第三百二十二話・艱難辛苦、世の中は三日見ぬ間の桜かな(神代の力、人の力)
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──シャンッ
神楽舞台の中央に立つ御神楽さま。
ゆっくりと舞うは、招魂・鎮魂・魂振の三つの舞。
本来の人前で舞う舞とは異なる、明らかな儀式の舞。
──シャンッ
神楽鈴が振られるたびに、舞台が青く輝き、青い光が御神楽さまの周りに溢れ出す。
それは、神威。
人の心の力。
神代の威光。
それらを身に受け、さらに舞を舞い続ける。
──シャンッ
まず、最初に異変が起きたのは、俺の横で座っている瀬川先輩。
神楽舞台の奥にある神棚、その手前にある三方の上には、俺と先輩の血が入っている皿がある。
その皿がゆっくりと輝き、やがて空に向かって光を放つ。
その光は文字となり、神楽舞台の上で御神楽さまと共に舞を踊り始めると、一つ、また一つと弾けて消えていく。
──ビクッ
そして文字が弾けるたびに、先輩が体をビクッと痙攣させる。
「これが、神代の力……」
一つ、また一つと痙攣を繰り返し、やがてへ先輩からも淡く青い光が放たれ始めている。
その間も、御神楽さまは舞を続ける。
そしてどれぐらいの時間が経過したであろう。
──シャンッ!!
最後に強く鳴り響く神楽鈴の音と同時に、舞が終わる。
「瀬川雅さん。あなたの身体に、結界を通り抜けるための加護を授けました。明日には乙葉浩介さん、貴方にも同じように儀式を行います」
「「ありがとうございます」」
俺も先輩も平伏し、御神楽さまの言葉にお礼を告げる。
やはり儀式には膨大な魔力が必要なのかもしれない。
目の前の御神楽さまはかなり焦燥しているように感じる。
「あの、お疲れならば、体を癒す薬をお持ちしますが」
「それには及びません。この体は、いかなる薬をも受け付けない体ゆえ。それに、神代の儀式故に、そのようなものに頼ることは禁じられていますので。お心遣い、感謝します」
謝るのはこちらの方です。
そう告げたかったのだが、俺たちの後ろに御付きの巫女がやってくると、俺たちを別室へと案内した。
「乙葉浩介さまは、こちらへどうぞ。瀬川雅さまは、御神楽様からお言葉がありますので、しばしここでお待ちください」
「はい」
「畏まりました」
ここで俺は、この地下空洞から外に出ることになるらしい。
「今宵はこれで終わりです。瀬川様は、このあとは聖域にて禊を行い、印を定着させる必要があります故。明日の朝、九時に国会議事堂前にやってきてください。それまでは自由時間となりますので」
「あ、は、はい。では、また明日にこの場所に来ますので、よろしくお願いします」
力一杯の挨拶。
「よし、このまま使徒の襲撃を受けている場所に向かって迎撃できる。明日までにどれぐらい、使徒を殲滅できるか」
「乙葉浩介さま。明日の儀式が終わるまでは、魔力の過剰な消耗は避けてください。できるなら、魔力を伴った行為の使用自体も避けていただけると、儀式に支障が出る確率が下がりますので」
え?
俺、今から使徒を退治しに向かおうと思ったんだけど。
やる気十分な俺を止めるとは、この巫女さん恐るべし。
っていうか、やっぱり儀式云々には、俺の保有魔力も関係しているんだろうとは薄々思っていたんだよ。
「はぁ。素直にホテルに戻ります」
「ええ、それが賢明でしょう。この後のことを考えますれば……」
「では、また明日にでも」
トボトボと国会議事堂を後にする俺ちゃん。
そして俺が出てくるタイミングを見計らって、あちこちから報道関係者がマイクやらカメラを手に走ってくるんだが。
──クルリ
踵を返して国会議事堂の敷地内に向かって走る。
いや、何を聞かれるのか知らんけど、面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えているからさ。
そのまま走って報道関係者を撒こうとしたら、途中で俺を呼ぶ声。
「乙葉浩介!! こっちに来い!!」
「うお、小澤さん?」
「悪いようにはしない! 早く」
「くっそ、南無三っ」
神に祈るように捨て台詞を吐くって、こういうことだよね。
そのまま小澤の呼ぶ方角、つまり国会議事堂に、逆戻り。
そして入口を顔パスで通過して、どうにか報道関係者から逃げ延びたよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
舞を終えた御神楽さまは、まず先に体を清めるために、この空間から出ていきました。
そして一刻ほどで戻ることを御付きの巫女に伝えられてので、それまでは彼女が持ってきてくれたお茶と茶菓子に舌鼓を打つことにしました。
「……はぁ。口の中が幸せになるって、こういうことを言うのですね。もう、言葉に表すことも躊躇ってしまいますわ」
「宮内庁御用達の和菓子職人の手作りです。当然、添加物なしの逸品です」
「やはり、古くからの技術を伝える職人さんでしたか」
「御神楽さまは、自然なるものしか口にすることができませんので。この地に降りてから、この場所に届く霊脈から力を得てあります故」
巫女の方が淡々と私に説明をしてくれます。
御神楽さまは、この場所で日々、この日本の平和と安寧を祈り、星に願いを込めているとかで。
残念なことに、今の世の中、心が弱きものに魔族が付け入り、悪きことを行っている場合が多いとかで、霊脈にも乱れがあるということだそうです。
特に、ここ最近はアトランティス大陸が頻繁に出入りしているため、かな。龍脈に乱れが生じているとかで、祈祷や舞によって、その流れを常に正常に戻す必要があるそうです。
「……この事は、公になってよろしいのですか?」
「関係省庁、及び内閣府には宮内庁を通じて報告はなされています。ですので、信頼ある方にのみ、この事は告げても構いません」
「畏まりました」
国の中枢には話は通ってある、でも、表に出てこないという事はそういう事なのでしょう。
やがて巫女さんが後ろに下がると、私の前の席に御神楽さまが戻ってきました。
「お待たせしました。この後は、瀬川さんにも禊を行なってもらいます。これは、身体に記された印を定着させるためのもので、汚れを払うものではないのでご安心ください」
「はい」
「しかし。常世の神の加護を持つとは、貴方もまた数奇な運命に導かれているのですね」
常世の神?
それがムーンライトを指す事であることはすぐに理解できました。
「はい。私たちは、なんらかの神の加護を受け、この世界では存在していない力を授かることができました」
「ええ。貴腐神ムーンライト、武神ブライガー、治癒神シャルディ。全て、この世界と鏡刻界、二つの世界の常世の神。破壊神ファザー・ダークもまた、この世界に生きる神なれど、かのものは世界の破滅を目論むもの……」
いくつもの神により、私たちの世界は守られています。
そう、御神楽さまに説明されましたが、ファザー・ダークは他の神々を道連れに、二つの世界とは異なる世界、封印大陸に封じられているそうです。
だから、今の神々はかつてと同じように私たちの世界に直接干渉してくる事はないそうです。
それゆえに、神の加護を得ている私たちのような存在は稀有であり、力ある聖職者たちにとっては、自分達の勢力に取り込もうと動くかも知れないそうです。
「あの、オールディニックとは、どのような存在なのですか?」
「ファザー・ダークの眷属であり、彼から加護を受けた古い魔神。悪魔と呼ばれる存在が、オールディニックです。彼が復活する事はすなわち、封印大陸に向かうべく道を開くことに繋がります」
「それはつまり、オールディニックが目覚めるという事はファザーダークが目覚めることに繋がると?」
「はい。その為にも、オールディニックは今一度、封印を行う必要があります。その為にも、この世界に広がり始めた使徒たちを浄化し、オールディニックを弱らせなくてはなりません」
一度でも綻びが起きた封印結界は、新たな結界を再構築しなくてはならない。
その為にも、深淵の書庫で地上の使徒を浄化する必要がある。
その後の封印については。
「封じの儀式に必要な道具は、ムー大陸に封じられています。それ自体が強力であると同時に脆く、使徒の手でも簡単に破壊されてしまうから。それを守る為に神獣カリュブディスが存在し、かのものにより封印宝具は守られています」
「再封印の可能性があるのなら、それを用いれば良い。それが成されないなら、カリュブディスが目覚めて、オールディニックを滅すると?」
「はい。正確には、カリュブディスはオールディニックと共に対消滅します。その時の余波により、この裏地球は崩壊するでしょう。そうなる前に、貴方たちの手によって、オールディニックを再封印しなくてはなりません」
淡々と告げる御神楽さま。
この状況がどれほど危険なのか、どれほど重要なのか。
それを改めて聞かされ、私たちは覚悟を決める必要があることを改めて理解しました。
「では、乙葉くんの封印術式と神威、それが全ての鍵になるのですね?」
そう問いかけた時。
御神楽さまは、頭を左右に振りました。
「此度の件、可能ならば乙葉浩介抜きで成し遂げてもらいたいのです……ですが、それが叶わぬならば、その時は仕方のないこと」
「それは何故ですか?」
まさかの言葉に、話は耳を疑います。
これまでも、転移門の件や魔人王即位の件、他にも魔族絡みの問題などは乙葉くんを中心に成し遂げてきました。
確かに今回の件についても、かなりの無茶を強いていることは理解しています。
それでも、今の私たちにとっては乙葉くんの常人を超える力が。
──ハッ!
「乙葉くんの負荷……ですか?」
「はい。それと、かのものに加護を与えたものは、常世の神ならざる存在。限りなく全能たる神の加護を受けている、普通の人間。それが、神の力を使う為に神化し、亜神となりました……」
乙葉くんの種族が亜神になっているのは、彼以外では恐らく、私だけが知っています。
でも、その副作用がどのようなものなのか、私には理解できていません。
「彼は、戦いを繰り返し成長します。破壊神の加護を持つが故に、かれは成長を止める事はできません。何故、大いなる破壊神が彼に加護を与えたのかは知りませんが、彼は、これ以上は神の懐に踏み込んではならないのです」
「……踏み込むと、どうなるのですか?」
「彼は、この世界の存在ではなくなります。そもそも、彼は本来の力を分たれ、残った魂を神への代償に捧げ、さらに残ったわずかな魂の残滓を再生した存在。すでに、魂という点においては、彼は人間ではないのです」
──ゴクッ
思わず息を呑みます。
人を超えた人間。
それが、今の乙葉くんだそうです。
私たちの世界にとってのイレギュラーとなりつつある彼。
それをこれ以上、進化させない為にも、今回の件については彼を中心から外す必要があるそうです。
「それなら!! どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか!! それが分かっていたのでしたら、私たちは彼を戦場に送り出す事はなかったのです」
「それを知ったのが、つい先ほどだからです。私の力、【予見】をもってしても。彼の命運を見る事はできませんでした。それゆえに、彼を龍脈洞に連れていく必要があったのです」
「そこに向かえば、乙葉くんは動けなくなるから?」
「はい。貴方の護衛、深淵の書庫を守らなくてはなりません。その為に彼には力を奮ってもらいます。それはまだ、進化に繋がることではないと知らされましたので……」
このような話を、乙葉くんのいる前でなどできるはずがありません。
それに、このことを新山さんや築地くんが知ったなら、逆に彼らは隠し事が苦手ゆえに、いつかは乙葉くんも気がつくでしょう。
これから私たちがなすべきこと。
それは、地球の命運を守るだけではなく、乙葉くんの未来をも守らなくてはならないようです。
「わかりました。ですが、一つだけ教えてください」
「ええ、構いませんよ」
「御神楽さまは、何故、そこまで乙葉くんのことを心配なさるのですか? 彼の力が絶大なこと、そしてこれまでの彼の経緯を知った上でも、そこまで御神楽さまが一個人を心配なさる理由が分からないのです」
いえ、私たちとしても、彼については心配です。
それを教えてもらったことについても感謝しています。
けれど、それだけではない、何かを感じたから。
そう思っていたら、御神楽さまはニッコリと微笑んで、こう告げてくれました。
「私も、彼と同じ道を歩んだ結果、亜神となりました。そして、この地に縛られることになったのです……同じ道を歩んで欲しくない、その気持ちだけですから」
笑顔の奥の悲しみ。
寂しさが、私の心にも響きました。
そして、気がつくと私は泣いています。
この涙は、何に対しての涙なのでしょうか……。
ただ、目の前の御神楽さまの悲しみ、寂しさにたいしての涙なのかと、そう思えてきました。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




