第四百七十話・英雄欺人!! 木を見て森を見ず(すまん、妾がやらかした)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
年末進行中につき、毎週火曜日の更新です。
乙葉浩介が倒れた。
正確には、体内の神威を使い過ぎて枯渇した状態、いわゆる魔力切れと同じような状況なのじゃが。
問題は、神威の回復速度は魔力のように一晩眠れば全快になるといったゲーム的な回復ではないということ。
そもそも、魔力は精神と身体を安定化させることで自然回復が発生するものであり、つまりは食って寝ろということじゃよ。しかし神威はちと違う。ただ食って眠るだけでは、魔力のように微々たる数値しか回復できず、その速度もかなり遅い。
乙葉の鑑定能力で、本来ならば不可能であった『人間の能力の数値化』が成功している現在、ステータスカードを用いることでどのようにすれば回復量が増えるのかといった実験をすることも可能なのじゃが、問題なのは、その実験を暇つぶしに行っていた乙葉本人がぶっ倒れているということなのじゃ。
「……ということで、ここまでは問題ないかや?」
ここは札幌市妖魔特区内、大通一丁目ピク・ラティエ領。
しっかりと北海道知事との盟約文をコピーしたのち、ラミネートをおこなって雨が降っても大丈夫なようにカバーをかけてある。
これを一丁目の四方に設置した立て看板に張り付けることで、大通一丁目は妾の領土となっておる。
隣には日本国内閣府公安委員会・退魔機関の仮設ベースと防衛庁特戦自衛隊北海道方面師団の仮設基地、そして報道関係者専用の待機室まで作られておる。
妾は乙葉が倒れた時点で主従を入れ替え、こやつの肉体の警護と栄養補給に勤めておる真っ最中じゃよ。ゆえに、外見は魔神ピク・ラティエの状態であり、この中の器の中で、乙葉の魂はゆっくりと休んでおる。
築地や小春、雅たちが、神威枯渇状態の乙葉の事を心配そうに問いかけてくるので、魔力の回復とはというレクチャアを行ってやったところじゃ。
しかし、このハンバーガーというのは実にうまいのう。
この豚肉……リブというのか? それをガーリックソースで照り焼きにし、トマトとレタスと共に挟んであるホットサンドのような……えぇっと、ふむ、リブサンドと申すのか。
これがまた、実に美味じゃよ。
人間の肉体で、人間の食事を取る。
妾たちのような精神生命体である魔族は、肉体構成を行うことで実体化することが出来るのじゃが、魔族の能力で作り出した肉体は、乙葉のような器とは根本的に異なっておる。
「つまり、人間の身体に合うように作られた料理は、人間の身体で食するのが一番ということですわね」
「うむ、その通りじゃよ。お代わりじゃな」
「はい、これで六つ目ですけれど、大丈夫ですか?」
心配そうにリブサンドを差し出す小春。
じゃが心配は無用じゃよ。
「乙葉の記憶では、どうやらこやつは一日に12個も食べたことがあるようじゃが。そう考えると、まだ半分しか食うておらんぞ。と、ふむ、その時は築地も一緒に食べておったか」
「ああ、オトヤンと俺がまだ小学校の時の話だな。あの時は確か、クラスの男子で誰が一番の大食いかっていい争ったことがあってな、冬休みの真っ最中だったこともあって、お年玉を抱えて8人でザビテリアまで買い食いしに向かったんだよ」
「はぁ……なんというか」
男というのは、引いてはいけない時があるとか阿呆なことを乙葉は考えていたようじゃ。
しっかし、この器との同化は実に面白い。
こやつの記憶や体験が、全て追体験できる。
事実、今現在は、妾の魔力を糸状に伸ばして水晶柱にリンクしておるからな。
もしもこの瞬間に、黒狼焔鬼が何かを企んでいようとも、この場にある水晶柱を妾たちが支配している以上は、この場所にやってくるにはダイレクト転移を行う以外に方法はない。
まあ、それが出来るのは奴の能力でもあるが、転移は単独でしか使うことはできず、大勢の者を転移させるには更なる秘術が必要。
「それで、食欲を満たしたので次は性欲か? それとも睡眠欲かや? 神威の回復には、無そのものが求める欲求を満たしてやらねばならぬが……小春や、ともに寝ようか?」
「はぃ? え、? い、今、性欲っていいましたか?」
「うむ。こやつの心の中にはな、おぬしと うぶプパハフォンモグモグ」
「それ以上は言わせねぇよ。白桃姫、男の心の中にはな、じっと黙って表に出さない感情っていうものがあるんだ。特に、恋心っていうのはその代表作でな。オトヤンが新山さんに抱いている淡い恋心、それは黙っていてくれると助かる」
んぐんぐ……。
築地め、全身に闘気を循環させて妾の口元をがっつりと固めにきよったか。
この技は確か、三沢の必殺技の一つ、フェイスロックじゃな。
おかげて口元もがっつりと固定されておるから、腕をタップするしかないではないか……。
――パンパン
「んぷはぁ。妾が悪かった。では、この乙葉の恋心エリアの記憶と感情には触れないようにするが……一つ聞いてよいかや?」
「ああ、今言っていたところでなければ、ある程度は答えられるが」
ふむふむ。
それなら好都合じゃよ。
ついでに、ここのところの設定も変えておかねば、こやつらに見えなかったら困るからな。
――シュンッ
「この、カナン魔導商会という能力はなんじゃ?」
ひょっとしてこやつらなら知っているかもと思って、画面を誰でも見られるように拡大して実体化してみたのじゃが。
ふむ、小春と築地、それに雅まで固まったぞ?
食べかけのハンバーガーを落とすでない、勿体ないではないか……ほら、スプリンター長ネギが落としたハンバーガーを回収して走っていきおったぞ、あ奴らはこっちの世界で常在進化したから、ああやって肥料になるものを拾っては、自分たちの寝床である土の中に埋めているのじゃが……。
「ばっ、馬鹿野郎ぅぅぅぅぅぅぅ」
「みっ、ミーデァアの盾よ、画面を隠してください!!」
「深淵の書庫起動、モニター上に展開して遠隔設置っっっっっ」
うお、妾が引っ張り出したカナン魔導商会のメニュー画面を、寄りにもよって勇者ミラーヴァインの盾で隠すとは。しかも雅まで、深淵の書庫を限界まで展開してメニュー画面を隠し、真っ赤な文字で『Alert』と表示させるとは。
この画面、何か危険なのか?
「は、白桃姫っ、とっとと画面を消せっ」
「お願い、それだけは出しちゃだめなの、早く消してあげて」
「さすがに、これはやばいかもしれませんわね……」
「お、おおう、分かった消すぞ」
――シュンッ
ふう、カナン魔導商会のメニュー画面は消したぞ。
しかし、先ほどの小春への恋心の件とは異なり、こやつら本気で消しにかかって来たか。
つまり、これこそが乙葉の強さの秘密ということじゃな。
「これでよいかや?」
「ああ、今のやつについては、俺と新山さんで説明する。だから先輩は、今の状況を隠し撮りしている報道関係者の画像の消去を」
「もう動いているわよ。すでに15件ほど消去したけれど、急いでオフライン媒体にセーブした人もいるわね……まあ、さっきのアレについては、魔皇の一人に監視をお願いして、データ消去を優先に動いてもらうわ。でも、まさかそれまで使えるとは思ってなかったわよ」
「そ、そうか? 妾は乙葉の魂と融合した器の中にいるからのう。この状態では、妾の魔神核は乙葉の魂と同化しているようなものでな、支配権によっては、今のようなこともできるのじゃが」
うむ、妾、ひょっとしてやらかしたかもしれぬのう。
いつになく小春と築地がお怒りモードじゃ。
ということで、空間結界を施して音が外に漏れないようにして、さらに結界壁面をスモーク状態にして内部が見えなくしておくか。
「では、すまぬが説明をお願いしてよいか?」
「ああ。新山さん、俺の責任で、カナン魔導商会の秘密を白桃姫に公開する。オトヤンに追及されたら、全て俺の判断だって伝えてくれるか?」
「いえ、その時は、私も一緒に乙葉くんに謝ります」
うわ、何じゃこの真剣な状況は。
妾も覚悟を決めて、話を聞くことにしよう。
………
……
…
ふむ。
ほぼ説教のような状態で、乙葉のチート能力である『カナン魔導商会』について説明を受けたぞ。
「……ということだ。さっきの白桃姫が展開したものが、オトヤンの魔術を覚醒させた本当の秘密であり、俺たちが神の加護を得るきっかけとなった出来事だ。その体で使うなとは言わないが、やるのならメニュー画面をシークレットモードで使ってくれ」
「でも、使うためにはチャージを行わないとだめなのよ? 勝手にチャージを減らしたら、あとで怒られるかもしれないし、万が一にも、緊急で錬金術を使わないとならなくなったときに、素材を購入できなくなっていたら大変なので……ね」
「あい分かった。それならそれで、下取りに出すアイテムを妾が用意すればよいのじゃろう? こう見えても空間魔術のエースじゃ、アイテムボックスの中には鏡刻界の様々な物品が収められておる」
そう告げると、ようやく二人とも落ち着きを取り戻してくれた。
しかし、乙葉の持つチート能力の一つ、カナン魔導商会だけでここまで化け物になれるとは妾も信じておらんわ。
おそらくはまだなにか、乙葉に力を貸し与えている存在がいるというのは確かじゃと思う。
それが、カナン魔導商会のチートを貸与している破壊神とやらかもしれぬが、では、そ奴はなんの目的で乙葉をこのような人外に成長させたのじゃ?
そこがどうしても引っかかるのじゃよ。
今しばらく、乙葉の記憶を覗いて精査してみる必要があるようじゃなぁ。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
第七章は、五〇〇話あたりで終わらせたい……と調整中。
物語全体の中で、この賞が一番大きくて長くて重いですから。
第八章はライトな時間に戻ります。




