第四百八十二話・一陽来復、 秋の鹿は笛に寄る(神威貸与と、もう一つの終結)
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乙葉浩介がサンフランシスコ・ゲートに向かってから。
「ふぅ……いきなりなんだから……もう」
突然、乙葉が脱力して抱きついてきたかと思ったら、口づけをかわしつつ残った神威の大半を小春に譲渡とした。それを受け止めた直後、乙葉の意識は完全に消滅、精神体が水晶柱を介してサンフランシスコ・ゲートへと向かっていった……。
「でも、お疲れ様。これでようやく、ゆったりとした時間が戻ってくると思ったんだけどね……まだまだ、終わらないみたいだから」
小春は乙葉をゆっくりと抱き上げようとしたものの、力が足りずその場にへたり込んてしまう。
周囲では、ようやく特戦自衛隊や退魔機関の人々が怪我人の救助活動を開始、クレーター状になっている大通一丁目中心部から外周に至るまで飛散している瓦礫の撤去と、巻き込まれた人たちの救助活動が始まっていた。
「お、オトヤンは向こうに行っちまったか。新山さん、オトヤンは俺が預かるから怪我人の治療を頼む。救出された人たちが、二丁目の仮設テントに運び込まれているらしい」
「はい、それでは乙葉くんをお願いします……って、その前に、築地君の怪我も直さないと!!」
どうにか瓦礫に背中を預け、その場に座り込んでいる築地。
左腕と右足の損耗につていは、闘気による血流コントロールにより失血死こそま逃れているものの、重体に変わりはない。
「ああ、ちょちょいと直してくれると助かる。もう、回復薬も効果を発揮していないんだわ」
「そりゃあ、短時間に大量摂取すれば、効果も薄くなりますよ……再生治癒からの、大回復……」
すぐさま小春も、両手を祐太郎にかざして乙葉から譲り受けた神威を使って治療を開始。
すると、みるみるうちに失った腕と足が再生し、全身の怪我も癒えていく。
一般の外科医が見ていたら、目を丸くするほどの回復力であるが、その術を施した小春自身が、驚いた顔で自身の両手をしげしげと眺めている。
何故なら、普段の回復量・回復速度のおおよぞ六倍の速度で、祐太郎の傷が再生し、塞がっていったのである。
「ふぅ。助かったわ……本当、新山さんの魔法には毎回毎回助けられているなぁ」
「築地君は無茶をし過ぎなんです。立花さんがいつも心配そうな顔をしているのも、よく分かりますよ」
「ああ、このお礼はそのうち……とはいえ、随分と治りが早かったな。神聖魔術のレベルでも上がったのか?」
「い、いえ、乙葉くんから神威を受け取っていたので、それを使ってみただけですが……ああ、そういうことですか。はい、自分なりに納得しました」
小春が納得した理由。
それは、昨年、乙葉や築地たちと共に異世界・鏡刻界へと赴いたとき。
ラナパーナ城下町にあったミスティ魔導商会で乙葉が購入した魔導書、そこにヒントが隠されている。
以前、乙葉たちが購入した魔導書、そのうち新山が受け取った魔導書に記されていた『神威貸与』、その術式を偶然ではあるが、小春は行使していたのである。
神威貸与は、神々から神威を借り受ける魔術、それが偶然ではあるが、『亜神・乙葉浩介』から『神威を譲渡される』という手順を得て発動したのである。
これにより小春の体内は神威に対する適性を開花させ、以前よりもより効率的に神聖魔法を行使できるようになったのである。
だが、そもそも裏地球、つまり地球人である小春の体内には『神威回路』は存在しない。
結果として、魔力回路を流れる魔力に神威が少々混ざったような状態となり、全体的に魔術の効果が高まってしまっていたのである。
この結果、以前よりも強力な魔力の運用ができるようになったので、祐太郎が回復したのを確認すると、小春はすぐに二丁目の仮設テントへと向かうことにした。
「それじゃあ、乙葉くんはお任せします。私は怪我人の治療に当たりますので」
「ああ、それじゃあよろしく頼むわ」
「はいっ!!」
そのまま小春を見送ってから、祐太郎も乙葉を担ぎ上げて、瀬川たちの待っている一丁目の外れの方へと向かっていった。
………
……
…
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
その一丁目と二丁目の境では、瀬川が魔人王モードを解除し、怪我の治療を行っている真っ最中。
「これで、まずは一段落というところですわね」
「まあ、あくまでも一段落だな。災禍の赤月は発動したまま、それを停止させる手段は存在していない。いずれまた、魔族の大暴走は発生する可能性はあるし、いつかはこの裏地球の魔力も消失する……そうなる前にも急ぎ何らかの手を打たねばならないというところだが」
銀狼嵐鬼は獣人モードのまま、瀬川の側に座り込んでそう呟く。
「それは理解しています……と、お父さんは、もう外に出てきても大丈夫なのですか?」
「ある程度は回復している。まあ、それでも人間の姿に変化することはできないので、今しばらくはこの姿のままだが……」
「それはそれで構いませんけれど……どうやって事情を説明したものかと、考えてしまいますね」
瀬川の父は、まだ彼女が幼かった時代に航空機の事故により死亡している。
正確には、炎上した航空機の残骸からは死体が発見されていなかったので、行方不明扱いとなっていたのだが、認定死亡となり死亡届が提出されている。
つまり、戸籍上は、私の父は死んでいることになるのだが、こうして生きて帰って来たとなると、その処理がかなり面倒くさいことになる。
『父親が魔族であり、実は事故で死んでいたと思っていたところ、生きて帰って来た』などと言われても、どこの役所でも対処に困るのが目に見えている。
一般的には、遺体が発見されていない場合は『認定死亡』となり、遺産相続その他の事務処理が発生するのだが。のちに生存が確認された場合、戸籍上は生存していたこととなるため、自動的に元に戻されるのが通例なのだが。
問題は、瀬川の父が魔族であるということ。
この場合の事務処理については、人間と同等に扱っていいのか判断に悩むところであろう。
「戸籍上は、死んでいることになっているはずだが……まあ、それについてはおいおい考えるとしようか……」
そう銀狼嵐鬼が呟いた直後、突然、彼の全身の毛が逆立ち始めると同時に、クレーターの中心部めがけて走り出した!
そのクレーターの中心地には、何処からやって来たのか、純白の体毛に身を包んだ獣人が立っていたのである。
その手には、乙葉が所有していた『聖徳王の天球儀』と全く同じ形状のものが握られている。
「これが、試製・天球儀か。ディラックの計略を阻止しようと考えていた矢先、まさかこれが手に入るとはな……」
無表情でそう呟きつつ、クレーター中心部から拾い上げた天球儀をスッ、とアイテムボックスに納めるのだが、その瞬間。
――ガシィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ
全力で間合いを詰めてきた銀狼嵐鬼の右ストレートが、純白の獣人……伯狼雹鬼の顔面目掛けて打ち出されたが、それは軽く躱されてしまう。
「おお、懐かしい匂いがすると思っていたら、銀狼嵐鬼か。まさか、こんなところで再会できるとは思ってもいなかったな」
「ええ、久しぶりですね、兄上……お陰様で、御覧のように生きながらえていますよ」
「そうかそうか。では、貴様が奪っていった王印、それはまだ持っているのか……いや、お前の娘が継承し、魔人王となったのか……」
口元をニイッと釣り上げると、伯狼雹鬼は雅の方を向き直る。
だが、今の伯狼雹鬼の言葉に、銀狼嵐鬼は驚いた顔をした。
伯狼雹鬼が雅を見た時。
彼の体内を流れているはずの魔力に、一辺のゆらぎも感じ取ることが出来なかったのである。
「兄上……まさかとは思うが、魔力を失ったのですか? 今のあなたからは、魔力を微塵にも感じないのですか。それに、どうしてあなたから神威を感じるのですか……」
銀狼嵐鬼が感じとったのは、伯狼雹鬼の体内をめぐる高濃度の神威。それは、つい先ほどまで、乙葉たちと戦っていた魔神ディラックのそれをはるかに上待っていた。
「ああ、私は魔族の殻を破り、魔神化した。だが、急激な神化に耐えられず、魔力回路が消失してしまっただけだ……なぁに、二つ目の鍵も手に入れたことだから、そのうち修復はするだろうさ……それで銀狼嵐鬼よ、まさかとは思うが、俺と敵対するのか? それなら、今、ここで決着をつけるが」
右手に力を込め、ゴキッゴキッと拳を鳴らす伯狼雹鬼。
だが、銀狼嵐鬼は現在の周囲の状況を確認すると、頭を左右に振る。
「兄上が、この場の人間たちに危害を加えるというのなら、私はこの命を懸けてでもそれを阻止します……」
「人間……ねぇ」
伯狼雹鬼がチラッと雅をも見て、そして今にも襲い掛かってきそうな祐太郎を凝視する。そこには、アメリカで一度拳を交えた祐太郎が、残る闘気を振り絞って暗黒闘気を形成している姿があった。
「ふむ。程よく熟成されてきているが……まだ足りないか。さて、では前提条件を変えるとするか」
「前提……ですか?」
伯狼雹鬼は、周囲をゆっくりと包囲し始めた特戦自衛隊や退魔官をチラッとめて、銀狼嵐鬼に呟く。
「俺は、今からこの場を離れる。それを邪魔するのなら、この場の全てを破壊し、その魂を刈り取る。だが、5分間、なにもせずにじっとしていることが出来るなら、この場の全員の命は、一度だけ見逃す」
この提案は、銀狼嵐鬼にとっては予想外である。
手出ししなければ、この場の全員を見逃す、そう伯狼雹鬼が告げたのである。
そして銀狼嵐鬼も、今一度、この場にいる人々の戦力を計算すると、軽く両手を上げて一言。
「降参ですね。兄上、貴方が何を企んでいるのかわかりませんが、それを阻止するためにこの場の全員の命を賭けるようなことはできません……ということですので、みなさん、伯狼雹鬼が消えるまで手出し無用でお願いします」
降参を示すために両手を上げる銀狼嵐鬼。
そして、彼の言葉が真実であるかどうか、祐太郎と小春は雅を見るのだが、彼女も銀狼嵐鬼の言葉についてコクリと頷いて見せると、速やかに手を上げる。
「みなさん……伯狼雹鬼の言葉は真実。今、とある場所に向かっていった乙葉くんが無くては、伯狼雹鬼に勝つことは不可能。一矢報いるとか、そういう個人プレーにより、この場のすべての命を危険な目に遭わせることが無いようにお願いします」
雅の言葉が周囲に響く。
そして一人、また一人と静かに手を上げ始めた時。
――シュンッ
乙葉の身体が消滅。
すぐさま雅が彼の身体を追跡すべく深淵の書庫をメガネに起動すると、サンフランシスコ・ゲート内部に転移したことを確認。
「新山さん、乙葉君は追跡していますので安心してください」
「え、ええっ……はい」
一瞬の出来事に狼狽する暇も与えられず、乙葉の安全を告げられてとりあえず小春も一安心。
だが。
「ほう、あの亜神はサンフランシスコ・ゲートに向かったか。では、俺は彼に合わないように、どこかに身を隠すとするか……では」
そう笑いつつ呟くと、伯狼雹鬼は足元に形成された魔法陣を起動、一瞬で姿が消えた。
彼の話していた5分間はすなわち、制御できない神威を用いての転移術式の形成時間であった。
「先輩!! 伯狼雹鬼の転移先の割り出しを!!」
「すでに追跡中……駄目ね、目標消失……」
「そうだな。どうやら兄上は、単独で鏡刻界に向かったようだが……」
急ぎ伯狼雹鬼の立っていた場所に駆け寄ると、銀狼嵐鬼は彼の魔力の残滓を確認。同時に一瞬だけ展開した術式を解読し、単独で異世界へと転移できる術式であること確認。
だが、以前の伯狼雹鬼ならばともかく、魔力回路を失った彼ではそれほど高度な術式を制御できるとは考えられない。
「まだまだ、魔神ディラックが消滅しただけ……この動乱は、収まっていないということか」
ボソッと呟く銀狼嵐鬼。
とりあえずは、周囲の安全を確認したのち、その場の全員にこれ以上の危険が無いことを伝える。
そしてようやく、その場に張り詰めていた緊張の糸がほぐれ始めていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




