第四百六十話・温故知新 、蒼蠅驥尾に付して千里を致す(聖徳王の秘術は、制御が大変でした)
蒼蠅驥尾に付して千里を致す
↓
そうようきびにふしてせんりをいたす
災禍の赤月を止める。
そんなこと可能なのかと考えてみるが、俺たちはそのためにずっと走り続けていた。
華の高校生活も、妖魔との戦闘や転移門の封印、はては異世界からの侵攻軍やら未知の使徒との戦いと、鼻どころか泥と汗にまみれたような高校生活だったよ。
しかも延期になっていた修学旅行も再開したと思ったら……って、そういえば修学旅行は平和だったよなぁ。聖徳王の天球儀を回収した程度しか、大きな事件も事故もなく。
魔族から身の事件もなにもなかったか。
でも、そのあとは災禍の赤月の情報をもとに、いくつもの世界を駆け巡っていたよなぁ。
――ガクッ
『お、乙葉や。突然の主人格の変更、何があったのじゃ!! おぬしの心が悲しみに囚われておるぞ』
「いや……なんというか、不幸な高校生活しか送っていないような気がしてさ……まあ、魔術に触れて異世界へ自由に行き来できるようになったのはいいんだけれどさ、なんというか……もう少し花があったらなぁって」
思わず膝から崩れ落ちた瞬間、俺と白桃姫の主人格も入れ替わっていた。
突然、魔神モードの白桃姫から全身に大量の黒い紋様を浮かべた俺に切り替わったので、新山さんたちも心配そうに駆けつけて来る。
「乙葉くん、大丈夫?」
『小春や。こやつはな、青春の一ページを戦いに捧げてしまったことを悔やんでおるだけじゃ。ほら、この戦いが終われば平和が訪れるから、その時は小春と自由に乳繰り合うがよいぞ』
「ち、乳繰り合うだと!!」
「白桃姫さん、いきなり何をいいだすのですか!! 今はそれどころじゃなくてですね」
思わず新山さんの方を見てしまったけれど、俺とばっちり視線が合ってしまい、脱兎のごとく先輩の深淵の書庫に向かって走って逃げましたわ。
うん、まだ早い早い。
「早くはないわね」
「むしろ遅いかも……って先輩、まさか?」
「まさか。そんなことを女性に聞くものではありませんわよ、つ・き・じ・くん」
うわぁ、深淵の書庫のあたりも混沌としてきたようだが。
まあ、それは置いておくとして、とっとと聖徳王の秘術を起動させてみますか。
まずは立ち上がり、両手を広げる。
「高難度詠唱形態変化っ、発動」
体内の神威を両掌に集める。
そして掌に口のような発声器官を生み出すと、二つの口のコントロールを白桃姫に移譲。
「続いて器の中の魔神の魂に、二つの口の行使権利を譲渡」
『了解じゃ!!』
左右からサラウンドのように白桃姫の声が聞こえてきた。
よく見ると、俺の周囲には退魔機関や特戦自衛隊の詰所待機組が集まってきて、俺の動向をじっと観察している。
『乙葉や、まずは練習として【領域活性術式】と【大地正常化】、【戒めの縛鎖】の三つを同時詠唱、そして同調……できるか?』
「できる……と思う。白桃姫は領域活性化と戒めの縛鎖を、俺が大地正常化と同調術式を唱える」
『うむ、では始めるぞ!!』
左右の掌から二つの術式が、俺の口からも一つの術式が発動。さらに並列思考で同調術式を唱え、三つの術式を一つに合わせる。
「『三種融合術式、一霊四魂の理より、いでし和魂・幸魂・奇魂の祝詞なるや』」
『遥かなる、試される大地に和魂の加護のあらんことを』
「大地の精霊や、幸魂よ、かの地の汚れを払い給え清めた給え」
『この地に生きるすべてのものに、奇魂の加護を授けたらん』
俺の身体から黒い霧が吹き出し、三つの術式文字が浮かび上がった細い帯が生み出される。
それが直径五メートルほどの格子状の球体【術式球体】に変化すると、ゆっくりと瞬き始めた。
「3つの魂なる神や、聖徳王の名のもとに一つとなりて力を示せ……」
「『合体術式、大地礼賛鎮魂陣っ』
――ブワッ
術式球体のすべての文字が輝き、四方八方へと飛んでいく。
『乙葉や、しあげじゃぞ、しくじるでない』
「応っ……亜神・乙葉浩介の名において、北の大地を護る陣の発動を承認っ!!」
――パァァァァァァァン
力いっぱいの柏手を打つ。
その刹那、すべての術式が一つになり、北海道全域が巨大な神威構築陣によって包まれた。
これにより、神威構築陣の中の生物は災禍の赤月の影響を受けることはなくなった……はず。
急激な神威損耗状態を耐えるべく、主人格を白桃姫に変更、魔神ピク・ラティエに変化してもらう。
『あ、やっべ……白桃姫、すまないがあとは任せるわ……』
超高レベルの魔障中毒……というか、魔力枯渇症の神威版が来たぁぁぁぁぁぁ。
ステータスを見ると俺の神威って残り二桁、魔力変換してみたら普通の人間の10倍以上はあるんだけれどさ、それだけの神威を一気に消耗したものだから意識がなくなるのは当然。
「了解じゃ……小春や、手を貸せ !!」
「は、はいっ!!」
すでに乙葉の意識などない。
じゃが、このままではいつ目を覚ますか分かったものではない。
駆けつけてきた小春の右手を掴み指を絡める。
「小春や、自分が使える最高難易度の回復術式を唱えよ!!」
「わかりました。治癒神シャルディよ、我が祈り、我が心に応えたまえ……私の魔力を以て、かの衰弱したもの癒しますよう……超神護回復」
――キィィィィィン
「よし。我が体内に眠り乙葉の神威より12を授ける。かの癒しの加護を、乙葉浩介の活性に変換したまえ……【24式・花鳥風月】、かのものの気枯れを祓いたまえっ」
聖徳王の秘術の一つ、癒しの力。
『穢れ』はすなわち『気枯れ』。
小春の術式を、失った神威を回復する力に変換したまでのこと。
単体術式を複合・増幅・強化できるのが聖徳王の秘術の本質であり、時と空間を支配する力をも秘めておる。
そして、妾の体内、乙葉の魂の器の中で、奴が高いびきで眠っているイメージが脳裏に浮かんでくる。
「ふう。小春や、術式は成功したぞよ。乙葉の魂は休眠期を迎えた、そのうち回復するじゃろうから、それまではしばし妾がこの身体を預かるぞ」
「はい、よろしくおねがいします……と、あら」
――グラッ
小春も魔力枯渇症に侵されてしまったようじゃな。
倒れる前に抱き留めてやったが、なぜ、妾の腕の中で真っ赤な顔になっているのじゃ?
「あ、ありがとうございます……」
「うむ、ゆっくりと休むがよいぞ。聖徳王の秘術の一つを、小春はその身で体験したのじゃからな……」
「はい、ありがとうございます」
うんうん。このまま抱きかかえて、どこか横になるところまで連れて行ってあげるのもやぶさかではないが。
「なんじゃ小春や。今の妾の身体は魔神ピク・ラティエ、女性同士じゃから恥ずかしがることはないぞ」
「え、ええっと……でも、元は乙葉君の体なのですよね。それに、眠っているけれど乙葉君が中にいるのですよね?」
ふむ。
つまりは恥ずかしいと。
それならば、ちょいとからかってあげようかのう。
――シュンッ
魔神ピク・ラティエの身体から亜神・乙葉浩介にチェンジする。
「つまり、この状態は恥ずかしいということじゃな!!」
「な、ななななっ、なんで姿を変えるのですかぁぁ……キュウ……」
「あ、いかん、からかい過ぎて意識を失ってしもうた。瀬川や、すまぬが小春を頼むぞ」
そのままお姫様抱っこというやつで深淵の書庫まで連れていくと、小春を瀬川に託す。
もう一度、魔神ピク・ラティエに戻っておいた方が、ややこしくなくてよいか。
先ほどの術式、どれだけの効果があったのか確認してもらう必要もあるからのう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




