第四百十八話・四苦八苦、艱難汝を玉にす?(時間と空間の停止する世界で)
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ふぅ。
聖徳王の天球儀、そのダミーを作るための準備をするために自宅に戻って来た俺は、急ぎ空間収納から必要な素材を取り出し、錬成魔法陣の中へと収めていく。
作り出す魔導具は、カナン魔導商会から購入した錬金術の書と鏡刻界で入手した魔導書の二つを参考にして構築した【術式封印媒体】と、普段作りなれている【結界発動装置】を組み合わせた新型魔導具。
「限りなくオリジナルに近い魔導具であり、なおかつ誰にも使えるものではないもの……と」
組み込むのは空間転移術式、それも水晶柱を仲介しなくては起動しないタイプ。
俺たちが使っていた銀の鍵と同じものであるけれど、この起動方法に神威を必要とするタイプに術式を変更。
ついでに魔石をセットして俺の神威を抽出、この魔石自体に認識阻害の術式を組み込んで内包されている神威で俺が作ったということがばれないようにする。
そして空間転移術式を発動した場合、ダミー天球儀を中心に半径三メートルの空間を結界にて封印、そこから任意の座標軸に転移するようにセットするんだけれど、ここで神威以外ではすべての術式がリンクしないように設定。
そんじょそこらの魔族がこのダミー天球儀を使ってみても、天球儀が108個に分割して周囲に広がり立体球形結界が起動し、座標軸を設定するようにとメッセージが出るようになるだけ。
なお、もしも座標軸が設定できても、その次のシーケンスで神威注入術式が起動して神威を注ぎ込むように指示される。
つまり、俺以外ではここで詰みとなり、すべてのシーケンスは停止して元の球体に戻ってしまう。
「うん……まあ、いい感じだな。あとは……」
――ブゥン
空間結界呪符を作り出して異空間を構築、そこに俺自身が移動してから【聖徳王の天球儀】を取り出し、そこに封じられている神威を解析。あとは俺の体内の神威をゆっくりと練り直し、天球儀の神威に限りなく近づくように神威の構成パターンを変化させていく。
神威にしろ魔力にしろ、その術者固有の波長がある。
これは遺伝子や指紋などと同じで、まったく同じものは二つとないのだけれど、それに近いパターンに近寄らせることは可能。
「……んぐ……ぐぐっ……くっそ、この神威、かなり特殊すぎるわ」
試行錯誤と紆余曲折を繰り返して、一時間後にはどうにか俺の神威波長に近い神威を組み込むことに成功。
これを先ほど作り出したダミー天球儀に組み込んで、さらにこれを複製。
いや、この手の流れって偽物がばれた場合に俺が持っていると思われるだろ。その時に取り出して手渡すための【さらに本物に近いダミー】も用意しておくっていうこと。
石橋をたたいて渡るのではなく、叩いた後で強化術式で橋を頑丈にするのが俺だからね。
そんなこんなで完成したのが朝日が昇り始めるころ。
あとはこれを本物とすり替えに行って来るだけなんだけれど……。
「ん……今、いってくるか」
明日には展示が公開されるとして、もしも奴らが天球儀を狙ってくるとすれば開催よりも前、つまり前日。
それも深夜の人目が付かない時間帯に行われる可能性があるとすれば、今からだいたい20時間後ってところだろうさ。
それなら、今のうちに変えちまった方がいいんじゃね?
――ガラッ
窓を開いてから魔法の箒に跨り、さらに透明化の指輪も起動。
あとはまっすぐ道立近代美術館へと飛んで行って、展示会場に侵入かーらーの聖徳王の天球儀の奪還とまいりましょうか。
〇 〇 〇 〇 〇
早朝、道立近代美術館。
明日の公開を前に、会場は厳重な警備体制に包まれている。
聖徳太子ゆかりの品の展示ということで、国宝である『天寿国繡帳』や『聖徳太子および侍者像のうち聖徳太子』といった貴重なものが展示されているため、警備体制も普段の一般展示よりも厳重であり、それこそ猫の子一匹も侵入できないような作りになっている。
(……まあ、監視カメラもあるようだし、警備室でもチェックはされているんだろうなぁ……ということで、先輩、すいませんけれどお願いします)
侵入してすり替えようと思ったんだけれど、流石にこの監視体制を突破することは不可能。
なので、瀬川先輩にお願いして深淵の書庫で道立近代美術館の監視装置全てをハッキング、あとは俺がケースの中から回収するだけということで。
(まったく……朝早くから何かとおもいましたけれど。この件、築地君と新山さんにはあとで報告するのですよね?)
(いや、これは俺と先輩だけの秘密で。祐太郎はともかく、新山さんは万が一の時を考えると何も知らない方がいいと思ってさ)
(妖魔にさらわれた場合とかかしら? まあ、彼女は純粋すぎるから、乙葉君が人質になんてなったら素直に説明してしまうかもしれませんからね)
(そういうこと。それじやあ、お願いします)
俺は【聖徳王の天球儀】の収められているケースの前で待機。
そして先輩からの連絡を待ってから、ケース内部の天球儀に向かって俺の魔力を注ぎ込むと、あとは物体引き寄せの魔導具で【天球儀】を手元に回収し空間収納の中へ。
あとは同じ方法でダミー天球儀を内部に……は無理なので、ケースの鍵を魔法で開き、念動術式でケースに触れないようにして開くと、そのままダミー天球儀を収めて元通りに。
鍵もしっかりと固定して、あとはこの場から逃亡するだけ。
(……引き寄せの魔導具使わなくても、最初からこれで良かったんじゃね? って今更か。作業完了、それじゃあ撤退します)
(はいはい。乙女の貴重な朝の時間を使ったのですから、この代償は支払ってもらいますからね)
(飯奢ります、それか、何か欲しい魔導具とかありますか?)
(そうね……いつもの飴で構わないわよ)
あ、そっちですか了解です。
それじゃあとっとと脱出して、俺は魔法の箒でレッツ帰宅。
あとは何事もなかったかのように学校に行って、一学期の終業式に参加しておしまいです。
夏休みの宿題もないと思うから、気楽に帰るだけフベシッ!!
――ドッゴォォォォォッ
道立近代美術館から妖魔特区の結界横に向かおうとした時。
目の前に巨大な壁があることに気が付かなかった。
バランス崩して落下していくのをどうにか姿勢制御して不時着すると、目の前に巨大な虹色の壁が出来ていることに気が付いたよ。
「カモフラージュかよ。それも空間断絶結界……上級魔族の技とはまた、ずいぶんと念入りだな」
後ろに立っている誰かに聞こえるように、俺は少し大きな声で呟く。
すると、背後の妖気が膨れ上がったので、素早く横に飛んで飛来してくる何かを躱した。
「あのねぇ、普通の人間って背後から飛んでくる銃弾を躱せるものなの?」
「その声は確か藍明鈴だったかな?」
数日前に遭遇した、黒龍会の幹部の一人……だったかな?
それにしても結界の構築から銃撃だなんて、どこのバイオレンスアニメの世界だよ?
これでジョロウグモの姿の魔族でも出てきたらそのまんまじゃねーかよ。
「あら、ご名答。それで、現代の魔術師さんはこんなところで何をしていたのかしら?」
「偵察任務だよ、定期的に市内を飛んで回って、あんたみたいな不良魔族がいないか調査しているんだよ……ったく、それでどうして俺が、こんな目にあうのやら……」
そう呟きつつも、ゴーグルをセットして周囲の索敵を開始する……んだが。
ゴーグル全体がカスミのように靄がかかっていて、なにも検知することが出来ない。
それに、念話まで途切れてしまっているらしく瀬川先輩を読んでみても反応がない。
「……あなたに聞きたいことは二つ。ひとつはサンフランシスコ・ゲートの解除方法、そしてもう一つは天球儀の存在……何故か分からないけれど、天球儀っていうものを調べるように言われて調査していたら、そこの美術館に展示されるっていうじゃない。だから情報収集をかねてやってきたら、何故か飛んでいるあなたを見つけたっていうこと」
「ふぅん。残念だけれど、サンフランシスコ・ゲートの解除方法は分からないなぁ。それこそ、そこの妖魔特区のように特殊な結界なんじゃないか? あれは俺でも中和できても解除不可能だからさ」
これは事実。
神威を伴った却下でも、あれは解除できない。
そもそもどんな術式だったのか、俺は発生するところを見ていなかったからなぁ。
――シュルルルルッ
そう呟いていると、突然建物の影から何かが飛んでくる。
慌ててそれを躱すと、さらに一つ二つと連続で飛んで来た。
一直線に伸びた白い物体、まるで蜘蛛の糸のようなもの。
「いやいや、蜘蛛の糸ってまさかだろ?」
「まさか……って、何を想定しているのかしら?」
そう呟きつつ、建物の影から姿を現したのは一人の女性。
タイトスカートに白いシャツ。
ワンレングスの黒髪の、ちょっと切れ長の目をした冷たい表情。
そして右手の先からは、無数の糸が伸びている。
「いや、じつにアメイジングな人たちのことなんだけど、まさかそれよりも怖そうなお姉さんが出てくるとは予想外だっただけ。お姉さん、闇ガードとかいわないよね?」
それはさっきのちょっとアダルトなアニメの話であって、そんなものがいるとは思っていない。
けれど、少しでも時間を稼いでゴーグルの不調とか念話遮断とかについて調べたくてね。
「なぁに、それ。私は南雲、黒狼焔鬼さまの側近の一人よ。訳あって、藍明鈴に助力するように言われているのだけれど……あなたって、かなり鈍いのかしら?」
「鈍いって、一体どういう……」
――クラッ
一瞬、めまいがした。
心なしか体も痺れているように感じる。
まてまて、俺の体ってかなり強化されているよな? 大賢者のステータスって人間をはるかに凌駕しているよな? それがどうしてここまで鈍くなっているんだ?
「ふふっ。効いてきたようね。この結界内部に私の毒を薄く噴霧してあるのよ。結界外への意識遮断と、感覚器官の鈍化……そしてもうひとつ」
そう呟きつつ、南雲はゆっくりと俺に近寄ってくる。
「魅了……あなたも私の駒になるのよ。この霧の中では、大抵の魔族も意識が混濁して身動きが取れなくなるわ。まして人間の貴方なんて」
――ドサッ
南雲の言葉と同時に、藍明鈴が倒れてけいれんしている。
いやまって、貴方はこの空間のラスボスなんじゃないのか?
いきなり倒れているってどういうことだよ。
「あの……そこでお仲間も倒れているんだけれど」
「え? 嘘、どうしてあなたまで毒に侵されているのよ!!」
慌ててそっちに近寄っていくので、俺は魔力で新陳代謝を加速、毒の中和を試みる。
「……ダメか、俺の能力じゃ回復できないか……」
幸いなことに、俺がもう身動きできないと思っている南雲は藍明鈴を抱き上げて何かしている。
それならば、俺も切り札を出すしかない。
(カナン魔導商会……からの、上位解毒剤……と)
魔法薬のコーナーから解毒剤を選択、それを購入して瞬時に実体化、それを一気に煽って。
――キィィィィン
毒が中和されるのを確認。
けれど体の倦怠感は治ることなく、それにいつもよりも体内の魔力経絡に違和感がある。
(チッ……最悪のケースかよ)
ステータス表示すると、しっかりとコンディション部分に『魔障中毒(強)』の文字。最初の毒は解除できても、こいつだけは無理。
あの祐太郎でさえ、いまだに魔障中毒に必死に抗っているレベルだからな。
俺のとんでもない抵抗力で免疫が付けばいいんだけれど、そんなに都合がいいものじゃないことは予想が付く。
だから、今は逃げるのさ。
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
地面に落ちている魔法の箒を手に取り、ぶら下がるようにして高速飛行。
「嘘でしょ! どうしてこの状態で動けるのよっ!!」
俺に気が付いた南雲が両手をこちらに向けて糸を放出する。
だが、直線で飛んでくる蜘蛛の糸なんて躱すのはたやすい。
一気に結界壁に近寄っていくと、足先に結界中和術式をまとわりつかせてドライバーキック!
ニチアサの特撮番組『仮面ドライバーGSX』のように結界を蹴り飛ばし、ついでに結界外へと飛びぬける。
「……ふう。このまま逃げさせてもらうわ、相手が悪すぎる」
あとは箒に乗りなおして高速起動。
空間結界は再起動には時間と魔力が膨大に必要だから、今のを消してもう一度俺を閉じ込めるなんてことはできない筈だからさ。
それにしても黒狼焔鬼って、とうとうここまで来たのかよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




