第四百八十七話・有言実行、荒馬の轡は前から(禁断の一手と、魂の修練と)
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冬休みまでの一か月間、まじめに過ごすと話していたな……。
あれは嘘だ!
いや、嘘ではないんだが。
ちょっと色々と思うことがあって、俺は今、長閑な土曜日の午後を妖魔特区内のティロ・フィナーレで過ごしている。
定期的に訪れては掃除をしていたので、家の中は常に綺麗……もとい、ある程度は綺麗。
今日、ここにきた理由はいくつかあってだね、実はここのマンションの管理会社からの、『ある依頼』をクリアするためにやって来たのだよ。
正確には、これからそのお願いを聞くのだけれど、だいたい想像はつくよね。
ということで、待ち合わせ時間の午後二時になり、俺は一階のロビーへと移動。
そこにはすでに、管理会社の方とマンションのオーナーが待っていた。
「……遅れて申し訳ありません。ちょっと怪我をしていまして、この格好で失礼します」
「それは構わないよ。ということで、こちらがここのマンションのオーナーで、四井不動産の高河さん。それと私のことは知っているよね?」
「ええ、管理会社の立花さんですよね。それで、本日はどのような御用でしょうか?」
「ええ、実はお願いがありまして……」
高河さんの話では、現在、このマンションの住人の中で部屋を売りに出そうとしている人が結構いるらしく。そりゃあ、妖魔特区なんていうとんてもないところに建っていて、ライフラインが絶望的なマンションなんて誰も喜んで入りたがらない。
しかも、近隣のマンションは妖魔特区特有の大気によって風化し、中には崩壊して瓦礫の山になってしまったものも多数あるとか。
そして当然、そういう場合の保証その他が発生するのだが、大抵は保険で賄われるのであるが、こと妖魔特区では話が別。
特に地震や火災などで破損したわけではなく、自然風化という処理をされている場合が多い。そういう場合は保険の適応範囲外として扱われている場合が多いそうで。
ちなみにだけれど、妖魔特区が発生したとき、この区画から避難している人々に対しては国からの補助金が支払われている。その場合は、妖魔特区内の建物および敷地については国が買い取るという形になっている場合があるとか。
「つまり、このマンションだけ建っているのは不自然であり、ここから引っ越ししようにも、なんの手当も出ないので破壊して欲しいと? 妖魔特区からの退去については国から補助が出ていますよね?」
「違う違う。いきなり過激なことは言わないでくれ、その逆だよ。このティロ・フィナーレは乙葉くんの施した結界によって建物が維持されている。だが、ライフラインについては閉ざされてしまっているため、これをどうにかして復帰できないかというお願いなのだよ。入居者からは、君とその隣の家には水道も電気も通っているという報告を受けてね、ひょっとして魔導具で賄っているのではと思ったんだけれど」
ああ、つまりは俺にライフラインを作ってほしいということか。
「まあ、うちでは普通にライフラインの復旧を終わらせてありますからね。ついでに隣にも分けてあげてはいますけれど……」
「それ、どうにかマンションの全戸に出来ないか? 必要なら予算も捻出するし、見積もりを出してもらえれば、こちらでも検討できるのだが、どうだろうか?」
「うーん、ちょっと待ってくださいね……」
別に、やる気になればなんとでも出来る。
魔導発電機と水を生成する神聖具、あとは魔法による浄化槽の取り付け……。
ん、ちょっと待って、ここの水道施設ってどんなかんじなんだろう。
「ここのマンションって、水道は『高置水槽方式』ですか?」
これは水を高圧ポンプなどで建物の上層に設置されている高置水槽まで運び込み、そこから各家庭へと送る方法。最近、関東圏では各家庭まで一発で水を送り出す『直結給水方式』のマンションが増えているらしいけれど、あれって一〇階建てとかそのぐらいまでしか上げられないんだよなぁ。
ということは、ここって。
「ええ。高置水槽方式を採用しています。10階ごとに水槽が設置されていまして、都度、そこから上に高圧ポンプで送り出し、最上階の水槽へ運び込んでいます。それと下水については……」
うん、床スラブ上配管方式と言われてもピンとこない。
まあ、下水については各部屋に浄化術式の魔導具を設置すればいいと思う。
ただ、それを一個一個設置したとして、誰かが外して売り飛ばしたりする可能性もあるんだよなぁ。大きな共用浄化槽のようなものがあれば、そこで纏めて浄化することができるんだけれど。
そんなこんなで一通りの説明を聞いたんだけれど、どう考えても『全戸魔導具対応』なんて絶対に無理。
「……ということで、すべての部屋のライフラインを魔導具で対応する場合は、おおよそどの程度の予算と施工期間が必要か教えて欲しいのですが……」
「うーん。今、魔導具を作る材料が無いんですよねぇ……10件分程度ならストックでどうにかできると思いますけれど、全戸魔導具対応は不可能です。そもそも、一軒の魔導具化だけでも、予算は100万円を超えますよ? 先行投資というよりも、これは建物を作る時点で魔導具配置部分の設計から見直した方がいいレベルですから」
淡々と説明すると、高河さんは一語一句間違えないようにとメモを取っている。
「ちなみにですが、乙葉君のお隣さんの家には?」
「ああ、お隣については、うちの魔導具の稼働テストに付き合って貰っただけですよ? だから無料。まあ、一階から四十階まで徒歩で上がるのは大変そうなので、エレベーターだけでも電気を通したいのですけれど……さすがに電気設備については無免許なもので、俺じゃあ弄れないんですよね」
「エレベーターの電気かぁ……ちょっと難しいかも知れないなぁ」
話によると、主開閉器盤という電気設備に魔導具を接続する必要があるらしいけれど、そこを弄れるのは電力会社とそこからの依頼を受けた電気工事会社のみ。
そして魔導具と配電盤を繋ぐという前代未聞なことについては、法的に認可が下りていないため不可能。ああっ、ここにきて法の壁がぶつかって来た。
そういう点を一つ一つ説明してくれたので、エレベーターについては諦めるしかない、お隣さん、頑張って。
「ちなみにですが、全戸魔導具対応を行うとした場合、どうやって法的手続きをクリアする予定でしたか?」
「オール魔導具化のモデルルームとして申請したのち、問題がなければそのまま使用する予定でしたが。その場合は、魔導具の電力発生装置を北海道電力に認可してもらう必要もありますが……まあ、蛇の道は蛇といいますか。そうですか、材料不足という壁が……」
「ええ。まあ、うちより上の階はないので、繋げられるとしてもひとつ下の階程度でしょうね。三十九階の四部屋程度なら、うちから延長コードで電気は送れますし、上下水道を魔導具化できますが。それより下の階については、ちょっと厳しいでしょうねぇ」
「なるほど。では、この件は持ち帰って検討してみます。『オール魔導具化』は断念しますが、今の住民の方からはどうにかしてライフラインを修復して欲しいという願いが届いていますので。それでは失礼します、お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
そのまま挨拶をして高河さんと管理会社の方は、一階の管理室へ移動。
うん、材料の仕入れ先であるカナン魔導商会が使えないから、作りたくても作れないし、今後の事を考えると俺も素材を無駄にはしたくないんだよなぁ。
………
……
…
「はぁ、材料不足と法的問題かぁ、こればっかりはなぁ。しっかしオール魔導具化かぁ、オール電化みたいで格好いいんだけれどなぁ……せめて一戸建てから実験した方がいいよなぁ」
そんなことを呟きつつ、魔法の絨毯で自宅四十階まで移動。
そのまま室内に戻ると、魔導書を開いて目を閉じる。
「錬成魔法陣……起動……」
――ヴン!
部屋全体に広がる魔法陣。
そこに空間収納から取り出した素材を一つずつ、丁寧に並べていく。
これは本番前の稼働実験、ホムンクルスを作り出すためのテスト。
俺の意識が戻ってから、時間があるときはずっと、こんなかんじでホムンクルスの生成が可能かどうか試していた。
実際に生命体を創り出すことはできないため、今は魔法によるテストデータを採集している。
夜、眠りに就こうとしたとき、頭の中、体の奥底から声が聞こえているような気がするんだよ。
俺の中の魂の器、そこに眠っている人々の魂の叫び。
それが無念さを、つらさを訴えているような気がして……。
それが幻聴であり、本当は聞こえていないっていうのは術的に解析して理解はしている。
つまり、聞こえてくるのは俺の罪悪感が作り出した幻聴。
でも、俺にしか彼らを助けることはできないんじゃないかって、そう思えてきたから。
「魔法陣、停止……ふぅ。やっぱり駄目かぁ」
今日までに実験した術式は、すでに200を超える。
だが、ただ一つとして、生命体を作り出すところまで到達していない。
そりゃそうだ、神でもなんでもない人間風情が、錬金術によって生命を作り出すだなんて烏滸がましいにもほどがある。
まるで神がそう嘲笑っているような気がする。
「……そうなると、あとはこれなんだよなぁ」
空間収納から取り出したのは、以前、鏡刻界のラナパーナ女王から受け取った『魔導結晶体』。それを錬金術の変形により心臓の形を形成したもの。
ここにゴレーム魔術の核となる制御中枢を魔力によって刻み込み、ようやく完成したのがこれ。
生命体を作るのが駄目なら、ゴーレムならどうだって考えて作ったんだけれど。
「……しっかしこれが正解かどうかなんて俺にもわからないんだけれど。まあ、借りは返すし、助けるって約束したからな……」
空間収納からもう一つ、マネキンのようなゴーレム素体を取り出すと、その胸部にこの心臓を組み込んでいく。
そして心臓表面に浮かび上がった小さな魔法陣に、ミスリルによって作り出した神経節を一つずつ繋ぎ、最後に『魔導化』の術式を唱える。
「……まあ、最悪の場合でも、この魔導心臓に魂だけは宿る。ということで……」
魔導化に必要な時間は、ざっと計算しても29時間。
その間、ここには誰も入れないように結界を施しておいて、あとは運を天に祈るだけ。
そもそも、魂の移し替えなんてしたこともないしやり方もしらない。
だから、魔導心臓を削り込み処理している際に、ずっと神に祈っていただけだからなぁ。
――ヴン……カチッカチッカチッ
魔導化のカウントダウンが始まる。
このままだと、明日の夜には処理のすべてが完了する。
そして、結果もその時点で分かる。
「はぁ……今日もガス欠だ」
すでに体内の保有魔力は枯渇寸前。
ということで、今日はティロ・フィナーレに泊まることにして、明日の結果を待つことにしようか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




