第三百七十七話・艱難辛苦、犬も歩けば棒に打ち当たる。(エンジョイしていますか?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
鏡刻界。
本来ならば、魔族が用いる儀式魔術である『転移門』を用いるか、もしくはアトランティス、ムー大陸、レムリアゲートなどの超古代魔導具を用いる以外、現代世界から鏡刻界へと向かう方法はなかった。
現在はそれらの方法以外にも、魔族のユニークスキルや乙葉浩介の転移門作成術式、銀の鍵、そして水晶柱による強硬手段により移動は可能であるのだが。
残念なことに、高濃度の魔力もしくは闘気を持つもの以外では、これらの術式や魔導具を扱うことができないため、実際には乙葉浩介ら現代の魔術師たち以外では移動することは不可能である。
また、大量の人々を送り出すための手段として、水晶柱による転移門の作成、または乙葉浩介の銀の鍵という魔導具による大量輸送能力が必要である。
「……と、こんなところか」
鏡刻界のラナパーナ王国北方、港町ラッサヴェルマの酒場で、アメリカ国防総省所属退魔組織ブラックホークのカイン・マッカーサー大佐がメモをとっている最中である。
謎のゲートに引き込まれ、気がついた時にはこの港町の近くの浜辺に彼は横たわっていた。
幸いなことに、ラッサヴェルマの漁師たちが彼を発見し、教会まで連れていってくれて治癒を施されたのである。
そして教会で意識を取り戻したカインは、目の前の信仰対象が地球のどれとも酷似していないこと、言葉がわからないことなどから自分が異世界に来たということを自覚した。
そうなると、カインとしては異世界についての情報を得るべく、聞き込みなどを行い始める。
幸いなことに、鏡刻界のコモン語についてはヘキサグラムからの情報供与により、僅かながら解析が進められている。
昨年、日本国の国会議事堂に出現した『フェルデナント聖王国』の騎士たち、そして彼らを捉えるべく姿を現した冒険者たちと乙葉浩介たちの会話をヒントに解析されたものであり、カインが常に所持している小型端末の翻訳機能にもインストールされている。
それを用いてどうにかカタコトの会話が成立した時、カインは神に感謝した。
そのあとは、持ち前の外交手腕と話術を駆使しつつ、自分が異世界から来たこと、この世界のことを知りたいという説明を行い、この酒場まで連れてこられたのである。
『このラナパーナ王国には、昨年にも勇者が降臨したし。乙葉浩介とかいう魔術師たちも、国賓として王宮に招かれていたよな』
『そうそう。この港の沖合にフェルデナント聖王国の軍船が大量にやってきた時、そして上陸した時は生きた心地がしていなかったよ。今でこそここまで復興したけど、この街自体が戦場だったからな』
『ちょうどその時、勇者の降臨する光の柱が王都に伸びたんだよ。それを見たフェルデナントの騎士たちは一斉に船に戻って逃げていったからなぁ』
笑いながら説明する漁師たち。
それを一語一句見逃さないようにメモを取ると、カインは懐を探ってみる。
「良い話をありがとう。これはほんの気持ちだけと、受け取って欲しい」
財布の中から一ドル札と25セント硬貨を取り出してみるが、漁師たちはドル札には目もくれず、25セント硬貨を好奇心の目で見つめている。
『そ、そいつがあんたの世界の銀貨なのか?』
「いや、これは銀は含まれていない。私の国ではよく使用される貨幣なのだが、これよりもこっちの方が価値があるのだが……」
『こっち? そんな薄っぺらい羊皮紙のようなものに価値があるとはなぁ。もしもお礼だというのなら、そっちよりもこの硬貨が欲しい』
「そ、そうか……では、これを受け取って欲しい」
手持ちの硬貨から25セントを数枚取り出して、話をしてくれた漁師たちに手渡す。
すると、しばしそれを眺めてから漁師たちは自分の席へと戻っていった。
「通貨単位も古い時代の、それも紙幣が存在しなかった時代と同じとは……この世界では、金銭を持ち歩くときはどのようにしているというのだ」
一つを知れば、また新しい疑問が湧いてくる。
そんな面持ちであたりを見渡しているカインだが、すぐ前に座っている教会騎士のタカガトールはため息をつきながらカインに話しかけた。
『なあカインさん。あちこち首を突っ込むのは構いませんけれど、あまり目立つようなことはしないでくださいよ。わたしはチェダーマン司教に頼まれて、貴方の護衛をしているのですから』
「わかっている。あまり無謀なことをする気はない。私を保護してくれたチェダーマン司教のメンツを潰す気もない。行き場を失い食べることすらできなかった私を救ってくれたのは、彼なのだからな」
行き場のないカインは現在、街の教会に世話になっている。
異世界から来たという彼を一人で歩かせるわけにはいかないと、チェダーマン大司教が教会所属騎士であるタカガトールに護衛をお願いしたのである。
今日も情報収集が終わり次第、教会へと戻ることになっているのだが、間も無く夕方六つの鐘の時間であるにも関わらず、カインは未だ、漁師たちとの話で盛り上がっていたのである。
【まあ、それさえわかってくれれば構いませんけれど。次の鐘の時には、教会へ戻りますからね』
「無論だ。ではもう少しだけ話を聞いてみることにしよう」
そう告げてから、カインはこの世界の金融の仕組みについて、漁師たちと話を始めていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──鏡刻界、どこかの森
はい、森です。
それも深い深い、果てしなく広がる大森林ですが。
さすがの俺ちゃんでも、ここがどこかなんてわかりません。
「なあ、オトヤン。ここがどこかわからないだろうから、上空から見てみないか?」
「うん、祐太郎、俺の心の中の代弁までありがとうよ。それじゃあ加減なしていきますか」
すぐさま魔法の箒を飛び出してまたがり魔力を注ぐと、真っ直ぐに上昇を開始する。
高い木を越え森を抜けて、さらに上昇を開始する。
果てなく広がる広大な森。
その向こうに聳える、壁のような山脈。
その手前に広がる小さな城塞都市。
いや、かなり距離があるから小さく見えるだけで、街としての規模を考えるとかなり大きな部類に入るんじゃないかなぁ。
「城塞都市か。まずはあそこに向かって見るか?」
「それが早いよな。ここが鏡刻界なら、あの街がどの国のものなのか知ることもできる。できるならば、ここがラナパーナ王国である事を祈るよ。話せばわかる人がいるからさ」
「可能性的には、フェルデナント聖王国の方が強いよな。国会議事堂のあった座標軸が、あの国の水晶柱と接続したのだから」
「まあね。でも、あれは王城には見えないからさ。フェルデナント聖王国でも構わないよ、俺たちは身分を隠して街の中に入り込み、情報を得る。それさえできるならどこだろうとね」
ようは、俺たちが鏡刻界にやってきていることをフェルデナント聖王国にバレなきゃ良いんだよ。
「それじゃあ、向かいますか」
「途中から高度を下げて、箒から降りて歩かないとならないけどな。この世界では飛行魔法が存在しないし、この魔法の箒もオーパーツみたいな扱いだったはずだろ?」
「そうだな。それじゃあ、途中まで行って高度を下げるとしますか」
そのまま加速を開始。
ついでにインビジリングを起動して姿を消したので、俺たちが空を飛んでいることなど誰にも気づかれていない。
森を越えた場所に街道があったので、あとは道なりに移動すれば良いと思っていましたが。
どうしても、巻き込まれ体質は治らないんだよなぁ。
──ギン、ガギン!!
前方から、激しい剣戟の音が聞こえてくる。
ちょうど丘の向こう側から聞こえてきたので速度を上げると、倒された馬車とそれを取り囲むような人々の姿。
そして数名の男たちから場所を守るように剣を振り回している女性が一人。
「……はぁ。やっぱりだよ。どうして巻き込まれるんだろう」
「オトヤン、無視して先に進むという選択肢もあるが?」
「俺も祐太郎も、それを容認できる性格じゃないだろ? やるっきゃないと」
「オトヤンは馬車の方へ、俺が女性の援護に入る」
「りょ」
それじゃあ高度を下げて襲撃者たちの頭を越えていくと、俺は素早く地面に着地して高速で術式を展開する。
「援護します。範囲拡大、強度倍加。四八式・対物理障壁っ!!」
──ヴン
馬車を包むように虹色の結界を発動。
そして女性に向かっていた男たちは、いきなり横から飛び出してきた祐太郎の乱撃に吹き飛んでいく。
「ブライガーの籠手なんて必要ない。さあ、お前たちの業をかぞえろ!!」
ルーンブレスレットから豪爆棍を取り出して振りまわす祐太郎。
これで周囲の男たちは距離を詰められず、狼狽え始めるものまででいるのだが。
「おうおう、いきなり横から入り込んできてどこの餓鬼だぁ? 死にたくなかったら引っ込んでいろ!」
──ブゥン
巨大な剣を背中の鞘から抜き出し、両手で構える男。
その刀身が炎をあげて灼熱し始めた。
「それは炎熱剣!! いけない、あの剣は触れるものを全て溶かします。私がここを抑えますので、どうかお嬢様を連れて逃げてください」
片手剣を構えた女性が祐太郎に叫ぶが。
そんなことを言って下がる男じゃないよ。
「それなら……ここは俺に任せろ。君はお嬢様の元へ向かうといい」
「え、あ、それは無理です、あのおとこは」
「ごちゃごちゃとうるせえ!! もういい、貴様は死ねや」
──ブゥン
全力で両手剣を横凪に振る男。
なるほど、祐太郎が躱してもその衝撃波で馬車ごとお嬢様を殺そうということか。うん、残念だわ。
「流水の構え……」
──コン、カキン?
横凪に迫る刃を豪爆棍で受け止めてから絡め取り上空に弾き飛ばす。
うん、詠春拳の使い手に長棍を持たせたらいかんよ、無敵モードに突入する。
しかも、しっかりと闘気による耐熱装甲まで生み出しているし。
「な、なんだと?」
「ほい、お仕舞いだ」
──ドガガガゴゴガゴゴゴゴゴツ
殺しはしないと言わんばかりに、急所を外しての乱撃。
まあ、相手が盗賊や山賊の類なら、こっちの世界では殺しても罪には問われないけど……って、そんな簡単に殺せる筈ないわ。
まだ抵抗はあるんだわ。
「はひゅふぁらわらかなだらひゃあ……」
訳のわからないことを言いながら、男は意識を失いました。
参考まで逃げてお伝えしますが、俺の結界の外では、手下らしいチンピラたちが結界にむかって殴る蹴る切りつける魔法で攻撃するといったド派手なことをしておりますが。
その程度で破壊できる結界のはずがないだろう?
俺も結界の中にいるから攻撃できないだけだよ。
ついでに馬車の中で倒れている人たちに、乙葉印の回復ポーションを飲ませているところだよ。
そして手が空いた女性と祐太郎が、結界外の男たちを次々とぶちのめしております。
うん、俺の出番なーし。
「や、やべえ!! 兄貴がやられたぞ」
「引くぞ、一旦逃げるぞ」
はい、蜘蛛の子を散らすように男たちは逃げました。
そのボッコボコになった兄貴を連れて逃げますが、女性はそれを追いかけるようなそぶりを見せないので俺たちもそれに従います。
余計なことに巻き込まれたら、後々が面倒だからさ。
さて、これからどうするべきか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




