第四百十七話・天下一品、好きこそものの上手なれ(切り札争奪戦は二つあった)
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元・日本国政府直轄陰陽府。
御神楽天奉という女性を中心に組織された陰陽府は、古来より日本を『妖』の手から守り続けていた。
古き時代には神楽境と呼ばれた彼女の元には、魔皇と呼ばれていた魔族をはじめ、様々な種族のものたちが集い、日本を守っていたという。
その外郭組織の一つが、有馬祈念率いる魔導研究所。
古来より妖を戦う術を持たない人間たちのために様々な武具を開発し、解析不能とまで言われていた古代術式の数々を紐解いてきたという。
なお、現在はどちらの組織も解体され、民間の一機関として活動は許されているものの、神楽境の力は絶大にして強力。
それが表に出ないようにと、江戸城跡地の地下深くに造られた神殿に封じられているという。
また、魔導研究所は解体し関係者は防衛庁特戦自衛隊所属の『退魔法具解析研究室』、通称『法具解析室』と呼ばれている部署に配属となり、今でも退魔法具の開発を続けているのだが。
そもそも魔導研究所は有馬祈念のワンマン機関であったため、現在は退魔法具の解析や開発能力は大幅に削られているという。
「それで、これの解析を天羽総理から委任されたのだが……」
防衛省政務官の一人、田名部勢一郎議員がアタッシュケースを開きながら、集まった研究員たちに説明を始めた。
その中には、研究員たちも見たことがない物体が一つ、保管されていた。
天羽総理が異世界の総理大臣から入手した、【対妖魔兵装】に関するデータが収められた水晶媒体。地球でいうところのUSBメモリーなのだが、これを再生する装置が地球には存在しない。
それ故に、天羽総理はこれの解析を乙葉浩介に依頼しようと考えていたのだが、彼がいつ戻ってくるのかわからず、尚且つ、側近たちや関係閣僚たちとの相談の結果、これの解析を二つの機関に解析依頼を行ったのである。
一つは民間の自動車修理工であり希代の錬金術師・有馬祈念。
そしてもう一つが、この法具解析室である。
そもそも法具解析室に依頼することについては、天羽総理はやや懸念していたのが実情であるのだが、特戦自衛隊関係官僚の推薦もあり依頼することを決定。
なお、この件については歴代総理大臣秘書官を努めていた白川塔矢も一推ししていたという。
歴代総理の信に厚い白川もということで、天羽総理は解析依頼を行ったのだが、果たしてどうなるのか。
「できるだけ早急に、可能ならば北海道のあの素人よりも早く完璧な解析を行うように」
「……まあ、やるだけやってみますけれど。ちなみに田名部議員の仰る素人が有馬博士のことを指しているのなら、私たちでは太刀打ちできませんよ?」
「やる前から諦めるとはな。それでなくてもお前たちには莫大な活動予算が振り分けられているのだぞ? それを裏切るようなことがないように」
田名部の直轄組織である法具解析室が成果をあげられなければ、彼自身の信用にも関わる。
それも、北海道の元陰陽府の一機関の関係者に手柄を奪われたとなると、彼の面子もどん底まで落とされるであろう。
それ故に、今回の解析には彼の首が掛かっていると言われても過言ではない状況にまで追いやられているのである。
「では、じっくりと解析を始めます。それで、これがなんなのか具体的な説明があると助かりますが」
「これは、天羽総理が異世界で入手した対妖魔兵装のなんたるかが記されている記録媒体だそうだ。これを解析し、この中のデータを抽出するのが君たちの仕事だからな」
その言い捨てるような物言いに、研究員たちはため息をつく。
記録媒体という事は、この中にあるデータに傷をつける事はできない。
そのようなヘビーな条件下で、未知の媒体の解析をすることなど不可能である。
「わかりました。全力を尽くさせていただきます」
その返事に満足したのか、田名部は『では、しっかりやりたまえよ』と告げてから笑顔で立ち去る。
そして残された研究員たちは、迂闊なことをして内部の記録が破損するようならばと媒体を鞄に納め直してから保管庫へと移すことにした。
天羽総理が持って帰ってきた対妖魔兵装のデータと田名部の面子、天秤にかけるまでもなく研究員たちは前者を選択したのである。
「よし、次に連絡が来るまでは解析しているふりで構わない。あんなネジ穴どころか継ぎ目すら見えない透明な媒体など、俺たちでは解析不可能だからな」
「了解です」
この日、法具解析室は『触らぬ神に祟りなし』を選択したのである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──北海道・札幌市白石区大谷地
その傍らにある『有馬自動車工場』では、内閣府からの依頼で持ち込まれた謎の記録媒体を目の前に、有馬祈念が大興奮状態。
「ふむ。私の鑑定眼によれば、これはケイ素と酸素からなる単結晶素材の中に、魔晶石が組み込まれている。この端子の部分は解析用魔力回路と接続し、その中にあるデータを外部端子を通じて入出力が可能。しかも、この端子の構造は地球に存在しない鉱石により紐付けられている。これは実に興味深いではないか。そもそも魔晶石の素材構成はその大半が魔力によって構成されており、いわば術式結合をした魔力の実体化及び鉱石化に繋がっている。これは確か、我が祖が残したアヴァロンで産出されるミスリルと共に発掘される精神感応金属に高い分子結合を行っており……」
淡々と説明を行いつつ、ホワイトボードに数式を書き込む祈念。
その前では、乙葉から『複製術式』を学んだ沙那が、解析依頼の記録媒体を次々と複製している。
そもそもの素材さえ分かれば、あとは術式解析により複製は可能というのが有馬式錬金術。
その助手である沙那にとっては、この手の作業など日常茶飯事。過去に日本国政府から依頼された退魔法具のコピー品が、今でも倉庫にゴロゴロと転がっているレベルである。
「それで、有馬とーちゃん、解析は終わったの?」
「りな坊や、そもそも解析などとっくに終わっている。今は沙那が魔晶石にコネクトして、内部データを引き出して整理している最中じゃ」
「このホワイトボードの説明は?」
えびせんを食べつつ、唐澤りなが問いかける。
いつものようにアルバイトでやってきたのだが、有馬親子が忙しそうに動き回っているため手持ち無沙汰で間食の真っ最中。
「依頼主に提出するためのデータをまとめているだけじゃな!! この程度の理論を理解できぬようなら、魔導具開発者を語る資格なし!」
「ふぅん。それで、内部データはどうするの?」
「当然、作ってみるが? そこに何か問題はあるのか?」
「ん~、無い!!」
あっさりと言い切るりなに、祈念も満足顔。
その間も、紗那は黙々と記憶媒体のコピーを生産しつつ、自身の体に接続されている延長コードにある端子に接続、魔力を流し込んでは内部データにどのような影響があるか計測中である。
「コピーナンバー22、内部の魔晶石とコネクトしました。今からデータの抽出を開始します……」
そう告げてから、魔晶石のデータを引っ張り出して別のモニターに映し出す。
幸いなことに、異世界地球とこの世界の言語については親和性が高く、旧漢字体がそのまま使われているような感じである。
それならば紗那と記念が翻訳することなど容易く、記録媒体の中のデータのすべてを6時間で抽出し、さらに解析も終わった。
「……有馬とーちゃん、りなちやんはそろそろ帰るけれど、明日も来る?」
「そうじゃな。明日にはこの図面に記されているものを作ってみたいと思う」
「お父様、あとはこの端子をUSBにコンバートする端末を作る必要もありますよね?」
「それは紗那に任せる。わしはこの図面に記されている『荷電粒子魔導レーザー』というものを作ってみたい。りな坊のツァリプシュカの魔導砲よりも高性能じゃから、これをりな坊のツァリプシュカとアイアンメイデンmk3に組み込んでみたいからな」
すでに図面に記されているものを作る気満々。
その姿を見て、紗那もため息をつくしかなかった。
「それでは、途中進退だけでも報告しておきますので」
「待て!! それは試作機が出来てからだ。どうせ日本政府にコンバーターの作成が成功したと報告したら、その次はここに記されているものが作れるかどうかという問い合わせが来るに決まっている。だが、今ざっと目を通しただけでも素材が足りない。幸いなことに試作用に必要な分はどうにか賄うことが出来ると思うが、追加注文に割くだけの素材などない。これは乙葉くんに素材を集めてもらう必要があるので、まずは彼が好みそうな魔導具の作成から始めた方が理想的だとは思わなないか? 以上の点を考慮して、日本政府への報告は最初の約束通り一週間後だ」
だーーーーーつと一気にまくしたてるように説明する有馬記念。
それに頷くしかない紗那とはうらはらに、りな坊はモニターに映し出されているパワードスーツに目をキラキラと輝かせていた。
「ねぇ有馬とーちゃん……このパワードスーツの胸の光っている奴は、なんとかリアクター?」
「いや、超高圧魔力結晶体に増幅術式を実体化して組み上げた精神感応金属のフレームで包んだものだな。しいていうならハイコード・マギ・リアクター!!」
ズバッと倉庫入り口を指さして力説する祈念。
ちなみにそっちには誰もいない。
「ぼるてっか?」
「それも組み込もう。ということで明日は助手を頼む」
「うい、むっしゅ」
「はあ……また事務仕事は私の担当なのですね……」
意気揚々と話している祈念とりな坊を見ながら、紗那は本日何度目か分からないため息をつくことになった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




