二人についてはなにも心配はいらないわね。それよりも問題なのは、築地君と浩介よねぇ。お父さん、ちゃんと出来るのかしら?」
「そ、そうですよね、流石に普通の人間である乙葉君のお父さんでは、心配になりますよね」
「ええ、手加減できるのかしら、あの人……」
「「え?」」
まさかの言葉に、雅も小春も言葉を失う。
そして同時刻、一階では乙葉と築地の二人は地獄を味わうことになっていた。
伊達に、初代魔人王・御神楽天奉の元側近ではないということである。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




