第三十九話・傲岸不遜に油を注ぐ(出たな第六課)
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学生の本分は勉学である。
いつものように学校に行き、ノンビリと授業を受ける。不思議と授業の内容が頭の中にスラスラと入ってくるのは、スキル『学業エキスパート』の効果なんだろうなぁ。
そんな事をノンビリと考えていると、すっかり妖魔のことも忘れてしまいそうになる。
でも、学校の近くには相変わらずフローターがフヨフヨしているし、街の中や登下校時のバスの窓からも、時折下級妖魔の反応はある。
完全人型中級妖魔となると、タケもっこす先生以後は見たことがないので、そんなに警戒する必要はないんだなぁ、これも日常なんだなぁと思い始めた。
うん。油断しているね、俺たち。
今までは知る手段が無かったために気づかなかった存在だけど、今は話が別。
知る手段どころか退治する術まで身につけた俺たちを、日本政府というか例の第六課が放置しておくわけもなく。
……
…
朝。
いつものように午前6時には目を覚ます。
日課のカナン魔導商会を確認し、買取査定で胡椒の取引が再開されたか確認する。
一休みして、昨日の夜に作り置きしておいたベーコンエッグとサラダ、トーストを取り出していざ朝食を‼︎
──ピンポーン
「こんな朝っぱらから誰だ?」
町内会の資源回収は明日だし、燃えるゴミは昨日。いったいどこのドイツだジャーマンだ。
とりあえずドアを開いてみると、どこかで見たような顔が一つ、見たことないおっさんが一つ。
「おはようございます、乙葉浩介くん。私のことは覚えています?」
確か、横浜中華街で尾行していたお姉さんじゃありませんか。
「えーっと、身長162センチ体重49キロ、上から85、58、少し垂れてる井川綾子さんじゃないですか?」
思わずそう呟いてしまう。
だってさ、学生にとっての朝は大事だよ? それなのに会いたくもない人がいきなりいるのって反則だよね? 少しむかついていじめるのもアリだよね?
「た、垂れてなんかいませんし、胸はもう少しありますっ‼︎」
「あ、もういい、初めまして乙葉君」
おう、黒髪長髪オールバックの渋いおじさん。
何処かの魔王様がリトライしてきそうな風体が少し怖いんですけど。
速攻でゴーグルを換装して確認だけしておくか。どうせ、この人たちには全てバレているんだからな。
「初めまして。警視庁公安部特殊捜査課、通称・捜査六課警部補の御影彰さん。今日はなんの御用でしょうか?」
ポーカーフェイスは苦手だけれど、努めて冷静を装って話してみる。すると、御影さんも呆然とした顔で俺を見ている。
「成る程、報告にあった通り、君たちの所属している組織は情報収集に長けているようだね。それでいて、うちの諜報では君たちの組織の足跡ひとつ調べることができないとは」
「それはどうも、そして一つだけ誤解を解いておきますけれど、俺たちは組織なんて所属していないし、普通の高校生だからね」
「どこの世界に、中級妖魔を倒すことができる高校生がいるというのだね? 組織について話したくないのは理解できるが、もう少しうまくごまかす事だよ」
やや覇気を孕んでいるっていうのかな?
空気が変わったとかそういう感じ。
でも、その程度なら、今の俺には通用しない。っていうか、レベルが上がって賢者にジョブチェンジしてからは、そういう精神的圧迫に強くなった気がする。
「ここにいますが。って言うか、本当になんの用事ですか? そろそろ学校に行かないと遅刻するんだけれど」
「ああ、それは済まない。今日は挨拶だけと思ってね。君には、私たちに協力してもらいたくてね?」
あ〜、これは駄目なパターンだわぁ。
「妖魔退治ですか、それならお断りします」
「何故‼︎ 妖魔は私たち人間の敵なのよ。年間…どれだけの人が妖魔の犠牲になっているか、君は知っているの?」
「まあ井川くんも、落ち着きなさい。私たちにとっては妖魔とは宿敵でね、それと戦う術を持っている人たちには、今日みたいに協力要請をしているのだよ。どうかな?」
あ〜、本当に駄目なパターンだわ。
なんとかうまく誤魔化して、この場を切り抜けたいわぁ。
「お、こ、と、わ、り、します。俺は、妖魔ともうまく付き合っていける道を探したいものでね」
──ギロッ
いきなり井川さんが睨みつけたよ。
しかも殺気まで放ってきてね。
「ほう、君は妖魔と共存できると信じているのか?」
「信じるも何も、妖魔ってつまりは、あっちの世界の魔族でしょうが。知的生命であり、精神生命体。話してわかる穏健派もいるでしょうから、俺はそっちに付きます」
「……つまり、私たちと敵対するということなのね」
「あ〜、もう、井川さんは頭が硬すぎるの。そんなんだから、周りを飛んでいる下級妖魔に気づかないんだよ? 今もこの辺りを飛んでいるの見えないの?」
そう。
俺が少しだけ魔力を循環すると、その魔力を感知して、下級妖魔のフローターがフヨフヨと飛んできた。
そして俺が指摘したら、井川さんは慌てて懐から札を取り出して周囲に飛ばし始める。
うん?
当てずっぽうに飛ばしているけれど、まさか見えていないの?
「……ど、何処にもいないじゃない。それにフローターなんていう妖魔は存在しないわよ」
「貴方たちにはそうかも知れませんけど……って、この周りの奴が見えていないの?」
恐る恐る御影さんに問い掛けるが、静かに頷いているだけ。
「残念なことに、実体化していない妖魔を見ることができるのは、ほんの一握りでね。それも宝具を使わないと無理だ。何故、君には見えているんだ?」
「……それ、教える必要ないですよね。もういいでしょ、これで失礼しますね」
「待ちなさい‼︎ 君にはどうしても協力してもらうわよ、妖魔を見る力があるなんて、私たちには絶対必要なのですから」
あ〜、なんだこのお姉さんは、もう面倒くさくなってきたぞ。
「だから、こ、と、わ、る」
「報酬も出るわ、高校生程度では手に入らない額を提示できるわよ?」
「お、こ、と、わ、り。だから、俺は妖魔とも上手く付き合いたい派なの。それじゃあね」
手をヒラヒラと振ってから、俺はバス停へと向かう。
その後ろから井川さんが俺に向かって札を飛ばしてきた‼︎
──ヒュンッ……スパァァァァァン
そんなの見え見えだって。
一瞬で空間収納からミスリルハリセンを引き抜くと、それで札を迎撃する。
一撃で札を破壊して、またハリセンを空間収納に放り込んだ。
「う、嘘でしょ、今のはこの前のとは違うのよ?」
「……御影さん。部下を使って俺の力を見たいのはわかるけどさぁ……いい加減にしないと、俺もキレるよ? いいの?」
そう問いかけると、御影さんは両手を軽く上げて降参のポーズを示した。
「今日のところは帰らせてもらうよ。また、改めて挨拶に来るので」
「来なくていいですから、俺は、絶対に手を貸しませんからね」
──ファァァァン
おっと、信号にバスが止まっている。
あれを逃すと遅刻確定だ!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
あ〜、実に面倒くさかった。
嫌な予感は的中するものだ、この調子だと祐太郎も巻き込まれたんだろうなぁ。
「オッス‼︎」
「オッスオッス‼︎」
教室に入ると、いつものように女子に囲まれている祐太郎の姿がある。
「いいよな、ユータロは。女をとっかえひっかえしているのに、誰からも責められない」
「オトヤン、俺はいつから純生になった?」
「いっそカーリーヘアーにでもしてやろうか。俺は耕平になりたいわ。俺は朝から疲れているんだよ」
「なんだ。オトヤンとこにも六課が行ったのか」
そうこっそりと呟いてから、俺の席に祐太郎が来る。
「ああ。来たのは警部補さんだよ。ユータロのところは?」
「俺の師範が来た。俺の持っている力を、妖魔を討伐するのに貸してほしいって……親父に頭を下げに来た」
成る程、子供ではなく親を絡めるか……え?
「ち、ちょい待ち、それってさ、ユータロのとーちゃんも妖魔のことを知ってるのか?」
「俺も今朝、初めて聞いたよ。昔からの古い議員のほんの一部だけど、妖魔の存在を知っている人達がいるらしい」
「……まじか」
「マジだ。ついでに、うちの師範は第六課だ。心臓止まるかと思ったわ」
師範って、あの、詠春拳とやらの道場の?
それでいて第六課?
うん、情報が多すぎて整理つかなくなってきたぞ?
「どうするよ? 完全に目をつけられたな」
「ああ。それで、親父から今日の帰りにオトヤンを連れてこれないかって言われたんだわ。もし、俺やオトヤン以外に妖魔に関わった人がいるのなら、全員って」
つまり、新山さんと瀬川先輩もか。
ちょうど新山さんも俺の目の前でじっと話を聞いているから、確認するのは今でしょ?
「どうする新山さん」
「行きます。何がどうなるのかなんてさっぱりわからないけれど、私も妖魔と関わったのですから」
うん、キリッとした顔で言われると、俺としても嬉しいね。
「瀬川先輩には、私がlinesで伝えておきますね。帰りにみんなで移動しましょう」
「あ、頼むわ。うちの親父、政治家を長くやっているんでちょっとアレなんだが、オトヤンならわかるよな?」
「あ〜、アレね。アレが始まると一時間は話が止まるからなぁ」
「あれあれってなんですか?」
まあ、案ずるよりも産むが易し。
そのまま静かに授業を受けて、俺たちは速攻で学校を後にした。
……
…
「御影警部補、ここにも結界宝具が埋まっています。こんなに大量の、しかも強力な結界宝具が、どうしてこの学校に埋められているのですか?」
乙葉浩介の素性を調べるために、彼の通う高校にやってきたのだが。
授業の邪魔にならないように放課後を目指して来たものの、残念ながら彼についての情報は『普通の、少し頭の良い高校生』レベルしかわからなかった。
万が一を考えて、井川君に『魔力感知の呪符』で校舎内を調べてもらったのだが、出るわ出るわ結界宝具が。
「これ、全て回収しましょう。半径10mの結界発生宝具、しかも周囲の魔素を吸収して動く自動型なんて、遺跡でも見つかることはありませんよ?」
「そうだな、それも20個以上か。埋まっていた深さから察するに、ここに古い遺跡があったとは言い難い」
「では回収しますね」
「いや……そのまま埋めておけ」
呪符を取り出して構えた井川君を、敢えて止める。
「何故ですか? これがあれば要人警護が楽になりますし、解析班にサンプルとして提出すれば、これよりも強い効果のあるものが作れる可能性がありますよ?」
「それでも駄目だな。多分だが、これを埋めた人物は乙葉浩介の組織のものだろう。彼がこの学校で、普通に生活するためにね……あくまでも裏の顔は出さないようにするための措置とはな……一旦帰るぞ」
中々、小賢しい組織が彼の背後にいることは間違いはない。
このような上級宝具が、それも大量に存在するとは考えたくもない。まさか、その組織では自在に宝具を生み出す術があると言うのか?
もしもそうなら、そしてそのような組織が、妖魔と手を組んでいるとしたら……。
「危険すぎる……か」
「警部補、今何か?」
「いや、一度道警まで戻るぞ、車を回してくれ」
やれやれ。
ただの簡単な出張かと思っていたが、すぐには東京には帰れそうもないな。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
今回のわかりづらいネタ
軽井沢⚫︎ンドローム / たがみよ⚫︎ひさ 著
その他四つほど。




