第四百六十話・魑魅魍魎、欲の熊鷹股裂くる(ふむ、俺の計算がここまで狂うとは)
今回は黒狼焔鬼サイド。
アメリカ・サンフランシスコ・ゲート。
これは巨大な対物理障壁に囲まれた現在のサンフランシスコの事を指し、今は妖魔の巣窟・伏魔殿へと化してしまった地域一体の総称でもある。
水晶柱の出現したサットロタワーを中心に直径15kmの巨大なドーム状結界に包まれており、対魔術・対物理どちらの攻撃に対しても無敵の防御力を誇っている。
現在では、このサンフリンシスコ・ゲートから南方、サウスサンフランシスコエリアにアメリカ軍および対妖魔機関であるヘキサグラムの特殊部隊が駐留。絶対防衛ラインとしてサンフランシスコ・ゲートから出現する妖魔に対しての防衛を担っている。
――サウスサンフランシスコ・ブリスベン
すぐ目前がサンフランシスコ・ゲートの壁であるこの地域では、現在はヘキサグラムの機械化兵士とアメリカ海兵隊によって編成された特殊部隊が妖魔の観測および迎撃を行っている最中である。
いや。
正確には、観測を行っていたというのが正しいのかもしれない。
すでにブリスベン一体は焦土に包まれ、生きている人間は存在しない。
その廃墟の中を、黒狼焔鬼は静かに散策を行っている。
「……人間風情と思っていましたけれど、予想以上の戦力を有していますか。日本のように世界各地の対妖魔機関も弱体化させる必要があったということですか……」
暴発し砕け散った重機関砲の砲身をひょいと拾い上げると、しげしげと確認して後ろに放り投げる。
自分たちにとって脅威となったであろう兵器の鑑識、それを行いつつ生き残りがいるかどうか確認している。
もしも生き残りがいようものなら、黒狼焔鬼にとっては絶好の素材として回収していたであろう。
サンフランシスコ・ゲートの中心地には、ジェラール・浪川を生きたまま吸収し、その記憶や知識を吸い取っている魔族が存在するのである。
現在、その魔族によって吸収された人間は25体。
ヘキサクラムの機械化兵士だったもの、アメリカ海兵隊員、サンフランシスコの元・知事などなど、黒狼焔鬼サイドにとって必要な情報が大量に網羅されていたのである。
それらをもとに綿密に作戦を練り上げ、成功率100%と自身が判断した計画から、一つ一つ順番に遂行していく。
その結果、サンフランシスコ・ゲート内部にある水晶柱は、ダーク神父の施した禁忌術式により大量の人間の魂を効率よく吸収することに成功。
さらに、ジェラール・浪川の脳内にあった中国が極秘裏に行っていた【二極合一計画】についての詳細な情報を網羅。大規模永続転移門と、それに繋がる水晶柱による世界規模の巨大魔法陣構築、異世界との扉を開くという計画をのっとり、災禍の赤月を発生すべく水晶柱を用いて魂の回収を行う『吸魂術式』を水晶柱に組み込むと、一万二千人の魂により術式を稼働。
災禍の赤月の降臨を行うことに成功した。
「……さて。この調子で『月の柱』に力が溜まり、災禍の赤月の発動を迎えれば第一段階は終了。魔力無効化現象についても、このサンフランシスコ・ゲートの内部にいることで解決。そして月の横に浮かび上がる封印大陸に向かい、破壊神ダークさまの封印を解除し……」
「その魂を我が喰らい、新たな破壊神となる……計画は順調のようだな、黒狼焔鬼よ」
黒狼焔鬼の背後に姿を現したダーク神父が、ゆっくりと口を開いて声を掛ける。
それに驚くことなく、黒狼焔鬼は静かに振り向くとその場に跪き頭を垂れた。
「はい。ただ、我が兄である伯狼雹鬼、その行方は未だ不明。最後に必要な封印大陸の神威結界、あれだけは災禍の赤月の力をもってしても解除することは叶わず。かといって、あの地に転移する手段もない現状では、時空系魔術の秘儀を用いらなくてはなりません」
「せっかく我が体……いや、ダークの封印が解除できても、かの地に向かうことが出来なければ、その中に封じられている魂も肉体も喰らうことが出来ない……」
右手を前に突き出し、軽く握るダーク神父。
だが、その肉体はかりそめの身体であり、さらに付け加えるならば【ダーク神父の精神の一部】が作り出した肉体。それを神の器として調節するために黒狼焔鬼は魔障中毒、すなわち『魔障の呪詛』を時間を掛けてゆっくりと刷り込んでいった。
本来ならば、伯狼雹鬼の所持していた『黄泉がえりの杖』と黒狼焔鬼の保管していた『封じの水晶』、この二つによりディラックは再生されるはずであったのだが、伯狼雹鬼は杖を失い消息不明。
計画をとん挫させることに抵抗のあった黒狼焔鬼は単独でディラックの再生を行おうとしたものの、神の器となる人間の育成に失敗。
そんな折、破壊神ダークの精神体の一つである『ダーク神父』を発見。
巧妙な手口により奴を神の器に変質させると、そこにディラックの魂を注ぎ込んだのである。
そして、現在はダーク神父の姿をした魔神ディラックが存在し、災禍の赤月の完全覚醒をじっくりと待っていたのである。
「ご安心ください。その時空魔術の秘儀につきましても、乙葉浩介なる魔術師が持つ『聖徳王の天球儀』に記されているはず。儀式が最終段階に進むまでにはそれを奪い取り、我が主に捧げましょう」
その黒狼焔鬼の言葉に満足したのか、ディラックは踵を返しその場からスッと消える。
そして黒狼焔鬼も立ち上がると、南方の空を静かに見上げた。
「魔族の狂化現象……それにより水晶柱のある地では大量の人間の魂が回収される。だが、『天の柱』と対となる『地の柱』が、何も吸収していないということはどういうことなのでしょうか……」
世界各地に存在位する水晶柱。
各国には儀式用に活性化した『御柱』が存在し、そこを起点とした周辺の水晶柱が集めた魂は『御柱』へ集積され魔法陣を形成する儀式文字を構成するのだが。
『地の柱』と呼ばれている日本では、今だ魂の吸収率は最低値を記録し、御柱として機能していない。
もしも地の柱が起動しなければ、災禍の赤月は最終局面を迎えることが出来ないのである。
それゆえ、黒狼焔鬼としても現在の日本の情勢を詳しく知りたいところであるのだが、ここで儀式を捨てて動くことはできず。
自らの四天王である八雲の再生がおぼつかないという状況で、ただイライラを募らせては腹いせのためにサンフランシスコ・ゲート付近の対妖魔部隊をせん滅して魂を刈り取ることしかできなかったという。
「やはり、日本の御柱を護っている御神楽天奉を亡き者にするか、もしくは攫い粘涎大公に取り込ませる必要がありますか……」
以前の黒狼焔鬼は内閣府総理大臣秘書官として日本政府に侵入。
そこで御神楽天奉についての情報を探していたのであるが、そもそも彼女の居る地は封印されし地下城、そこに入るにも彼女本人の許可なくては不可能であった。
結果として黒狼焔鬼はその計画を断念し、第一秘書官としての任期を終えて現在に至っている。
「……ふう。まだ色々と障害は多いですか。世界を取るというのは、実に難しいものですねぇ」
懐から煙草を取り出し、それを咥えて火をつける。
紫煙が風にたなびくと、黒狼焔鬼もゲートの内部へと転移していった。
彼ですら、魔族の狂化現象に長時間抗うのは厳しかったから……。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




