第四百八十四話・(登録魔族制度と、反発するものたち)
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2月23日に最新刊である7巻が発売されます。
国家安全保障会議の場にて、今後の日本政府と魔族の付き合いについて、果てしなく議論が続けられる。
そもそも、今から二年半前までは、魔族の台頭などということは日本政府としては想定していない。
今までも人に紛れ、歴史の裏で暗躍していた魔族の存在については、【盟約の石板】を通じて政府としても暗黙の了解として目こぼしはしていた。
たとえそれが、犯罪者や死刑囚を魔族に貢ぐ行為だったとしても。
盟約の石板、それがある限り魔族は盟約を行ったものに対して危害を加えることはできず、その効力が切れるまでは、互いに契約を破ることができない。
『一定数の人間を、妖魔の餌として差し出すこと。そのかわり妖魔側は、その議員たちの警護を請け負ったり諜報活動を行う』
これが、魔族個人と議員との間で交わされ続けていた盟約。
古き時代、今から遥かなる昔。
とある田舎豪族が、一体の魔族と結んだ盟約が事の発端である。
『俺を活かしてくれるなら、俺はあんたに力を授けてやる』
『お前を活かしてやるから、あんたは俺の家臣になれ』
尾張国南西部にて生まれた、一人の男。
彼が助けた魔族が手にしていた一枚の石板、それはさらに古き時より伝えられていた【魔族と人の契約書】であり、男はこの契約により、魔族の力を手に入れることが出来たという。
やがて男は天下統一を果たすものの、契約を不履行したことにより魔族の手にかかり、その生涯を終えてしまう。
この時の石板は燃え落ちた寺の敷地内で発見され、陰陽府に渡り解読が進められたという。
そして、その石板を解析しつくりだされたのが、【魔族調伏書】とよばれる、魔族と人の契約を簡略化する術式。
これにより、新たな【盟約の石板】が作り出されると、時の天皇や将軍、そして明治政府、大正政府と伝えられ、現代まで綿々と受け継がれることになる。
一枚の石板にて縛られる魔族は三体まで、その期間は最大でも50年。
魔族は契約に則り人間に使役し、人間は魔族に対して糧と安寧を与える。
だが、盟約に縛られし魔族が、時間の経過とともに進化を続けていたことなど人間たちは知る由もなく。人間は己が欲望のために、まるで奴隷でも扱うかのように魔族を使役しつづけていた。
だが。
………
……
…
――バギッ
国会議事堂外、いまや観光名所となった巨大水晶柱前。
昨年のフェルデナント聖王国の侵攻により亡くなった者たちへの追悼碑が作られた場所では、大量の砕け散った石板がうずたかく積み上げられている。
「さて。災禍の赤月とやらで魔力が弱っていたことが、効力を成したようだが」
魔人・小澤ことダブスタナースを始めとする魔族議員たちが、砕けた石板をそこに投げ捨てている。
災禍の赤月の活性化に伴う、魔力消失現象。
まだ覚醒も始まったばかりの時、まず先に力を失ったのが【盟約の石板】による契約。
これにより盟約に囚われていた魔族たちは石板を放棄すべく破壊。
それがここに運び込まれて、このように高く積まれている。
「はぁ。本当に盟約が失われるとはねぇ」
「これで、あんたと我の盟約は存在しない。まあ、今まで好き勝手に使われていたが、これからは対等ということになるが、それで構わないな、人間よ」
積み上げられた石板の前で、燐訪議員は腕を組み、ハァ……とため息をついている。
その様子を見て、小澤も満足そうにうなずくと、踵を返して国会議事堂へと戻っていった。
「首輪と鎖から解放された魔族ねぇ……さて、どうしたらいいのか、ここからが正念場じゃないかしら」
自分は関係ない、そんなニュアンスを漂わせつつ、燐訪もまた、国会議事堂へと戻る。
休憩時間はおしまい、そろそろ午後の会合が始まるから。
………
……
…
――国家安全保障会議
未だ、沈黙に近い状況で会合は続く。
今回の魔族暴走事件、それの顛末と被害報告から始まった会合は、魔族の脅威についての議論と今後の付き合い方、そして今後とも現れるであろう暴走魔族の取り締まりと刑法を始めとするさまざまな改正案が議題となっていた。
小澤や燐訪もこの会合に参加するものの、盟約の石板が効力を失ってしまったがために、魔族に対しての切り札というものがなにもないことに頭を抱えていた。
『今後は、好き勝手に人間から生気を摂取することができず、迂闊なことが出来なくなってしまった魔族』
『盟約により好き勝手に暴れようとする魔族を、今後は制御できなくなってしまった人間』
二つの思いが複雑に絡み、お互いにけん制しあう状況となっていた。
「復興支援予算その他については、今後は日本国暴走魔族復興対策担当および内閣府特命担当大臣である大河内議員を中心とした復興対策委員会で議案を進めることとします。また、急を要するために必要な……」
次々と上げられる対策と支援については、満場一致で可決し即時、日本政府により公布される。
だが、今後の魔族との付き合いについては、そうそうに解決できるものではない。
暴走した妖魔による破壊行為、及び暴行障害・殺人。
つい数日前までは良き隣人であった存在が、一瞬にして牙を剥いた。
この事実について、どのように対策すべきか。
現時点では、現行の刑法に基づいて逮捕・拘束を行い監視の目が光っているのだが、その数があまりにも多いこと、また今後もこのようなことが起こるのではという不安を払拭するには至っていない。
結果として、魔族に対抗すべく警察官の装備の強化や特戦自衛隊の各都市への配備、退魔法具の量産と警察官への貸与といった意見が次々と挙げられているものの、それを実現化できるかと言う課題を越えることはできなかった……。
〇 〇 〇 〇 〇
──札幌市・妖魔特区内・ラティエ領・精霊樹前
「はぁ……」
天羽総理大臣と小柳議員、そして彼らによって任命された精霊樹調査団の一行は、白桃姫の許可のもと、精霊樹の前に作られた仮設テントの中で座っている。
そして白桃姫と退魔機関第6課の忍冬警部補による、『精霊樹のもたらす恩恵と厄難』についての講習が行われていたのである。
精霊樹を日本国政府が管理するという方向性については、現行は保留。
ただ、アメリカ政府がサンフランシスコ・ゲート内部の復興を開始したこと、その場にそびえる精霊樹についてヘキサグラムが主導となって調査を行っていること、そして。
「この場にて魔術訓練を行った場合、より効率よく魔術師として覚醒できるという報告がヘキサグラムからも届けられているのですが、これについては事実なのでしょうか?」
という小柳の質問に、女教師風のコスチュームに身を包んだ白桃姫が、指し棒を手に頷いている。
「ある意味では正解であり、ある意味でははずれじゃな。そもそも、才覚を持たない烏合の衆ごときが、魔力あふれる地で修行をしたとて……そもそも、何をしてよいかなど理解できておらぬのではないか? まず、大切なことは基礎。魔術というものを知り、それに精通し理解を深めるところから始めなくてはならぬ……それを、たかだか、乙葉の説明した『子供にもわかる実現不可能な魔術知識』をなぞったところで……無理、無駄、無茶の三拍子じゃ」
淡々と説明する白桃姫。
「ですが、今、日本も古き魔術大国としての面子を取り戻す機会を得ることが出来たのです。この場所を開放し、魔術修練の場とすることこそ、今の日本の世界に対する責務かと思いませんか?」
「思わんなぁ。そもそも、魔術を学ぶ場としてならば、失われた陰陽府とやらを再生すればよい。なんの知識もなく、ただ魔力が高いというだけでここにきて何かを身に付ける……そもそも、この場にいるもので魔術とはなんぞやということについて、理解しておるものがいるのか? どうじゃ?」
再びの白桃姫の言葉に、数名の議員は手を上げ、以前乙葉から退魔機関宛てに手渡された魔術についての説明文を復唱してみせるのだが。
「ふむふむ、では、実践せい。そこまでしっかりと『理解』しているのなら、そなたは魔術の片鱗を身に付けているはず。それが出来ぬというのなら、それは知識の上辺のみをなぞっているだけ、門前の小僧、習わぬ経をなんとやらじゃが、信心無き説法など無意味じゃ」
「だ、だからそれを身に付けようとですね、ここを開放して欲しいと」
「今、いうたであろう。乙葉の教えたこと、それが全て。事実、このような辺鄙な場所でなくとも、そう、フードコートとやらでの簡単な講習だけで覚醒した者がおるときいているぞ。それに、乙葉らの学び舎でも、すでに複数名の魔術師が目覚め、国家認定登録魔術師となっている……ほら、この場所でなくてはならぬという概念について、貴様らの言葉で説明して見よ」
乙葉式魔術修練は特殊でもなんでもない、幼稚園児でも出来る基礎中の基礎。
それを理解でき、そして実践すべく修練する資質と意思があるかどうか。
つまりは『やる気の問題』であり、この場所でなくては、とかよりよい講師でなくてはとかいう腑抜けた存在に魔術を学んで身に付けることはできない。
この説明を聞かされた時点で、今回の精霊樹調査団の目的の一つである『今後の魔術師育成のために大通一丁目付近を開放してもらいたい』という交渉は失敗。
「そ、それは……」
上辺のみの知識を鎧として身に付けた程度では、白桃姫の言葉による猛撃をかわすことなど不可能。
「では、この場所ではなく妖魔特区内部に魔術訓練所を設けてみるというのは」
天羽総理が手を上げて問いかけるが、それについては白桃姫も頭を傾げる。
「ここに作るべきは、魔術訓練所ではなく魔族のための町ではないのかや?」
「何故、このような貴重な場所を魔族に明け渡す必要がある!!」
とある議員の反発。
だが、白桃姫はニイッと笑う。
「この場の大気は、精霊樹により地脈から魔力を汲み上げられ、そして放出されて混ざり合ったもの。大気成分の中に魔力が浸透しているため、魔族にとっては生活に都合の良い場所となっておる」
「つまりは、この場所ならば人間や他の生物から生気を摂取する必要がない、そういうことですか?」
「そうじゃなぁ……ほれ、そなたたちの中におる魔族議員とやら、そやつらが盟約の石板より解放されたことは聞き及んでおる。つまり、魔族は好き勝手に人を殺し、生気を奪うことができるようになった……のじゃが、ここに住めば、そんなことをせずとも純粋な魔力を摂取できる。つまり、魔族による犯罪を未然に防ぐことができるとは思わぬか?」
その提案には、議員たちも言葉を失ってしまった。
親しい隣人から人類の脅威へとなってしまった魔族との付き合い。
それにつていは連日のように対妖魔委員会や異世界対策委員会が議論をかわし、そして前向きな結論は出ていない。
それを知っているからこそ、そしてこの場に天羽がいることを理解しているから、白桃姫はそのように提案をしてみたまで。
だが、族議員は折角の異世界からの利権を手放す気など毛頭なく。
逆に魔族をこの日本から追放・または封すべきという過激な意見まででている。
「……一理。あるなぁ」
「「「「「「「「「「「総理っ!!」」」」」」」」」
白桃姫の提案に、前向きな姿勢を見せる天羽。
だが、この場の議員の大半が彼を叱責する。
「しかし……何故、おぬしたちは、この地にしか目を向けておらぬのじゃ?」
「え、何故と申されましても……ここには精霊樹というものがあるではありませんか」
「じゃから……そもそも、この精霊樹は大水晶が本来の力を取り戻したにすぎぬ……つまり、他の水晶柱もこのように変化するかもという可能性については、まったく考えてもおらぬのか? 今はまだこの地でしか魔力が活性化しておらぬが、いずれは他の地域もこのような場所に変化するとは考えておらぬのか? 精霊樹により、その周辺環境が鏡刻界のように変化するとは考えておらぬのか?」
突然の爆弾宣言。
そして議員たちは立ちあがりテントから外に飛び出すと、大通公園周辺の風景を眺める。
妖魔特区が完成してから、この内部環境は大きく変化している。
特に水晶柱が出現してからは、そこからあふれ出す魔力や様々な要因により、土地や生態系までもが変化を始めている。
巨大構造物は侵蝕され崩壊し、大地にその廃墟のみが並ぶ。
そして見たこともない植物が生え、妖魔特区の8割の地域が大森林に包まれている。
唯一、妖魔特区内部の12丁目・11丁目聖域および一丁目ラティエ領、北海道警察署、北海道庁ならびに札幌市庁舎は結界によって守られているため浸食されることなく無事。
加えて、札幌駅前にそびえたつ高級マンション『ティロ・フィナーレ』も乙葉浩介の恩恵を受けて無事、現在も乙葉の個人的趣味によるライフラインの復旧が続けられているという。
「こ、この光景が日本各地に……」
「可能性はあるのう。まあ、国会議事堂周辺については安心せい。あそこの水晶柱については、妾が接続先を書き換えたのち、乙葉の手によって魔力放出装置が設置されている。他の地域の水晶柱についても設置されているとは聞いておるが、何処まで耐えられるかはわからぬなぁ……」
もしも日本各地の水晶柱が精霊樹へと変化したとしたら。
その時は、日本は国家としての機能を失いかねない。
議員たちの顔色は悪くなるものの、この国内に存在する水晶柱が精霊樹となることについては、現時点では白桃姫が告げた嘘である。
そもそも、精霊樹以外の水晶柱の支配権は乙葉が持ち、それが精霊樹に自然に変化することはまずありえない。
それでも危機感を与えておく必要はあると白桃姫は思い、その目論見については見事に成功した。
この日のの話し合いは日が暮れるまで続けられ、議員たちは急ぎ東京へと帰還。
翌日からの委員会や会合にて、この日の話を深く議論することとなったという。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




