第四百七十二話・(ゲスの極みって、こういうことなんだよなぁ)
水晶柱ネットワークの最先端。
実測距離としてはまだかなり遠いサンフランシスコ・ゲートも、このネットワークを辿った先にある、残り三本の水晶柱を掌握することで到達することができる。
そして最後は、サンフランシスコ・ゲート中心の『天の柱』と呼ばれている柱をぶっ潰し、その場に展開している大規模儀式を却下でぶっとばして作戦終了。
災禍の赤月を発生させて、魔力を吸収する儀式は止められるものの、一度でも姿を現した災禍の赤月は消すことはできない。ただ、地球から三つの月が『誰の目でも』目測できるようになり、世界各地の天文台を始めとした天文マニアが頭を捻るようになるだけ。
災禍の赤月により発生した二つの月は実態を伴わない。
だが、それは昼も夜も煌々と赤い光を淡く放つ。
それは魔族の胎内にある魔核を刺激し暴走本能を活性化させるのだが、それについては俺が構築する結界によってどうにでもできる。
つまり、天の柱をぶっ壊せば、魔神ディラックが引き起こしたいかれたゲームは終わりを告げることになる……。
「っていうことでいいんだよな、ジェラールさんよ」
ネットワークの海、天も地も、上下左右すらあやふやな空間の中で、俺は目の前に鉄条網による壁を生み出したジェラールに問いかける。
するとジェラールも、いつものようなスーツではなくボロボロなジャケットを羽織ったラフなスタイルで頷いていた。
「ああ、乙葉の予想通りだ。封印大陸に眠る魔神ダーク、その魂を喰らい、肉体を支配し、新たな魔神としてこの世界に降臨するというディラックの計画は全て終わる。だが、それはあくまでも、ディラックの野望が消えるだけ……破壊神の計画である、自らの残滓を集める計画になんら変化はない……」
まあ、ディラックの目論見は終了するだけ、まだましか。
それにしても、破壊神の計画ってなんだろうか……ああ、そうか、封印されている力を取り戻し、その世界を破壊するのが、破壊神の目論見だったよな。
それは止めることが出来ないっていうことか。
しかしか、そうなると、いくら魔神となったディラックでも、消滅することに変わりはないよなぁ。
「なあ、一つ教えてくれるか……新しい魔神となったディラックは、災禍の赤月をどうやって止めるんだ? さすがに破壊神の計画なんて、止めることはできないと思うんだが」
「ふん。だから乙葉は甘いんだよ。封印されている魔神ダーク、あれはそもそも、破壊神の残滓によって支配された器にすぎない。ここより遠い、どこかの世界に存在した破壊神。その肉体は神々の戦いにより八つに分断され、そして封じられていた。やがて、覚醒した破壊神は再び栄華を取り戻すべく、創造神に対して反旗を引き起こす……自らの眷属を伴ってな」
うん、さっきから疑問を感じているんだけれど。
俺の問いかけに対して、丁寧に説明をしてくれるジェラールって、ひょっとして敵に寝返ったり洗脳されたりしていないんじゃないか? 確かに時間稼ぎといえばそうかも知れないけれど、この魔力の海のなかじゃあ、こんな些末な会話なんて刹那の時間に処理されているようなものだからなぁ。
『うむ、それについては妾も同意じゃが……面白いから、乙葉は今暫く、ジェラールから情報を引き出すがよい。奴の話している破壊神というのが、乙葉の得ている神の加護、すなわち破壊神マチュアのものだとしたら、まだ降ろす事は可能かもしれぬからな』
はいはい。
それじゃあお望みのままに……って、あれ?
俺の中から白桃姫の気配が消えたんだが。
いや、器の中にはいるが、ああ、肉体の支配権を持って行ったのか。
つまり、俺の本体、そろそろやばい?
ディラック、オレサマ、マルカジリ?
「……それで、その異世界の破壊神はどうなった?」
「創造神と共に対消滅。その世界には新たな創造神が生まれ、世界は元の平和を取り戻した。一方、消滅した破壊神だけれど、その最後に次元潮流といういくつもの世界を繋ぐ神威の渦に自らの意識の分体、つまり残滓を一斉に放ち、いつの日か復活するために力を蓄えていた……」
「ふん、その一つがこの世界……いや鏡刻界の神である魔神ダークに憑依し、支配した……そして暴走した魔神ダークは他の神々により封印されるも、破壊神の残滓はそれを発見、封印を開放するために『災禍の赤月』を引き起こしたっていうことかよ。つまり、その真意を知らされずにディラックは踊らされていたにすぎない……っていうことか?」
その問いかけに、ジェラールはニヤリと笑うと、右手を前に伸ばし、大きく横一閃に振る。
――ズザザザザザザザザサァァァァァァァァッ
一瞬でジェラールの前方には、大量の魔族が召喚された。
その中には、会いたくないやつまでいるじゃねーかよ。
「よう、乙葉といったな、久しいなぁ」
かつて俺が倒した宿敵・百道烈士。
そいつが再び俺の前に姿を現すと、ゴキゴキッと拳を鳴らして構えている。
その後ろに並ぶ魔族については知らないが、いや、まさかの元十二魔将・憤怒のマグナスまでいるじゃねぇかよ。
「全く、ディラックさまは人使いが荒過ぎますねぇ。ということで、ここから先に、貴方を進ませることはできません。我ら、再生魔族を相手に、まともに戦えるとは思わないでくださいね」
「今度こそ貴様を喰らいつくし、転移門を開放してやるからな!!」
はい、マグナムは死亡フラグを構築してくれました。
「プッ……いや、マグナム、あんた死んだわ。そもそも、魔核を破壊されて消滅した百道烈士や、マグナムがどうやって復活したのか知らないけれどさ、『再生』って言葉を名前の頭に付けるとさ、俺たちの世界じゃ死亡フラグっていうんだけれど」
「死亡フラグだぁ?」
「ああ、つまり……あんたらは負けたんだよっ!!」
――シュンッ
神威を全身に纏い、肉体のポテンシャルを大きく引き上げる。
そのまま一直線に百道烈士の前に飛び込み、神威を纏った拳をやつの顔面に叩きつけようとした……。
――ギュルン
一瞬で間合いを詰められ、あきらかな不意うちを受けそうになった百道烈士の顔。
その頬の部分に、いきなり六歳ぐらいの女の子泣き顔が浮かび上がった。
「ストォォォォォォッ! プっ」
『ウキャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ』
――ドグシュッ
瞬時に腰を捻って拳を逸らし、奴の肩口に向かって一撃を叩き込んだ。
けれど、百道烈士が顔をしかめると同時に、女の子の口からも悲鳴が聞こえてく来た。
「きっ、きっさまぁぁぁ、なにをしでかした」
間合いを離し、百道烈士を指さして叫ぶ。
まさかとは思うけれど、いや、多分そうなんだろう。
「何を? ああ、このガキか。こいつはな、俺を虚無から再生するために使われた贄の魂だよ。この体を作り出すために、百二十五人の魂を生贄に捧げたらしくてなぁ。ほら、黄泉路を渡る魂の再生には、同価値の犠牲が必要なんだろう? ディラックさまはよ、俺たちとは全く関係のない生贄を対価にして、俺たちを再生したんだわ」
「参考までに。この私の身体にも同じような処置が施されています。黄泉返りではなく、反魂。ええ、御覧のように、この右手一つに12人の魂が集められて肉体を形成しています」
スッ、と俺に対して右手をまくり見せるてくるマグナム。
その腕には、いくつもの人の悲痛そうな顔が浮かび上がった。
「ディラックさまは……いや、黒狼焔鬼さまは賢い。これで貴様は、俺たちに指一つ触れることはできないからなぁ」
「貴方の最大の弱点、それは人間なら是が非でも助けようとするやさしさ。それが枷であり、同時に力である……このような仕打ちを行った私たちに対しては、怒りとかしかないでしょう、ええ、ないでしょう。ですが、だからといって私たちに何が出来ますか? この仮初めの肉体を傷つけるということは、つまりは犠牲者となった魂を破壊することになります、そうなれば、いかなる奇跡を持ってしても、助けることはできないでしょうからねぇ……」
――カツカツ
ゆっくりと俺に近寄ってくる百道烈士。
くっそ、最低最悪な手段を使ってくるじゃないかよ。
そしてそいつらの後ろでこっそりと魔術印を組み上げているジェラール。
お前は絶対に許さな……え?
それ、魔術印じゃないよな?
手の動きはハンドサインだよな?
時間を稼げ? お前、この状況でなにを言っているんだ?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




