第三十一話・過ぎたるは猶、泡沫夢幻(教えて綾女ねーさん・後編)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日、日曜日を目安に頑張っています。
はてさて。
大通公園で、のんびりとストリートマジシャン甲乙兵を楽しんでいた俺。
その反対側のベンチでは、祐太郎が綾女ねーさんと話をしている。
俺のほうも最後の芸を見せるところであり、これが終わると今日のマジックショーはおしまいである。
‥‥‥
‥‥
‥
「さて、最後になりましたけれど、この私、現代最強の魔法使いに何かリクエストはありますか?」
「魔法使いなら、空をとんで!!」
おぉっと。
子供たちが目をキラキラと輝かせている。
そうか、空を飛ぶかぁ。
うん、飛行系の魔法はないから無理だよね?
短距離転移はあるけれど、空に向かって使っても飛んでいるとは言えないし、連続短距離転移なんてやってみたところで、魔力が尽きたら墜落するで。
「うーん。残念なことに、私は空を飛ぶ魔法はないのですだすどす」
「じゃあ、箒に乗って飛んで!!」
あ、それならおっけー。
手品だからありだよね。航空法にも問題はないよね?
『航空機』とは、確か人が乗って航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器のことだよね、魔法の箒は航空機じゃないよね?
でもドローン扱いされると困るんだよなぁ。
――シュンッ
一瞬で空間収納から魔法の箒を取り出すと、それを水平に持って魔力を注ぐ。
すると箒に浮力が生まれ、その場に浮かんでいる。
「おー、さっきの空中浮遊の手品かぁ」
「凄いなぁ、でも、あれってタネがあるんだよな?」
「ないわけないでしょうが!! 俺がずっと話している通りタネも仕掛けも大量にあるのが手品なの。それを人に知られないように、俺がどれだけ苦労したのか分かる?」
笑いながら叫ぶと、観客も思わず笑い始める。
なので浮いている箒に横座りして話を始めると、全員が目を丸くしてしまう。
「そ、それって手品だよな?」
「当たり前でしょ。この手品を身に着けるまで、苦節‥‥三か月以内?」
「「「「「 早っ!! 」」」」」
そう笑っていると、子供たちが乗りたい乗りたいってせがんでくる。
なら一人だけ、じゃんけんで勝った子を箒に跨らせると、楽しそうな笑顔を見せる。
「ねぇ!! 飛んで!!」
「オーケィ‥‥ブラボー!!」
俺も跨って魔力を込めると、箒はゆっくりと空に浮かぶ。
「あ、おかーさん、手品なので落ちませんからご安心を。ちゃんと見えないネットで安全性も確保してありますし、耐荷重量1トンにも耐えられますから!!」
一瞬驚いた顔をしているが、俺の言葉でほっと胸を撫でおろしている。
それならばと、ゆっくりとこの区画をぐるっと一周すると、ゆっくりと着地した。
まあ、ちゃんと曲がるときはウィンカーも付けたし、止まるときもブレーキランプを点灯させたよ。
そして着地して子供を降ろすと、魔法の箒を黒布で包んで、空間収納にしまい込み、黒布もサッと回収。
「という事でリクエストが空を飛ぶ、でしたので、ちゃんと飛んでみせました。これにてストリートマジシャン甲乙兵の、本日のステージは終了となります。またの機会をお楽しみにしてください」
貴族風の挨拶で頭を下げると、俺は祐太郎の座っているベンチに向かうことにした。
‥‥
‥
綾女さんの話は、俺にとって衝撃的だった。
でも、一つだけ腑に落ちない点がある。
「綾女さん。大侵攻って、500年周期なんだよな? 最初が71年、その次が976年、誤差はあるものの、ここは900年も間がある。この真ん中ぐらい、500年代には大侵攻はなかったのか?」
『ふむ。そこに食いついたかい。実は、その時代は大侵攻はあったのだけどさ、1日で転移門が閉じられてしまってねぇ。大侵攻は失敗したのだよ。それも、たった一人の魔術師『聖徳王』という存在のためにね‥‥』
「‥‥それって、聖徳太子のことか」
『さあね。でも、私の知る限りでは歴代最強の魔術師だったよ。体に魔力を循環して戦う『魔法体術』の始祖でもあったらしいし、なにより強大な結界術式が使えたらしいからね。大転移門の前に一人で立ち、出てくる魔族を拳でなぎ倒していく。魔族の使う術式は全て聞き取り、兼知未然という技術により己の力とする‥‥魔族に化け物と言われたのは、過去現代すべての時代でも聖徳王だけだろうね』
ははは。
まさか、第17条拳法が実在しただなんて、口が裂けても言えんわな。
それはまいったわ。
お、どうやらオトヤンのほうもマジックショーが終わったようだなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
成程ねぇ。
甲乙兵のマジックショーが終わって祐太郎と綾女さんのもとに向かい、のんびりと先ほどまでの話を聞いた。
俺たち人間世界と鏡刻界の確執、それが全て理解できたよ。
それにしても、次の大参加もう間もなく、チャンネルはそのままって感じなのは解せぬがね。
あと、大侵攻っていうのは魔族側の呼び方らしく、人間サイドは『大氾濫』って呼んでいたらしい。
攻めてくる側と守る側の呼び方の違いらしく、どっちも同じだってさ。
「それで、綾女ねーさん、次の大侵攻……大氾濫か。それっていつごろ? どのタイミング? 何か予兆があるの?」
『さあねぇ。月齢でいえば、次の皆既日食が鏡刻界の皆既日食と重なるからねぇ。二つの皆既日食が重なるときが、大転移門が開くとき。あと三年ちょいってところかしらね?』
「あ~、結構早いなぁ。俺たちが卒業してからか」
「それってさ、予定よりも早まるときとかあるの? 何らかの影響で」
『乙葉君の言う何らかの影響が何かは判らないけれど、少しずれていても膨大な魔力を注ぎ込めば、わずかな隙間は開くことが出来るねぇ。それでも一時間程度だけ、大転移門は一度開いたら24時間は開いたままだし、その気になれば大量の魔族によって固定することも不可能ではないよ』
あ、それはいかん。
残り三年がどれぐらい早まるのか、それが全く予想がつかない。
できるなら早まってほしくないけれど、何か未来が判る方法がないものか‥‥。
「おお、TSシステムで未来を予知‥‥無理、魔力足りないわ、可能なら未来予知的な魔法が使えたらいいんだけれどさ、綾女ねーさん、そういう妖魔に知り合いはいない?」
『難易度の高い質問だねぇ。一人だけ心当たりはあるけれど、たぶん無理だよ?』
「へぇ、まさかとは思うけれど、例の神楽様‥‥じゃないよな?」
『築地君、それは正解だよ。今は御神楽様って呼ばれているし、彼女は未来予知能力を持っているからね。まあ、単独での未来予知じゃあ不確定要素が大きすぎるけれど、彼女のいる場所には、日本最強の神器があるからさ』
――ゴクッ
その説明で、全身に震えが出てきた。
神器、それには俺も心当たりがある。
「そ、それって‥‥まさか聖杯じゃ」
「オトヤン、それは日本にはないぞ、綾女さんの話は三種の神器の一つ、八咫鏡だ」
『はい、築地君正解。そのオリジナルがあるところに彼女がいるのさ』
「‥‥皇居か」
『はい、乙葉君はずれ』
「オトヤン、皇居のは複製で、オリジナルは伊勢神宮だ」
『築地君、半分だけ正解ね』
「「 え? 」」
ちょっと待って、八咫鏡って二つあったのか。
「皇居にあるのは形代で、伊勢神宮にあるのはオリジナル、それ以外に存在しないはずだよね?」
『今はそう伝えられているのね。伊勢神宮にあるのは『内鏡』、その周りに枠縁のようにある『外鏡』っていうのがあってね、二つが合わさって本物の『八咫鏡』になるのさ‥‥』
「‥‥そんなの聞いたこともないぞ、なんで中級妖魔の綾女さんが、そんなにこっちの世界のことに詳しいんだ?」
『それは乙女の秘密だよ。でも覚えておいて。乙葉君と築地君、貴方たちは見てはいけない世界に踏み込んだのさ。一度見てしまったら、見て見ぬふりなんてできないよ。だから、この先、貴方たちは貴方たちの信じる道を進みなさい』
うわぁ、綾女ねーさんがまじめな話をしている。
まあ、元々真面目なんだろうけれどさ、なんていうか予想よりも理知的で、それでいてミステリアスなんだよね。
「そうします‥‥」
「了解。でも、何か困ったことがあったら、ここに話に来ていいですか?」
『それは構わないよ。まあ、この北海道にも陰陽府みたいな‥‥警察? そういうのがいるから私も気を付けないとね』
「それでしたら、もし困ったことがあったら、あそこに逃げてきてください。あそこは俺のマンションですから、最上階の一番左です!!」
俺のマンションは駅前だけど、大通りのこの位置からならギリギリ見えないこともない。
マンションを指さすと、綾女さんはにっこりと笑って頷いている。
よし、本当は怖いけれど、鑑定を使ってみるか‥‥これで何か判るかもしれないからな。
『ピッ……中級妖魔・飛頭蛮。本体は公爵位上級妖魔・羅刹。胴体部は封印されており、中級妖魔としての力しか有していない。HP1250、MP380、魔族共通能力/透明化・憑依、固有能力/精気吸収、支配の魔眼、妖炎』
うん、ごめんなさい。
見なければよかったよ。
そして反対側に座っている祐太郎も鑑定してしまったらしく、複雑な顔をしている。
『おやまあ、見たのかい』
「あ、すいません」
「どうしても気になってしまって‥‥綾女ねーさん、すみません」
『別に構わないよ。でも、見えたっていうことは、あんたたちは本当に伝説の魔術師なんだねぇ。昔の私の名前は羅刹、胴体がないので殺、物騒だから綾女ってわけ。それじゃあ、またね‥‥』
「「 はい、またねです!! 」」
手を振ってあげたいけれど、まだ俺が甲乙兵の姿のままでベンチに座っているので、少し離れた場所で俺たちをチラッチラッと見ている人たちもいる。
まあ、今までの話は聞こえていないだろうから、そのあたりは安心していいレベルだよね。
聞こえていたらどうしよう。
とにもかくにも、今日はこのまま駅前のマンションに帰る。
明日は午後から部活なので、俺と祐太郎はまっすぐ学校に向かうことにしよう。
祐太郎も、予備の制服を収納バッグにしまってあるらしいからね。
〇 〇 〇 〇 〇
近頃、ネット界隈が騒がしい。
札幌の大通公園を中心に出没している、謎のストリートマジシャン・甲乙兵。
何もないところから様々な道具を取り出したり、水で作った金魚を空中に泳がせたり。
またある時は、果物の形を変化させてみたり、炎の金魚をつくって空中を泳がせたり。
とにかく金魚を作って空を泳がせるのが好きなようだが、その原理がいまだに不明である。
プロのマジシャンや、マジックに必要な小道具を作るメーカーでも、その原理が全く分からないらしい。
なによりも、黒布から取り出されるさまざまな道具、いったいどこに隠し持っているのか、その道具に仕掛けられているギミックがなんなのか、興味の種は尽きることはなかった。
だが、それらを飛び越えて理解不能なマジックがあった。
空中に突然取り出した一本の箒、それを横にして空中に固定。
ここまでなら、ある程度は予想が付く。
単純な、目立ちやすいギミックなので屋外でそれをやるという勇気はどこにあるのか、そう考えたのもつかの間。
子供と自分が箒に跨り、高度3mをゆっくりと飛んでいる。
物理的には不可能。
もしも、マジック道具に使われている極細繊維を使ったとしても、何処で釣っているのか証明できない。
大通公園の中、それも噴水が近くにある。
インビジブルスレッドという手品用の、限りなく目に見えない糸を使ったとしても、そもそも荷重が耐えられるはずがない。
昔、漫画にあった『アラミド繊維』なら可能性がないわけではない。
けれど、それでも、何処から吊り下げたのかという理屈が解らない。
つまり、この甲乙兵というマジシャンは、現在のマジック界でも正体不明のマジックを使うことが出来るというのである。
はたして、甲乙兵とは何者なのか?
現代に現れた、本物のマジシャンなのかもしれない。
‥‥
‥
いつもの文学部の部室。
そこで、新山さんが見せてくれた、NET-TUBEにアップされた動画と、それを解説している可愛いデザインのバーチャルNET-TUBER。
「すっかり有名人ですよ、ストリートマジシャン甲乙兵は。これからどうするのですか?」
「‥‥いや、ちょっと待ってて、あのね、俺が大通公園でマジシャンやっているのはさ、魔法の練習なわけ。それと度胸をつけるためね。でもさ、目立つとまずいからちゃんとコスチュームも用意してさ、コスチューム付けるとなんていうか、心がうきうきウォッチングして、こう、俺は本物の魔法使いなんだーってなって‥‥」
そうだよ、気が大きくなっちゃったんだよ。
それに、手品だ、マジックだっていえば、本物の魔法を使っても怪しまれないと思っていたんだよ。
「まあ、気持ちはわからなくはないわ。でも、魔法の箒はやりすぎよね?」
「サーセン」
「という事で、オトヤンも反省しているからさ、そうだろ?」
「ま、まあ、ユータロの言う通り反省はしているけれど後悔はしていない。もっと強くなって、最も凄いマジシャンに俺はなる」
「「「 解ってない!! 」」」
えええ?
なんでぇ?
よくわからないけれど、少しは目立たないようにしなさいという通達をされてしまった。
仕方ない、今度から魔法の箒は封印だ。
しばらくは別のネタを探すことにしようそうしよう。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
未来警察ウラシマン / タツノコプロ