第四百六十五話・(最終決戦……じゃねーよなぁ)
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最初に違和感を感じたのは、魔法陣の中にほんのわずかに現れた綻び。
天の柱へ魔力を供給するために作り替えられた『大規模転移術式』、その中のほんのわずかな部分が改竄され、本来送り込まれてくるはずの魔力供給量が減っていた。
もしもこれを管理しているものが、魔術に疎いものであったなら、死者の減少に伴うものであろうと適当な推測を行い、放置していた。
だが、今、この魔法陣を管理しているのは黒狼焔鬼の四天王が一人、粘涎大公。取り込んだ生命体の知識や記憶を吸収し、己の力とする。
その彼に取り込まれたジェラール・浪川の知識が、魔法陣に現れた異変を敏感にキャッチし、そして理解した。
「黒狼焔鬼さま。地の柱からの干渉により、大規模転移術式が書き換えられ始めています」
「儀式に影響は?」
「今はまだ。ですが、このまま柱を掌握され続けた場合、儀式は中断します」
報告を受けて、黒狼焔鬼は傍にある巨大な繭を見る。
一つは八雲が再生のために作り出した繭、そしてもう一つは四天王が一人、顎骨大蛇と呼ばれる魔族の棲家。
黒狼焔鬼は未だ活性化していない顎骨大蛇の繭の前に立つと、まるで扉を叩くかのようにノックする。
──コンコン
「大蛇よ、そろそろ目覚めぬか?」
『ふぁ……朝か?』
「とっくに朝だ。そろそろ動けるだけの魔力は蓄えただろう?」
『う〜ん。まあ、24時間ぐらいなら動けるかな?』
顎骨大蛇が眠りについていた理由は一つ。
その燃費の悪さである。
活動に必要な魔力を生み出すため、顎骨大蛇は大量の魔石を取り込む必要がある。それがこの人間界では不可能なため、彼女は必要とされる時が来るまでは、ずっと繭の中で眠りについていたのである。
「十分だ。我が計画を邪魔する存在を討て。場所は……これだな」
八雲から受け取っていた、地の柱の座標。
それを魔力に変換して繭の中に埋め込むと、顎骨大蛇はグフッグフッと含み笑いを浮かべている。
『黒狼焔鬼さま。敵は皆殺しで?』
「構わん……が、乙葉浩介、奴だけは殺すな。ディラック様の破壊神への昇華、その際に必要な神の器だからな。まあ、殺しさえしなければ、あとは粘涎大公に取り込み、精神だけを破壊するから問題はないが」
『ねぇ、それじゃあ顎の骨は貰っていいの?』
「構わんよ。それで、いつ動ける?」
そう問いかける黒狼焔鬼だが、突然繭が砕けると、顎骨大蛇が姿を現し、空間をその鋭い爪で引き裂いてスルリと潜り込んでいった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──ピシッ
それは、亜神モードの乙葉浩介の後方、20メートルに生まれた。
空間を縦に割った亀裂、そしてその隙間から伸びる鋭い八本の爪。
それがまるで、両開き扉を開けるかの如く、空間を左右に引き裂いて姿を現した。
「くそっ!! いきなりかよ。新山さんは先輩の元へ、忍冬師父、奴は今までの魔族とは一味違う!!」
最初に気がついたのは築地。
すぐさま周辺の退魔官や特戦自衛隊にも大声で叫ぶと、すぐさま闘気を身に纏い身構える。
そして空間から姿を現した顎骨大蛇を見て、思わず冷や汗を流してしまう。
全高は10メートルほどの巨大な蛇。
その頭部付近は本来の蛇の頭ではなく、二対四本の腕を生やした人間の女性の姿があったから。
その女性の大きさも頭から腰の位置までで三メートルはくだらないだろう。
つまりは、ラミア型超大型魔族が、この妖魔特区に単体で襲撃を仕掛けてきたのである。
これまでの魔族といえば、せいぜいが人間とほぼ同じか少し大きい程度、そう思っている特戦自衛隊や退魔官にとっては、この大きさは想定外である。
「祐太郎、対策はあるのか?」
「ありませんっ!! ただ、オトヤンを護るのが最重要項目には違いないということで……ブライガー、勇者モード!!」
全身にミラーヴァインの鎧と融合したブライガー装備を身に纏い、巨大な棍を構える祐太郎。
これには顎骨大蛇も気がついたのか、祐太郎の方に身構え直す。
「ほうほうほう、闘気の化け物が勇者の鎧を身に纏っているのか。しかしまあ、素養はなんと矮小なことか……ほれ、掛かってきなさい、遊んであげよう」
尻尾を前に回し,ブンブンと振り回す顎骨大蛇。
すると祐太郎も棍を後ろに引くと、そのまま螺旋を描くように回転を始め、次々と乱撃を打ち込んでいく。
──ドガゴゴゴガガゴゴガッ
高速で撃ち込まれる棍の乱打を、顎骨大蛇は尻尾の先を巧みに操り全てを受け止める。だが、流石に無傷とはいかず、尻尾の先が砕け、鱗が地面にばらまからていった。
「ぬぁぁぁぉぁ、油断したわぁあ。まさか私の鱗を破壊できるものがあるとは予想外だよ」
「形あるもの、いつかは壊れるっていってな。まあ、そういうことだからここで死んでくれ」
「無理無理……死ぬのは怖いからさ。かわりに君たちが死んでくれればいいよ。ほいほいっと」
祐太郎の頭上で、まるでコンサートの指揮をするかのように両手を振り回す。
すると、砕け落ちた鱗が重なり合い、いくつもの巨大な顎を作り始めた。
「私の鱗は、倒した人間の顎を加工して作られている。それは身を守るための防具でもあり、そして強靭な武器にも変化する……さあ、大顎さん、周りの人間を片っ端から食らってくださーい!」
「ふざけるな」
飛び上がる大顎を棍で打ち砕くが、どうにも数が多く、全てを破壊することなど不可能。しかも、棍の届かない位置に浮かんでいた大顎が高速で飛び始めると、片方で待機していた退魔官たちに襲いかかる。
──シャクッ
「な、なんだこれがバァッ」
大顎に噛みつかれ、一瞬で上半身と下半身が分断される退魔官。
しかも頭部が一瞬でミイラ化し、顎の部分が外れて大顎に吸収されていった。
「こ、これはマズイぞ」
急ぎ大顎対策を考え、襲われている退魔官の元へ向かおうとするのだが、顎骨大蛇は素早く退魔官と祐太郎の間に割り込む。
「撃て、撃てぇぇぇぇぇ!!」
──BROOOOOOOM
対妖魔兵装の一つ、エムナイン対妖魔機関拳銃。
弾頭の先端に破壊術式が組み込まれた9x19mmパラベラム特殊弾を射出するこの銃器は、おおよそ人型の妖魔を足止めし無力化することができる。
国会議事堂に持ち込まれた対妖魔兵装の廉価版ではあるものの、現在の特戦自衛隊の正式装備の一つである。
それが一斉に顎骨大蛇に向かって放たれ、その体表面を覆う顎型鱗を次々と吹き飛ばしていくのだが。
──ヒュウヒュゥヒュゥ
吹き飛んだ顎型鱗はすぐに合体し、顎骨大蛇の周辺を高速で飛び回り始める。
「ふっふっふっ、無駄なことを。そんなことをすれば、余計、己を傷つけるものを増やすと何故わからぬ?」
「増えるなら、再生不可能な状態まで砕くだけ……俺の闘気を舐めるなよ」
浮かび上がる大顎を、祐太郎が棍で粉々に打ち砕く。
すると大顎は再生されず、地面に落下して霧散化していった。
「お、おお?」
「ほら、な。確かにお前は強い、退魔官や特戦自衛隊の武器では刃が立たないかもしれないが」
──ドッゴォォォォォォン
素早く踏み込んできた一人の特戦自衛隊員が、腕に装着した『量産型ツァリプシュカ』によるパンチを顎骨大蛇の胴部に目掛けて叩き込む。
拳が命中した瞬間、その内部に蓄えられていた闘気が爆縮、拳の先端から細いレーザーのように放たれた。
「ぷぎやぁぁぁぁ、わ、私のどこ身体を貫くだと?」
「ああ、自己紹介が遅れたか。特戦自衛隊所属、佐藤一佐だ。今のところ、特戦自衛隊のトップ火力を担っている」
「な、なんじゃとぉぉぉぉ」
さらに。
「二五式・弩號裂破っ!」
──ドッゴォォォォォォン
ちょうど佐藤一佐の反対側で、顎骨大蛇の胴体に拳を叩き込むチャンドラ。
「なんでぇ、どんな化け物かと思ったら、元ディラックの十二魔将の五位じゃねぇかよ。久しぶりだな、顎骨大蛇さんよ」
「げぇっ!! チャンドラぁぁ? 待て、なんでお前まで人間の味方をしている?」
驚愕の表情で叫ぶ顎骨大蛇に、チャンドラは一言だけ。
「御神楽さまの側近だからに、決まっているだろうが? ということで、ここは俺に任せて祐太郎は乙葉の守りに回れ。こいつが単体で襲いかかってきたってことは、黒狼焔鬼もかなり追い詰められているっていうことだからな」
「あ、ああ、チャンドラ師匠、ここは任せます」
軽く一礼して、祐太郎は乙葉の元へ向かう。
それを見てから、チャンドラは今一度、顎骨大蛇に向かって身構える。
「それじゃあ、初代・機甲拳の真髄をお披露目させてもらおうか?」
その覇気に、顎骨大蛇もそれまでの余裕を浮かべた顔から、引き締まった表情に変化する。
全身の鱗が逆立ち、それをチェンソーの歯のように体表面を高速で走らせると、ゆっくりと尻尾を振り始めでチャンドラの出方をじっと待ち始めた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




