第三百七十二話・雲壌月鼈、一難去ってまた一難(想定座標軸の変動? ここはどこだ?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
天羽総理ら三名の要人救出のため、俺と悠太郎は銀の鍵で異世界・鏡刻界へとやって来ましたが。
やって来て早々に痴漢扱いされたり、その女性の誤解を解くために追いかけたら街に着いて、しかもその女性は身分の高い人で誤解は解けたものの街の中に入れないのでお約束の展開になってしまって今ここ、冒険者ギルドのカウンターですが何か?
「はい、これで冒険者登録の手続きは完了です。こちらのカードが身分証であり、魔石片には貴方達が受けた依頼の完遂率などの詳細が自動的に書き込まれますので」
まあ、お約束通りに血を一滴垂らして身分証は完成。
そしてギルドの中には『よく見る怪しげな冒険者』とか『新人をいたぶる無頼漢』など存在せず。
カラーンとした無人状態ですが。
「ここのギルドは、随分と閑散としていますね」
「この時間にギルドにいて酒なんて飲んでいる人は穀潰し以外の何者でもありませんよ。朝一番で張り出される依頼、それを受けて仕事に向かったに決まっているじゃないですか?」
「ふむふむ、例えばだけど、どこの誰かも知らない新人が登録して、いきなり『この俺が色々と教えてやるよ』とか話しかけて来て暴力を振るわれるようなことはないと?」
「あ〜、そういう人は、大抵は暴力行為により捕縛されて犯罪奴隷落ちですよ? どこの吟遊詩人の物語なのですか?」
あれ?
この辺りは異世界ファンタジーのお約束じゃないのか?
「つかぬ事を聞きますが、冒険者のランクとかは無いのですか?」
「ランクってなんですか?」
「ほら、よくあるやつだと、登録した時点の冒険者ランクはEランクで、受けられる依頼に制限があったりとか、高レベルモンスターをいきなり倒して来たら2ランク上昇とか?」
「それ、どうやって判別するのです? まさか冒険者の依頼があるたびに、その人の仕事の成果などを監視するために職員が同行するとか? そんな非効率的なことは致しませんよ?」
あ、あれ?
これまた予想外。
「さっきの説明では、仕事の完遂率とかあったよな? それはどうやって判別するんだ?」
「依頼主からの報告ですけれど? 納品依頼ですと、指定されたものをしっかりと、期日以内に納めることができるかどうか。また、その場合の品質も左右されますし、何よりも信頼による部分が大きいですよ?」
「……ありがとうございます」
「それでは、失礼します」
夢破れて山河あり。
ちがうな、この場合は瓢箪から駒?
「さ、さて、商業ギルドで品物を買い取ってもらい、それで支払いを終えてとっとと騎士の人と合流しないと」
「オトヤン、嫌な予感しかしないぞ?」
「言うな……まあ、こちらには異世界商品取引の切り札である黒胡椒がある。一瓶だけだがな。これを納品して金貨を手に入れ、とっとと話を聞こうじゃないか?」
「……嫌な予感しかしないよなぁ」
そう、祐太郎の言葉の意味はわかるよ。
街の中を歩いていたらさ、香辛料を使った黄色い煮込み料理……カレーの匂いがするんだわ。
それってさ、この国にはスパイスがあるってことだよな?
そんな不安は頭を払って消し去って、ポンセさんの案内で商業ギルドのカウンターへと向かうことにしましょう。
………
……
…
「そうですね。まずギルド会員ではありませんので買取は二割引となります。次に黒胡椒の買取はこの量なら500カネ、この透明な入れ物は15000カネで引き取りますけれど?」
「はい、黒胡椒よりも瓶の方が高かったぁ」
祐太郎の悪い予感が的中。
それでも買い取ってくれるのはありがたいよ。
「それでお願いします」
「ふぅ。これで入領税は支払えるか……ポンセさん、もう一度正門まで案内をお願いしても宜しいですか?」
「構いませんよ。そのあとで、騎士団詰め所に戻ってから、トゥルーソン伯爵の元に向かうことにしましょう」
笑顔で返事をしてくれると、俺たちもホッとするよな。
右も左も知らない異世界で、自分たちの常識が通用しないなんて思ってもみなかったからさ。
そんなこんなで正門で改めて入領税を支払ってから、俺たちは騎士団詰め所まで案内されました。
それはもう、石造の巨大な建物で、何処となく昭和初期の古い建築物を彷彿させていますが。
外には馬を繋ぐための棒もあり、10頭ほどの馬が繋がれています。
そんな光景を眺めつつ、俺たちはポンセさんの案内で建物の中に入ると、真っ直ぐに2階の奥にある部屋まで通されました。
そこがさっきあった女騎士団長ローラ・ギャリバンさんの執務室だそうで、俺たちが来るのを待っていたそうです。
「失礼します。二人の異邦人の登録及び入領税の支払いを完了させました」
「ご苦労さま。後ほどトゥルーソン伯爵がここに来るので、それまでに軽く話を聞かせてもらいたいのだが」
「はい、それは構いませんよ。そのかわり、俺たちの質問にも答えてもらいたいのですけど」
「それは構わないよ。さて、まずは君たちが来た世界、確か裏地球とか話していたよな。それは、どっちの世界なんだい?」
「え、どっち?」
「まさかとは思うが、裏地球が二つあると言うことか?」
そう俺たちが質問を返すと、ギャラバンさんは椅子を回して窓の外を向くと、空を指差した。
「今日は浮き島もきれいにみえるか。ほら、あれを見てごらん? あの青い月と赤い月を。青い月は、私たちも手が届かない世界らしい。そして赤い月は、私たちがいた世界。ミラーワーズという世界を君たちは知っているかい?」
「そりゃあもう。俺たちは、その世界に攫われた知り合いや要人を助けるために……って。ちょっと待って」
「ギャラバンさん、今の話し方から察するに、ここは鏡刻界じゃないのか?」
待て、まだ慌てる時じゃない。
「ミラーワーズはほら、あの赤い月がそうだな。私たちは地殻変動で大陸が消失する前に、転移門を通ってこの浮遊大陸へと逃げ延びて来た者たちの子孫に当たる。そして君たちの世界が、あの青い月になるのかな」
「……やっべ、思いっきり座標かずれ込んでいるじゃねーか。参考までに聞きますけれど、この世界につい最近、異世界からやって来た人たちって確認されていますか?」
こうなると天羽総理たちが来ているかどうか、それだけでも確認しないと。
その上で来ていないというのなら、改めて地球に戻ってから座標確認をやり直してから移動しないと。
「それについては、トゥルーソン伯爵に聞くといい。この世界にやって来た先祖の持つ、空間魔法を今もなお継承しているからな。しかし、今の話ぶりから察すると、君たちは自在に異世界へ行き来することができるのか?」
「自在っていうほどではありませんけれど。まあ、ある程度は可能ですが、ちょいと調子が悪かったようで」
「本来なら、俺たちは赤い月に向かっていたはずなんだが。どうやら、何かしらの歪みでこの世界に来てしまったらしくてな」
「そうか。では、改めてようこそ、堕ちた神々の眠る大陸ミルトゥーンへ」
お、堕ちた神々の眠る大地?
待て待て、そんな情報知らないぞ?
慌てて天啓眼と魔皇紋章をリンクして、魔皇の持つ知識からミルトゥーンについての情報を探してもらうんだが。
『ピッ……ミルトゥーンは御伽話。世界を作り出した神々の住まう大地、暴走したファザー・ダークが封印された大地。現実には存在しないと伝えられている』
はい、御伽話は現実にありました。
そう祐太郎に説明すると、今度は祐太郎が腕を組んで考える。
「ギャラバンさんの先祖たちがここに来た、そしてこの大地がミルトゥーンであると理解した理由ってなんだ? そもそも、この土地がミルトゥーンという伝承の大地であるなど、誰が定義した?」
──ガチャッ
すると扉が開き、綺麗かつ豪華なスーツのようなものを着たロマンスグレイのおじさまがやって来ましたが。
「それについては、私から説明しよう。ギャリバン、遅くなってすまなかった」
「いえ、本来ならばこちらから赴かなくてはならない事案でしたのに、こちらまで来ていただいて感謝します」
「それは構わん。何者かわからんものを私の屋敷に招き入れることなどできないからな。では、改めて自己紹介をお願いしたいが」
この雰囲気から察するに、この人がトゥルーソン伯爵なのでしょう。
「それでは改めまして。裏地球から来ました乙葉浩介です」
「同じく、裏地球から来た築地祐太郎だ」
「私はダイア・トゥルーソン、このトゥルーソン領の領主を務めている。では、先ほどまでの話をもう一度、説明してもらいたいのだが」
「そのあとで構いませんので、私たちの探し人がこの世界に来ているかどうか、調べてもらえますか?」
説明するのはやぶさかではないが、それで終わってしまっては困る。
だか、しっかりと条件を提示すると、トゥルーソン伯爵はそれでも構わないと了解してくれたので、俺たちはもう一度、ギャラバンさんに話したことを説明した。
「……空間越境の魔術か。いや、それでこの土地に来ることなど不可能であるのだが。まさかとは思うが、君たちは『神世の天球儀』を所持しているのか?」
「神世の天球儀? それはなんですか?」
「神が作った世界、それの座標を示す天球儀だよ。それがあれば、自身が望む場所に行くことができる『扉』を開くことができる。逆に言えば、それがない限りは『ミルトゥーン』へなど来ることはできないはずだ。我々のご先祖は、この地へと向かう扉を開く際に『大地の女神』に祈り、生涯をこの地の監視と守護に努めるようにと託宣されたらしい」
つまりは、避難先まで連れて行ってやるから、そこの警備と清掃を忘れずに……って感じか。
「なあ、オトヤン。心当たりがあるのは俺だけじゃないよな?」
「聖徳王の天球儀……だよなぁ。つまり逆転の発想なら、あの天球儀を持って『天羽総理のいる場所』って願って鍵を使えば、そこに行けるってことだよな?」
「そうなるが……そんなに都合のいいものなのか? 副作用とかありそうじゃないか?」
「そもそも、神威以外で動かないっていう時点で、罰ゲームに等しいよ」
そんなことを小声で話しつつ、チラリとトゥルーソン伯爵を見る。
するとこちらを見てニコニコと笑っているじゃないか。
いや、この笑いには何か裏があるに違いない。
俺の経験から察するに、そうに違いない。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




