第三百二十四話・行住坐臥? 殷鑑遠からず(力が溢れる、世界を感じる)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
早朝。
まだ目覚めていない体を無理やり起こし、熱いシャワーを浴びて意識を覚醒させる。
あと一時間ほどで待ち合わせなのだが、空腹には勝てずホテルのラウンジで軽く朝食。昨日の今日なので、
当然だけど他の宿泊客の視線を感じる。
「ほら、あの子が例の現代の魔術師だって。サイン貰っていいのかな」
「こらこら、仕事中かもしれないから辞めておけ」
「あのお兄さんに弟子入りしたら、魔法少女になれるの?」
「そうか、魔法技術があれば、今の開発スケジュールもかなり短縮できる……彼に下請けで仕事を回せば、うちは派遣代だけで損はない。魔法だからコストもほとんど無いだろうから、安く済むはず……」
なにやらブツブツと黒い企みをしている人は無視。
そしてそこのお嬢ちゃん、魔法使いなら別の人に弟子入りすると良いと思うが。
俺ちゃんの魔法は攻撃か防御が主体で、すごく破壊神の加護ですって感じだからさ。
まあ、こんなに注目されている理由は簡単で、昨晩の騒動で俺が宿泊していた部屋の上下左右は万が一のために封鎖され、別の部屋に移動になったらしいからさ。
ちなみに魔族絡みの物損事故や人身事故については、保険で賄うらしい。
なんでも、妖魔特措法が制定された時点で先手を打った大手保険会社が二社ほどあったらしく、そこそこに人気があるらしい。
現場検証でやってきた警察の鑑識と第六課の課長とかいう人が説明してくれたので、俺は被害者であることになったわ。
なお、迂闊に市街地で戦闘行為を行った場合。
これらに基づく公共設備の破損は実費になるらしく、俺にも保険に入るように勧めてきたよ。
魔術師認証されているので、逆に高くなるらしいけどな、解せぬわ。
「さて。それじゃあ行きますか」
昨晩の戦闘でよくも落ち着いていられるって周りからは思われるかもしれないけどさ。もうね、慣れた。
慣れたくないんだけど、対魔族戦やら使徒戦を繰り返しているうちに、この、なんというか戦闘に慣れてしまったようだよ。
感覚というか、思考というか。
………
……
…
そのまま歩いて国会議事堂まで。
ホテルからは徒歩で10分程度だから、わざわざ車を使うこともないし。
こんな良いホテルを用意してくれた第六課や、昨日の報道関係を撒く手伝いをしてくれた小澤さんに感謝だわ。
しかし、どうも小澤さんとの距離が近くなった気がする。
正確には、距離を詰められている感覚?
何か企んでいるかもしれないから、慎重に対応しよう。
「おはようございます。昨晩の件については報告を受けています」
「あ、はい、不可抗力ですよね? 正当防衛ですよね?」
俺を迎えに地上まできてくれた巫女さんが、挨拶がてら昨日のことを話している。
相変わらずの鉄面皮だけどさ、心なしかホッと安心しているようにも感じるんだわ。
「ええ、ご安心を。すでに御神楽さまにもご連絡を入れてありますし、瀬川様は昨晩の禊ののち、今日は地下本殿で体を休めていると思われますので」
「それは良かった。あれだけの派手な戦闘で先輩から連絡も何もないからさ、何かあったのかって心配していたんだよ」
「御神楽さまの結界内には、許された魔力波長以外は届くことがありません。逆に、御神楽さまは、外界のすべての事象を知ることができます故に」
ふむふむ。
やはり御神楽さまは凄い魔族でしたか。
そりゃあ、元だけど初代魔人王ですからねぇ。
つまりは、魔皇の候補であり、王印になったかもしれないってことだよね。
「そろそろ妄想モードは終わりますか?」
「あ、サーセン。少し考え方をしていました」
「かしこまりました。では、参りましょうか」
巫女さんの後ろについていき、昨日と同じく地下を通って皇居下の聖域へ向かう。
昨日と同じ回廊。
ゆっくりと歩みを進め、昨日と同じ舞台のある大広間へ。
そして昨日と同じ場所に、御神楽さまは座っていた。
軽く一礼し、指さされた座布団に座る。
「昨晩の御役目、お疲れ様でした。まだ疲れが残っていらっしゃいましたら、儀式を明日に伸ばすことも可能ですが?」
「いえ、このままお願いします。今は1日でも早く、使徒やオールディニックから世界を救いたいので」
これは自分なりの決心。
今もなお、世界中で大勢の人たちが戦っている。
噂では使徒との戦闘により滅んだ都市もあるとかで、今は一刻も早く世界が平和になるように尽力しなくてはならない。
「では。一つだけ、御約束をお願いします」
「約束、ですか?」
「はい……限界を超えないこと。それは、貴方自身の命の炎が燃えると思ってかまいません」
「……はい」
力強く返答すると、御神楽さまは何故か、少しだけ悲しそうな顔をする。
え、俺、答えを間違えた?
「それでは、これより儀式を始めます」
御神楽さまが立ち上がり、舞台に向かう。
昨日とは違う、赤色をモチーフにした装束を上から羽織り、ゆっくりと舞を始める。
──シャンッ
ゆっくりと舞うは、招魂・鎮魂・魂振の三つの舞。
本来の人前で舞う舞とは異なる、明らかな儀式の舞。
そして、昨日の先輩の時とは、少し違う祝詞が流れ始める。
──シャンッ
神楽鈴が振られるたびに、舞台が赤く輝き、赤い光が御神楽さまの周りに溢れ出す。
それは、神威。
人の心の力。
神代の威光。
それらを身に受け、さらに舞を舞い続ける。
「……神代に、奉りしは、祈りの刃……赤き憤怒、紅の霊。白銀の衣を纏いし、古の賢者……かのものに、力を授け給え……」
御神楽さまの言葉と同時に、舞台の中央に燃え盛る炎が現れる。
やがてそれは劔となり、そして炎に戻り爆散すると、その全てが俺に向かって飛んでくる!!
「うわぁぁぁ」
「神代の劔です、受け止めなさい!!」
物凄い剣幕で叫ぶ御神楽さま。
それならばと、俺は立ち上がって両手を広げた。
「来い!! 全てを受け止める!!」
──ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ
一つ、また一つと炎が体の中に入っていく。
一つの焔が、一つの力のある韻を含み、俺の中に術式を刻み込む。
そして108の韻全てが刻み込まれると、御神楽さまが舞台から降りてくる。
「ハルナ、乙葉浩介さんを禊の間へ。これで儀式は終わりです。禊のあとは、そのまま富士山麓麓の龍脈洞へ向かってください」
「はい。ありがとうございます。それと、今の儀式で、俺の中に何か新しい術式が組み込まれたのですが、これは?」
「私にはわかりません。でも、それはあなたに加護を授けている神々からの贈り物。悪いものではありませんので」
力無くニコリと笑みを浮かべる御神楽さま。
俺のために、こんなに力を使ってくれて、ありがとうございます。
「はい。俺は全てを受け入れました。では、行ってきます」
巫女のハルナさんに連れられて、俺は別室へ。
白い装束に着替えてから岩で作られた社の中に入り、そこの井戸から水を汲み、全身に浴びる。
これで禊も終わり。
今一度着替えて控えの間に向かうと、のんびりとお茶を啜っている瀬川先輩とようやく合流できた。
「お待たせしました」
「早かったですね。このあとは、ヘリで富士山裾野まで向かうそうですけど、大丈夫だと思いますか?」
ここでいう大丈夫は、途中で使徒に襲われないか。
そして予測だけで答えるなら。
「無理ですね。明らかに、俺と先輩の魔力が尋常でないほどに高まっていますから。ここにいてなんともないのは、恐らくはこの場所に張り巡らされている結界のおかげだと思います」
「ええ、たしかに。そうなりますと、ここからは自力で向かうことになりますが、大丈夫ですわよね?」
勿論。
魔法の箒で移動した方が、周りを巻き込まないから安全だと思う。
そうしないと、巻き込んだ場合の命の補償なんてできないからなぁ。
絶対に俺が守ってやる、なんてそうそう言えないわ。
まあ、新山さんは俺が守りたいんだけど、今頃は頑張っているかなぁ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──タヒチ
ムー大陸へと向かうために、水晶柱に記された術式のロックを解除している白桃姫と築地祐太郎、新山小春の三名は、ハワイ諸島を皮切りにボナべ、フィジー、サモアの四つの島の封印を解除。
余剰魔力をぶち込んで安定の術式を組み込むと、いよいよ名乗り二つの解除となり、タヒチにある水晶柱へと転移してきたのだが。
「うわぁ、これはまた、何が起きているんだ?」
タヒチ北方の都市、マイナ。
ここの北方にある水晶柱から出てきた三人が最初に見たのは、街全体を覆い尽くすかのような黒い霧。
そしてあちこちで聞こえる爆音と、いろいろな国の言語による悲鳴。
明らかに、黒い霧の向こうで何かが戦っている。
「悲鳴が聞こえる……怪我人がいます!!」
──タッ!
怪我人がいるのなら、助けないと。
そう判断して走り出そうとした小春の手を、白桃姫が掴んで引き止める。
「状況判断。しっかりとあの黒い霧を見るが良いわ」
「え、それはどういう意味ですか?」
白桃姫に促され、小春と祐太郎も霧を見る。
それぞれが両目に魔力と闘気を纏い、霧を見つめた時。
──ビジッ
瞳に衝撃が走り、目から出血する。
「痛いっ……強治療」
──シュゥゥゥゥ
すぐさま魔力を込めて瞳を回復する。
二人が見たのは、『霧のような姿の化け物』であり、その中に取り込まれた人間達の反応が見え隠れしていた。
まだ生きている。
生き残った人が大勢いる。
でも、あの霧自体が魔物であると、二人の瞳がそう告げている。
「まさか、あれが使徒?」
「いやいや、使徒なんて半端なものではないわ……まさか眷属級とは、会いたくなかったぞ」
白桃姫は額から流れる汗を右手で拭い、手を振って飛ばす。
真正面に広がる、黒い霧。
それがゆっくりと私たちの方に伸びてくると、そこから絞り出すように水滴が溢れてくる。
直径にして2メートルもない水滴、それが突然弾けると、黒いワンピースを着た少女が姿を現した。
「下がれ二人とも!! すぐに水晶柱を起動するから、そこから札幌に逃げよ!!」
「なんだ、奴は何者なんだ? いきなり逃げろと言われても」
警戒しつつ祐太郎が問いかけるのと、目の前の少女が霧状の大鎌を構えて飛んでくるのはほぼ同時。
「急いで走れ!! 我が手に宿れ、神代の楔っ!!」
白桃姫は右腕に魔力を込め、横水平に振り抜く。
それと同時に少女も鎌を振り抜き、見えない何かを真っ二つに切断した。
「妾の断空牙を切断するとはな。眷属級は伊達ではないということか?」
「眷属級? 違うよ……私が使徒なんだよ。そう、オールディニックさまの忠実なる使徒。死を司る使徒、タナトスとは私のことだよ……さぁ、その体から魔人核をぶちまけてもらおうかな?」
「タナトス……まさに死の使徒とはのう。さて、久しぶりに本気を出す必要があるのう……」
ゴキゴキッと拳を鳴らす白桃姫と、腰を落として鎌を構えるタナトス。
息を呑むのも辛いほどに空気が緊張する。
そして両雄が間合いを詰めると同時に、祐太郎と小春は水晶柱に向かって走り出すことなく、同時に印を組み始めた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




