第三百三十三話・意気軒昂? 仰いで天に愧じずといきたい(来年のことを話すと魔族も笑う)
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中国・北京市の天安門西側にある人民大会堂。
この日。
劉坤明国家主席は、対妖魔機関をはじめとした妖魔関連企業や組織の主要幹部、そして一部の選ばれた政治家と話をしている。
今回の議題は大まかに二つ。
一つは使徒対策の失策と今後について、そしてもう一つは異世界渡航について。
最初の議題については、使徒と対抗するための武具の調達ができなかったこと、対妖魔機関である崑崙八仙との連携がうまくできていなかったことについての、今後の対策などの話し合いである。
一応、崑崙八仙は中国政府麾下の組織であり、活動予算なども国家予算から振り分けられている。
それゆえに、国家の益となることが第一条件であったにもかかわらず、対使徒戦においては日本およびイギリス、アメリカに大きく引き離されてしまっているという事態には、参加した政治家たちも納得がいっていないのだが。
「外部協力者としての意見なんだけどさ」
壁際の席に座っているジェラールが手を挙げて、話を始める。
彼もまた、劉国家主席に招待されてやってきた外部協力者であり、この中の参加者の中では、最も魔術に近い場所に立っている。
「構わん」
「そもそも、ミスリルの産出国であるイギリスは良しとしておくとして。アメリカはイギリスと連携してミスリルの譲渡を受けているじゃないですか。それらを用いて、機械化兵士や機械化妖魔という対妖魔兵器を作り出しています」
ここまでは、集まっている政治家たちも頷く。
「それじゃあ、中国は何が出来るのか? はい、何もできていませんよね?」
「それは崑崙八仙が無能だからでは?」
「そもそも、何故、彼らは魔術を秘匿する。もっとオープンにすれば良いのではないか? 我が国にも魔術の基礎はあるのだろう?」
「あります。ですが、その大半は失われていますからね。今更、それを継承した者を探したとしても、中国政府に提供するとは考えられませんけどね」
ザワザワと会議室が騒めく。
そして劉国家主席がジェラールを見て、ゆっくりと口を開いた。
「何故、彼らは提供しない?」
「そりゃあ、金払いが悪いから」
「馬鹿な。愛国心ある者ならば、それこそ知識や技術の提供はあって当然ではないか?」
「むしろ、国家反逆罪で捉えてしまうのもありかと」
ジェラールの言葉に過剰に反応する政治家連中に、ジェラールも顔を顰めてしまう。
「劉国家主席。この発言を聞いて、何故、技術が提供されないかご理解いただけましたよね? 所詮は、ここの政治家にとっては机上の空論。真に貧困に喘ぐ者たちは、それこそ国家機密を売り払っても金を稼ぎますよ。ほら、中国の伝統技能であり一子相伝の……」
「変面か?」
「ええ。あれだって、今やYouTubeにその秘密が流れているじゃないですか? しかも、あの道具を作って販売しているブローカーまでいるんですよ?」
「国家機密を……あれは、10数年前に国家文化遺産として登録したばかりなのに……」
嘆く政治家、憤る政治家。
だが、彼らにしては、それらの技術を売り払った人たちの気持ちは伝わっていないのかもしれない。
「劉国家主席。今一度、それら一子相伝の秘術や技術を保護し、国家から報酬なり援助なりをした方が良いかと。イギリスの退魔機関である英国騎士団の団員は爵位持ちが多く、国からも手厚い援助を受けています。アメリカのヘキサグラムは、それこそ国防総省などと密接な関係にもあり、共同での作戦行動なども積極的に行われていますし、なによりも軍人レベルの給与が保障されています」
ジェラールが説明するたびに、政治家たちの一部は顔を背けたり、別の政治家を見てニヤニヤと笑っていたり。
「で、では、日本はどうなのだ? あの国の対妖魔機関は解体され、今は政府直属の機関と防衛省の特戦自衛隊というのがあるだけではないか? 今回の使徒による暴走事件でも、それほど大きな活躍はなかったと聞いているが」
「あ〜。あの国には、乙葉浩介が居ますからねぇ。それに、彼と付き合いのある十二魔将も存在していますよ? 日本は、彼の機嫌さえとっていれば、魔族の軍隊を作ることだって可能ですので」
ザワザワザワザワ
再び会議室が騒めく。
あの青年が我が国にいれば、今からでも彼を捕らえて洗脳すれば、などと言う言葉も出てくる。
そんな声を聞きつつ、劉国家主席は溜息をつくしかなかった。
「我が国の魔術関係者の保護および援助について、新しく法案を検討しよう。予算については、今一度会計局を精査する必要があるだろうからなぁ」
──ギクッ
これまた政治家たちの一部が震えだす。
既得権益にぶら下がっている政治家の末路とは、このように衰退していくのだろう。
「そしてもう一つ。あのムー大陸に向かうためのゲートですけど。あれはおそらく、日本以外は開けられませんよ」
「最後の鍵まで解析したのだろう? その報告結果だけでは納得がいかない、詳しい説明を頼みたい」
「ええ。ですから簡単に説明します。最後の鍵を開けるのは、闘気韻度5000以上の闘気使い、そして神の加護を持つ者の神威を伴った魔力。これが必要です」
その説明の直後、政治家たちの手元に資料が届けられるのだが。
それに目を通した人々は落胆するしかなかった。
「我が国の、特に崑崙八仙での闘気韻度は高い者でも50あるかないか。神威を伴った魔力に至っては、誰も使えません」
「何故、そこまで低い?」
「ですから、さっきの話の通りですって。低い奴らしか登録されていない、もしくは正しい数値を公表していないのでしょうね。闘気が高い術者予備軍はきっと在野に多く存在していますよ。でも、神威については無理です。あれは、神の加護を持つものにしか使えません」
最後の神威については、政治家たちは胸を撫で下ろしている。
「それなら問題はない。我が国の宗教関係者は、常日頃から『自分達は神の加護を持っている、神の声が聞ける』と話しているからな」
「その通り。その彼らに任せれば良いかもしれませんな」
「まあ、それで解決するのなら、良いのでは。では、報告は以上ですので」
ジェラールは椅子に戻る。
そしてやはり、 劉国家主席が口を開いた。
「では、全国の宗教団体に連絡をするように。神威を伴った魔力を必要とするので、それらを使えるものは崑崙八仙での測定を行なってもらうと。あと、その検査で神威を感じ取れなかった場合、そのものの所属する宗教団体への寄付、活動援助費については今後は国家予算としては計上しないとな。以上だ! 崑崙八仙からの報告を待つ、それまでは異世界渡航については凍結」
劉国家主席の一言で会議場は静まり返る。
それらから献金を受けていた政治家たちは真っ青な顔になり、慌てて会議室から飛び出していった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──北海道・北広島西高等学校
俺ちゃん、疲労困憊。
なんで疲れているかって?
そりゃあ、魔術研究会入部試験の合格者が0人なので、合格基準を下げろという新入生の相手をしていたからだよ。
受かる気満々で試験を受けたのに、合格基準に満たないから落ちただけ。
それを不当だと言って、既得権益の独占だとか訳がわからん理論武装するのが好きなのか? 今年の新入生は。
挙句に、基準を下げて五人入部させたとしても、君はそこには入らないよって優しく説明したら、今度は試験基準の見直し要求とか何様なんだろうなぁ。
まるで、去年のどこかの勇者さんみたいだよ。
「……オトヤン、そのナレーションのような不満タラタラ独り言は、いつ終わる?」
「ん? 終わったよ。それで、今日の活動は何をしましょうかねぇ……」
「うーん。私としては、闘気鍛錬を一段階ほど上げたいんだが。築地、何かいい方法はないか?」
「私は魔術。特に回復系を学びたい」
卒業した美馬先輩と高遠先輩も、暇なのか部活に遊びに来ています。
去年も瀬川先輩が遊びに来ていたから、その延長上なんだろうなぁ。
卒業しても気軽に遊びに来れる学校ってどうよと思ったけど、魔術研究会は別枠で扱われているらしい。
そりゃあ、今や世界中の注目の的だからなぁ。
魔族だけじゃなく使徒対策もできて、世界中の使徒を相手に戦ってきたんだからなぁ。
俺の、明るい高校生活を返せ。
「高遠先輩。その、回復魔法は神聖魔術に分類されていましてですね。神々との盟約によって得られる加護が必要なのです」
「新山さんの説明は理解。その上で、私は魔力による治癒、つまり身体能力活性による回復魔法を開発したい」
「それって、築地の闘気回復みたいなやつだろ?」
「そう。あの理論を闘気ではなく魔力で行った場合。果たして他人の怪我を癒すことができるかどうか?」
うわぁ。
まじめに魔術について研鑽していらっしゃる。
さすがは、北海学園大学魔術科を推薦で入っただけのことはある。
「違う!! 正しくは、北海学園大学工学部、魔術学科。生命工学科の延長上に位置する。まだ手探りなので、単独での学部の新設には踏み込めなかったらしく、学科の一つとして追加されたに過ぎない」
「なるほど……って、あの、高遠先輩? まさかとは思いますが、俺の心の呟きを読みました?」
まさかの魔法による読心術?
いや、それって俺でもまだ踏み込めていない領域なんだけど?
「読心術ではなく、可能性未来の先読み。未来予知に近いけど、二分程度のことしか分からない」
「はぁ……それって、現実世界が見えていながら、数分先が見えるってことですよね? 頭の中の解析能力がバグりません?」
並列思考や独立感覚といった、複数の情報処理スキルがないとかなり辛そうなんだけど。
「私は、私の中にもう一人の私がいるから」
「うわ、吹奏楽部のエースは不思議ちゃん先輩でしたか……」
フフンと鼻で嬉しそうに笑い、Vサインを送ってくる高遠先輩。
いや、それって凄いことなんだけど。
──ダンダンダン、ダーダダー、ダーダダー
お、スマホが鳴ってる。
この音は日本政府関係者。そっち関係の人たちからの着信に対しては、一律にあの黒いなんとか卿のテーマが流れるようになっている。
そして表示されている相手は、自由国民党の天羽内閣総理大臣。
はぁ、また面倒な相手から電話がかかってきたものだよ。
「オトヤン、またか?」
「いや、天羽さんだ……もしもし!!」
『もしもし、天羽太郎だが。今、大丈夫か?』
「時間はまあ、大丈夫ですが。また面倒ごとですか? 俺、暫くは学生生活を満喫したいのですけど」
『参考人招致で話をして欲しいとかじゃなく、単刀直入に聴かせて欲しい。倒壊したビルなどの構造物を魔法で修復することは可能か?』
ほう?
それはまた、面白そうな。
でもなぁ……可能かどうかっていうと、可能。
でも出来るかどうかっていうと、不明。
「ええっと、可能かどうかというなら、詳細不明なんですよ。そもそも、巨大構造物の修復魔法なんてもの、使えたとして使っていいのですか?」
『さあな。海外の連中がうるせえんだよ、都市部復興のために魔術師を派遣しろとか、世界遺産の修復が〜とか。それで、なんで不明なんだ? よければ理由を聞かせてもらっていいか?』
「やったことないから。それと、錬金術による修復なのか、魔術による時間遡行なのかってところで結果は変化しますよ?」
簡単にいうと、完全修復が必要なら素材を集めて錬金術の物質修復で直せばいい。
全く同じ素材を用意してね。
それができないのなら、物質が保有する記憶をもとに、時間を遡行して元の姿に戻せばいい。
この場合、戻した時間と同じ時間が経過すると壊れるけどさ。
魔法って、科学的な理屈じゃないんだよってことがよくわかるよ。
魔法学とか魔術理論っていう理屈はあるのにさ。
なお、時間遡行は俺は使えないからね。
時間と空間の魔術式については、俺は専門外なので。
『まあ、無理ってことで話を進めておく。先にそっちに質問しておかないと、こちらとしても答えにつまるからな』
「それと、個人的にそういう依頼が俺のところに来る可能性がある……ですよね?」
『そういうことだ。それじゃあ、済まなかったな』
──プッッ
「乙葉くん? 天羽総理、また無茶なこと話してきたの?」
「新山さんの予想通りだけど、他国の政府筋に突かれたんでしょう?」
「オトヤンの話の内容から察するに、復興支援に魔法使いを派遣しろとか、そういう感じか?」
「祐太郎の言う通り。全く、壊れたものぐらい自国の技術でどうにかしろって」
そんなことをブツブツと呟きつつも、俺はのんびりとカナン魔導商会の画面を開く。しばらく放置していた納品依頼のチェックと、その作業をポチポチと始めることにしたよ。
そうしたらさ。
『ピッ……新しい魔導書が入荷されています』
画面に表示されたメッセージ。
ほう、それはまた、面白そうな。
すぐさま該当ページを開いて確認したら。
【赤の書】
【青の書】
【黒の書】
って言う三冊の書物が並んでいる。
「はぁ……古代魔法語による魔導書……ねぇ」
はい、全て買い……って、流石に三冊まとめて購入するとなると金額が足りないし、買えても一冊だけ。
「ふむ。そんじゃ、黒の書を購入……と」
──ピッ
いとも簡単に購入できたんだけとさ、黒の書を買った途端、残り二つの魔導書の在庫がゼロになった。
え、他の人が購入した?
間一髪で買えたのかよ。
あっぶな。あと少し躊躇していたら、全て買い占められていたのか。
──シュンッ
とりあえず、空間収納に納品された黒の書を取り出して見る。
俺たちが普通に所持している魔導書と同じ大きさなんだが、それは契約前のあの大きさであって、さらに厚みがあることから無契約状態だとはっきりと理解できる。
「……また、オトヤンが変なものを」
「変なもの言うなや。しっかし、どうしたものか」
俺の魔力にすら反応しない魔導書。
これを解析するのが早いか、それとも先に学生生活をエンジョイするのが良いか……。
「まあ、今日のところは置いておくか。それよりもだ」
空間収納から、破損した魔導強化外骨格を取り出して並べる。
ほとんどは例の黒い鎖、あの新しい術式に飲み込まれてしまったけど、なんとかパーツとしては残っている。
それを鞄に詰め込んで空間収納に納めると。
『修理依頼。魔導強化外骨格の修復をお願いします』
そうメールてカナン魔導商会に送ったよ。
はあ、これがないとしばらくは防具が使えないんだよ。
もしも、こんな時に新しい敵が出てきたら、どうするんだよ?
はぁ。
早く返事が来ることを、切実に希望します。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




