四百十一話・(突撃、新山宅の晩御飯)
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異世界・鏡刻界から帰って来た俺たちは、災禍の赤月の情報を得るために魔鍵管理人であるハルナ・ヴィラードの足跡を辿る事にした。
幸いな事に、ハルナが俺たちの世界にやって来て隠れ家として使っていたのが、今の新山さんの住んでいる家なので、まず最初に新山さんの家へと向かう事に……。
「ふぅ。新山さんの家に向かうのは明日の朝になるか」
「そのようですわね……確か、鏡刻界と私たちの世界の時差が存在していたとは予想外でした」
水晶柱から出て来た時間は、深夜一時。
今までも鏡刻界と現世界とを行き来したことは何度もあったが、ここまでの時差など感じたことはなかった。
それがどのような理屈で修正されているのか白桃姫に確認したことはあったものの、その明確な答えは結論として導かれていない。
ただ、白桃姫は『時間と空間の魔法は気まぐれでもあるからなぁ』というあやふやな返事をしていたので、そういうものだと俺たちも納得していた。
「今から急ぎ帰って……明日の正午にうちに集合ということで良いのかな?」
「それで構わないよ。瀬川先輩もその方向でよろしくお願いします」
「そうね。流石に明日の朝イチとなると色々と準備も大変でしょうから……では、お昼に新山さんのうちに向かいますので」
「それじゃあ、おやすみなさい」
これで一旦解散。
もう時間は深夜なので、新山さんは俺が送って行く事に。
瀬川先輩も送ろうかと話したのだが、深淵の書庫があれば大抵のことは防げるので大丈夫ということ、万が一の時には深淵の書庫の中から念話で連絡するからということで話はついた。
「ふぅ。本当なら、新山さんのナイトはオトヤンに任せたほうがいいのだろうけれど。流石に新山さんを送れって異世界から呼び出すのは無理だからなぁ」
こういう時こそオトヤンの出番なのだが。
オトヤンなりに考えて向こうの世界に残ったことだし、なにか答えを見つけるまでは帰ってこないと思っているからなぁ。
「でも、災禍の赤月って本当に起こるのかなぁ。ほら、あの月が三つ重なるって話だよね? 私には一つにしか見えないから……」
「闘気を目に通してみても、やっぱり何も無いな。オトヤンは多分、あの話が異世界だけの問題であって、俺たちの世界には干渉してこないっていう保証が欲しいんだろうなぁ。だから、向こうで必死になって情報を探していると思う」
「本当に……なんでこう、もっと気楽に生きられないのかなぁ。あれだけすごい力を持っているのなら、自分の思うように生きていてもいいと思うんだけど」
やや呆れたように新山さんは話しているが。
その答えは、彼女も知っていると思う。
「オトヤンは、昔からああだったからなぁ。俺が魔族に攫われた時も……オトヤンは命をかけて助けてくれたらしいからな。あいつの母さんからその話を聞かせてもらった時は、半分ぐらいは俺が不安にならないようにって話を盛ってくれたんだなぁと思ったけどさ……オトヤンが魔法使いになって、俺もその恩恵で魔闘気使いになって初めてそれが真実だって理解できてからも、オトヤンは変わらなかったからなぁ」
「そっか……乙葉くんと築地くんって仲がいいからさ。なんていうか、信じあっているっていうか……羨ましいなあってたまに思うんだよ。もっと早く私も乙葉君に出会えていたらなぁって……」
そう気軽に話しをしながら空を飛んでいると。
──ピシッ
突然、周囲の空気が変化した。
俺と新山さんの周囲に虹色の壁が浮かび上がり、足元には二人の影が見える。
「空間結界!!」
「そのようだな。それで、そこの2人は俺たちに何のようだ?」
全身に闘気を流し警戒。
そのままゆっくりと魔法の箒を降下させると、スーツ姿のOLとボルサリーノにトレンチコートの男性に向かって問いかける。
「貴方たちは、乙葉浩介の愉快な仲間よね? 聞きたいことがあるんだけれど良いかしら? 大規模結界術式、そういえばわかると思うのだけれど」
ニヤニヤと笑いつつ、OLはサングラスを外す。
すでにサーチゴーグルは作動しているので、こいつが中級魔族の藍明鈴という名前であることは理解している。
それよりも問題なのは、その後ろで静かにしている符術師の馬天佑。
こいつはかなりヤバい。
「黒龍会の元幹部と僵尸使いが、俺たちに何の用事だ?」
「あら? 貴方も乙葉浩介と同じ鑑定眼の所有者なの? それなら話は早いわね。実は、大規模結界術式について詳しい人を探してるのよ。乙葉浩介以外に、誰か心当たりはないかしら? いえ、答えは聞いていないわ、貴方たちが知らないはずはないわよね? 十二魔将の四天王さん?」
──ザワッ
全身に鳥肌が立つ。
この女は危険すぎる、白桃姫とは違う何かを感じる。
新山さんは、俺の斜め後ろに隠れるように動いているし右手で印を組み終えているので何か起きても対応は可能だろう。
「はぁ。この无用的女人は、何でそう余計なことを言うかね。では、そこの女のことは無視して構わない。私は馬天佑、伯爵級魔族であり符術師だね。まずはこれを」
──ピッ
懐から名刺を取り出し、それを器用に投げてくる。
それからは魔力を感じることはなかったので素早く二本の指で受け止めると、改めて名刺を確認する。
『日本国内閣府・陰陽府再生委員会所属魔導師』
そう肩書が記されてあり、さらには電話番号と住所まで書き込まれていた。
「へぇ、内閣府所属か。それで、俺たちへの用事っていうのは、さっきその女が話していた大規模結界術式についてのことか?」
「私の用事は別口でね。陰陽府再生のために強い術師をスカウトしていたのだよ。君たちについては、日本国が発行した『登録魔術師』のデータベースを確認させてもらった」
「へぇ……個人情報保護法は無視かよ」
「まあ、それについてのクレームは責任者へどうぞ。今回の私は顔見せだけで、小姐については私は不干渉なのでね」
つまり、藍明鈴とは関係がないということをキッパリと宣言したのか。
それはそれで構わんが、そうなると問題なのは、この女か。
そう思いつつ女の方を向き直ると、腕を組んでイライラした顔で馬天佑を睨みつけている。
「この糞豚男が。中国政府をあっさりと見切って日本国政府に尻尾を振るだなんて、愛国心はないのかしら?」
「愛国心も何も、私の母国は魔王国。あの国とは契約でしか動いていなかっただけね。だから、これから小姐が彼らと何を話そうと、私は止めるようなことはしないので」
「そ、そ、そうなの……それじゃあ、さっきの話についての返答を求めるわ」
今度はこっちを向いて指を刺す明鈴。
忙しい女だな。
「答えはノーだな。確かに俺たちは四天王の力を持つが、手にした魔皇紋は俺たち個人個人の能力を向上するためのもの、いわば増幅印だ。だから、質問の相手を間違えているというのが、俺たちの返答だが?」
そう返答を返すと、明鈴は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で馬天佑を見る。
「そ、そうなの?」
「知らんよ。全く、元黒龍会情報部のトップが、そんなことも知らないとは」
「だって、マグナス様はそんなことを教えてくれなかったわよ!! 死ぬのなら先にそういうことを教えて欲しかったわよ……まあ、今の主人に聞いたら教えてくれると思うけれどね……ということで、話を戻すわ」
「だからな? 大規模結界術式をどうこうできそうな奴はオトヤンぐらいしか思いつかんよ。あとはまあ、知識ならジェラールが俺たちよりも詳しいんじゃないかな?」
あえて弾除けになってもらうために、ジェラールの名前を出してみる。
この程度の問題、あいつなら簡単にクリアできそうだからな。
「あいつはダメよ。そもそも知らなかったし中国政府の仕事が忙しいとかで、世界各地を走り回って連絡が取れなくなったのだから。それで、本当に知らないのね?」
「はぁ……だから、さっきから話している通りだよ。それともあれか? 明鈴の主人とやらも月を探しているのか?」
「なにそれ? 私の主人が求めているのはサンフランシスコ・ゲートの解除方法よ。結界中和術式程度ではびくともしないので、どうにかして破壊する方法を探せって言われているのよ……」
おっと。
俺たちが結界という事に過敏になり過ぎていたのか。
「はぁ。もしも俺たちが知っていたら、札幌の妖魔特区なんてとっくに解放しているだろう。それぐらい気がつけよ」
「ふふん。貴方たちは最近、異世界に行っていたっていうじゃない。だからひょっとしたらって思っただけよ……」
──パチン
明鈴が指を鳴らし結界を解除する。
普通、このパターンなら『余計なことを言わないように口封じさせて貰う』って問答無用で攻撃してくるのかと思ったんだが。
「俺たちを解放するのか?」
「だって、まともにやり合ったら勝てるはずないじゃない? 貴方の後ろでずっと、浄化術式を構えている子がいるのよ? それじゃあね」
成る程なぁ。
しっかりと新山さんのことまで見ていたのかよ。
そして藍明鈴は走って立ち去るし、馬天佑は体が大量の呪符に変化して散っていったし。
「はぁ。災禍の赤月関係かと思ったわ」
「でも、私たちが知らないところで、色々と動いているのはわかったから」
「そうだな。まあ、後はなにも起こりませんように」
そう祈りつつ新山さんを自宅まで送り届けると、俺も久しぶりの実家に戻りゆっくりと体を休める事にした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




