第四百四話・物換星移! 我が物と思えば軽し笠の雪って、重すぎるわ(破壊神の残滓と、世界の理と)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
雪代という女性から、様々な情報を教えて貰った。
ぶっちゃけるなら、彼女の言葉でかなりの謎が解明できたと言っても過言ではないのだけど、その代わり、俺が元の世界でやらなくてはならないことも薄ぼんやりと見えて来たのが怖い。
「あの、この世界の天動術式が消滅するというのは?」
「その件については、後程。まずは一旦休憩しましょう。神薙さん、申し訳ありませんが昼食の準備をお願いできますか?」
「はい、畏まりました……と、確かこの結界の中では、ライフラインの実体化はできていないようですが」
おっと、そこをどげんかしますか。
「ちょっと待ってくださいね。すぐに使えるようにしますので」
「「え?」」
俺の言葉に呆然とする二人。
いや、流石に現実世界から水道とか電気を引っ張ってくる術式はないよ。
だから、上下水道には駅前の俺の家、ティロ・フィナーレに付けてある魔導具を設置して使えるようにするし、電気についても『発電術式』と『変電術式』を組み込んだ魔導具を瞬時に作り出す。
まあ、前から考えていた術式だったりここの車庫に納められていた禁呪術式を組み込んでようやく完成した新型術式を組み込むだけ。
『自家発電術式』とでも名付けておこう。
流石にこの巨大な施設の電気全てを賄うことは……不可能じゃないけどどこに繋いだらいいのかわからないから、ロビーには光球を永続発動。喫茶コーナーの家電に自家発電術式を組み込んだ【魔導発電機】を繋いで完成。
ここまで一時間。
その間は、喫茶コーナーの菓子でもポリポリと食べて貰う事にした。
「……あの、なんでここまで簡単に、伝説級の魔導具を作り出すことができるのですか? これは妖魔調査室でもグノーシスでも研究しているものの、実現しなかった代物ですよ? 逆に電気を魔力に変換する術式はほぼ完成していますが、魔力を電気にするには変圧その他の技術と解析がまだなのに……」
「逆に、電気を魔力化する術式を教えて欲しいわ。この術式を交換でどう?」
空間収納からノートを取り出し、今構築したばかりの魔導発電機の術式をさらさらーっと書き込む。
まあ、ノート一冊丸々全てのページが術式で埋まったんだけどね。
「よ、喜んで!! 後ほど妖魔調査室に戻り次第、魔電化術式をお渡しします」
「お互いにWin-Winで良いんじゃね? という事でようやくお昼ご飯かぁ」
「まあまあ、頭をリラックスさせることは大切ですよ。難しいことばかりを考えているのではなく、偶には頭の中を空っぽにして緊張を解きほぐすことも大切ですから」
雪代さんの言葉に、俺は頷く。
そうだよなぁ、深く考えすぎるんだよ、俺は。
もっと肩の力を抜いても良いんだよなぁ。
………
……
…
食後の一服も終えて。
いや、煙草は吸わないからね、俺は高校生だからね。
「話を戻しますけど。こっちの世界では、天動術式はもう稼働できないのですか? それを動かして赤月を起こしている透鏡化した世界を動かすことはできないのですか?」
「そうですね。では先に、世界とは何か、それから説明します」
まさか、ここに来て世界の理を教えられるとは思っても見なかった。
難しい説明を一つ一つ、ゆっくりと説明してくれる雪代さん。
具体的に説明するなら、俺たちの世界を始め、神々が作った世界とは【水槽の中の気泡】のようなものらしい。
その気泡の中に、一つ一つの世界が存在しているらしく、ある世界は宇宙そのものが、またある世界には空間に浮かぶ大陸だけがあるらしい。
気泡の数だけ世界があり、それぞれを監視している【世界神】というものが居るらしい。
そして、この水槽を管理しているのが【統合管理神】という高次元的存在であり、破壊神の残滓となった大元の神も、その統合管理神の一人であったとか。
それが何らかの理由で滅びた時、残滓は水槽の水の中に溶け込むように逃げ、気泡の中に潜り込んたとか。
その中で力を蓄え、再び破壊神として目覚める日が来るのを待っているという。
災禍の赤月は、力を蓄え終えた破壊神の残滓が、その気泡から出るために必要な術式だという。
「最初に再生したのが破滅の魔眼です。その後、活性化した残滓を見つけては、災禍の赤月を発動して世界を破壊し、残滓を集めています。なぜ世界を外から破壊しないのかというと、統合管理神は残滓となっても世界には干渉できないという普遍の法則があるから。故に、気泡の中の世界に存在するものに『世界を破壊させる』のが、破壊神の残滓の目的なのです」
「そのために、魔力を奪い眷属である魔族に世界を滅ぼさせると?」
「魔族だけが眷属ではありませんけれどね。その世界ごとに、破壊神の言葉を信奉するものがありますから。そのものたちに語りかけ、天動術式を起動させて災禍の赤月を発動させる。これが、長き時の中で繰り返されて来た事象です」
──ゴクッ
思わず息を呑む。
災禍の赤月、その全てが一瞬で理解できた。
「ここまでで、災禍の赤月と破壊神の残滓の目的は理解できたかと。そして天動術式について、私たちの世界ではすでにそれを成し得るための『大規模儀式術式』に必要な魔導具がありません。この星全てを包み込む術式を安定化させるための魔導具が。それらは全て失われ、再生することもできないのですから」
この言葉で、神薙さんの顔色が青くなっていく。
雪代さんの言葉をそのまま捉えるなら、この世界はもう滅びの道しか存在しない事になる。
「そ、それじゃあ、私たちにはもう救いの道はないのですか? 私たちは、滅ぶだけなのですか……」
涙を浮かべて、神薙さんが叫ぶ。
だが、雪代さんは頭を左右に振って。
「どんな世界にも、滅びの道はある。それが早いか遅いか、それだけなのです。神魔さまは、そのような世界をいくつも見て来ました。私に智を与え、語り部としたのも、この事実を伝えるため。私が居る世界とは、すでに滅びの道が決まっているのだから……」
「そんな、そんな事って……」
神薙さんは言葉が詰まり、嗚咽を溢す。
「でも、この世界には一つだけ、可能性が生まれましたよ。彼がこの世界に残した魔術、それは破壊神の残滓の企みを阻止することができるかもしれない。それはひょっとして、滅びの道を進む世界の歩みを遅くするだけかもしれないけれど、ゆっくりと新しい道が開き始めたのも事実だから」
「俺の……魔術?」
「ええ。あなたが得た神の加護。それは、破壊神の残滓を滅ぼした神の力。故に、この世界ではまだ実現できないかもしれないけれど、いずれは赤月の呪いから世界を救うことかをできるかもしれないから……」
そう雪代さんが告げてから、神薙さんにゆっくりと手を伸ばす。
「それじゃあ、神薙さん。今、この場で私から聞いた破滅の道標については、全て忘れるように……それを知ることは、世界から希望を奪い去るからね」
何かが発動した。
雪代さんの手が光ると、神薙さんの目が虚になる。
「何をしたのですか?」
「記憶の消去。あとはまあ、君が希望だということだけは残して改竄したぐらいですね。これも、聖徳王の残した禁呪なのですけどね……」
そう告げてから、雪代さんが右手の中に小さな球を生み出す。
それは、俺が知っている『聖徳王の天球儀』そのもの。
「そ、それは天球儀?」
「ええ。神魔の知識が全て詰まった、記憶の塊。君が持っているものと同じだけど、それはコピーでしかないから本来の力は発動できない。君は、本物を手に入れて魂と融合する必要があるよ。それができてようやく、君たちはスタートラインに辿り着くことができるだろうからさ……」
「そ、それじゃあ本物を手に入れれば、災禍の赤月を躱わすことができると?」
「いや、それはわからないよ。だって、オリジナルには天動術式も備えてあるから、破壊神信奉者たちはそれを求めて暗躍しているからさ。君は器でしかないということを、覚えておいてね……」
器でしかない。
つまり、俺が手に入れたとしたら、それを奪いに来る奴らもいるっていうことか。
それよりまずは、元の世界に戻って天球儀を手に入れなくてはならないのか。
「さぁ、これで私の話は終わり。彼女との約束だから、これ以上は話すことができないからさ、あとは君たちで道を探すと良いよ」
「彼女? それって誰のこと?」
はて?
彼女とは誰のことなのか、全く見当がつかないんだけど。
「君に助けられた少女だね。まあ、君の中にはもう、その記憶は無くなっているようだけど。知る事により、彼女との縁は失われる。それが、私たち神魔の摂理だから。だから、君はもう、私とも会うことはできない。ここから出たあとは、私のことも忘れているだろうから……」
「でも、与えられた記憶は残るってこと?」
「そうだね。それも、ここで学んだ記憶という事に書き換えられるだろうけれどさ。統合管理神の一人、知識の管理人セラエノの眷属である神魔たちは、存在を残すことが許されていないから」
統合管理神。
知識の管理人セラエノ。
う、なんだか頭が痛くなってくる。
「さてと。そろそろ時間だよ、ここから出たら私とは会えない。それに対して、君は疑問も持たなくなっていると思うから」
「そ、そうなのですか」
「そうだね、では、この世界を解除しようか」
──パチン
雪代さんが指を鳴らす。
すると、俺の作り出した空間結界が解除されて。
………
……
…
──ユッサユッサ
ん?
おっと、調べ物をしているうちに居眠りしていたのか。
「乙葉さま、お休み中のところ申し訳ありません」
「いや、大丈夫ですよ。ちょっと面白い文献を見つけたもので、読み込んでいただけですから。それで,何かありましたか?」
この封印書庫で、ようやく目的のものを見つけられた。
知識の管理書という魔導書で、これには災禍の赤月の元凶である【破壊神の残滓】とその目的について書き記されてあったから。
「雪代さまとの謁見ですが、どうしても都合をつけることができませんでした。ただ、その代わりメッセージをことづかっています」
「メッセージ?」
「ええ。『必要なものは魔導書に記してあるので、それを持って行って構わない』とのことですが。その本がそうなのですか?」
はて、なんのことやら。
そう思って、手元の魔導書を見てみると。
うん、これを探していたんだよ。
車庫の奥にあった古い小さな箱。
そこに厳重に封印されていたんだけど、俺が箱に触れたら封印が解かれた。
その中にあった魔導書こそ、災禍の赤月についての記述が記されていたからさ。
「そうだね。うん、それじゃあこれは預かっておきます。雪代さんと会えなかったのは残念だけど、俺の目的はほぼ達成しましたから」
「そうですか。では、その旨を総理にもお伝えしておきます。迎賓館までお送りしますので、こちらはどうぞ」
「ありがとうございます」
さて、必要な魔導書も手に入れたし、ここに記されている『聖徳王の天球儀』のオリジナルをまずは手に入れなくてはならないなぁ。
やれやれ、これから忙しくなって来そうだよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




