第四百三話・五里霧中、禍を転じて福となしてぇぇ((観測者と、赤月の存在)
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朝。
無事にグノーシスと妖魔調査室の依頼である検査や術式実験も完了し、ようやく落ち着いて寝ることができました。
まあ、空間結界の中だけどね。
それで分かったこととしては、空間結界内部では回復力が著しく低下しているという事実。
魔力ならしっかりと食事を摂り6時間以上寝ることができれば、どれだけ減っていようと全快だし、神威も10%は回復する。
だけど、今朝起きてステータスを確認したら、魔力は20%、神威は2%しか回復していない。
これが結界内部にいるからなのか、それともこの世界の法則なのか定かではないんだよなぁ。
とりあえず身支度を整えるために結界から出て、そのままレストランへと移動。
秘書の神薙ささんに、そのあたりの確認をしながら、食事を楽しむことにしよう。
「さて、今日からは魔導具についての確認か。できるなら、専門家に色々と話を聞かせて欲しいところなんだけど……こっちの世界の魔導具専門家って誰なのですか」
「魔導具の専門家ですか。妖魔調査室の管轄でしたら、封印書庫管理人である雪代さんが担当となりますが。彼女と連絡を取りますか?」
「雪代……さんですか。ええ、お願いします。それと」
ちょいと周囲を見渡してみる。
外国の要人の姿もあちこちで見受けられるが、しっかりと護衛がついているので俺が身構える必要もなく。むしろ、あれだけうるさく付きまとっていたグノーシスのメンバーの姿がないので、逆に不安になってしまうんだけど。
「グノーシスでしたら、先日の術式実験中に浄化された妖魔についての調査を行っている最中です。どうやら一部の研究員が妖魔に攫われてすり替わったようでして、構成員の身元チェックなどで数日は動けないと思います。この件で、乙葉さまに協力要請が出ていたのですが、それは握りつぶしました」
「握り……って。妖魔感知用の魔導具とか、そういう術式を使えば解決するんじゃないの?」
「そうなのですが。かたくななまでに我々にたいして協力要請をしてこないのです。調査などについては、内閣府妖魔調査室のほうが上なのにも関わらず、国家機関に頭を下げる必要はないと」
つまり、調査したくてもその手の術式を使える人がいないと。
そしてグノーシスとしては、妖魔調査室が『お手伝いさせてください』と頭を下げて来るのを待っていると……あほかと、馬鹿かと。
「……それで、グノーシスはどうやって調査することやら」
「簡易的な術式測定器はありますので、それを用いるのが慣例となっています」
「偏っているなぁ……」
どうしてこう、部署というか機関によって得意分野が偏っているのやら。
それぞれが手を組んだら、かなり強い組織になるんじゃないのか?
それができていなかったから、この世界は滅んだんじゃないかと邪推してしまうよ。
まあ、今の時点では、この世界が記憶の残滓によって作られたものなのか、現実なのかの区別がつかない。まるで【蝶の夢】のような気分だよ。
「神魔さまがいらっしゃったときは、まだ協力体制ができていたと思うのですけれど……」
「その神魔さまってどちらさま?」
「神魔さま……今から1000年以上も昔、はじまりの侵攻を押さえるべく戦っていた退魔術師です。聖徳王と申しまして、幾多の退魔法具を自在に操っていました。先ほどお話しした雪代さんは、初代聖徳王の智を受け継ぐ方です」
「……んんん? 魔術は使えるのですか」
「いえ、残念なことに魔術の素養はありません。ですが、退魔法具につきましては、いかなるものも扱えるという噂です」
その説明を受けた時、別の秘書官らしき人が神薙さんにメモを手渡す。
「あ、午後からでよろしければ、雪代さんとの謁見許可が出ましたので、ご案内できますが」
「よろしくおねがいします。それまでは、また書庫にでもこもっていますので声をかけてください」
「かしこまりました」
これで退魔法具についての話も聞ける。
さて、そうなると今一度、災禍の赤月についての情報を調べたいものだよ。
あまりにも多すぎてどこから手を付けたらいいのか分からないけれど、できる限りのことはしないとね。
………
……
…
――午後
朝食後、俺は国立国会図書館の封印書庫で歴史書を漁っていた。
どれだけ難解な文字だろうと、『自動翻訳』スキル持ちの俺にとっいてはお茶の子さいさい。
そんな余裕をかますことなく、ひたすらに本を読み続ける。
だけど、どの書物でも災禍の赤月に関しての記述はない。
「……手詰まりか。この、災禍の赤月を予見していた術者についての記述でも見つかればいいんだけど」
「それは稀代の陰陽師と言われている聖徳王という方ですね。いくつもの世界を旅し、いくつもの世界で災禍の赤月を止めようとしていた方。『三つの月が重なるとき、位階の門が開き妖が飛来するであろう。やがて妖たちは魔神を呼び起こし、世界は破壊される』、この言葉を残したのも聖徳王です」
ふと、俺に話しかけるように説明してくれた人をチラリと見る。
黒い長髪の巫女、それが俺の第一印象。
その後ろには慌てていたような顔の神薙さんの姿もあった。
「お、おまちください雪代さん。まだ面会時間ではありません」
「構いませんよ。今日は体調がよいのですから。初めまして、異世界からの来訪者・乙葉浩介さん。私はこの封印書庫の管理人であり、聖徳王の意思を受けた神魔の後継者です」
呆然自失とは、この瞬間のことをいうのだろう。
俺の知覚やゴーグルに一切の反応がなかった。
「初めまして。雪代さん、でよろしいのですね。乙葉浩介です。退魔法具についての説明をしていただけると聞きまして」
「ええ。それは構いませんよ。では、場所を変えたいのですけれど、どこかいい場所はありませんか? そうですね、いかなるものの干渉からも隔絶できる場所、そのような場所があると助かるのですが」
「空間結界内……かなあ。そこでよければ、ご案内できますけれど」
そう告げると、雪代さんはにっこりとほほ笑んで。
「はい!! はーい、今回は私も同席させてください。日本政府から乙葉浩介さまのサポートを仰せつかっているのですから、結界内にも案内していただかないと困ります」
「神薙さんもですね。では、なにか切羽詰まっていそうなので」
――シュンッ
空間収納から空間結界呪符を取り出し、素早く起動。
結界内に入ることを許したのは、雪代さんと神薙さんの二人だけ。
そして空間結界内・国立国会図書館風の【帝都書庫管理センター】の中に入ると、そこのロビーにある喫茶店の一角に移動した。
「……え、ここはロビーの喫茶店?」
「いえ、俺の作り出した空間結界内に、帝都管理書庫センターを複製したんですよ。ライフラインは引くことができないので、コーヒーとかは飲めませんけれど、この程度ならご用意できますよ」
空間収納からコーラやらティラミスやらチョコバナナクレープといったお菓子や飲み物取り出す。
コップや皿については複製されているので、この喫茶店のものを使わせてもらおう。
そのあたりはすぐに神薙さんが用意してくれたので、まずは喉を潤してから。
「災禍の赤月について。これが三つの世界の重なりによって生み出されるというのはご存じですよね」
「いきなり切り出しますか。はい、それについてはさんざん話を聞いています。天羽さんが愛宕つていう女性から聞いたということですよね」
「ええ。では、災禍の赤月の正体について、簡単にご説明します。あれは【揺蕩う破壊神】の残滓である『破滅の魔眼』です。それが赤い月のように浮かんでいます。その瞳から発している『神滅の赤光』が、すべての魔力や生命力を燃やし尽くします」
揺蕩う破壊神?
俺の加護の源だったり?
でも、今の説明だと、すべての生き物が途絶えるよね?
「ええ。その通りです。神滅の赤光では、すべての生命体が焼き殺されます。ですが、それを行わないように三つの透鏡によってその効果は一つに集約されます。その結果、三つの透鏡によって破滅の魔眼は赤い月に見えることから、災禍の赤月と呼ばれるようになりました」
「その揺蕩う破壊神の残滓を破壊すれば止められるので?」
「……いえ、あれは破壊できません。あれはどこにでもあり、そして触れることができない存在。そして揺蕩う破壊神は、世界に散り散りにされた自身の分身体をよみがえらせて、再び元の力を取り戻すために『災禍の赤月』を引き起こしています。那由他の世界に封じられた自身の分身体を集め、再び破壊神としてよみがえるために」
――ゴクッ
思わず息を呑む。
そんな壮大なスケールのことを説明されても、俺にはどうすることもできない。
「阻止する方法は?」
「災禍の赤月を止めること。そもそも、三つの世界が同時に重なり合うことはあり得ません。ですが、それを引き起こそうとしている存在がいます。すでにこの世界では災禍の赤月は発生し、封じられた魔族が目を覚まし人間世界に侵攻しています。ですが、この世界に封じられている『破壊神の残滓』は、いまだ封印から出る事かなわず、北の大地に厳重に封じられています。ですが、それももう、時間の問題でしょう」
「時間の問題……」
神薙さんが悲痛そうに声を出すが、雪代さんは頭を左右に振った。
「ええ。今からでは、この世界の重なりを解くことはできません。ですが、まだ重なる前、世界そのものを動かす天動術式が発動していない乙葉さんの世界なら、まだ災禍から逃れることができます。そのための魔導具を集め、世界に広がる魔導術式を止めてください」
「……わかりました。そのために、三つの退魔法具が必要なのですね」
そう問いかけると、雪代さんは頭を左右に振った。
あっれ?
「貴方の世界では、すでに最初の侵攻は阻止しています。異界と繋がる転移門の解放、それを阻止できたのですよね?」
「転移門……あ~、あ、はいはい、妖魔特区に発生したあれね」
「ええ。災禍の赤月が始まる予兆が、三つの世界を全て同じ世界に書き換えること。カグラの世界は貴方たちの手によって書き換えはされませんでした。だから、今の段階では、災禍の赤月は貴方の世界では発生しません。ですが、それを書き換えるための術式はまだ存在しています。天動術式、それを止めなくてはなりません」
「それはなんですか? それを誰が動かそうとしているのですか? どこにあるのですか」
事態は深刻。
それだけに、急いで処理しないとならないっていうことは理解できた。
「……私の言葉では、それを紡ぐことはできない。けれど、それを知るものは、貴方たちの世界に存在します……この世界で、貴方たちに伝えられることはこれだけ。私は終焉を迎える世界の巫女でしかありませんから……」
終焉を迎える世界って……つまり、この世界が滅ぶことは確定しているっていうのかよ。
「封印大陸の魔神ダーク。それが、俺たちの世界に封じられている破壊神なのですね?」
「……そうであり、そうでなく……ここから先は、私たちの世界とは異なる真実でしょう。なぜなら、この地に封じられている破壊神の残滓とは、『魔神・羅刹』なのですから」
「羅刹って、それって綾女ねーさん」
「この世界では、綾女なるものは存在しません。それが魔神ならば、この世界にはいるはずがないから。いいですか、いくつもの世界があっても、同じような並行世界があったとしても。『神という存在は重ならない』のです。だから、貴方の世界の羅刹は魔神であるが、破壊神の残滓ではない……ということです」
つまり綾女ねーさんはセーフ。
神は重ならない、かあ。
「神は重ならないっていうことは、綾女ねーさんは魔神・羅刹だけど、こっちの羅刹とは異なるっていうことですか?」
「ええ。特に亜神という存在は唯一の存在になりますので。ゆえに、貴方という存在は、この世界には存在しません。幾百幾千幾万の世界があったとしても、貴方という亜神は一人だけ。だから、貴方が破壊神の残滓ということでもありませんので」
おっと、俺の心配性を見過ごしたのか。
そう説明してくれると安心です。
「さて、ここまでざっと、聖徳王の見てきた那由他の世界の歴史について説明しましたが。何か質問はありますか?」
「い、いえ、そもそも話のスケールが大きすぎて、そして俺たちの世界も今は無事だけど天動術式っていうのが起動したらやばいっていうことだけは理解しました」
「天動術式だけは、気を付けてください。あれは【災禍の赤月】を引き起こす鍵であり、同時に引き離すための羅針盤でもありますから」
「……それって、この世界の天動術式があれば、今のこの状態から逃れられるっていうことですよね?」
「ええ。ですが、それはもう不可能でしょう……その術式は厳重に封じられており、それを開けるための鍵を用いらない限り、開くことはできませんから……それに、天動術式は開放されることなく間もなく消滅します」
消滅だって?
それってどういうことなんだろう。
それを封じている何かが目覚めるのか、それとも壊れるとか死んでしまうとか……。
災禍の赤月によって、それを封じていた何かの魔力が枯渇するっていうことか?
いやまって、そんなことを聞かされたら気になって仕方ないんだけど。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




