第四百六十八話・栄枯盛衰、捨てる神あれば拾う神あり(変化と安息と、永久の別れと)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
岩手県・遠野市
災禍の赤月による魔族の狂化事件は、この地でも猛威を振るっている。
地元に封じられていた『悪鬼』の封印が狂化した魔族により次々と解き放たれ暴走。
岩手県盛岡市を始めとしたさまざまな都市圏がライフラインを破壊され機能を停止、岩手の政治中枢であった盛岡市からは電気による光が消失していた。
すぐに陸上自衛隊による避難誘導が開始され、この岩手県で唯一、魔族の狂化による被害が発生していない遠野市へ次々と怪我人が搬送され始めた。
なぜ、この地では魔族の狂化は発生していないのか、それについては誰もわからない。
ただ、遠野市の中心にそびえたつ巨大な水晶柱は、ゆっくりと点滅を開始。
災禍の赤月による狂化の波動を完全に中和していたのである。
――遠野市・隠れ里
遠野市と、結界一枚隔てた場所に存在する異空間。
そこには古くから土着の妖怪の住まう隠れ里が、そこにあった。
「……長ぁぁぁぁ。遠野の空間結界は、現在、安定率78%に達しています。かなり大勢の人々が避難してきましたが、受け入れる場所ってあるのでしょうか?」
体長30センチほどの鴉天狗が、曲屋と呼ばれる古民家の縁側でお茶を啜っている少女に話しかける。
すると少女は、空を見上げて頭を傾げる。
「うむ、大丈夫……じゃないかなぁ。この様子だと、あと数刻で岩手県も対物理障壁結界によって保護されそうだよ? この滞留している魔力の波長は、乙葉お兄さんの魔力だからね」
縁側の少女……座敷童のチョウピラコは、澄み渡る空を見上げて、何か懐かしそうな表情を浮かべている。
かつて京都のホテル地下に封じられていた彼女、それを救い出し妖魔特区へと連れて行ったのは乙葉浩介、新山小春、築地祐太郎の3名。
そのあとは、いつか遠野へと帰る日がくると信じ、のんびりと妖魔特区内に屋敷を構築していたものの、古き盟約により突如、妖魔特区から遠野へと強制送還されたのである。
そして乙葉浩介らは、彼女とかかわっていたという記憶を失った。
「そうでしたか。いや、チョウピラコ様から彼らのお話を伺った時は、まさか彼らがあの破壊神の残滓を追い払う救世主になるとは思っていませんでしたから。ですが、我らが盟主である雪代さまが、彼らに叡智を授けたというので全て合点が行きました」
「その変わり、私たちと触れ合った記憶は消滅しているけれどね。私や雪代のように、神の眷属たる神魔とのかかわりは、一つの生につき一度しか行うことが出来ない。京都で私を助けてくれたときは、私は神魔としての力を失っていたから問題はなかったけれど」
だが、乙葉と築地が別地球に向い、そして雪代と出会い限界ぎりぎりのヒントを得たことにより、彼は神に干渉した存在となり、その眷属たるチョウピラコらの記憶を全て失ったのである。
神から力を得たのではなく、自らヒントにたどり着いた。
そう記憶までもが改ざんされ、乙葉たちは災禍の赤月を阻止すべく活動を開始したのである。
「ええ。我らもまた、盟約から解き放たれて遠野へと戻ることが出来ました。この地に住まう妖怪の大半は、彼らに対して恩はあれど恨み言を語るものなどいますまい。それで、今後も彼らは、長についての記憶を取り戻すことはできないということなのですね」
鴉天狗の問いかけに、チョウピラコは静かに、そして悲しそうにうなずいた。
「語り部は、便利道具であってはならない。真実を知るものは、それを後世に伝える。だが、それを知り、道を開くのはその時代の人間。雪代はそれを実践し、そして彼らに見えない存在となった。ゆえに、妾もまた、彼らには見えない……あの短期間で、彼らは妾を助けるために尽力した。だからこそ、この遠野の水晶柱は、妾の意思をくみ取り、この地に結界を施すことが出来た……」
すべては、この時のため。
いつか来る災禍の赤月、その対策として、チョウピラコをこの地に戻し、多くの民を救う。
それもまた、雪代の意思で神魔たる彼女の仕事。
その力を開放したから、そして災禍の赤月の真意を知るからこそ、彼女も乙葉たちの記憶から消滅した。
「……しかし。伯狼雹鬼よ、そなたの進む道は茨しかなく、そのまえに立ちふさがる存在は亜神たる乙葉。それでもなお、おぬしは進むというのか……」
この地では、空を見上げても災禍の赤月は見えない。
それは結界の力であり、破壊神の残滓による影響を受けない地であるから。
そしてそのエリアは乙葉浩介と白桃姫の二人により、さらに拡大を続けている。
あと数時間もあれば、日本全域を結界により包み込むことが出来るだろう。
その次は、アジア、そしてロシア。
同時に中国を、ゆっくりと結界によって包んでいく。
すべての結界の起点となるのは妖魔特区の大水晶柱、ここを中心にゆっくりと縁を広げていくように、結界を構築している水晶柱の支配を続けている。
だが、それも黒狼焔鬼らに乙葉と白桃姫の計画がばれるまで。
もしも奴らがこの二人の計画に気が付いたら、その時は全力で阻止するためにやってくるだろう。
その時は、あの伯狼雹鬼も……。
「長。たった今、岩手県知事から連絡が届いたという知らせが」
「うむ。それでは妾も、乙葉の力となろうか……」
ゆっくりと立ちあがり、チョウピラコは水晶柱へと近寄っていく。
そして静かに手を添えると、自身の持つ神威の全てを注ぎ込んだ。
「あの人たちは、いくつもの縁を重ねて、強く、より逞しく成長した。この魔力の流れ、乙葉さんは神威を体得し、さらにその先に向かおうとしています……だからこそ、妾の神威も貸し出しましょう。力の根幹は分からずとも、彼ならばうまく扱えるはず……」
やがて、チョウピラコの姿が透き通っていくと、スッと笑顔を残して消失した。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




