第三百四十五話・四面楚歌? 冬来たりならば春遠からじ。(本当の悪霊は金の亡者?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
全くの予想外。
あの、巷で有名な『現代の魔術師』の通っている高校からの、修学旅行の打診を受けた時。
最初は面倒ごとが起こるかもと敬遠していたのだが、よくよく考えて見たら、これほどのチャンスは無いじゃないかと思えて来た。
有名人が宿泊する宿。
魔術師お墨付きの安全な宿。
こんなフレーズが使えるようになれば、更に売り上げが上がることは間違いない。
そのためにも、最初は受け入れを渋っておいてから、うまく彼らに協力してもらうように誘導しなくてはならない。
よし、修学旅行コンサルタントに連絡をして、あの高校が希望している予算枠とか待遇などを調べることにしよう。
……
…
予想外。
奴の周りでは、常に妖魔とか使徒とかが跳梁跋扈するらしい。
高濃度魔力保有者が集まるところには、そういった妖が集まりやすくなるそうで、最悪は周辺への影響もありえる。もしも彼らを受け入れるなら、物損被害が起こることも考慮しなくてはならず、その際に降りる保険は存在しない。
この報告を見て、万が一に建物に被害が出た場合の修繕費用などの見積もりを出してもらったが、これは採算が合わない可能性の方が高い。
でも、彼らに頼み込んで結界を施して貰えば、少なくとも外部から妖がやって来た騒動を起こすことはない。
それでなくても、うちのホテルには『幽霊が出る』『何か人外のものが棲みついている』っていう噂もあるんだからな。
何度かテレビ局の取材が入る時も、あらかじめ高額報酬を支払って、ホテル内部の化物を祓って貰っている。
そして何もないことを確認させ、噂は全てでっち上げだったと公表するだけ。
テレビがうちのホテルの安全性を保証してくれる、それを見た人たちは安心して祝福してくれる。
そもそも、うちが繁盛し始めたのは、若い時に遠野を旅していた時、偶然出会ったあの妖魔を捕まえて来たからだからな。
古い民家に泊めてもらった時、そこに住んでいた妖。
座敷童子っていうらしく、遠野地方の曲屋っていう形の建物には、必ず座敷童子のための部屋があるらしい。
そこで噂を聞き、金を払って祓い屋を雇って座敷童子を捕獲して。
実家の潰れそうな宿の地下室を改造し、そこに封じているんだからな。
お陰で、ほとんど息もしていない経営状態のうちの宿が瞬く間に立て直され、俺が後を継いだあとは修学旅行生などを段々と受け入れるようになった。
今では左うちわで金が入ってくるが、祓い屋に支払う結界の更新料は年々高くなっていく。
そこで。今回の現代の魔術師の件だ。
奴らに結界を張ってもらい、そこに封じて貰えばいい。
封じの間を説明したり、座敷童子のことを話したりしたら、それこそ怪しまれる可能性があるからなぁ。
其処は、記念にこのまま設置して貰って良いですかと頼み込めば、意外と話がうまくいくんじゃないか?
どうせ顧問とかの教師もいるんだ、うまくそいつらを丸め込んで奴らからも説得させればいい。
この宿の敷地の中なら、俺の願いはある態度は叶えられるからな。
それもこれも、座敷童子さまさまだよ。
……
…
またしても予想外。
結界を張ってもらったのは良い。
なんでその結界に弾かれた妖がガラスや壁を破壊するんだ。
これも奴らが未熟なせいだろうな、テレビやネットでの噂を信じた俺が間違っていた。所詮は魔法が少し使える程度のガキじゃないか。
そう思って話を聞いていたが、張り巡らされた結界については買取は不可能、それに俺が知っている結界の強度を遥かに超えている。
これはあれか?
いつもの祓い屋を呼び出して、結界発生装置とやらをすり替えれば良いよな?
俺たちが管理しているわけではないので、盗難事故として扱えば問題もないだろうし。奴らが帰ってから、祓い屋に結界を再設置して貰えば問題もない。
さて、それじゃあ善は急げだ、あの祓い屋はまだ京都にいるはずだよな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
準備万端。
まずは、新山さんから魔法のレクチャを受けなくてはならないため、俺と祐太郎、新山さんは早速、ホテル内部の探索を開始。
とはいうものの、ゴーグルで霊的波長を感知しつつ、其処に向かって進むだけ。
旧館の地下にある空間は気になるのだが、今は先に怨霊・妖の類の対応策を身につけること。
「あ、あの、どこまで有効かわからないから、万が一の時はお願いね?」
「まあ、万が一の場合は俺でも対応できない可能性もあるけど……って。早速いたな。祐太郎、あの廊下の角、絵画の下に1人の幽霊がいるだろ? スタンダードな着物姿のやつ」
「あ、ああ……いるなぁ。感じたくもないなぁ」
確認はした。
俺たちの声が聞こえているのか、こちらを凝視しているんだけどさ。
その視線があまりにも冷たくて、悲しくて。
何もかもに絶望した、希望も何もかもを失った人の顔なんだよ。
「で、では、最初の魔術から……祝福の霊視……っいやぁぁぁぁぁ!!」
いきなり新山さんが抱きついて来たんだが、それは良い。
そして俺の魔導書に術式が浮かび上がった。
それなら俺も発動して、これを魔術創造で闘気ベースにコンバートして。
「祐太郎、闘気型で発動するから、覚えろよ!」
「よし来い!!」
──シュゥゥゥゥ
俺の両目に、神威からコンバートした闘気を使って術式を写し込む。
そのまま闘気型の祝福の霊視を発動して見せると。
「うぐぁぉぉぁ!!」
わかったこと。
ゴーグルに投影される風景や映像は、俺の頭の中で処理できるものに置き換えられている。
正確には、実態を伴わない幽霊や悪霊はソフトな表現であったらしい。
それで、今、俺が見たのは、ガチ幽霊。
霧散化して精神生命体になった魔族の方が、いくらかマシっていうレベルで恐怖を感じた。
その俺の横では、祐太郎も俺の闘気の流れを見て術式を理解したらしく、頭を抑えながら数歩、下がっていった。
「うわお、まじかよ。っていうか、気のせいか幽霊がゆっくりと歩いて来ているよな?」
──カタン、コツン
一歩、また一歩と、床の上を浮かびながら歩いてくる。
「に、新山さん、次の魔法を……」
「はい。神よ、かの者を癒やし、その魂を鎮め賜え。あるべき場所へ、かの者を送り届けたまえ……冥府葬送」
──ヒュゥゥゥゥ
幽霊に向かってかざしていた右手が輝き、細い紐状の術式が流れていく。
それは幽霊を優しく包み込むと、パッ、と散っていく。
すると、女性の姿を取り戻した幽霊がその場で立ちすくみ、涙を流しながら消えていった。
「おおう、これで幽霊を見るのと浄化するやつ、二つの術式をマスターしたんだが。あとは何があるのかな?」
「封印、封印呪符は普通に効果がありますよ? あとは攻撃術式だけなんですけど」
「攻撃かぁ……どんな奴?」
「これは敵となる幽霊がいなくても使えますから、お見せしますね? 『我が手に宿れ、神の煌めき。その光を持って、かの者を討ち滅ぼせ……退魔神光!!」
──ブゥン
新山さんの右手が輝き、そこに小さな光の球が生み出される。
「これを飛ばすだけですね。今は、見えやすいように手の中に固定していますけど」
「んんん? これって闘気法の技にあるぞ? ほら?」
──ヴン
祐太郎も右手が輝く。
「へぇ。技名は?」
「ジャッジメント・ブロウ。右手に宿った聖なる闘気で対象を破壊する。暗黒闘気の技のリバースで、余剰消費闘気が高いから、あまり乱発できないんだが」
「俺の方は……と、全てコンプリート、ありがとう新山さん」
「どういたしまして。それで、これからホテルの中の悪霊退治を始めるの?」
そこな。
ぶっちゃけるなら、俺たちの宿泊する新館だけでも綺麗にしたい。
けれど、旧館の方が、かなりヤバそうな雰囲気がひしひしと感じられる。
これを放置して良いものかどうか、其処が悩みの種なんだけどさ。
「やる。けれど今じゃない。かーなーり怖いが、情報収集を始めたいと思うし、何よりも」
俺は正面玄関を指差す。
ちょうどうちの学校の貸切バスが到着したらしく、俄かに玄関の方が騒がしくなってきた。
報告を受けていたのか織田と立花さんも玄関に向かっていくのが見えたので、俺たちも一度、其処に合流しないとならないんだよなぁ。
修学旅行だし、集団行動だからなぁ。
「これじゃあ仕方ないか。それでは、合流するとしますか」
「そうね。それで、幽霊のことは秘密なの?」
「当然。変に騒ぎを起こすよりも、何もなかった、噂程度だったということで終わらせたい。何せ、二日もここに泊まるんだからな」
そう説明をして、新山さんに結界発生装置を一つ手渡す。
「ありがとう。でも、私の魔法でも、対幽霊用の結界なら貼れるよ?」
「その魔力は温存しておいて。おそらく、ゴーストバスターをするのは夜だと思うからさ」
「はぁ……楽しい女子会を諦めないとならないのよね」
「いや、それは構わないよ。俺と祐太郎で動くから、新山さんは部屋で待機してて。何か緊急事態になったら連絡するからさ」
「了解です」
うんうんと嬉しそうに頷く新山さん。
そうだよな、やっぱり楽しい時間を過ごしたいよなぁ。
ということで、あらかじめ決められていた部屋割り通りに移動して、俺も祐太郎もようやく体を休めることができる。
はぁ。
本当にどうなることやら。
………
……
…
──旧館地下・封じられし童の間
20畳程の綺麗な和室。
箪笥や卓袱台など、古民家のような作りの部屋の中で、おかっぱ頭の少女が座布団に座って、部屋の入り口をじっと見ている。
折り紙の奴のような形の、無限に連なる形代が、部屋の四方を包み込む鎖のように張り巡らされている。
その向こう、開いた扉からは、虚無僧姿の男性と、山口典韋が部屋の中を眺めている。
「おい、安寿。このまとわりつくような気持ち悪さはなんとかならないのか?」
傍の虚無僧に愚痴をこぼすように呟く山口。
彼には見えていないが、無数の幽霊が彼の周りに漂い、その耳元で呪いの言葉を吐き続けている。
『おひいさまを帰せ』
『守りの加護さえなければ、すぐさま取り憑き殺すのに……口惜しや』
『そこの拝み屋、妾たちの言葉が聞こえているのだろう? はようお姫様を返しなさい』
山口に触れようとしたものは、その体に触れた瞬間に後ろに弾かれる。
安寿と名乗る拝み屋が渡した、悪霊祓いの護符により、山口は幽霊悪霊から身を守ることができているのである。
「流石に、拙者にはわからないでござるなぁ」
日本に現存するフリーランスの拝み屋、小倉庵安寿。
裏の世界では有名な退魔師であり、元は陰陽府の正式な職員。
とある時期の政府による事業仕分けにより、陰陽府が解体したときに彼はフリーランスとなった。
安倍緋泉に師事した経歴を持ち、対悪霊妖怪もののけの実力ならば、そこそこの実力を持っている。
その安寿の力により、座敷童子はここに封じられているのである。
彼女の加護は外に漏れるが、それ以外は全てを遮断している。
その場にいることにより力を発揮する座敷童子の特性を生かした、最強の結界である。
「それで、あの外にあった結界発生装置は外せそうか?」
「無理ですなぁ。なんと申しますか、ある種のカンか、心の閃きか? 拙僧にはなんとなく分かるでござるよ」
「ちっ。それならば、この場所が奴らに気づかれないようにしてくれ。報酬はいつも通りに支払う、奴らなら、ここを気づくかもしれんからな」
山口のその不安は的中している。
それに応えるように、安寿は親指を立てて笑顔で一言。
「安寿にお任せ……でござるよ」
「では、頼むぞ」
そう言い捨てて、山口は部屋を後にする。
そして彼の気配が消えた時、座敷童子は結界ギリギリまで走ってくる。
「のう、安寿や。本当に、時が来たのかや?」
「ええ。貴方を自由にする魔術師が、ようやくここまで来てくれました。拙僧は雇われゆえ、あの男の言いなりになるしかなく。ですが、もう遠野の騒動も決着がついた頃です、ここに隠れ住む必要はなくなります」
その安寿の言葉に、座敷童子はニコリと笑う。
「信じていたぞよ、安寿」
「ええ。全ては安寿にお任せ、です」
それだけを告げて、安寿もその場を後にする。
山口に頼まれた隠蔽術式を施し、それを乙葉浩介が打ち破ることを信じて。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




