三百五話・肩摩轂撃?物には時節(これはアメリカの勝ち)
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──ハワイ州西部・マカラウェアビーチ
札幌市妖魔特区の水晶柱を基部とした『水晶間転移』を行い、白桃姫と築地祐太郎、新山小春の三人は、ハワイにやってきた。
目的は、太平洋上に存在すると言われている、対オールディニック決戦兵器の眠る『ムー大陸』。
ここまで使徒相手に後手後手の状態が続くのはよろしくないのと、乙葉浩介依存を治すため? に、祐太郎と小春の二人はここにやってきたのだが。
──ガチャガチャガチャッ
水晶柱から出た三人が最初に見たのは、どこかの国の特殊部隊らしき軍人の銃口でした。
「……ふぁ!!」
「おっと。こりゃまた」
「手厚い歓迎じゃのう」
状況が全くわからない三人だが、まさか調査中の水晶柱が光り輝き中から三人が現れたのだから、軍人たちも何事かと警戒するのは仕方のないことだろう。
「……データ照合が出来た。君たちは日本人で、魔闘家の築地祐太郎と聖女の新山小春、そして十二魔将のピク・ラティエで間違いはないか?」
軍人たちの間から姿を表した男が、三人に問いかける。
そして手を軽く上げると同時に、銃口を向けた軍人たちが銃を下げる。
どうやら敵対意思がないのを確認したのだろうと、小春たちもほっと一安心。
「ほれ、築地の出番じゃぞ」
「あ、ああ。俺は築地祐太郎、彼女たちは新山小春とピク・ラティエ。日本からある目的のためにやってきたんだが、ここはハワイで間違いはないのだよな?」
「その通りだが。しかし困った」
隊長らしき軍人は、こめかみに人差し指を当ててゆるゆると動かしてから、一言。
「空港を経由せず、且つ、税関も通っていない。と言うことなので、申し訳ないがついて来てもらうが良いかな?」
「「ですよね〜」」
軍人たちの言葉、服装、そして肩口の階級章などから、相手がアメリカ軍人であることを理解した二人。
一方の白桃姫はと言うと、周りを見渡し、右手で印を組み上げていく。
「白桃姫、すまないが俺たちは用事ができたので少し出かけてくる」
「すぐに戻れ……られると良いのですけど」
「密入国扱いか。まあ、妾たちの国にはない制度じゃが、本で読んで学んだので行ってこい」
あっさりと見送られる二人。
そのまま軍用車両に乗せられて移動することになるなど、誰も予想はしていなかったであろう。
──ハワイ州首都・国土安全保障省・対妖魔機関部
途中でヘリに乗り、やってきたところは首都。
そのままヘリから降りてまずは身体検査、そしてすぐに対妖魔機関部に案内されると、責任者との謁見が待っていた。
「はじめまして。確か、わたしたちの言葉は自動的に翻訳されるのだったよな?」
「はい」
「私は国土安全保障省の長官を務めるロジャー・エルヴィンだ。まずは現代の魔闘家と聖女に出会えたことに感謝を。そして密入国の件だが、二人は使徒関係の調査でここにきたのかな?」
いきなり確信をつくロジャーに、祐太郎は頷く。
隠したところでバレるのなら、最初からぶちまけた方が正解だろうと感じたから。
そして小春は、この話の進み具合でなんとなく理解した。
「アメリカにいる乙葉くんから聞いたのですか?」
「直接ではないが。数日前に彼が国連本部で使徒に関する対策委員会に出席してもらったのは知っているよな? その場での話ではなく、会議後に小澤たちとの話し合いもあってね」
淡々と説明するロジャー。
正式な話し合いではないが、今後は、乙葉たち『現代の魔術師チーム』は転移とか魔法の箒などでさまざまな国に赴くことがあるだろうと。
その際、アメリカに来た場合は密入国などと言う無粋な処理を行わず、笑って迎え入れてほしいと進言されたのである。
表向きにそんな話をしていたならば越権行為と罵られるかもしれないが、使徒がのうのうと動いていれば魔族である小澤たちの身も危険になる。
幸いなことに乙葉浩介も同意してくれたので、後日、彼らが日本政府の認める『国家認定魔術師』登録が終わった時点で、超法規的措置により緊急時の国家間移動については一般の入国審査やパスポートを必要としないことになったと説明をうけた。
「……国家認定魔術師か。親父の勧めていた話のやつだな」
「中心として動いているのは、築地晋太郎議員だと言う話も聞いた。ここで問題が一つあってだな……まだ、君たちは国家認定魔術師の登録は終わっていない。このままだと密入国犯として逮捕・拘束しなくてはならないが」
──スッ
二人の前に書類が置かれる。
「使徒関係の時間が終わり次第、魔術の講習を行うと誓約してくれるなら、特別に仮の身分証を発行しようじゃないか」
「選択肢は無いですよね?」
「はぁ。乙葉くんに頼らないようにって決めたのに、もう助けられた感が満載です」
がっくりとする小春。
それでも、この話に乗らないと調査も何もできない。
「わかりました。それではこの件、お引き受けさせていただきます」
「私も受けさせてもらいます。こちらにサインをすればよろしのですね?」
「イエス。しっかりと内容を確認して、それから納得がいくのならサインをするように」
そのまま書類の内容を確認する。
幸いなことに、魔術講習といっても一週間程度、場所はアメリカ本国ではなく日本の横須賀米軍基地。
二人にとって都合が良く、それでいて余計な取材などが入らないようにアメリカ軍基地内という場所での講習となった。
速やかにサインをすると、ロジャーは二人に身分証を差し出す。
「アメリカでなら通用する、二人の身分証だ。大統領のサインも入っている本物だから、無くさないように頼む」
「お預かりします。これは日本に帰るときに返還すればよろしいのですか?」
「日本に戻っても使えるから、そのまま持っていてくれると助かる。米軍基地やキャンプなら入るためにも必要だからね」
小春は頷いて身分証をルーンブレスレットに収納する。
そして祐太郎も仕舞おうとしてもう一度身分証を確認してから、すぐさまそれを収納した。
(…… IDNYCのような市民カードのようなものかと思ったら、とんでもないものを寄越してくれたよな)
IDNYCは、ニューヨーク州が発行している、市民証。
アメリカには、日本のマイナンバーカードのような国民あるいは居住者に発行される共通のIDカードは存在しない。
大体の場所において身分の証明が必要な場合は、運転免許証やパスポートが用いられる。
まあ、住民票などでも代用可能な場合もあるが、常にそのような書類を持ち歩く人はあまりいない。
そこでニューヨーク州が発行したのが、IDNYC。
これを持っていれば、その人物はニューヨーク市民であると認められる。
そのような身分証だろうと予想していた祐太郎は、カードの発行元が『NSA』、すなわちアメリカ国家安全保障局であることがわかり、見なかったことにした。
「では、元の場所に戻してあげよう。二人を来た場所まで送ってあげなさい」
「ありがとうございます」
「ご迷惑をお掛けしました」
丁寧に頭を下げる祐太郎と小春。
そのまま来た時と同じようにヘリに揺られながら、ようやく本来の目的を達成するためにマカラウェア・ビーチに戻ってきた。
………
……
…
──メキシコ
「……と言うことで、二人にもNSAの発行した身分証を渡したらしいわよ」
シャークスパウトが消失した現場。
そこに作られた簡易ベースキャンプで、俺はメキシコ軍の人から報告を聞いている。
正確には、メキシコ軍に出向しているヘキサグラムの調査員なのだが、いきなり新山さんと祐太郎がハワイに密入国して捕まったって聞かされたら、何が起こったか確認したくなるよね。
すぐに瀬川先輩に念話で確認して、あとはヘキサグラム経由で二人が釈放される手段などを聞いたよ。
結果として、俺の時のように協力体制を取る代わりにアメリカの身分証を発行してくれることになったけどさ。
「それで、なんで密入国から数時間で話がトントン拍子で進んだ挙句、アメリカのNSAが発行した身分証が、すぐにハワイに届くわけなんだ?」
いくらなんでも、距離ありすぎ。
俺でさえ、魔法の箒での全力飛行で何時間かかるかわかったものじゃ無い。
「それは、ヘキサグラムの秘密ということで。身分証程度の小さなものなら、アメリカの軍基地に瞬時に送り届けることができる魔族がいるっていうことですよ。まあ、全ての基地ではありませんけどね」
「へぇ。無機質を転送できる魔族でもいるのか? 白桃姫のような空間系魔術が使えるやつ」
「そこは秘密です。まあ、日本式に答えますと、『蛇の道は蛇』でしたか?」
なんで最後は疑問系?
まあ、三人が決めて新山さんと祐太郎が動いたことだから、俺が止めるわけにもいかないし。
「まあ、そんな感じ。でも過保護……かぁ。先輩の言う通りかもしれないよなぁ」
自己犠牲は周りの人たちを不幸にするだけ。
自分も含めて、皆が自戒しましたって先輩に言われると。
今回の件も、俺が手を回さないと……って、いきなりダメじゃん、俺。このぐらいの窮地を突破して貰わないと!!
「ああああああ!!!!」
「叫んでいるところ申し訳ありませんけど。次は1a-21エリアの鮫型使徒の解体をお願いします」
「了解。これはアメリカに持って帰るやつ?」
「はい。こちらも骨を折ったのだから、それなりのリターンを期待していますとうちの統括が申しておりましたので」
それで、この大量の鮫型使徒の解体ととどめを刺すことになるとは、俺も予想はしていなかったわ。
あの大きな反応も見当たらないし。
乙葉浩介、これより鮫型使徒に八つ当たりを敢行する!!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──マカラウェア・ビーチ
すでに夜。
水晶柱の周囲には、白桃姫が作り上げた三層の魔法陣が展開している。
「……日本を出たのが夕方で、こっちに着いたのが確か、午後一時ぐらい。そしてここからホノルルに向かって、往復三時間」
「向こうで三時間拘束されましたので、今は午後七時。まあ、そんな感じですか」
指折り数えて時間差を痛感する二人。
その二人の姿に気がついたのか、白桃姫が手を振ってから来い来いと手招きしている。
「遅かったの。まあ、積もる話もあるじゃろうが、まずはこれを見よ」
白桃姫が指差したのは、直径十メートルの魔法陣。
水晶柱を中心に作り出されたそれは、地面、そこから高さ50センチ、さらに高さ一メートルの三箇所に同時展開している。
「これは?」
「ムー大陸への直通ゲートを作り出すために構築した、積層型空間転送魔法陣じゃな。これと同じものを、あと六箇所の島で作らなくてはならん」
「なるほどなぁ」
「それで、これは稼働直後は膨大な魔力を放出するでな。言いたいことはわかるかや?」
つまり、使徒が来る可能性がある。
「でも、これは魔法陣であって、使徒が狙う魔人核は関係ありませんよね?」
「小春や。奴らは、こやつを狙ってくる」
魔法陣を素通りして、白桃姫が水晶柱に近寄りコンコンと叩く。
「本来の水晶柱の機能であるターミナル。それを可変させて時空転移装置に構築し直したのじゃから、こやつはそんじょそこらの魔人核以上に魔力を集めておる。ちなみに、こやつはもう元のターミナルとしての機能はない」
「なるほどなぁ……って、どうやって俺たちは帰るんだ?」
「ホノルルとやらにも水晶柱はある。まずは、こやつが安定するまでの時間、守り切らなくてはならんのじゃが……」
──ブゥン
周囲に異様な気配が集まりつつある。
それは使徒のものでは無い。
「なるほどなぁ。野良魔族にとっても、こいつはかなりの魅力があるってことか」
「周囲の魔素、この星のマナライン。そこから力を集めておるのじゃから、魔族がより高みを目指すためにも必要じゃろうなぁ」
「高みって、なんですか?」
「要は、己の階位を高めるためのエネルギーとでも……来るぞよ」
白桃姫の言葉の直後、三人の魔族が実体化したかと思うと、真っ直ぐに水晶柱へ向かって走りだした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




