第四百五十二話・禍福倚伏、死せる孔明生ける仲達を走らす?(災禍の赤月とディラックの再生)
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瀬川が深淵の書庫により妖魔の狂化事件を確認した翌日、正午。
妖魔特区・札幌テレビ城下に作られた仮設ベースキャンプでは、退魔機関第六課の退魔官および
唐澤りな、有馬紗那といった面々が集まっていた。
昨日から今朝方に至るまでに発生した妖魔暴走事件は、市内だけでも70件を超え、実働部隊である退魔官や特戦自衛隊だけでは手が足りないということで、急遽、りなちゃんと紗那さんにも出動可能かどうかの相談が行われた。
その結果、現時点で最強の魔術師である乙葉浩介、築地祐太郎、新山小春ら3名を欠いた状態では札幌市の治安を維持するのは不可能と判断、二人もフル装備で深夜から暴走妖魔の鎮圧を続けていたのである。
「慢心そーいーっ!!」
「りなちゃん、慢心じゃなくて満身創痍だからね、だからいきなりラーメンのどんぶりを構えるのはやめてね」
「あいあいさ」
仮設ベースキャンプに隣接しているテントの中で、りな坊と紗那の二人は昼食タイム。
ちなみに装備はボロボロであり、ツァリプシュカに至っては冷却モードで5時間は使い物にならない。
紗那も魔導鎧のパーツをテレビ城前に展開し、現在は有馬博士がメンテナンスを行っている最中である。
「……よし、これですべてのチェックは万全だ。忍冬君、これが君用にカスタマイズした量産型ツァリプシュカ・建御雷だ。これは両手に装着する籠手のような形状をしていて、闘気を循環させることで組み込まれた魔力回路の中で雷の術式を発動。それを両手の射出口から打ち出すことが可能だ。消費闘気については、内蔵してある『魔力発電装置』により、周囲の大気から魔力を回収することで補完される。さあ、これを装備して戦ってくれ」
「ま、待ってください……少し休憩を……」
頭の上にタオルを置き、ベンチで横たわる忍冬。
すでに体内保有闘気は生命活動に必要な分しか残っておらず、今しばらくは代謝活性による回復を待つしかない状態である。
「瀬川くん、現在の暴走妖魔の情報は?」
ベンチに横たわったまま、忍冬が深淵の書庫内部で情報を集めている瀬川に問いかけると。
「札幌市内だけでも、まだ鎮圧されていない箇所が17。機動隊による包囲網が展開し、可能な限り周辺住民及び家屋に対する被害が出ないようにするしかないようです」
「糞っ……魔族がいきなり暴走するとか、何がどうなっているんだ……」
吐き捨てるように呟く忍冬に、瀬川も思わず空を見上げてしまう。
今は昼間、月など見えるはずがないのだが、彼女の目には二つの月が寄り添うように並んでいる姿が見えている。
「ああ……夜になると三つ目の月が出てくる……乙葉君の話していた災禍の赤月、予想以上に進行が早い……」
頭を振りつつ、瀬川は改めて深淵の書庫内部に展開しているモニターを確認する。
後部半分は世界情勢、前部半分は現在の札幌市とその周辺の状況が浮かび上がっていた。
──ブゥゥゥン
そんな時。
突然の水晶柱の共鳴と同時に扉が現れると、中から築地と新山、そして乙葉の姿が現れた。
「乙葉くん、どうやら無事だったようね。築地君も、そして転移現象に巻き込まれた人も元気そうで安心したわ」
「それはどうも。ということで、カクカクシカジカですので」
「うん、カクカクシカジカじゃ話が分からないから、ちゃんと説明をお願いしますね」
ということで、築地が背後で待機している乗組員についての説明を開始。
その場にいた退魔機関の人たちが彼らを保護してくれるということで、まずは彼らの一つ目の問題は解決した。
「それで、築地くんの説明だと、白桃姫さんたちを探しに行くっていうことよね?」
「そういうことですね。どうせ白桃姫の事だから、空間結界を展開してそこに逃げているだけだと思う。問題は、それを解除できない理由があるっていうこと。だから、こっちから干渉して状況を確認させてもらおうと思って」
「そうね、それが賢明ね。とはいえ、こっちも戦力不足は否めないわ……」
そう告げて先輩がちらっと後ろを向くと。
満身創痍状態のりなちゃんと紗那さん、そして頭の上にタオルを置いてベンチに横たわっている忍冬師範の姿も確認できた。
「はぁ、俺たちのいない間にひと騒動あったっていうことですか」
「それじゃあ、俺がこっちに残った方がいいか。新山さん、すまないけれどりなちゃんたちの怪我の状況を見てくれるか?」
「わかりました! 乙葉くん、がんばってね」
「応さ」
そう告げて、乙葉が船員たちを妖魔特区内へ移動するように促すと、そのまま扉を閉じる。
「さて、先輩、こちらの状況を説明してください」
「乙葉くんには軽く話していたみたいですけれど、どう考えても現状が只事じゃないって理解できます。なにがあったのですか?」
築地と新山に問われ、瀬川は深淵の書庫のモニターを外に向ける。
そこに映し出されている映像を見て、築地たちは絶句するしかなかった。
「災禍の赤月が発動し掛かっています。現在は世界各地の魔族の狂化現象と、それに伴う暴動の発生。それと同時に、サンフランシスコ・ゲートへと移動する大勢の人々の姿も確認しています。それも、全世界規模で……」
説明しつつ、映像を切り替える。
そこには、各国の対妖魔機関及び軍隊による妖魔暴動の鎮圧映像や、海に向かって無意識に歩みを進める人々、そしてそれを止めている警官などの姿も映されている。
「何が起きているんだ……って痛っ……」
突然、築地の右首に激痛が走る。
そこには黒い刺青のような文様が浮かび上がり、ウズウズと蠢いている。
「築地くんっ……診断!」
新山は急ぎ築地に対して神聖魔術による診断を行うが、その結果に身を震わせてしまう。
『ピッ……魔障中毒が呪詛に進化しました……暗黒闘気により進行を阻害、自我の崩壊は停止します……体内保有闘気の放出開始……暗黒闘気により放出を阻害……神の器への進化を停止、対象は器足りえないため、真魔人ディラック再生のための王贄として誘導を行います……暗黒闘気により誘導を阻害……』
ただひたすらに築地の体内の魔将中毒の呪詛が彼の体を蝕もうとし、それを暗黒闘気が阻害する。
額から脂汗をかきつつも、築地もどうにか自我を保っている。
「暗黒闘気の活性化で、築地さんの体内の呪詛は活動を止められます。でも、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、さっきはいきなりだったから危なかったが、今はもう大丈夫だ。それよりも、このタイミングで呪詛の活性化って、どういうことなんだ?」
「はい、私が診断した結果を報告します……」
そのまま新山は、築地に起こった出来事の全てを報告する。
そして、『真魔人王ディラック』なる存在の露見。
魔障中毒者を王贄とする計画があったということを、今、このタイミングで知ることになった。
そしてこの情報はすぐさま瀬川の深淵の書庫にも登録されると同時に、第六課の忍冬にも報告されることとなった。
………
……
…
「はい、漁船に乗っていた皆さんは一旦、こちらに来てください。身分を確認できるものを提示して頂ければ、すぐにここから出られるように手続きを行いますので」
魔大陸から妖魔特区に到着した漁船の乗組員たちは、すぐさま仮設テントで待機している退魔機関第2課(通称・統合調査室)の退魔官によって身分の確認が行われる。
そして本人確認が取れた時点で指定のテントで待機してもらい、全員揃った時点で妖魔特区内西域へと移動。そこから結界の外に出て、もよりの交通機関を使って彼らの所属している漁港まで帰還することとなったのだが。
「う……む」
乗組員たちが次々と手続きを終えて仮設テントに戻って待機しているとき。
漁船の機関士が腕を組みながらテントに入ってくる。
「ん? 畠山さん、どうしたんだ?」
「いや、今しがたさ、身分証を提示して手続きを終えたんだけれど……どうも、俺よりも先に、俺は手続きを終えていたらしくてなぁ。事務官の人が『さきほど手続きを終えましたよね、どうかなさいましたか?』って問いかけてきてさ……」
腕を組みつつ頭を傾げている畠山機関士だが。
天との中では、先に終わらせていた乗組員たちが畠山機関士に一言。
「いや、畠山さんって、俺たちよりも先に手続きをしていたじゃないか。そのあと、ちょっとトイレって外に出ていったのは覚えているけれど、また手続きに戻ったのか?」
「はぁ? いや待て待て、俺は今、初めて手続きをしてきたんだそ? それじゃあ俺よりも先に手続きをしていた俺は誰なんだ? そいつはトイレにいったのかよ」
「ああ。俺の目の前で手続きをしていたんだから間違いはないって……」
そんな意味不明な会話が続いているが、仮設テントの中で待機している退魔官はすぐさまレシーバーでベースキャンプに連絡を入れる。
「臨時待機テントの五十嵐です。鏡刻界より避難してきた漁船の乗組員の中に、変装もしくは何らかの手段で乗組員に変化していた魔族がいた可能性があります……周辺のチェックおよび瀬川さんに、妖魔特区内で未確認の魔族の反応がないか確認をお願いしてください」
五十嵐退魔官はそう連絡を行った後、テントの中をじっくりと見渡しつつ、スラックスのベルトに装着しているミスリルナイフのフォルダーのスナップを外す。
魔術的才能が少ない彼女であるが、以前、妖魔特区発声事件の時に乙葉浩介からミスリルのナイフを購入した経歴を持っている。
そして静かにテント内を見渡しつつ、乗組員たちの話に耳を傾けていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




