第三百六話・虎視眈眈、快刀乱麻を断つ(波状攻撃、つまりは追い込まれている?)
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──ハワイ諸島
明け方。
白桃姫、新山小春、築地祐太郎の三人は、目の前の巨大水晶柱を見て安堵している。
昨晩から始まった、水晶柱の『時空転移解除』。
その最中、柱を囲むように形成された魔法陣に集積されたマナを求めて、魔族、魔獣はおろか使徒まで出現していた。
最終的に討伐された魔族は10人、魔獣は40を越える。
そして使徒の数は全部で八体、小春が保管していた魔力玉のストックも完全に使い切ってしまった。
──ブゥゥゥゥウン
静かに振動する、赤い水晶柱。
本来の水晶間転移能力は失い、ムー大陸へと向かうための時空転移能力の一つが解除されている。
のこり六箇所のロックを外すことで、ムー大陸に向かうための転移門を作り出すことができるのだが、一つ目でここまで疲弊するなど、白桃姫ですら想像していなかった。
「……ふむ。全くもって予想外じゃな」
目の前の砂浜に大の字に寝転がっている祐太郎を見て、白桃姫が呟く。
ロック解除に必要な闘気を注ぎ続け、魔力酔いの症状を発生していたのである。
小春としてもそれを治療したいところだが、彼女の残魔力も心もとない状態である。
唯一、白桃姫のみがまだまだ身体は動くぞとアピールするかの如く、登りゆく太陽に向かってラジオ体操を始めていた。
「……今日は休ませてくれ。さすがに具合が悪すぎる」
「わ、私は昼まで休めたら……」
「それは構わんぞ。いくら妾とて、一週間で全てを終わらせようなどとは思っておらぬし。この完全稼働状態の水晶柱ならば、使徒といえども手出しすることは叶わなからな」
大きく深呼吸をしてラジオ体操は終了。
そしてふと気がつくと、白桃姫達の近くにはアメリカ陸軍の軍用車両や指揮車両が集まっている。
「なんじゃ、あれは?」
「おそらくは、一晩中、ここで戦っていたから軍隊が駆けつけてきたのではと思います。ここは観光地でもありますし、そんなところで魔族が戦闘していたら、通報もされるでしょうから」
小春の言葉に、成る程なぁと頷く白桃姫。
チラリと横に転がっている祐太郎を見るが、高鼾をかいて眠っている。
「さて、通報があったので駆けつけてみたのだが。やはり君たちか。詳しい話をしてもらえると助かるのだが」
先日、祐太郎と小春を密入国容疑で捉えた部隊長が、白桃姫に告げるが。白桃姫が知らん顔で小春を見るので、素直に小春が説明を始める。
「詳しいことはお話しできませんが、私たちは、この水晶柱を守るために戦闘をしていました。そちらに転がっているのは、使徒の死体です。回収しても構いませんし、こちらで処分しても構いません。これでよろしいですか?」
部隊長に話しつつ、NASの身分証を取り出して提示する。すると、部隊長は頷きつつ一言。
「了解です。では、周辺調査及び使徒の死体の回収を行いますので」
「はい、よろしくお願いします」
「では、妾も少し休むとしようかのう。いくらなんでも、魔力を使いすぎたわ」
「私も、もう限界……」
その場に座り込み、静かに眠り始める小春。
その傍では、白桃姫も羽根を広げて宙に浮き、そのままウトウトと眠り始める。
「やれやれ。三人、彼女たちから離れた場所で護衛を務めるよう。残りは調査を開始する」
部隊長が呆れつつも指示を出す。
そして眠っている三人に向けて、そっと親指を立てて見せた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──メキシコ・ニューメキシコ
鮫型使徒の止め及び回収協力を終えた、俺ちゃんだよ〜。
まあ、なんだかんだと転がっている使徒にとどめを刺しまくった挙句、四体ほど生きたまま捕獲してほしいって言われてさ。
ビチビチと鮮度よろしく跳ねている鮫型使徒をフルボッコで弱らせてから、封印して運び出すことにしたんだよ。
そんなこんなでニューメキシコのヘキサグラム研究所までやってきて、鮫型使徒を明け渡したところなんだけどさ。
「すぐにニューヨークに戻ってほしいと、国連本部の小澤から連絡が届いていますが」
メキシコ・ヘキサグラムの事務局からの連絡を受けて、すぐさま小澤さんに電話したよ。
俺、そろそろ日本に帰りたいんだけど。
新山さんや祐太郎の事も気になるからさ。
白桃姫はまあ、放っておいても負ける様子もないし、あの怠惰モードが発動すると誰も手出しできないからさ。
「という事ですので、日本に戻っていいですか?」
『連絡がついた最初の言葉がそれか。すぐにヘキサグラム・ニューヨークの機械化兵士研究施設に飛んでこれるか? 使徒からの襲撃を受けている最中らしく、結界の維持が限界に近いらしい』
「なんでそんなに使徒が出てくるんだよ……機械化兵士のミスリル兵器は有効なはずですよね?」
『数で押されているらしく、対応が厳しいらしい。来れるか?』
「そんなことを聞かされて、いえ日本に戻りますなんて言えるはずがないじゃないですか、十分で支度しますので」
なんでまた俺なんだよ。
最近、俺って上手く使われているよね?
くっそ、纏めて請求書を送ってやるから覚悟しろよ。
………
……
…
──日本・北海道札幌市
妖魔特区、南六条方面。
結界内部とは異なり、結界外は日常に戻っている。
中央区の官公庁は周辺及び新札幌地区に移設されているものの、まだ中央区は札幌市の中心部として機能していた。
その結界の外側を、黒尽くめの衣服に身を包んだ女性がコンコンと叩いている。
「……うん、濃厚で芳醇な魔力の塊。周囲の魔素を自動的に吸収しているだけでなく、星のエネルギーも僅かずつ回収しているのね。しかも……水晶柱があるの? そこから鏡刻界のエネルギーも放出しているの? 凄いわ」
掌をペタリと結界に触れる。
そこから感じる濃厚な魔力に、彼女は満足そうである。
触れるだけで、そこに組み込まれている巨大な術式が分かる。
これを作り出した魔族は結界構築にのみ特化した存在であり、これを維持するために複雑な術式を構築していたのである。
しかもそれは、一体の魔族が作り上げたものではない。
何十体もの魔族が、まるで巨大なタペストリーを織り上げるように複雑怪奇な術式を構築しているのである。
それが分かるからこそ、彼女はペロリと舌舐めずりをしている。
「自動修復型術式ね。破壊されても、一定時間で再生するほぼ無敵の結界。これは食べ甲斐がありそうね」
──ペタリ
両手を結界に触れさせると、女性は両手から結界を吸収し始める。
最初は掌の部分の結界が消滅し、そして両掌を中心に徐々に円を描くように吸収していく。
彼女の近くを歩いていたものは、最初は何が起こっているのか理解できなかったが、やがて妖魔特区を包む結界が消滅を始めていることに気がつく。
興味津々な人たちは、その光景をスマホに収めてアップしたり、知り合いに連絡している。
そして人一人分の結界が消滅した時。
──ドゴォォォォォッ!
結界を吸収していた女性が、突然背後から蹴り飛ばされる。
そのままバランスを失って結界内部に転がった時、その後を追うかのように二人の女性が結界内部に侵入した。
──シュゥゥゥゥ
そしても結界が修復を開始し、瞬く間に元の姿に戻るが。
蹴り飛ばされた女性は、ゆっくりと立ち上がって振り向くと。
「人の食事の邪魔をしないでくれるかしら?」
その場に立つ二人の女性を睨みつけ、ドスの効いた声で話しかける。
「あら、失礼。でもいきなり街の中で立ち食いだなんて、随分と行儀の悪い子ですね」
「全くじゃのう。ほんに乙葉くんの留守には、どうしてこんな輩がやってくるのやら」
かたや、買い物かごを持った主婦。
そしてもう一人は、着物姿の女性。
その二人が、蹴り飛ばした女性に向かって、半ば挑発的に話しかけていた。
「へぇ、魔力をおさえてあるけど、二人とも魔族じゃない。先にあんたたちを食べることにするけど良いよね? 異論は認めないけどさ」
「食べる……ねぇ。綾女、この子が例の使徒かしら?」
「そうじゃな。私がこの前、中島公園で相手をした輩と似た反応を感じよる……其方、名前はなんと申す?」
使徒と呼ばれて、女性もニマァと笑う。
「使徒ねぇ。私たちのことを知っているっていうことは、アザゼルが話していた乙葉浩介の恋人って、貴方たちね? 私はベヒモス、オールディニックさまの眷属よ」
蒼呟くと同時に、ベヒモスの姿が変異を始める。
ゆっくりと体が膨れ上がり、両腕を地面に突き立てる。
体が鎧のような皮膚に覆われ始め、顔がまるで犀のように変容していった。
やがてその場には、体高三メートルの巨大な黒犀が姿を現したのである。
「あら、私は恋人じゃなく母親なので……綾女、貴方はいつから浩介の彼女になったの?」
「あたしは恋人じゃありませんよ。良き理解者であり、あたしの体を解放してくれた恩人ですから」
「余計なことを話していないで、とっとと死んでね!!」
──ドッ!!
零速度からの超加速。
一瞬にして加速し突進してくるベヒモスだが、その身体を綾女が巨大化した両腕でがっしりと受け止める。
「……へぇ、私の突進を抑えるなんて。貴方、普通の魔族じゃないわね」
「いかにも。私の名前は綾女。まあ最近は魔神・羅刹と呼ばれておるからのう……加減はできぬ故、勘弁せよ?」
──ゾクッ
綾女の言葉を聞き、ベヒモスが寒気を覚える。
恐怖という感情は、本来は使徒は持ち合わせてはいない。
感情により行動が抑制されたり制限されることを、使徒は良しと考えない。
全ては頭脳からの命令に忠実に動き、与えられた命令を忠実に再現する。
そのためにも、恐怖という感情は必要はないのだが。
残念なことに、魔人核を吸収した使徒の中には、擬似的な感情が芽生えることもある。
こと、ベヒモスはここに至るまで、東京から北上を繰り返しつつ大量の魔人核を体内に保有している。
中でも大きなものはアザゼルに送り届けるように部下に命じているが、大食いなベヒモスとしてはかなりの魔人核をまだ体内に保有していた。
「き、き、貴様ぁぁぁ!」
瞬時に後方に飛び退くと、今度は綾女の背後にいる主婦めがけて弧を描くように走り出し、突撃するのだが。
──ドゴォォォォォッ
爆音と同時に、ベヒモスが上空に吹き飛ばされる。
さらに。
「火相剋!!」
ベヒモスの真下から炎が噴き出し、燃え盛る鎖となってベヒモスを縛り上げる。
「乙葉大姐、これでよろしいですか」
「全く。なんで私まで付き合わされるのよ」
乙葉洋子の後ろから、馬導師と藍明鈴が姿を表す。
そして上空に固定されているベヒモス目掛けて、藍明鈴が両手に構えた魔導銃サンダラーを連射する。
──ドドドドドドドドドドォドドドッ
魔力の篭った弾丸では、使徒であるベヒモスの体を傷つけることはできない。
だが、サンダラーが放った銃弾は、ベヒモスの体表の鎧状の皮膚に突き刺さり、砕いていった。
「な、なぜ、なぜなのよ!! どうして使徒である私の皮膚が破壊されるのよ!!」
「まあ、神威が篭らなくては、破壊できない、と浩介や綾女から聞いているからね……」
スッ、と髪をかきあげ、指の間に髪を掬い取る。
それにフッ、と息を吹きかけると、洋子は自分の髪を銃弾に変化させ、藍明鈴に手渡す。
「魔神・妖狐の神威の宿った銃弾よ。たかがオールディニックの眷属如きが、弾き飛ばせると思って?」
ニッコリと笑う洋子。
そしてサンダラーに銃弾を装填すると、藍明鈴が再びサンダラーを構えた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




