第三百二十九話・三者鼎立? 鬼が出るか蛇が出るか?(暗躍するものは、どこまでも狡猾であれ)
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アメリカ・サンフランシスコ郊外。
対物理障壁結界の外を巡回中の機械化兵士は、その日、不思議なものを発見した。
結界から直線距離にして450m、市街地の外れに開いた巨大穴。
アメリカ海兵隊との合同部隊により内部を調査した一行は、そのトンネル状の巨大穴が地下で結界壁に繋がっているのを確認。
幸いなことに結界には穴は開いていないものの、壁の向こうにも同じような空洞が広がっているのを確認した。
「アリの巣? これはニューヨークに出現した眷属級?」
結界壁の内側。
そこに広がるのは、ヘキサグラム・ニューヨーク支部のあったガバナーズ・フォートレス付近に出現した、女王蟻型眷属級使徒の巣穴。
だが、そこには母体である女王蟻の姿も、卵もない。
ただ、孵化した後のような卵の甲殻と粘液があちこちに散乱しており、生きている使徒の姿はどこにもない。
「結界壁を越えることはできないはず。だが、ここはどう見ても繋がっていたとしか考えられない」
「周辺調査を開始しろ、海兵隊の連中には周辺警戒を任せておけばいい」
機械化兵士のリーダーが叫ぶ。
それと同時にヘキサグラムと海兵隊の隊員たちは作業を開始。
終日調査を続けていたものの、残念ながら生きている使徒らしき反応も何もなく、乙葉浩介によって殲滅されたニューヨークの巣穴のような情報しか入手することができなかった。
………
……
…
「ふぅん。それで、この母体がまだ結界内にいるっていうのですか?」
「それを調査しろっていうのは、そもそも部署が違わないか? ロバート・ワトキンソン司令官、これはあなたの独断では無いのか?」
サンフランシスコ・ゲート外にある、ヘキサグラムのベースキャンプに招集されたキャサリンとマックスは、目の前に置かれた司令書に目を通してから、目の前に座っているロバートと呼ばれた老人に話しかける。
キャサリンとマックスが所属する魔導セクションの責任者は、ガバナーズ・フォートレスのレックス・ブライアン。
立場的にもレックス司令とロバート司令は同じであるはずだが、二人はレックス司令からの命令書など受け取っていない。
そもそも、このベースキャンプには援軍として派遣されていただけであり、部署の異なるロバート司令官の命令に従う必要もない。
「魔導セクションとしては、対使徒のデータを蓄積したくは無いと? 我々、機械化兵士から出ていったから、私の命令に従う義理はないと?」
「イェース。別に調査を行う分には気にすることもありません。問題は、機械化兵士からは誰も同行者がいないということです」
「海兵隊も同行しない。つまり、俺たち二人だけで、内部調査をしろと?」
「そう書いてあるが、それは確認かな?」
トントンと書類を指で叩くロバート。
これ以上、何か書きたいのかという圧力を発しているのだが、二人には全く効果がない。
「レックス司令に確認する。それからでも問題はないよな?」
「別に構わんよ。こちらからは要請書は送ってある。届くのが早いか遅いか、それだけの違いだ」
「その言い分ですと、レックス司令がこの命令書を受諾するっていう自信があるようですね?」
「こと、対使徒戦についてはヘキサグラム全体が一丸となって動くようにと統括からの指示がある。これは現場判断として、二人には調査に向かってもらうだけだ」
そのロバートの言葉には返事を返さず、二人は部屋から出ていく。
そして一時間後、レックス司令から『四十八時間、ロバート・ワトキンソンの指示に従うこと』という指示が到着する。
その指示の最後には、魔導文字により『ロバートの周辺も調査するように』という綴りが隠されていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──オーストラリア・ウルル裾野
現在。
オールディニックの封印解除率は41.2%。
残り6割を切った時点から、使徒たちが集まって来なくなった。
新たに使徒を生み出すにも、この場にはアザゼルがいない。
そしてオールディニックもまだ、微睡の中で力を蓄えている。
やがて、一人、また一人とガーゴイル型の使徒が飛来し、手にした魔人核を結界に押し込もうとしたが。
──チュンッ
衛生軌道上から放たれた、浄化術式が圧縮した光の針。
それが使徒を頭から貫く。
その一撃で使徒は消滅し、手にした魔人核も地面に転がり落ち、そして霧散化した。
もしもオールディニックが目覚めていたなら。
意識が戻っていたならば、今すぐにでも使徒に撤退命令を出していたであろう。
それほどまでに、日本の瀬川雅が放った【対使徒殲滅術式】は強大にして強靭。
触るもの皆、消滅させていたのである。
その時。
──ビシッ
何もない空間。
そこに黒い亀裂が走り、まるでガラスが砕けたかのように、風景の一部が割れた。
その割れた向こうには暗い空間が広がっており、僅かに見える薄暗い回廊から、神父姿の男が一人、ゆっくりと歩き出てくる。
「しかし。使徒を喰らったのは5000年ぶりぐらいなのかな? あんなまずいもの、二度と食らいたくはないが……」
目の前のウルルをゆっくりと見上げると、神父はそこに向かって歩き始める。
「聖王国の水晶柱も、まともに使えなかったからな……まあ、あっちに置いてきた擬似体も限界だったから、覚悟を決めて新調して正解だった」
ウルルの岩肌に近寄り、そっと手を伸ばす。
──バジッ
すると、神父が触れた場所に稲妻が走り、彼の接近を拒んだ。
『何者か……』
少しだけ、ほんの僅かだけど意識が戻ったオールディニック。
まだ身体は巨大な岩によって封じられているものの、彼に触れようとした存在に、嫌悪感を抱いている。
「何者か、とはつれないな。かつては、君と封印大陸で語り合った仲ではないか?」
両手を広げるようなオーバージェスチャーで、神父が語りかける。
だが、オールディニックの反応は変わらず。
『我と語り合ったのは、ファザー・ダーク。たしかに、貴様にはその残滓を感じるが、貴様の中身は、ファザー・ダークではあるまい?』
その意思が届くや否や、神父は口角を大きく歪める。
目も黒々と輝き、薄ら笑いに似た笑みを浮かべている。
「いやぁ……さすがだよオールディニック。私も、このファザーダークの意識を侵食してから、ずっと再生の機会を伺っていたんだよ」
長かった。
ここに辿り着くまでに、もう何千年もの間も、試行錯誤を繰り返してきた。
封印大陸に封じられた破壊神の本体、それを解放するための手段を探し、可能性のあるものを作り出すために、幾度となく鏡刻界と裏地球を繋げてきた。
争いにより、新たな種が目覚める。
その時こそ、封印大陸の鍵を開けることができるのだろうと、眷属を増やし、そのための仲間を増やしてきた。
残念なことに、それでも力は足りない。
だから、ファザーダークは待ち続けてきた。
仮初ではあるものの、魔神級の力の片鱗を手に入れるために。
『……痴れ者が。私は間も無く復活する。だから、ここから立ち去れ……さもなくば、最初に貴様を喰らうぞ』
「喰らう……か。喰らうのは、こっちの専門なのでね」
──バジバジバジバジ
結界に手を当て、さらに押し込んで岩肌に触れる。
そして目に見えない大量の触手を封印結界の中に侵食させると、そこで膝を抱えて脈動するオールディニックの体に纏わり付き始める。
『ば、馬鹿な? この結界を越えるだと?』
「ええ。完全な結界であったなら、ここを越えることなどできなかったでしょう。そして、対魔術・物理障壁は私でも突破できませんでしたよ」
『では、何故いま、私に触れられる!! 離せ穢らわしい』
「何故って? それは簡単。使徒の中に、結界を中和できる存在がいますよね? その力を取り込んだだけですから……喰らって力とする、使徒の能力を真似ただけですから」
──ブスリ、ブスリ
鋭角な触手の先がオールディニックに突き刺さる。
そしてゆっくりと彼を溶かし、吸収を始める。
『まさか、貴様、悪食のシューヴを喰らったのか』
「御明察。それならば、この後はどうなるのかおわかりですよね?」
『や、やめろ!! 誰か、誰かおらぬか? タナトス!! リヴァイアサン!! ベヒモス!! アザゼル!!』
必死に抵抗し叫ぶオールディニック。
だが、誰も、何も反応しない。
「あなたの念話も封じました。さあ、あとはゆっくりと、私の中で一つになりなさい。いずれ、我が本体が目覚めるその時まで……」
『ぐっ……こ、こんな事が、こんなことがあってたまるか!!』
オールディニックは恐怖した。
自らの力が、一つ、また一つと消えていくことに。
外から現れた存在が、自分を喰らっている事実に。
そして、やがて意識が薄くなり始めると、オールディニックは意識を閉ざし、眠りについた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──日本・富士裾野・永宝山周辺
「どっせぇぇぇぇぇ!!」
「甘いわ!!」
──バジビジバジッ
黒い大剣を振り回すアザゼルと、その攻撃をフォトンセイバーで弾き飛ばす俺。
いや、あんなの喰らったら、身体が真っ二つになるから。
流石に力では向こうのほうが上らしく、俺も魔導体術で全体的なステータスを底上げして、それでもギリギリなんだよ。
「零式の強化値と指輪のブースト、それがなかったらとっくに死んでるわ、俺」
「とっくにではなく、今、この場で死ね!!」
「お断りだ!!」
──ガン、ギン、バジッ
幾合か打ち合い、また離れては高速で間合いを詰めて打ち合う。
離れたタイミングで魔法を次々と放つけど、アザゼルとやらも黒い魔力弾のようなものを作り出してカウンターで迎撃してくるし。
普通に力任せに突っ込んでくる百道烈士の方が、どれだけ戦いやすかったかと、小一時間ほと淡々と説明したくなってくる。
──プシュゥゥゥゥゥ
しばらく打ち合うと、フォトンセイバーの出力が低下し、刀身が消滅する。
「それで終わりか!!」
「そんなわけあるかぁぁぁぁ」
嬉々として間合いを詰めてくるから、俺は急降下して火口から噴き上がる魔力の中に飛び込み、そしてまた飛び出す。
──ブジゥゥゥゥゥゥゥ
この一瞬で俺の神威も、フォトンセイバーと零式のチャージも充填完了。足元に予備魔力があるっていう事を、お忘れか?
そしてさらに神威が高まったのを見て、アザゼルも少し下がる。
「そ、その力は、その火口から噴き出しているのだな!!」
「まあな。でも、使徒の体で受け止められるはずはないが? 自殺行為だぞ?」
「ふん、私は眷属級にしてオールディニックさまの側近。この程度の魔力に身体が焼かれるはずがあるまい!!」
素早く火口目掛けて降下するアザゼル。
でも、吹き出しているのは浄化術式の組み込まれた純魔力。
その結果、どうなるかというと。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ」
アザゼルの全身が一瞬で炭化する。
これは終わりだよな。
そのままアザゼルが消滅するのを、じっと見てみたら。
──ヒュン
一瞬、アザゼルが消える。
そして、俺の腕が痛いんだが。
──ボドッ
俺の右肩から血が噴き出している。
いや、俺の腕は……って、痛ぇぇぇぇ。
「痛てぇぇぇっ、なんど、何が起きたんだっっっ」
慌てて空間収納から強回復ポーションを飲み、ついでに傷口にぶっかける。
肩のあたりがシュウシュウと治癒煙とやらが噴き出し、腕の再生が始まったんだが。
──ヴン
目の前十メートルあたりに、銀色の鎧を身に包んだアザゼルの姿がある。
なんだ、何が起きた?
「あ、アザゼル……なぜ、あれで死なない?」
「ああ、それは簡単よ。『私の中の魔神が、力を貸してくれたからね』」
後半の声は二人分。
つまり、魔神の魔人核を吸収していて、それが力を貸したってことか?
「くっそ。魔神だと? それはどういうことだ!!」
頭に体を捻るようにして、再生中の右腕を見えなくする。
今にも死にそうな演技をしつつ、アザゼルの隙を伺わせてもらう。
「さぁ? たまたまだけど、魔神の魔人核が手に入ってね。それが、私が消滅するのを防いでくれたようなのよね……『この身体が滅んだら、私も消滅するから』」
また二人分の声。
ゴーグル越しにも二人分の何かを確認できるんだが、それが何者かまではわからない。
しかも、フォトンセイバーは落としてどこに行ったのやら。
これは俺、最大のピンチ?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




