第四百八十六話・六根清浄、七転八倒七転八起(世界の進化とつかのまの平穏)
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ザワワッ……ザワワッ
風がそよぎ、樹々がざわめく。
一日ごとに、少しずつ日差しが弱まり、日が沈むのが早くなっていく。
あの魔族暴走事件から数か月、季節は間もなく冬。
新しい年を迎えるまで、あとひと月という12月1日。
その日も、サンフランシスコ・ゲートにそびえる精霊樹には、大勢の人々が集まっていた。
現在、、精霊樹は巨大なバリケードによって近くまでたどり着くことはできなくなっており、見学者は精霊樹から150メートル離れた場所に作られた、展望台からしか見ることはできない。
もっとも、そこまで近寄らなくても、サンフランシスコ・転移門に入り見上げるだけで、精霊樹はどの角度からも眺めることができる。
現在も、精霊樹の周辺はヘキサグラムとアメリカ政府の退魔機関による調査が続けられている。
これを解析するために、自称・情報通という魔族も雇い入れたものの、今だに詳細は一切不明。
判っているのは、『精霊樹は星のマナラインと繋がっている』『魔力を放出している』という二点のみ。
ただ、このサンフランシスコ・ゲート内部はとても澄んだ空気が漂っており、体に不調が生じている人々もこの地で一週間ほど過ごせば、重症でないかぎりは症状が改善されているという。
そのため、現在は多くの人々が此処を訪れるようになっている。
まだ危険性を孕んでいるため、サンフランシスコ・ゲート内部にて生活することは認められておらず、国家認定ガイドと共に観光として訪れる以外は、ゲート内部に入ることは禁じられている。
そのため、サンフランシスコに在住していた人々はゲート外への引っ越しを強制され、サウス・サンフランシスコやオークランドといった、近郊へと移住していった。
現在、サンフランシスコ・ゲート内部の安全が確認され次第、元の居住区へと戻れるという報告が行われているものの、具体的な時期については合衆国も未だ公表していないという。
………
……
…
――日本・妖魔特区
「ふふんふーん♪」
土曜の昼下がり。
白桃姫は日課のように精霊樹に手を添えると、小さな一枚の扉を形成する。
それは鏡刻界へと繋がる転移門であり、乙葉の神の器と同化したことにより、彼の持つ扉を形成する術式を掌握、自在に操ることができるようになっていた。
なっていたのだが。
――スッ
発生した扉は、僅か3分で消滅する。
「ふむう。やはり、災禍の赤月で消滅し始めている魔力と、精霊樹から生み出される魔力が均衡を保ってしまったか……」
災禍の赤月、すなわち天空に受かぶ三つの赤い月。
現在はその姿を肉眼で捉えることはできないものの、魔力を目に集めることで中空に浮かぶ三つの月はなんとなく視認することができる。
「白桃姫さん、やはりこの地から転移門を生み出し、異世界へと向かう事はできませんか」
「そうじゃな。今日を含めて12回、この精霊樹を媒体として転移門を作り出したが。やはり開くことは叶わぬようじゃな。転移門解放に必要な魔力もさることながら、この精霊樹からでは鏡刻界に転移門を生み出すことが出来ぬ。かといって、向こうの世界の精霊樹と接続できるかというと、そもそも妾ではその場所も知らぬ故、むりじゃなぁ」
後ろに待機していた日本政府の調査団に向かって、白桃姫が淡々と説明を行う。
政府としては、意地でもこの地から異世界へと向かい、様々な恩恵を得ようと必死なのであるが。肝心の転移門の安定化は望めず、異世界へと向かうことはできないという結論に達した。
「乙葉くん、君でもだめなのかね?」
「あっははは。無理っすね」
さらに調査団から少し離れた場所で、畳一畳程度の魔法の絨毯の上に乗っている乙葉浩介に話しかけるも、彼から返って来た返答はあっけないものであった。
ちなみに、今だ乙葉の下半身には魂が宿っておらず、現在は魔法の絨毯の上に炬燵と座椅子をセットした状態で、そこに潜り込んで移動しているという。
「君は現代の魔術師なのだろう? こう、ぱぱっと転移門を作り出すとか」
「あ~、そもそも、時と空間の神であるア・バオア・ゲーとの交信もできませんので。あれって水晶柱があったからこそ、俺も自在に行けたのであって。水晶柱なくて異世界転移のための扉を作ることは、また一から魔術を解析し、再構築する必要があるので無理ですわ」
嘘である。
精霊樹は白桃姫と乙葉を認めた。
その結果、以前よりも効率よく転移門を構築できるのだが、水晶柱とは異なり精霊樹に係る負担が大きいため、『俺たちは水晶柱がないと異世界には行けない』ということにしたのである。
これは魔法研究部とそのOB、そして白桃姫との間に交わした秘密であり、そうした方がいいと判断したから。
当然、白桃姫が作った転移門が消滅したのもわざとであり、その気になれば一か月間開きっぱなしの持続型転移門ぐらいは作り出すことができる。
「ふぅ。今日で調査日程は終了。わかったことは、精霊樹が発生して以降、妖魔特区内部の風景が著しく変化していったこと、都市群は廃墟化が進んだこと、そして札幌駅迷宮、地下歩行空間迷宮が活性化したこと……か」
「この地に魔術を学ぶ学校を作るとして、その建設に乙葉君は力を貸してくれるかね?」
「無理っすねぇ。ほら、この前のここでの戦いで、俺の身体はボロボロでして。弱い魔術程度ならまだ扱えますけれど、以前のように強大な魔術なんて行使できませんからね」
淡々と説明する乙葉。
以前なら、もっと喰ってかかってきたり恫喝してでも協力させようとしていたところだが、あの戦いによって世界規模での平穏が訪れたことは、政府機関内では周知の事実。
しかも、アメリカでは大統領がホワイトハウスのオーバルオフィスで今回の魔族暴走事件についての演説を行い、そこで乙葉浩介の功績を認め褒めたたえていたという事態も発生。
当の本人は意識不明で眠り続けていたため知らなかったのだが、あとでYouTubeで見返して真っ赤な顔で困れ果てていたという。
「そうか。いや、もしも次、また同じような事件が起こったらと思うと。やはり君に魔術講師を行ってもらい、より多くの魔術師を育成してもらいたいというのが日本政府としての願いでもあったのだよ」
「それは陰陽省の仕事ですよね。俺個人で出来ることは限られていますし、そもそも魔術云々については、もう何度も説明はしてきたつもりですし……そもそも、高校生にそんな仕事を押し付けないでください」
「そこだよ。高校を卒業したあとの進路だよ。ぜひとも陰陽省に」
「いえ、謹んでお断りします。もう大学進学も決まっていますから」
それ以上は、乙葉は話をしない。
目を伏せて、じっとうつむいている。
「さて、日本政府の調査団とやら。今日までの調査で、この妖魔特区を今後、どのように活用するのか、今一度戻って話し合ってみるがよい。ちなみにその場合、現代の魔術師と妖魔特区内魔族の協力は無いところから考えるように。妾たちは、のんびりと生きていきたいからのう」
「そ、そうですね。それでは時間も時間ですので」
「ええ。それでは、これで妖魔特区の調査団は解散しましょう。あとはここまでの報告書をもとに、今一度国会内で審議を行いたいと思いますので」
いそいそと立ちあがり、その場から退散する議員たち。
そして後片付けは札幌市退魔機関の職員の主導で行われ、乙葉と白桃姫の二人は、元・札幌テレビ城のあった場所に設置された仮設テントへ戻っていった。
〇 〇 〇 〇 〇
「よし、話し合いは完了……と」
相も変わらず、日本政府は異世界へ向かいたいらしく。
そのために必要だった水晶柱が失われたので不可能ですと説明しても納得してくれなかったので、俺と白桃姫で一芝居うってみた。
結果は大成功で、白桃姫が構築した転移門は音もなく消滅、俺はこのような状況なので無理が効かない。ようやく学校に通えるようにはなったけれど、魔術回路はずたずたで再生不能。今一度、新しい魔術回路を自ら構築しないとならないという事態になっているからね。
「オトヤン、おつかれさん」
「今、コーヒー淹れてあげますね、ちょっと待っててください」
テントの中では祐太郎と新山さんが、万が一の時のために待機中。
瀬川先輩はというと、現在、鏡刻界のウィスプ大陸、つまり魔大陸の帝都に出向中。お父さんである銀狼嵐鬼が五代目魔人王に就任したので、唐澤りなちゃんと有馬紗那さんを伴って手伝いに向かった。
まあ、二人とも鏡刻界に興味津々だったので、たまには気晴らしをということでついていったという部分もある。
まだ十二月初めで、学校もあるんだけれど……自由過ぎるわ。
「そういえば、祐太郎の身体ってもう大丈夫なのか? 腕とか脚とか、千切れていたよな?」
「それについては、新山さんの再生術式でどうにかってところだ。ただ、暗黒闘気の乱用で、けっこう筋肉痛がきつい。経絡もかなりくたびれているらしく、闘気の練り込みが雑になっている感がある」
「そういえば、私も以前よりも魔力の回復が遅くなっています。診断による自己診断では、神威貸与の影響で私の魔力回路も結構擦り減っているらしいのですよ。それでね、乙葉君が以前、魔力回路がボロボロになったときに回復したでしょ? あの方法を教えて欲しいのだけれど」
あ~。
ああ、理解。フェルデナント聖王国戦のあと、陣内によって強制転移させられたときにたどり着いた聖霊の里のとこだよなぁ。
それって、聖霊の力で背体内の魔力回路を新たに構築してくれたからどうにかなったわけで、神威の大暴走ともいえるぐらいに使いまくった今の状況では、聖霊のいないこの地球では回復は見込めない。
「あれは聖霊の力だからなぁ。白桃姫、この地球には聖霊はいないんだよな?」
「まだ、精霊樹にはそれらしい気配を感じないからのう。そもそも、この裏地球に聖霊がいなくては話にならぬ。かといって、鏡刻界に向かって治療というのも話が違うからのう……どこか、そういう医療機関があればよいのじゃが。妾たちの国では、治療院というのがあって、そこで怪我や病を癒していたのじゃが」
「医療機関かぁ……魔力回路とか、そういう病を癒してくれるオカルトな研究機関なんてないよなぁ」
うん、そういうものがあったら、速攻でいって治したいよ。
とはいえ、下半身の不安定な状況は魂と人間としての肉体の結合にかかっているので、こればっかりは無理。だけど、ひょっとしたら、神威バイパスが下半身まで綺麗に流れてくれれば、俺の下半身も復活する可能性はあるんだよなぁ。
そんなことを考えていると。
「あ……乙葉くん、ありますよ、オカルトな医療機関!! あそこなら、ひょっとしたら乙葉くんや築地君、それに私の体調も治るかもしれませんよ!!」
「は、はぁ? それってどこ?」
うん、まったく覚えがない。
そして祐太郎も腕を組んで何か考え始めているし、白桃姫はニマニマと笑っているし……って、その顔はなにか知っているな!!
「ボルチモアですよ!! ヘキサグラム研究施設『ノーブルワン』、あそこなら私たちの身体についても色々と調べてもらえるのではないですか!!」
「ノーブルワン……ああ、ミラージュのいるところか。そうか、日本のどこだったかなと思っていたけれど、アメリカかぁ、その手があったか」
「ちなみにだが、同じような研究所ならヘキサグラムのニューヨーク方面総監部。というのもあるな。確か……セクション5『ガバナーズ・フォートレス』だったか?」
「あそこは機械化兵士の拠点ですよ?」
ああ、そうだそうだ。
すっかり忘れていたわ。
そういう方面については、何故か物忘れがひどいことがあるんだよなぁ。
「う~ん。それじゃあ、ちょいと連絡を取ってみてから、いってみますか?」
「さすがに学校をさぼっていくわけにはいかないからなぁ。行くとしたら冬休みか」
「出来れば聖地巡礼は……って、今の身体じゃ無理か。とほほ……」
「そうですね、私も冬休みのほうが都合がいいかも。ということで」
「往ってみますか!!」
「オトヤン、発音がおかしくないか? まあ、それぞれ許可を取って、問題がなければ今年の冬休みはボルチモア・ノーブルワンだな。オトヤンの家もあるから宿泊先には困らないし」
ということで、この日の話し合いは無事に終了。
テントはそのままで解散し、俺たちは冬休みまでの一か月間を、まじめに過ごすことにした。
第七部・完……
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




