第四百二十四話・震天動地、人事を尽くして天命を待つ(最悪は、音を立てずにやってくる)
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「……何があったんだ?」
それが、築地祐太郎の最初の言葉。
妖魔特区から水晶柱を通って鏡刻界へとやって来た彼は、魔法の箒に乗って一路、王都ブラウバニアへとやってきた。
以前来た時は、王都へと続く街道にも大勢の魔族の姿があった。
だが今、街道外に居るのは大量の馬車とまるで難民のような姿の魔族たち。
「すいません……ちょっとお尋ねしたいのですが。この近くで戦争か何かあったのですか?」
言葉を選びつつ、一台のワゴン型馬車で商売をしている魔族に問いかける。
するとその魔族も疲れたような顔で一言。
「王都が消滅していてね。それだけじゃない、ここ最近は魔素が安定していないらしく。あちこちの土地が入れ替わってしまっているらしいんだよ。まあ、東の村が北の方に突然現れたり、西の方に人間の大陸の街がやって来たり……ほら、あの月が姿を表してから、どうもあちこち様子がおかしいんだよ」
グイッと親指で頭上を指差す魔族。
その仕草を見て、祐太郎も恐る恐る覚悟を決めて空を見る。
「……最悪だ……」
まだ昼間にも関わらず、空の遥か上空には、赤い三日月が浮かび上がっている。
その向こうにも、白い月と黒い月の二つが薄ぼんやりと見えている。
幸いなことに、三つの月は一部が重なっているようにも感じるが、まだ不完全な形でしか実態が見えていない。
「ああ。お陰でさ、商売も上がったりなんだわ。王都にあったうちの店まで戻って来たところなのに、なんというかこう、まるで城門の中の土地全てが抉り取られたようになっているんだよ。それも、地面が溶けて固まったみたいに変化しているし……」
「ありがとう」
そう告げてから、祐太郎は箒で急ぎ王都へと向かう。
街道筋にはまだ大勢の魔族の姿もあり、王都のあまりにも変わった姿を見て引き返してくる者たちの姿もある。
そんな中、祐太郎はようやく王都城門前まで辿り着くことができたのだが。
「……な、なんだこれは。一体何があったっていうんだ?」
何もない、まるで爆撃でも受けたかのように王都城門内部が上がり削られている。
城壁内側はその時の衝撃によってヒビ割れ、一部は崩れ落ちている。
月面のような姿のクレーター内部、その中央には見るも無惨な廃墟群が広がっている。
そしてその中央、虹色に輝く結界により守られている廃城ドミニオン。
それは普通の魔族では見ること叶わない結界であるのだが、築地の装着しているゴーグルは、明らかに位相空間内部に存在している虹色の結界と、その中の王城がはっきりと見て取れる。
「うん、白桃姫の術式に間違いはないか。しかし」
再び箒にまたがり、結界のギリギリまで近寄ってみるのだが、ゴーグルを通してしか結界は見ることができず、また、祐太郎が闘気を宿してもそれに触れることはできなかった。
「……何かあったのは事実。そしてその結果、王城を守るために白桃姫が結界を構築したことも理解できるが。問題は、この爆発だな。一体誰が、どうやってここまでの爆発を引き起こすことができたんだ?」
地面に触れる、闘気を流す。
周囲に闘気の網を広げ、生存者がいないか確認する。
殺気はないのか?
まだ戦っている人物はいないのか?
そう考えて廃墟内を縦横無尽に飛び回ってみたものの、どこにも生存者らしき姿は見つからない。
「一瞬、本当に一瞬で王都が消滅したのか……」
──ゾクッ
そう呟いたとき、祐太郎は全身に鳥肌が立ったことに気がつく。
恐らくはたった一つの魔法、それも王都全域を一瞬で飲み込み燃やし尽くすほどの豪炎。
廃墟化した地面のあちこちがガラス状に変質していることなどから、その火力が凄まじかったであろうと予想する。
「まるでナーラーヤナに焼き尽くされたようだな……」
古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』に登場する兵器『ナーラーヤナ』。
そこに記されているような戦いがあったかのような風景が、祐太郎の目の前には広がっているのである。
「虹色の結界が位相空間を作り出すものならば、その中に白桃姫たちがいるはず。だが、俺にはその中へと転移する方法はない。一端、札幌に戻ってオトヤンたちにも話を通したほうがいい……まあ、結界が残っているっていうことは、白桃姫が生きているっていうことにもなるからな」
大抵の魔術にも言えることだが、発動した術式はそれを唱えたものが死ぬと消滅する。
儀式魔術や魔導具などについてはこの条件には当てはまらないのだが、目の前の結界については白桃姫の魔力を感じ取ることができた為、祐太郎も彼女が死んだとは考えていない。
最も、このような結界を構築しなくてはならないほどに追い詰められたという事実は心に刻み込み、今後の対応についてどうするのかを考えることにした。
………
……
…
──同時刻、結界内部
帝都ドミニオンが広がる風景。
そこは白桃姫が作り出した大規模位相空間であり、帝都に住む人々が生活している。
この空間から外に出ることはできず、そのためには術式を構築したピク・ラティエが目覚めるのを待つしかない。
そのために帝城の中では、回復のために瞑想を続けるプラティ・パラディとその他魔将たちによる回復術式の構築が行われている。
「ああ、陽の光が暖かい」
帝城最上階のベランダで座禅を組むプラティ・パラディ。
彼の肉体を構築するオリハルコンは光を受けて魔力を生み出す。
それをそのまま、彼の体内肋骨に守られた部分で眠るピク・ラティエへと注がれて行く。
「側から見ると、日光浴する即身成仏という感じなんだが。プラティ老、結界外に来客があったようだが」
アンバランスが部下を連れてプラティの元へと姿を現す。
彼の仕事は混乱する帝都市民に状況を説明し、秩序の維持回復を行うこと。
魔族故に主食である生命体の生気を得る必要があるのだが、それについてはプラティがどうにか維持できるだけの魔力を生み出している。
ただ、それと同時に体内のピク・ラティエの再生にもエネルギーを割く必要があるため、彼はずっとこの場所から動かずにじっとしている。
「ほう、来客とはまた。それは悪きものなのか?」
プラティの問う悪しきもの、すなわち伯狼雹鬼。
だが、アンバランスは頭を左右に振る。
「あの魔力反応は、魔人王さまの四天王だ。魔皇紋様の力を感じたのだが、ここから外に連絡することができぬ故、どうしたものかと」
「わし、アトランティス迄なら念話を飛ばすことができるから。そこで我が眷属に経由して、パールヴァディにでも現状を伝えておこう。流石に四天王でも、あの伯狼雹鬼の黒炎から身を守る術はないからなぁ」
「あの帝都を破壊した奴の魔術……まさか神威なのか?」
そのアンバランスの問いかけに、プラティも頭を振るしかない。
「分からん。が、少なくとも奴を止めるためにはタイニー・ダイナーの力も必要。どれ、彼女をわしに預けなさい。ピク・ラティエと共に魔力を注いでおこう」
「済まないな、そうしてくれると助かる」
「では、引き続き帝都は任せる。パールヴァディに連絡をつけてから、わしは再び瞑想を続けるとしよう」
小さな揺籠に乗せられた、タイニー・ダイナーの眠る繭。
アンバランスは彼女の再生もプラティに頼むために運んできていた。
それを受け取ると、プラティは結跏趺坐の膝上に揺籠を置き、再び瞑想を始める。
その様子を見てから、アンバランスも一礼しその場から離れていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




