第三百五十九話・多事多難? 蛇の道は蛇(神鹿さんと、八尺様と、ちょいやばい妖魔)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
さて。
春日大社でみんなと合流、そのあとは集団行動で他の場所に移動して見学は続行となりました。
夕方はホテルで一泊、明日は朝から大阪に移動からの夕方まで自由時間。
そして夕方には東京へ新幹線でゴー、一泊して翌日の午後には北海道へ。
研修時間よりも、寧ろ観光といった感覚なのは、やっぱり当初のスケジュールから大きくずれ込んだからなんだろうと納得しておく。
そのまま何事もなく研修時間は終わり、ホテルへチェックイン。
今回も織田や明智たちと一緒の部屋なんだが、すぐに部屋に入ろうとしないんだよ。
「お、乙葉……この部屋にもいるのか? あの幽霊が」
「あのなぁ、幽霊なんてそんなにあちこちにいるものじゃないからな、京都のあの部屋が特別なだけで、ここは普通の部屋で……あれ? 此処にもいるわぁ」
「「「「「「ひぃぃぃぃぃ!!」」」」」
織田と祐太郎以外の悲鳴が聞こえた。
その五人組の姿にため息をついてから、織田は堂々と部屋の中に入っていくと、部屋の真ん中で身体を休めている鹿の幽霊にそっと触れる。
実態を伴わない存在だが、織田が触れたのがわかったのか、鹿の幽霊は頭を上げて、織田を見てから俺の方に向き直り、じっと見ているんだが。
「動物霊……いや、違うよな。乙葉、築地、こいつは何の何なんだ?」
「何のって、どう見ても神鹿……神の使いの鹿の幽霊というか、神様の眷属じゃないか? オトヤン、どう思う?」
『ピッ……神鹿の眷属。春日大社敷地内に存在した鹿達の中でも、神威を受けたもの。害意はなく、のんびりと体を休めているだけである』
「おっと、天啓眼きたか……なるほど、祐太郎が正解。そんでもって、ただのんびりとしてあるだけだから、そこで放置していても問題ないから」
天啓眼で鑑定できたので、二人にはそうは説明したんだけれどさ、如何にもこうにも明智達はそこに幽霊がいるのが納得がいかないようで。
室内に入っても、壁側に移動して真ん中へは近寄ろうとしてこない。
時折、何とかしろとか取り憑かれないかとか聞いてくるんだが、明智達の言葉が理解できるのか、神鹿幽霊は大きな欠伸をしている。
「そこにいるのが神鹿ってことになると、春日大社からここまで来たってことになるよな。でもよ、神社にいるはずの神鹿って、その場所から離れるものなのか?」
織田、いつになくいいことを言ってくれる。
確かに神鹿だとしたら、神社に祀られているのだから敷地から出てくることなんてないはず。
因みにだけど、神鹿といえば春日大社、その春日大社に由来のある日本酒も、実はあるんだよ。
古くから御神酒造りを生業とした家系があって、やがてそこが蔵元になり、春日神鹿っていうお酒を作ったんだよ。
春日の地に、神々が鹿に乗って舞い降りるってね。
だからお酒の名前も春日神鹿、今はそれが短くなって漢字二文字だけ。
まあ、これは祐太郎の親父さんが酒に酔っ払った時に話していたんだけど、これも春日大社の所縁の話だなぁと。
話が逸れたな、すまん。
「いや、織田の言う通り普通は神域などからは離れない。ちょいとオトヤンが考え事をしているようだし、何か思い当たる節があるのかもな」
「ん? 幽霊のことなら、専門家に聞いてみたら?」
「専門家? ああ、そう言うことか……って、大丈夫なのか?」
俺の言う専門家は、立花さん。
霊力ベースの魔術修得者で、死霊術師っていうことはだ、幽霊関係については誰よりもエキスパートじゃないのか?
「まあ、この幽霊に悪意があるわけじゃなし、俺たちが悪意を持って接しない限りは問題がない。と言うことで、祐太郎、呼んでくれ」
「ちょいまち……」
速攻でスマホを取り出し、祐太郎が立花さんにLINEで連絡してくれる。
まあ、それから20分ほどで、新山さんと立花さんは二人一緒にやってたんだけどさ。
「乙葉くん築地くんこんばんは〜って、まだ早いかな?」
「のんびりとティータイムを堪能していたところだったのですわよ? そんな時に呼び出しだなんて。また、幽霊絡みで何かあったのですか?」
「まあ、な。こいつを、どう思う?」
祐太郎がグイッと親指で神鹿の幽霊を指さすと、立花さんが右手の親指と人差し指で輪っかを作って、そこから覗き込んでいる。
なるほど、指を輪のようにしてそこに霊力を循環し、擬似的な霊視レンズを作り出しているのか。
「凄く悩んでいる鹿の幽霊ですわね」
「「「「「「嘘だぁぁぁぁ」」」」」
明智達の絶叫。
そして五人は素早く窓辺に移動して、こっちの様子を見ているんだけど。
「別に害はないって、普通の幽霊なんだからさ」
「普通じゃない幽霊ってなんだよ!!」
「悪霊。まあ、しばらく待っていろって」
そのまま立花さんの方を見ていると。
鹿に近寄って、今度は右手の輪っかを自分の耳元に持っていく。
ふむ、この輪を作って魔力を通すやつ、意外と便利そうだなぁ。
「ふむふむ、ははぁ、なるほどですわ……築地くん、この子は住処を追い出されたそうですわ。それで、早く住処に戻らないと、霊体を維持できずに消滅してしまうそうですけど。どうします?」
「ちょいと意味がわからん。もう少し、細かいところまで聞き出せるか?」
「まだ、私自身の魔力が弱くて辛いのですわよ。先ほども新山さんから回復薬を一つ分けてもらったのですけど、もう今のレンズ二回分で私の今の魔力はそこをつきそうですわ」
「オトヤン、薬あるか?」
「ほい、これをあげるから頑張って」
空間収納から取り出した『乙葉印の魔力回復薬』を手渡す。
すると、すぐに近くの湯呑みに一口分だけ入れて、お湯で薄めてからグイッと飲み干すと、立花さんはもう一度、神鹿と話を始めてくれた。
「ふむふむ、はぁ……それは大変でしたわね……それで……なるほど。乙葉くん、大体の話はわかりましたわ。実はですね……」
立花さんの話によると。
この春日大社は、敷地内にある灯籠によって、奈良で最も明るい場所と記されている。
でもそれは古い時代であり、今は街のネオンなどが輝き昔ほどの明るさは存在しない……と思われているけど、それは物理的な輝き。
一昔前には、春日大社の灯籠が発する灯りは魂の光、退魔の輝きと言われており、奈良県を守護するための光の結界を構成していたらしい。
これも陰陽師の残した術式であるが、それを伝えたのは春日神鹿、この地の守り神である。
この灯籠の光こそが神鹿となった鹿達の魂であり、神鹿たちは昼間は春日大社の中で人目に触れることなく、自由に散策を行なっている。
そして夜になると神鹿たちは敷地内の3000もの灯籠へと帰り、そこに灯りを灯して人々が宵闇に怯えないように、悪きものが降りてこないようにと奈良を明るくしている。と言うことらしい。
そして今、その鹿達の住処である灯籠に邪魔な存在が住みつき、神鹿達が休むことができないと言うことらしくて。
それを退魔して欲しいと、この神鹿は俺たちの元にやってきたらしい。
「はぁぁぁぁ、もうギブですわ。これ以上の意思集中は無理ですわよ。まあ、ここまでの話以上は、神鹿達も知らないそうなので」
『灯籠の悪夢は知ってます
お、俺の足元の八尺様は、何か知っているようだけど。
いきなり室内に響き渡る謎の声に、俺と祐太郎、織田以外の全員が真っ青な顔になったんだが。
流石の新山さんでも恐怖に負け、俺にしがみついている。
「お、お、乙葉くん、今のってなに? なんの声?」
「忙しくて説明していなかったか。ちょいと合体して姿を現してくれる?」
──シュルルルルッ
すると、俺と祐太郎と織田、三人の影から黒い水が吹き出して一つになると、黒い少女の姿に変化した。
「し、使徒?」
「そう言うこと。オトヤンが手懐けられなかった、主人を求めている使役型使徒の八尺様だな」
「俺の魔力じゃ無理なんだよ……と言うことだけど」
ん?
ああ、明智達は気絶したのか。
「ふぅ。八尺様の説明よりも先に、こいつらを布団に寝かせてしまうか」
「仕方ないな……織田、明智達にも免疫がつくようにしておいた方がいいぞ。俺たちと干渉しているってだけで、今日みたいなことが起きやすくなるし。織田もそこそこに魔力が上がっているんだろ?」
「多少な。それじゃあ、こいつらにもそろそろ、魔法を教えるか……」
「よろしく哀愁。と、こいつらを運ぶのか」
どいつもこいつもガタイのいい高校生男子。
俺や祐太郎はステータスが暴走しているから問題なく持ち上がるが、男子を担いでいくのはなんともなや、どんな罰ゲームだよ。
『手伝いますね』
そう告げてから、八尺様は身体から黒い触手を伸ばして明智達を持ち上げ、布団まで運んでくれる。
うん、知らない人が見たら、おそらくは明智達はこれから捕食されるのではないかと不安になるだろうし、一部の……まあ、瀬川先輩あたりは鼻血を流して拝み始めるかもしれないなぁ。
「……ううむ。やっぱり馴染まないなぁ……」
その姿を見て、やっぱり織田は少し敬遠気味。
新山さんもちょっとだけ怖いのだろうけど、必死に話しかけて安全性を確認しているようだが。
『主人を見つけました』
「お、契約者が見つかったのかよ。それってつまり、そういうことだよなぁ」
俺が呟くのと同時に、全員が新山さんを見る。
神威に近い魔力持ちで、強力でもない。
「え? 私が?」
『こちらの方です』
八尺様はそう話しながら、立花さんの横へ歩いていく。
「あら? この怪異さんは、どなたなのかしら? 築地くん、説明してもらえると助かりますわ」
「まあ、そうなるよな。実はな……」
祐太郎が淡々と説明してくれているので、俺は神鹿の方と話をつけてみる。
とはいえ、霊会話でも話は通じないだろうし、動物意思疎通系の異世界スキルなんて持ち合わせてはいない。
やむを得ず手をかざして神威を少しだけ掌に集める。
念話の要領で話ができるか試してみたんだが、やっぱり駄目。
「……ぷはぁ。これは俺でも無理だわ。動物霊の、しかも神の眷属級の存在相手だなんて、意思を交わすのはどうしても無理だよなぁ」
チラリと立花さん達を見ると、祐太郎と立花さんが腕を組んで話し合っているようで。
「オトヤン、立花さんが八尺様と契約したんだが。それで、魔力の制御が上手く使えるような魔導具って作れるか? 必要な素材とかはアスティで買ってくるが」
「ん? 立花さんの能力の底上げってこと? まあ、築地夫人の頼みとあらば、断る道理はないが」
「まだ夫人ではありませんわ。でも、お願いしてよろしくて? 予算のことなら、こちらでも都合つけますので請求してくれて構いませんわよ」
「まあ、学割で作るわ……って織田、お前は自分の魔導書があるだろうが」
そこで物欲しそうにこっちを見るな。
そして神鹿、俺たちを見て暇そうにあくびをしない!!!!
「それよりも、神鹿の話の続きは……ああもう、手伝うにしろ何にしろ、もう殆ど時間がねーじゃないかよ」
「神鹿さんが、今から案内してくれるそうですわよ?」
「今って何だよ、これから夕食でそのあとは消灯までは自由だけどさ、また春日大社まで飛んでいけってことかよ……」
膝から崩れ落ちる俺。
まただ、京都に続いて奈良でもこれだよ。
寧ろ、何となくこうなることは予想していたから、もう諦めるしかないよなぁ。
「仕方ないな。要先生に外出許可を出してくるわ、オトヤンはスタンバって置いてくれるか?」
「了解。織田は残るんだろ?」
「まあ、危なくなさそうだから、残るわ」
「私はついて行くね。万が一の時には、回復要員は必要でしょう?」
「おっけ。それで、立花さんは居残りだよね?」
この流れなら、立花さんは残ると思うよなぁ。
「ついていきますわよ。神鹿さんの話がわかるのは私しかいないのに、ここで手を振って見送るほど無慈悲でも何でもありませんわよ」
「おおっと、それは失礼。新山さん、立花さんに守りの術式を組み込んでくれる?」
「了解です。神威祝福……はい、これで下級程度の妖魔なら弾き飛ばせますので」
素早く印を組み韻を紡ぐ新山さん。
すると、立花さんの体にうっすらと魔力の膜が定着した。
「暖かい魔法ですわね。私もこういうのが、使えるようになれるとよろしいのですけれど」
「死霊術師の魔法って、わからないんだよなぁ……」
──ガラッ
「待たせたな。許可は取ってきた、九時までに戻るようにとのことだから、取っとと終わらせるぞ」
そんなことを話していたら、祐太郎が俺たちの班の外出許可を取ってきてくれたよ。
「了解。それじゃあ、いきますか」
京都に続き、奈良でも対妖魔戦とは。
今日はとっとと終わらせて、明日は大阪で遊びまくるぞ!!
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




