第三百七十六話・壁に耳あり障子に目あり(世界の動きが敏感すぎる?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
日本国東京都、在日中国大使館。
その中の一角、ジェラール・浪川に与えられた客室では、窓の外から戻ってきた飛泉凰牙を腕に止めて作業をするジェラールの姿があった。
乙葉浩介と築地祐太郎、そして行方不明だった国務院退魔部次席官の王健祐の姿を探すようにと病院まで飛ばし、『透しの魔眼』で建物の中に彼らがいることは確認できたのである。
「王さんは異世界の病気か何かで体調不良のまま。乙葉たちも意識を取り戻したか……それで、これはなんだろう?」
そう呟くジェラールの視線の先には。
飛泉凰牙の魔眼を通じて、乙葉浩介が持っていた『聖徳王の天球儀』が映し出されている。
それがなんであるのか、ジェラールには予想もつかない。
彼自身が調べた、過去に存在した数々の退魔法具の中にも、天球儀を模したものは一つもなかった。
それどころか、歴史的に貴重な古文書や碑文石板にも、天球儀に関するものはない。
「ふぅむ。なんでもないものを、乙葉が大事に持っているはずが……って、待て待て、なんだこれは!」
飛泉凰牙が見ていた映像が、突然ぶれ始める。
やがて天球儀の存在自体が、水晶球には映らなくなった。
だが、乙葉は確かにそれを持っているというのは、理解できる。
『なんで俺たちを監視しているんだ? ジェラールさん、聞こえてますよね?』
そう呟きながら、カーテンを開く乙葉。
そして飛泉凰牙はお役目完了といわんばかりに、ゆっくりと上昇しながら姿を消したのである。
「ふぅ。その存在を外に明かさないように消したのか? いや、どっちかというと、天球儀が自分の意思で姿を消したようにも感じたが……あれは、生きているのか?」
そんなバカなと、自分に突っ込みを入れるジェラール。
それでも、魔導具商人である彼にとっては、未知の存在である天球儀をどうしても確認したくなってしまう。
「ここから札幌まで飛んでいったとしても。乙葉はおそらく退院するだろうから、自宅に戻るよな……そこにいって、見せてもらう……いや、そうじゃない。先にあの存在がなんなのか、それを突き止めてからの方がいい。うかつに近寄って怪しまれるよりも、まずは下準備をしてからじゃないとな」
そう思ったジェラールは、傍に置いてあるジャケットを羽織って鞄を持つと、在日中国大使館を後にした。
………
……
…
天球儀の存在、それが引っかかるジェラールとしては、迂闊に魔族に聞くこともできない。万が一にも、それを魔族が狙っていたとするならば、その情報を知ってしまった彼の身も危険に及ぶ可能性がある。
故に、彼自身が信頼している人物から情報を聞き出すことにしたのだが。
──新宿、とある雑居ビル地下『プールバー・アルルカン』
日本人に帰化した(正確には、戦後のどさくさに戸籍を取得した)魔族が経営している古いプールバー。
常連の大半は魔族であり、一部国会議員の姿も時折見え隠れしている。
その店の一角で、ジェラールは一人の女性と話をしている。
「……なんで、私がここで働いているって知っているのよ?」
アルバイトの藍明鈴が、ジェラールの前に座って顔を寄せてボソボソと問いかける。
魔人王就任の際、なんとか現魔人王に取り入ろうと考えていた彼女だが、色々な出来事に巻き込まれた結果、『乙葉浩介のいる北海道にいると、色々と巻き込まれる』と判断。
黒龍会の魔族の紹介で、このアルルカンにアルバイトとして雇用されている。
「蛇の道は蛇っいう、日本の諺があってね。国会議員の魔族から、この東京都に住んでいる魔族リストを見せてもらったことがあって、その中にお前の名前もあったから尋ねてきただけだ。それで、黒龍会のあるサンフランシスコには戻らないのか?」
単刀直入に質問するジェラール。
今もなお、彼女が黒龍会に所属しているとなると、今回の質問は避けた方がいいと判断したのだが。
「もう、サンフランシスコの黒龍会なんて解体されたわよ。香港の本場は残っているけれど、主要な幹部たちはサンフランシスコ・ゲートの中で消息不明になったっていう話じゃない。ほら、ニュースを騒がしていた使徒に喰われたんじゃないかっていう噂があっだじゃない、あれ以降、サンフランシスコの黒龍会には連絡がつかないのよ」
「使徒か。でも、オーストラリアのウルル消失事件以降は、使徒による魔族の襲撃事件とかは激減しただろ? まさかサンフランシスコ・ゲートの中には使徒が存在しているのかよ?」
「かも知れないわね。だから、私はサンフランシスコには戻らないのよ。香港本部からは、相変わらず乙葉浩介の調査と、新魔人王の正体を探るようにって命じられているんだけど」
それが今じゃ、場末のプールバーの店員。
そう考えると、ジェラールは笑いが込み上げてくるのを必死に我慢するしかなかった。
「そうか、色々と大変だったんだな?」
「まあ、ね。それで、貴方は何に勘付いたのよ? ここに来たのって、私のことを笑いに来ただけじゃないわよね?」
「まあ、な。対魔導具に詳しい人物を探しているんだが。明鈴の知り合いの魔族に、そっち方面に強い奴はいないか?」
「私の知る限りじゃ、あんたよりも詳しい人は居ないわよ。それこそ、元魔将のパールヴァディさまとか、プラティ・パラディさまなら専門家だから知っているとは思うけど……何を見たのよ?」
最後はコソッと小声で問いかける明鈴。
すると、ジェラールは周りを見渡してから一言だけ。
「星にまつわるもの……としか説明できない」
「何よそれ? 星って夜空に浮かぶあれよね? 私たちの世界でも、こっちでも見える宇宙に浮かぶ星。でも、あれって不思議だと思わない? 鏡刻界には月は三つあるのに、どうして星座の位置ってこの裏地球と同じなのかしら?」
「寧ろ、同じに見えることを俺は初めて知ったわ。つまりあれか? 鏡刻界にもオリオン座や北斗七星が見えるのか?」
「う〜ん。少し崩れた形になっているけれど、ほぼ同じ場所に星が見えるわよ?」
天球儀のことは出さずに、敢えて星にまつわるものとしか言わなかったジェラールだが。逆に星座の存在を教えられて絶句してしまう。
「なあ、その星の位置って、どうやって比較したんだ?」
「ええっと、昔はそういう天文の魔導具があったのよ。私も詳しくないし、寧ろ馬天佑の方が詳しいわよ? 彼は道教の術師でもあるし、あの黒狼焔鬼にも師事していた導師だからね?」
よし、道は繋がった。
あとは、あまり好きではないが馬天佑とコンタクトを取るだけ。
そもそも王健祐の件については、ジェラールは協力者であって役人ではないため、責任を感じることはない。
彼が無事に帰還し、異世界渡航の件についての話し合いが再開するまでは、ジェラールは特に仕事らしいことは何もないのだが。
飛泉凰牙の目から見た王健祐の状態では、一旦彼を本国に帰国させた方が良いのではと、ジェラールは判断したのだが、どうせ大使館にも連絡は届いているだろうということでこの件は無視を決め込む。
それよりも、黒狼焔鬼という名前については、ジェラールも初耳であり興味を持つのは仕方のないこと。
「その黒狼焔鬼ってのは?」
「二代目魔人王側近にして、三狼の一人。古今東西の魔導具や術式についての知識がとんでもない魔族だっていうことしか、私も知らないわよ? まあ、魔人王が認めた側近であり参謀の一人だったのだから、其の実力は推して知るべしって所かしら」
「へぇ。今はどこにいるんだ?」
「さぁ? 私も居場所までは知らないわよ? でも馬天佑なら知っているんじゃない?」
やはり鍵は馬天佑。
「それじゃあ、馬導師がどこにいるのか、明鈴は奴と仲が良いから知っているよな?」
「札幌よ。使徒に襲われてからは、別行動だったから知らないわよ」
「あ〜、結局、札幌に向かうことになるのかよ……分かった、ありがとうな」
懐に手を突っ込んで札を数枚取り出すと、それを明鈴に握らせる。
情報料というわけではないが、機嫌を損ねてジェラールが何かを探っているなどと風聴されるのも困るから。
「わかっているじゃない。それじゃあ、ここに貴方は来ていない、私は何も聞いていない。そういうことね」
「察してくれて助かるわ。さて、札幌に行く準備でもするか。ちょうど、言い訳できる奴が入院しているから、簡単に話は付くだろうさ」
そう呟いてから、ジェラールは立ち上がる。
行き先をあえて明鈴に告げたのも、万が一の時には誤情報を流してもらうため。
この辺のやりとりについてはお互いに慣れたものであり、明鈴も無言で立ち上がるとカウンターへと戻っていった。
「さて、札幌で何が待っていることやら……少し気を引き締めないとな」
商売柄、敵が多いのも理解している。
魔族を殲滅するための道具も、人間を魅了するようなものも販売している。
だからこそ、魔導具商人などという商売は成立する。
その彼が気にしている天球儀とは、いったいなんなのであろうか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




