第四百八十三話・因果応報? 人間万事塞翁が馬(精霊樹と、動けない乙葉)
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伯狼雹鬼が姿を消した。
それは、祐太郎や小春たちにとっては敗北のようなものであると同時に、命を長らえさせることが出来た奇跡ともいえる。
もしも、以前アメリカで出会ったときのように伯狼雹鬼が好戦的であったとしたら、恐らくはこの場の全員が殺されていたかもしれない。
実際に戦った経験がある祐太郎も、銀狼嵐鬼もそう考えている。
そして今は、助けられる命を一つでも多く、救い出さなくてはならない。
やがて一人、また一人と立ちあがり作業を再開する。
まだ救える命がある、助けられる人々がいる。
それを知っているからこそ、祐太郎たちも立ちあがると特戦自衛隊や退魔機関に助力し、供出作業を再開する。
瀬川が深淵の書庫を起動し生命探知を行うと、築地を始めとした力自慢たちががれきの撤去を行う。
そして救助した怪我人は大通三丁目に移設された救護テントに運ばれ、小春が傷の手当てを開始する。
現代の魔術師たちにとってはいつものルーティンワーク、ただ、その中に乙葉浩介の姿だけが存在していなかった。
――フワサッッッッッ
突然、大通りに優しい風が流れて来る。
そして同時に、銀色に輝く小さな木の葉が舞い始めた。
「この風、この木の葉は……ってああ、あれはなに?」
瀬川は見た。
札幌テレビ城跡地横に立つ、巨大な樹木を。
そこには以前、大水晶柱がそびえたっていたはずだが、今はそこに水晶柱の姿はない。
その代わり、この巨大な一本の木がそびえたっているだけであった。
そして樹々から零れ落ちる銀色に輝く木の葉から、少しずつではあるが魔力を感じ取ることが出来た。
「あれは……まさか、こんなところで精霊樹と出会えるとは……」
「精霊樹……お父さん、それは一体なんなのでしょうか」
ゆっくりと腰かける銀狼嵐鬼に、瀬川がそう問いかけると。
「精霊樹とは、鏡刻界にかつて存在していたという魔力の源泉。大地に流れるマナラインより魔力を汲み上げ、それを銀色に輝く木の葉より放出する。そして放出された魔力は大気と溶け合い、ひとつとなる。そうさなぁ……精霊樹とはすなわち、水晶柱の本来の姿。マナラインから地上へと伸びてきた魔力が結晶化し、形を作り出したものが水晶柱なのだが、本来は柱ではなく、このように巨大な樹々であったらしい」
淡々と説明する銀狼嵐鬼。
現在の鏡刻界には、彼の知る限りでは精霊樹は存在していなかった。
精霊樹とは、鏡刻界における叡智の塊であり、世界を構成する命の一つ。
聖霊により守られし存在であり、精霊の住処。
そして、星を流れる命の源流であり、魂の宿る存在。
世界を守る、大いなる核である世界樹より分かたれたものであり、星そのもの。
鏡刻界にもかつて存在していたものであるが、愚かなるものたちは叡智を求め、奇跡を求め、不老不死を求めて精霊樹に手をかけ、葉を奪い花を摘み、木の実を取り上げ、やがては切り倒し糧としてしまった……。
いつの日か、精霊樹は人々の目に映らなくなり、世界のどこかへと消えてしまったという。
「……というのが、精霊樹でね。それがまさか、この裏地球に出現するとは思ってもいなかったな」
「これが出現したということは、私たちの世界にとって良いことなの?」
「その答えは、自分で探してみるといい。そのための深淵の書庫なのだろう?」
そう、父である銀狼嵐鬼に告げられると、雅はハッとした表情となり、立ちあがって深淵の書庫を起動する。
「深淵の書庫起動……この地に存在する精霊樹、これが何をもたらすのか解析してください」
『ピピピピピッ……』
次々とモニター上に写し出される、精霊樹が齎す恩恵と厄難。
『大気に魔力がこもるため、魔族が活性化しやすくなる』
『人の精気に頼ることなく、呼吸のみで魔力を補える』
『魔術の強化、魔力回復速度の向上』
『鏡刻界と真刻界の狭間が近くなる』
『双世界を隔てる壁が薄くなる』
『水晶柱が空間を越えてリンクする』
などなど、雅でも判断に困る結果が次々と浮かび上がって来た。
そもそも、真刻界などというものが存在することを、雅は初めて知ったのだが。
「これって……」
「ああ。恐らくだけれど、二つの世界が少しずつだけど、近づき始めたということになる。ただ、それは決していいことではない。それがどういう結末を迎えるのか、フェルデナント聖王国の侵攻を体験した雅には理解できるだろう?」
――コクリ
父の言葉の意味が、雅にはよくわかる。
それゆえ、今の時点ではこの結果を表に出すことはしない。
どのみち、二つの世界が近くなったとしても、それを越えるためには転移門が必要であり、それを作り出すことが出来るのは現代の魔術師・乙葉浩介ただ一人であるから。
――シュンッ
やがて、精霊樹の下に綺麗な両開き扉が形成される。
それは今までに小春たちが見たことがある転移門ではない。
木製の大きな両開き扉。
それがゆっくりと実体化を始めると、小さな音を立てて開き始めた。
「新山さんたちは下がって……」
祐太郎が前に出て、魔装ブライガーを装着する。
だが、扉が開いて姿を現したのは、全身がボロボロになって疲弊している乙葉浩介であった。
「乙葉……くん……無事だった……」
無事だった乙葉浩介。
その後ろを、やれやれといった表情でついてくる白桃姫。
二人の無事を確認してた、小春は駆けだした。
そして周囲で警戒していた退魔官や自衛隊員たちも警戒を解くと、英雄の帰還に笑顔を見せた。
「ああ、どうにか決着はついた。あとは、本業の人たちにお任せ……だ……」
軽く手を上げて、そう呟く乙葉。
だが、そこで体内の神威は枯渇し、全身から力が抜けていった。
「乙葉くん!!」
「小春や、身体活性の術式を使うのじゃ。乙葉は死んでおらぬ、ただ、限界を超えた疲労状態なだけ。魔力回路は千切れ飛び、こやつの魔術師としての才覚は消滅しておる……」
そう呟く白桃姫だが、小春にはそれほど深刻には見えていない。
ただ、白桃姫はそれ以上のことを知っている。
今の乙葉の状態を知っている。
だからこそ、『身体回復術式』ではなく『身体活性術式』と告げたのである。
「治癒神シャルディよ、我に力を貸し与えたまえ、かのものの身体を活性化し、あるべき姿へと」
両手を組み祝詞を唱え。
そして体内に溢れる魔力を両手に集めると、乙葉の頬にそっと触れる。
そして両手からあふれる癒しの波動が乙葉の全身に流れていく……。
「……うん、眠っている。もう大丈夫だよね?」
「そうじゃなぁ。ということで、築地や、こやつをどこかのテントに放り込んでたもれ。妾も少し、休ませてもらうぞ」
「ああ……分かった。それと、サンフランシスコ・ゲートの方は」
「後で説明する」
そう強く告げてから、白桃姫もふわりと浮かぶと、空中に横たわり静かに寝息を立て始める。
そして移設されたテントまで運び込まれた乙葉もまた、ゆっくりと体内に神威を巡らせつつ、自然回復するために深い眠りについていった。
〇 〇 〇 〇 〇
――東京・永田町
世界各地で猛威を振るった、魔族の暴走事件。
これにより都市部の機能が麻痺した国もあれば、何かが爆発したかの陽に消滅した都市も存在する。
それらの全てが魔族の暴走によるものであると同時に、魔族によって操られた人間の所業であるという報告が、次々と国会へと届けられていた。
海外の諸外国でも、この事件に対する対策が検討される中、日本国では【国家安全保障会議】が召集される。
これは日本の行政機関の一つであり、国家安全保障会議設置法に基づき、『国家安全保障に関する重要事項および重大緊急事態への対処を審議する』という目的で、内閣に置かれている。
今回の議題は、日本国内に住む登録魔族および非登録魔族の対策と、外国において暴走した魔族による被害についての人道支援などを踏まえた協力体制について審議するため、対妖魔委員会及び異世界対策委員会から国家安全保障会議に権限および活動が切り替えられた。
正午になり、内閣府庁舎にある第一会議室には総理大臣の天羽、副総理の大越、防衛大臣の丹羽野、そして大友官房長官、小柳外務大臣といった新内閣により選定された面々が出席している。
その他にも、異世界対策委員会及び対妖魔対策委員会から出席を認められた築地、小澤、燐訪といった議員も出席、いつになく緊張した面持ちで会議は行われることとなった。
………
……
…
――乙葉宅
「っていう感じで、日本国政府としては本腰を入れて対策を講じ始めたっていうかんじだな」
「なるほどなぁ。そりゃまた、トンデモない面子が集まって話し合いを始めているようだけれど、どんな答えが出てくることやら」
俺がサンフランシスコ・ゲートから戻ってきて、今日で10日。
ずっと意識を失っていたらしい俺が意識を取り戻したのは3日前なんだが、神威枯渇と無茶な術式使用により、腰から下の神経回路が千切れ飛んでしまっているらしい。
正確には両足の運動中枢が焼き切れた感じになっていて、今は歩くことも出来なくなっている。
ちなみにだが、魔法薬による回復については、完全亜神化した俺には効果なし、そもそも薬品の効果が半減以下になっている状況。
学校の帰りに毎日、新山さんが訪れては心霊治療を施してくれているんだけれど、それでどうにか感覚が戻りつつあるっていうところかな。
「それにしても、国家安全保障会議とはねぇ。ようやく魔族との付き合い方について、真摯に向き合うことを考えてくれたっていうところか」
「でもね、海外のいくつかの国では、まだ魔族の暴走が起きているらしいのよ。退魔機関が提出した、乙葉くんの水晶柱支配領域についての報告書があってね、その領域に避難すれば安全だっていうことが証明されて……今は、そこに魔族が移動を開始しているっていうことらしいのよ」
「あとは……ちょっとまずいことが一つ」
なんだ?
なにがまずいんだ?
今の俺の状況は、外部の余計なデータを勝手に調べないようにってタブレットから何から何まで没収されているからさ。
三日ほどインターネットからも離れているから、新鮮な情報が欲しいんだよ。
「サンフランシスコ・ゲートにアメリカ海兵隊とヘキサグラムによる混成部隊が突入、ゲート内の精霊樹がアメリカ合衆国の支配下に収まった……んだけど、これはまあ、アメリカの都合だから問題はない。現在は様々な方向から鑑識と調査が進められているぐらいだが」
「日本の妖魔特区にある精霊樹があるよね? それを日本国の管轄に治めようとして、妖魔特区内部の魔族と日本政府が対立してね。現在、妖魔特区は閉鎖区画になってしまっているのよ。白桃姫たちは、精霊樹は鏡刻界のものであり、日本政府に好き勝手させる訳にはいかないって主張しているし。日本政府は妖魔特区は日本の領土であるため、日本固有の財産だって一点張り。しかも、対妖魔治安維持部隊として、日本に帰化したフェルデナント騎士団がいたじゃない、彼らが先陣を切っているのよ」
うん、二人から一気に情報を貰って、今現在の状況がベッドで横になっている場合じゃないっていうのはよく判ったわ。
「……ちょい待ち、日本政府は、白桃姫の説得に俺を使おうとしはなかったのか?」
「「だって、眠っていたから」」
「ですよね~。ちなみに祐太郎と新山さん、先輩に声はかからなかったの?」
「かかったわよ。でも、私たちは拒否したからね」
「先輩も私たちも、精霊樹は自然のあるがままにって譲らない方向で一致しているから」
「そもそも、精霊樹についてはそれを作り出したオトヤンと白桃姫に権利があると俺たちは思っている」
うん、そうなると俺の方向性も同じにしたほうがいいか。
しっかし、いつになったら俺の脚って元のように動くんだろうか。
「あ、カナン魔導商会で効果のある薬でも探して……と」
『ピッ……乙葉浩介のカナン魔導商会の使用については、現在は制限が掛かっています』
これだよ。
そう、ずっと前に届いた『重要』っていうメッセージ。
実は、俺がカナン魔導商会を不正使用した疑いがあるため、ユーザーとしての使用に制限が掛けられてしまったらしい。
というのも、地球人である俺がチャージするために査定に出した商品の中で、取り扱い禁止物品および『地球には存在しない物品』が紛れ込んでいたらしく。誰かに不正に使用させていたっていう疑いが掛かっていたらしいんだよ。
それで本人確認のために、『重要』っていうメッセージが届いていたらしいんだけれど、それを俺がすっかり忘れていただけでなく、意識を失って一週間経過してしまった結果。
「ああ、そうか…アカウント利用についての制限と再申請の審査まちだったんだよなぁ」
ということ。
どうやら白桃姫が、伝承級の魔導具をいとも容易く次々と査定に出したものだから、不正使用が疑われたってわけで。
事情をメッセージで送ったんだけれど、『本人以外の使用に変わりはありません』という返答と同時にアカウントが停止してしまったっていうこと。
「ああ、まだ審査は終わらないのか」
「それじゃあ、私たちが札駅前のカナン魔導商会にいって来て、なにか回復薬のようなものを探してこようか?」
「それならいいか。でも、妖魔特区の中に入れるの? 今現在は、閉鎖されていて入ることはできないんだよね?」
「まあ、国家認定魔術師の証明があるので、俺たちはフリーパスらしい」
「なんども白桃姫さんのところに入ってきているから、大丈夫だよ」
ああ、なんてザルな監視体制。
というか、日本政府の関係者のみをはじき出している感じか。
まあ、それなら二人に任せておくことにするよ。
「それじゃあ、すまないけれど頼むわ」
「了解。ゆっくり待っていてね」
「ほかに必要なものがあったら念話で………って、そうか、スマホで連絡を頼む」
「そのスマホも取り上げられているけれどね」
笑ってごまかして、そのまま二人をベッドの上で見送る。
さて、これから先、どう対処したものかなぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




