第四百八十九話・行雲流水、天知る地知る我知る人知る(禁則処理と、魔人王引退)
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逃走しようとしたジェラールを白桃姫が捕まえてから、30分後。
大学帰りの瀬川先輩が、妖魔特区にやってくる。
俺が頼み込んでジェラールの体の解析をお願いしたからなんだけれど、さっそく、すでに逃走することを諦めたジェラールを解析して貰った。
「ふぅ、乙葉くんは、何処に向かう気なのでしょう。ジェラールさんの肉体についての解析結果ですが、私の知る限りでは機械化兵士の戦闘強度をほぼ有した魔導式ゴーレムという結論に達しています。ちなみにこちらが仕様書ですけど」
鞄の中から携帯型プリンターを取り出し、深淵の書庫に表示されているデータをプリントアウト。それを俺に手渡してくれたので、早速読み込んでみたんだけど。
そこに表示されている仕様は、シャレにならないものであった。
「あ〜、これって、いつぞやのヘキサグラム・ニューヨーク支部で出会った機械化兵士たちと同じぐらいかぁ。うん、ナイス・ハイスペック」
「ナイス、じゃありませんよ。こんな生体兵器のようなものを作り出して、もしも日本政府が嗅ぎつけてきたらどうするつもりですか?」
「その前に、ジェラールさんが逃げるんじゃね? まあ、金属感知機に反応するから、飛行機での移動は無理だと思うけどさ」
そう呟くと、ジェラールが豆鉄砲を喰らった鳩のような顔で俺を見る。
よせよ、照れるじゃないか。
「はぁ。マジかよ。アメリカの連邦捜査局にでも話をつけて、千歳の米軍基地から非合法的に飛ぶしかないのかよ。それで乙葉よ、俺の鞄の件だけど」
「ん〜、どこで取られたんだ?」
「サンフランシスコ・ゲートで、黒龍会の魔族に取られたんだが。その直後に、俺は蛞蝓大公とかいうやつに取り込まれちまったから、そののあとの事は知らないんだ。どうにか探せそうか?」
ふむふむ。
その黒龍会は、俺と白桃姫の手によって壊滅したので、今頃はサンフランシスコ・ゲートに踏み込んだヘキサグラムかアメリカの特殊部隊がアジトに乗り込んで、証拠品として回収しただろうなぁ。
そうなると、何処か裏から手を回さないとならないんだが……ああ、冬休みになったらボルチモアに向かう予定だから、そこで頼み込んでみるかぁ。
「まあ、ちょっと時間が掛かるけれど、なんとか頼んでみるわ」
「宜しく。それじゃあ、鞄を取り戻すまでは、暫くはここにお世話になるか」
「ここ?」
ここって妖魔特区だよな?
廃墟しかないんだが、どこに住む気だ?
「その辺に、適当に小屋でも作るさ。この体だと、食事を取らなくても動けそうだからなぁ」
「あ、魔力補給が必要なので、取り敢えず食ってくれると助かる。肉体構成した魔族のように、食物から生体エネルギーを得られるようには作った筈だから……うん、そんな感じだな」
もう一度スペック表を見ながら説明すると、ジェラールは膝からがずれるように地面にひざまづいた。
「マジかぁぁぁあまぁ、なんだよ、そのハイスペックな性能は。その知識と技術があれば、いくらでも金を稼げるようになるだろうが。それこそ医療分野とか、工業系、土木作業系にも応用が利くだろう? なんでまた、才能の無駄遣いというか……」
「あ、そういうのは興味ないから。自分の好きなことをやっているだけだし、例え一兆円積まれても、自分の興味のないことはやらない。それがこの俺、乙葉浩介だからさ。まあ、ジェラールさんの素体については、俺も研究途中だった錬金技術をありったけ詰め込んでみたという、いわば試作型なのでね。これから応用として色々と考えてみることにするよ」
どやぁ。
親指で自分を指差しつつ、そう告げる。
すると瀬川先輩や白桃姫、そしてジェラールも呆れたような顔をしている。
「はぁ、相変わらずの阿呆じゃなぁ。それはそうと雅や、一つ尋ねても良いか?」
そんな俺とジェラールのやり取りが一段落して、白桃姫が先輩に話しかけている。
「ええ、どうぞ。なにかありましたか?」
「先日の、おぬしの魔人王引退と、銀狼嵐鬼の五代目魔人王就任については、本当なのか? 就任時の告知が空に浮かび上がったから、妾の配下たちは大慌てじゃったが……」
「ええ、私は魔人王を引退しました。今はお父さんが、魔人王として就任し、鏡刻界に向かいましたわ。週に半分はあっちの世界で過ごすということで、家族会議も無事に終わりましたので」
え? なにその話?
俺は聞いていないんだけれど?
一体、いつの間にそんな話が……って、ああ、俺の意識がないときの話か。
「初耳ですが、まあ、先輩が決断したのならそういうことで構いませんよ。俺も肩の荷が下りましたからね」
「乙葉君たちに、あまり余計な負担を掛けたくはありませんから。私が魔人王であったときは、一人で回せるか不安だったので助けて貰っていただけですけれと、今の私は引退して普通の大学生ですわ。まあ、その変わりに、『地球担当官』という職務を押し付けられましたけれどね」
「ふぅん。それじゃあ、その先輩の仕事で何か困ったときは、俺も協力しますよ」
いつも先輩には無理難題をお願いしていたからね。
こういう時こそ、協力してあげないと。
「ふふ。それは助かりますわ。ちなみに築地くんと新山さんも手伝ってくれるって話していましたから」
「おおっと、俺が最後か……と、そういえば、今日は二人ともいないよなぁ」
「築地なら、今日は戦捺羅の元で修行じゃな。ほら、あの獣人っ娘の……りなちゃんとかいう奴と一緒じゃ。小春は……はて?」
「新山さんは、今日は親戚が遊びに来るとか話していましたわね。昨日の夕方に、急遽用事が入ったとかで。ここで私と新山さんは、札幌テレビ城の建設の手伝いをしていたのですよ?」
ああ、そういうことか。
俺にも一言、声をかけてくれれば……って、この足じゃ、何も手伝えないよなぁ。
気を使ってくれたんだろう。
「……あ、あの、白桃姫さま? ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか?」
そんなことを考えていると、傍らで腰かけていたジェラールが、白桃姫に話しかけている。
うん、何かおびえているような感じなんだけれど。
「なんじゃ、他人行儀な……と、他人じゃったな。なにが聞きたいのじゃ?」
「そこの瀬川さんが魔人王だったって、どういうことですか?」
「ああ、話してよいことなのか? 雅よ、その辺はどうなのじゃ?」
「私から説明しますわ。実はですね……」
それから三十分。
先輩は、自身が魔人王になったこと、俺たちが十二魔将になったこと。
そしてつい数日前、魔人王を引退し、父である銀狼嵐鬼が魔人王に就任したことを説明する。
ジェラールも半信半疑で聞いていたらしく、時折、白桃姫に先輩の話が真実かどうかを尋ねていたのだが、すべてを聞き終えると、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「ああっ、黒龍会の案件が、こんなにあっさりと解決するだなんて。ま、まあ、今となっては、その黒龍会も全滅したことだし、とりあえず面倒臭い件は全て終わったよな。それじゃあ、どこか廃墟かどっかに住処でも探すか」
「それがよい。仕事なら、ここの建設作業に雇ってやろう。三食は……なあ、乙葉や? ジェラールの食事は魔力玉でも大丈夫なのか?」
んんん?
あ、食物からの摂取じゃなく、直接魔力を取り込むっていう事ね。
「特に問題はないと思うが?」
「よし、それで決定じゃ」
「はぁ……まあ、あの鞄がないと俺も仕事に戻れないし……と、中国にも連絡を入れる必要があるが、この姿だとやばいよなぁ……バックレるか」
「中国……ねぇ。それよりもさ、さっきの話の続きなんだが。世界の番人と導き手って、一体何の事か教えて欲しいんだけれど?」
これ。
災禍の赤月対策、その重要なヒントをまさかまさかのジェラールさんが知っているとは予想外。
まあ、敵に掴まったときに、逆に情報を奪い取ったっていうからタダでは転ばないっていうことだろうなぁ。
「まあ、簡単に説明するか。世界の番人はすなわち、この世界を守る神。そして導き手は、世界が破滅を迎えそうになった時、勇者を導く存在。ちなみにだけれど、破壊神ダークの対極に位置するのが、世界の創造神なんだけれど、今は災禍の赤月が起きないように、その力を再構築している最中でね……と、ここまでの情報しかないんだけれど、よい?」
「んんん? その世界の番人っていうのが創造神で、災禍の赤月に対抗するために力を蓄えている。それは理解した。それじゃあ、この前の魔族の狂化については? ディラツクの暴走を止められなかったことについては、その番人っていうのは干渉する必要が無いと判断したっていうことか?」
ぶっちゃけると、世界を守るのなら、この前、手を貸して欲しかったんだけど。
「そこについては、詳しくは分からないんだよなぁ……ただ、番人は、常に世界を監視し、異世界からの侵攻に対して守りを固めている……っていうことらしい」
「異世界の侵攻……って、災禍の赤月? つまり本物の破壊神かよ」
「つまり、ジェラールの言葉から推測するに。妾たちの世界と乙葉たちの世界、この二つを守る強固な結界を施すのが精いっぱいで、内部での出来事までは手が回らない……ということじゃろうな」
「多分な。ということで、これ以上の情報はない。導き手は勇者に叡智を授けるのではなく、そこにたどり着くための道しるべを示すだけ。それも、たった一度だけ。それ以上の干渉はできない……っていうことらしくてな。これは黒狼焔鬼の知識から奪ったもので、やっぱりそれ以上のデータはない」
なるほどなぁ。
災禍の赤月が本格的に動き始めると、それこそ世界は崩壊する。
それを留めるために番人が結界を施しているため、その中での些末なドンパチまでは手が回らない。それは俺たちの仕事……っていうことなのか。
しかし、番人ねぇ。
今回の破壊神の侵攻、災禍の赤月に対抗するための手段、それを教えて欲しい気もするんだけれどさ。
「……んんん?」
「どうした乙葉や、なにか思い出したのかや?」
「いや、これはなんとなく、直観なんだけれど……俺、ひょっとしたら、導き手にあったことあるかも知れない」
――ザッ
ん、ほら、一瞬、頭の中に何かが浮かぶ。
どこかの部屋、いや、座敷かな?
結界に包まれた座敷、そこに座っている少女。
と、あ、消えた。
うん、今一瞬だけ何か見えたような気がする。
「それは真かや!!」
「いや、なんとなくだけど。今、頭のなかに何か浮かんだような気がしたんだけれど、それかせ思い出せなくてなぁ。ま、そのうち思い出すかもしれないから、ちょっと気を付けてみるわ」
「それがいいわね。私の深淵の書庫も、魔人王モードでの起動は出来なくなってしまったから。でも、魔皇モードっていうのは使えるのよ?」
「そりゃまた、凄いですね……これは、俺も本気でこの足を直さないとならないよなぁ」
そして、今だに審査が止まっているカナン魔導商会も。
それこそ、俺の切り札のようなものだから、出来るだけ早くアカウントの復帰をお願いしたいところではあるんだけれどさ。
規約違反をしたのは俺だから……いや、あれはなるべくしてなったということだよなぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




