第四十六話・疑心暗鬼は鬼も食わない(文化祭の攻防)
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最近。
妙に妖魔が活性化している。
東京方面では、妖魔による被害者は月に一人か二人、それも憑依されて限界まで精気を吸い取られるパターンが多かったのだが、この札幌ではパターンが違う。
最初に発見されたのは、中島公園の池のほとり、被害者は二十代女性。
内臓を食い破られて放置されていた。
問題なのは、『その死体が誰にも発見されなかったこと』だ。
死体のあった場所は池のほとりだが、こっちの世界ではない。
妖魔の持つ能力『次元結界』により作られた、もう一つの仮想世界、そこに死体が放置されていた。
札幌の第六課の捜査員では、次元結界の向こうなど発見することはできなかっただろう。
本庁所属の井川巡査部長の『魔力感知符』、それと『空間切断符』が無かったら、この事件は表に出なかった。
妖魔が人間と契約し、『力を授ける代わりに人間を餌として提供している』という噂は以前から流れていた。東京などで起きている正体不明の殺人事件や身元不明の変死体などのケースは恐らくそれだろうが、札幌のこれは規模が違う。
推測だが、上級妖魔、それも階位級の存在が動いていると予想される。
札幌には、あの特異点である『乙葉浩介』がいる、まさかとは思うが、この件は奴らの組織も関与している可能性はある。
それなら、早めに手を打つ必要がある……。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はいっ‼︎ そんなこんなで文化祭です‼︎」
「だからさ、オトヤンまでデッドプールのような能力を使うのはやめろ。嘘でも笑えなくなるわ」
「あ〜、デップーの能力というと、不老不死?」
「ちがうわ、第四の壁を突破する能力だよ。それでなくてもオトヤンはたまに自分の事を俺ちゃんって話すだろ?」
おっと。
これは失礼。
何事もなく無事に文化祭を迎えられたので、俺としては嬉しさ大爆発なのよ。
織田を中心としたクラスの出し物の『マジック喫茶』も好評だし、文学部の午後のステージの準備も終わっているし、もうね覚悟完了なんだよ。
という事で、最後の打ち合わせで部室で皆……若干美馬先輩と高遠先輩がいないのは置いておくとして、要先生まで集まってお昼を食べているのはどういう事なんだろう?
「あと一時間でステージですけど、本当に私には台本を見せないの?」
「まあ、マジックのタネは見ちゃいけませんよ。今日は先生にも観客になってもらいたいですからね」
「そ、そうなの? それなら……あ〜、気になって仕方ないわ」
「まあ、要先生の気持ちは分かるが、ここは大人として我慢ですよ」
流石は祐太郎、いいこと言った。
その言葉で要先生も渋々とお昼を食べているし、俺は『囮用に用意した』チャイニーズリングを出してジャラジャラと遊んでいる。
瀬川先輩と新山さんは着替えに向かったので、俺たちももう少しで準備をすることにしようそうしよう。
──ガチャッ
扉が開き、『ヘンリーフォッカーと魔導の城』のオーガスタ魔導学院生徒の姿に着替えた瀬川先輩も新山さんが戻ってきた。
おおお、ナイススタイルではないですか。
いかんあかん、無意識にSBリングに魔力を循環しそうになる。今リバース効果を発動すると、俺のエクスカリバーが暴走する‼︎
「あ、先輩も新山さんもいい感じですね。それじゃあオトヤン、俺たちも着替えてくるか」
「サー、イエッサー‼︎ ティーンの女の子はもういらない♪ ただM-14ライフルあればいいってか‼︎」
「うわぁ、オトヤンそれくるかぁ。ま、その元気があれば、今日のステージは大丈夫だな‼︎」
「応‼︎」
という事で、急いで着替えをするとステージ横にある特設控え室に向かう。
間もなく午後のステージが開幕、一発目が俺たち。
そして中継も入ることも聞いたので、これは胸がワクワクしますなぁ。
………
……
…
間もなく開演。
幕の下りたステージでは、俺たち4人が最後の打ち合わせを行なっている。
「親父からさっき連絡があったんだが、数日以内に妖魔関連の公開を開始するらしい」
「まじか。おじさん随分と動きが速いなぁ」
「そう思って突っ込んでみたんだけれどさ、いつかこうなることを見越して、あらかじめ裏の国会では『対妖魔関連法案』とかは用意してあったらしい。今まで表に出ていなかった理由は判らないけれど、俺たちについては『自分らの身を守れる範囲内で』自由にして構わないって」
ふむふむ。
そこまでお膳立てが済んでいたのなら、少し内容を変更する必要があるか。
「では、台本Bで行きましょう。私たちの舞台はあくまでも『妖魔という仮想敵を題材にしたもの』です。台本Aの『妖魔実在説』をメインとするのではなく、舞台の演技という事で」
こうなることを予見していたのか、瀬川先輩は俺たちの身に害のない台本も用意してあった。
とはいえ、ナレーション部分が大きく変更になることと演出が抑えられる程度。
ぶっつけ本番でいけるレベルである。
「何かドキドキしますね」
「まあ、何かあっても俺とユータロが付いているから、新山さんと先輩は泥船に乗った気でいてくれればいいよ」
「「 それ、沈みますからね!! 」」
二人同時に笑顔の突っ込み。
これで気分も落ち着いたところで、早速始めるとしますか!!
‥‥‥
‥‥
‥
ゆっくりと幕が上がる。
ステージの左右には新山さんと瀬川先輩が、中央には祐太郎が立っている。
「レディース、アンドジェントルマーン、アンドおとっつぁんおかあっあん。これより文学部のスーパーイリュージョンを開始します」
中央のマイクまで祐太郎が進むと、マイク片手にアナウンスを始める。
「文学部のお題目は、日本版『ヘンリーフォッカーと魔導の城』です。舞台をヨーロッパから日本風にアレンジした、文学部ならではのラノベ風ファンタジーをお楽しみください」
祐太郎の司会に拍手喝采。
色男にやらせると、盛り上がるものだなぁ。
因みに俺はすでにステージ真ん中で、透明化して待機している状態。
服装はご存知のストリートマジシャン甲乙兵、ちゃんとペストマスクも装備してやる気十分。
もうね、やるっきゃ騎士だよ。
──ドドドドドドドドッ、チャチャーン‼︎
ドラムロールの音と同時に、俺は空間収納から黒布を取り出して体に巻きつけると、透明化を解除して姿を現す‼︎
「おおおおお、俺、知ってるぞ、あれ、大通りのストリートマジシャンだ‼︎」
「まじかよ、文学部ぱねぇ‼︎」
観客の驚き。
おや、甲乙兵をご存知の方もいらっしゃいましたか。そんな声を聞きながら、俺は台本Bの通りに話を進め始めた。
マイクなんて使わないよ、ここからはヘッドセットで声を飛ばすよ。
「さて。皆さんはご存知ないかも知れませんが、この世界には我々人間とは異なる種族が存在します。それは、遥か昔から人間世界に住み着いている妖怪や物の怪。それらを纏めて、妖魔と言います‼︎」
ステージ袖では、真っ青な顔で要先生がスマホ片手に何処かに電話をしている。
チラッと放送局のカメラを見ると、放送局の中継ランプが付いているので、すぐに空中に水玉や火の玉を作り出すと、水玉は人間の形に、火の玉は化物の姿に変化させる。
──ウォォォォ‼︎
あ、盛り上がってますなぁ。
それならばと意識を集中して、体育館内の空中を縦横無尽に飛ばすことにしよう。
「はるか大昔から、人間と妖魔は人知れず戦っていました。そして人間たちは、常に妖魔の進軍を阻止してきたのです。
妖魔は500年ごとに俺たち人間の世界にやってきます。そして、今、2000年代になってからは、いつ妖魔が俺たち人側を糧にするべくやってくるかわかりません……」
魔法制御で火の玉妖魔と水玉人間を戦わせる。
それはもう派手に、そして勢いよく。
生徒たちの頭上で繰り広げられる戦いは、水玉人間が蒸発して、火の玉妖魔が勢いを増した。
中継ランプ横のディレクターらしい人も興奮気味で何かを話しているが、そんなの聞こえないから続行である‼︎
「うちの高校の皆さんも、いつ妖魔に狙われるかわかりません……ですが、ご安心ください。現代最強の魔術師・私こと甲乙兵と力強い仲間たちが居ます‼︎」
──ズッチャッチャララーラーラー
ここで暗い曲から反転して、明るくポップな曲になる。ほら、ひと昔前に流行ったでしょ、アメリゴの妖魔退治の専門家‼︎
「「「 ゴーストバスターズ‼︎ 」」」
ノリのいい生徒が曲のタイトルを叫ぶと同時に、祐太郎と瀬川先輩が箒に跨って体育館の中を飛び回った‼︎
「ウォォォォ‼︎」
そしてステージで待機してた新山さんが、魔法の絨毯でゆっくりと浮遊する。
もう体育館内はスタンディングオベーション状態、興奮した生徒たちが祐太郎や瀬川先輩、新山さんに手を振っているじゃありませんか。
そして三人は、暴れている火の玉に向かって飛んでいく。
すぐさま三人同時に腰から水鉄砲を取り出すと、火の玉妖魔に向かって攻撃を開始した。
最初は暴れさせていた火の玉妖魔もだんだんと小さくなり、曲が終わる頃には最後は消滅させた。
──ヒュゥゥゥ
三人ともステージに戻ってくると、ゆっくりと着地する。
「かくして、学校に入り込んだ妖魔は退治されました。ですが覚えておいてください。妖魔は皆さんの近くにいます。もしも怪しいものを見たら迷わずゴーストバスダーズに通報してください」
丁寧に頭を下げてそうつげる。
「なお、この物語はフィクションです。実在する団体、妖魔とは一切関係ありませんので、あしからず」
──パチン
指を鳴らすと同時に、俺は透明化を発動して姿を消した。
──ス〜ッ
そしてゆっくりとステージが幕を下ろす。
外からはアンコールの声が聞こえてくるが、もうネタがないのでこれでおしまいだよ、みんなお疲れ様。
そして俺たちは笑いながらハイタッチ‼︎
「はぁはぁ……飛ぶのは怖かったですよ」
「初フライトがこう、みんなの頭上というのはスリルがあるわね」
「まあ、俺は何度か飛んでいるから慣れてはいるが……」
「それでも大成功だよ、中継ランプは点灯したままだったし、海外作品を日本風にした方が良かっただろ?」
近くで真っ赤な顔で震えている要先生にも聞こえるように告げて、俺たちステージから降りていく。
「……そ、そうなの、映画を日本風にしたのね。でも、ずいぶんとリアリティがあったわね」
ステージ横で、要先生がそう話してきた。
なので、俺もニイッと笑う。
「元々はゴーストバスダーズやりたかったんですけどね。コミケでこのコスプレした時は意外と盛り上がっていたので、混ぜてみました。元ネタはTTRPGの退魔戦記とかいうやつですよ、現代に現れた妖魔を退治する秘密結社のゲームですけど」
まあ、フィクションとノンフィクションは、どこかで必ず交差する。
ゲームの話だって説明すると要先生も納得するフリをしていたので、俺としてもしてやったりというところである。
そして先輩と新山さんは女子更衣室に、俺と祐太郎は部室に移動して着替える。
俺たちにとっては、ここからが本番。
テレビで中継されたものを見て、妖魔を知っている人たちがどう動くのか。
「さぁ、どう出る第六課っていうところだね」
「まあな。無かったことにするのか、俺たちに釘を刺しにくるのか……」
やがて着替えた先輩たちも部室に来ると、のんびりとした時間を過ごすフリをした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
同日の午後。
テレビを見ていた視聴者たちは、信じられないものを目撃した。
開校三年目の高校の文化祭の中継の中で現役高校生によるスーパーイリュージョンが映し出されたのだが、それはみんなが見たことのない幻想の世界だった。
映画を知っているものたちやプロのマジシャンは、魔法の箒や空飛ぶ絨毯で体育館を飛び回っている姿に驚き、そのタネを探すのに必死になった。
子供たちは物語の中にしか存在しない魔法使いの姿を見て、いつか箒で空を飛ぶことを夢見る。
テレビでは『タネも仕掛けもありますので、真似をしないようにしてください』というテロップも流れており、番組としても大成功であった。
……
…
「……いゃあ、参った」
同日、北海道警察公安部では、高校に潜入していた要巡査からの報告を受けて、全員がHTN放送局の中継を見ていたのである。
部屋にいるのは全員が特殊捜査課のメンバー、誰もが苦々しい顔をしていた中で、御影警部補だけが笑顔で笑っていた。
「警部補、これは早急に彼らを逮捕して情報を得る必要があります」
真っ赤な顔で井川巡査長が進言するが、御影はそれを手で制する。
有休をとっていた井川は、忘れ物を取りに警察署にやってきてテレビを見てしまったため、動揺はかなり大きい。
「最後に、これはフィクションですって話しているし、最初の方ではあの映画を日本風にアレンジしただけって話しているからなぁ、我々は何もできないよ」
「そんな悠長な事を言っている場合ですか! この札幌でも妖魔による凶悪犯罪が発生しているのですよ‼︎」
「だから、子供達を巻き込むと? 命の危険がある現場に連れていくと? 井川君はもう少し冷静になりなさい」
さっきまでとは違い、御影はその場のメンバーの顔を見渡してから、口を開いた。
「あれは、彼らからの挑戦だよ。『俺たちは全てわかっている。その上で、俺たちに何かしてきたら、全て公開する』ってね。この中継で、彼らは高校生としては有名になったから、その気になれば放送局までねじ込めるよ」
「そ、それではどうするのですか?」
「今まで通りさ。彼らの組織の全貌が未だわからない。けれど、必要ならば協力してほしいというのも事実さ。
だから監視程度で様子を見るよ、妖魔と共存すると言うのなら、彼らは必ず妖魔と接触するはずだからね」
それにしても一本取られたな。
要巡査では、現場での魔力感知は出来なかっただろうから、あれが魔術なのか手品なのか判断に苦しむところだろう。
もしも魔術だとすると、それこそ彼らの力の源がなんであるのか知る必要はあるか。
「公安部特殊捜査課全員に厳命。監視対象である乙葉浩介、築地祐太郎、そして新しく瀬川 雅、新山小春も監視対象に加える。必要以外の接触は行わず、最低限の監視を務めるよう。ああ、今のところはまだ待機命令なので、そっちを最優先でね」
──ザッ‼︎
全員が敬礼すると、部屋から出ていく。
「井川君は、引き続き有休を堪能してくるよう。さっきの見たでしょ? 妖魔たちも動き始めると思うから慎重にね」
「了解です」
まあ、不本意なのはわかる。
けれど、此処で君が彼らと接触すると、君は必ず実力行使に出るからね。
北風と太陽理論で接触したほうがいい、彼らは現代の子供達なのだから。
「御影警部補、例の乙葉浩介の身辺調査報告書ですが、気になる点がいくつか‥‥‥」
別の署員が封をしている書簡を持ってくる。
それを受け取って開くと、中から書類を取り出して確認する。
「‥‥‥はぁ。これって裏付けは取れている?」
「アメリゴの関係機関からも報告を受けました。彼の両親はアメリゴの対妖魔機関に所属しています。表向きは動物学者と昆虫学者として出向となっていますが、出向先は妖魔の生態を研究している機関です」
まいった。
国内のフリーランサー機関所属かと思っていたら、まさかアメリゴの対妖魔機関所属の可能性のほうが高いとは。
「‥‥‥あの、警部補、私の見解なのですがよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
「対象者4名のうち、魔術素養のある乙葉浩介並びに築地祐太郎両名は、じつはどこの組織にも所属していないという可能性があるかと」
ああ。
それもうすうす考えていた。
ただ、そうなると彼らの持つ能力がどうして発現したのかという理由が全く証明できない。
どこかの組織に登録されていて、長い修行の末に‥‥‥とかなら、まだ納得がいく。
まさか、いきなり目が覚めたら魔術が使えるようになりましたなんていう可能性はない。
そう考えて調査を続けていたのだが、外部調査員および他の公安からの報告を確認する限り、組織らしきものと外部接触している可能性は0である。
「その線も考慮に入れる。ただ、アメリゴ絡みという部分も新しく加える必要があるが、そっちの線が濃厚だとしたら、井川君が二人に対して攻撃的になる恐れがあるからなぁ」
アメリゴの対妖魔機関は『人為的妖魔』の研究機関も持っている。
そして乙葉浩介の両親はそっち方面に所属している可能性が濃厚であるとすると。
「最悪、乙葉浩介は『人造妖魔』という可能性もあるか‥‥‥」
推測は推測でしかない。
実証するにも、裏付けを取るにも、まだまだ情報が不足している。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




