第三百二話・心慌意乱? 下衆の後知恵(限界を越えると、どうなる?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
シャークスパウトは消滅した。
核であったはずの使徒の追撃に向かいたいんだが、もう俺の意識が限界に近い。
現在の俺の神威は幾らだった?
それを空になるぐらいの威力で放った一撃だからな。
そもそも、マギランチャーの消費魔力を、さらに指輪のブーストで125倍に増幅。
さらに、ランチャー基部の増幅回路を稼働させてさらに魔力が削られて、ワイルドカードの姿勢制御にも魔力が自動消費されるわけで。
おそらくは、過去最大級に魔力が削れているんだろうなぁ。
くっそ、ゴーグルには使徒反応があるのに、それを追いかけられない自分が腹ただしい。
「先輩。新しい使徒の波長データを送ります。深淵の書庫に登録してください」
『了解です。それにしても、かなり無理をしたのではないかしら? ブレスレットを通して見えるバイオリズムが、物凄く低下しているわよ』
『乙葉くん大丈夫!! 回復魔法が必要? すぐに飛んでいくよ!』
「いやいや、少し寝るだけだから大丈夫。幸いなことに、ここ、航路から逸れていると思うから……って、もう無理」
雲の上で、魔法の絨毯に乗って意識が消える。
うん、韻を含ませたいけどそんな余裕もなムギュ。
………
……
…
乙葉浩介がメキシコに向かってから。
アメリカ国防総省は、監視衛星を使用して彼の戦闘を逐次モニターしている。
メキシコへ上陸したシャークスパウトがいう、どのタイミングでアメリカ本土に上陸するのか、それを監視する意味合いもあったのだが、結果的にはとんでもない映像が映し出されている。
ヘキサグラムへ要請し、ミス・瀬川の深淵の書庫に対するプロテクト処理を行った結果、いくつかの監視衛星は深淵の書庫のコントロールを受けないように制御することができた。
それだけでなく、逆にミス瀬川を監視することも可能になり、形成は逆転したように感じられる。
その監視衛星が捉えた映像は、国防総省で乙葉浩介ら現代の魔術師たちを監視するチームに衝撃を与えている。
「な、なんだこの機動兵器は!! こんな報告を受けていないじゃないか」
「日本に問い合わせますか? 現代の魔術師が使用している機動兵器について。おそらくは返答はないものか……ちょっと待て、なんだ、この兵器は?」
映像では、乙葉浩介が搭乗したワイルドカードが、右手にマギランチャーを形成している。
しかもそれを地表に向けて構えると同時に、緑色の魔力が機体から噴き出している姿も見えた。
これが日本ならば、『赤じゃないからセーフ』とか、『魔族絶対殺す兵器だわ』とか、おかしなコメントがつけられていたであろう。
その後の映像は、さらに監視チーム全員が沈黙することになる。
マギランチャーの一撃で、シャークスパウトは消滅。
周囲には大量に降り注いだ海水とサメ型使徒の群れ、そしてゆっくりと姿が消えている黒衣の女性型使徒の姿が映し出され、ワイルドカードが放った攻撃の凄まじさを見せつけられるかのようであった。
「……こんな兵器を、乙葉浩介は操れるのか……現代の魔術師は、単騎で一個師団並みの戦闘力を有しているのか……」
メキシコ海軍が手も足も出なかったシャークスパウト、それをわずか一人、たった一騎の機動兵器が覆したのである。
「どうしますか?」
「パワード大統領に報告する必要がある。先に、オースティン長官に報告する」
緊張感、未だ消えず。
興奮した声で、監視チームの責任者は、すぐさまアメリカ国防総省の最高責任者であるサミュエル・オースティンへと報告に向かうことにした。
──メキシコ
シャークスパウトの監視を続けていたメキシコ陸軍も、まさかの事態に驚愕している。
アメリカから飛んできた乙葉浩介がシャークスパウトを止めるべく、攻撃を開始したのである。
メキシコ海軍が手も足も出なかったシャークスパウト、陸軍は監視を続けて進路方向を逐次報告、その先にあるであろう都市に避難警報を出すことしかできなかった。
だが、その消極的戦術を嘲笑うかのように乙葉浩介が現れ、巨大なシャークスパウトに向かって攻撃を開始したのである。
最初は攻撃があまり通用していなかったかのように見えていたが、乙葉浩介が上昇を開始すると同時に、周囲の兵士たちに緊急通信が届けられる。
それは、すぐさまその場から撤退しろという軍部からの連絡、そこから十分後には、突然シャークスパウトが消滅した。
周囲には使徒鮫が大量に打ち上げられ、ビジビジと跳ね躍っている姿があちこちに見えている。
それよりも、上空から降り注ぐ大量の海水、これから逃れるべく、陸軍は小高い丘まで移動を開始。
海水は濁流のように低い場所を目指して流れていき、やがて川に合流して海へと帰る。
この濁流にうまく乗って泳いでいく使徒鮫の姿もあったが、大半は陸地に残って蠢いている。
「……こんなの、どうすればいいんだよ」
現代兵器が通用しない敵性存在。
それが陸に上げられて身動きが取れず跳ねているなど、一体誰が想像したであろうか。
こののち、このエリア一帯は軍によって封鎖され、ヘキサグラム・メキシコが到着するまでは誰も立ち入ることができなくなったという。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──日本・札幌市
妖魔特区内、札幌テレビ城では。
乙葉からの念話を受けた三人が集まって、白桃姫と話をしている最中であった。
ちょうど瀬川との話の最中に途切れたため、何か緊急事態ではないかと深淵の書庫でバイタルを調べたのだが。
急激な神威の枯渇により発生した『魔力酔い」による気絶もしくは熟睡ではないかと推論ができたのだが。
魔障中毒の可能性も否定できないため、それを経験したことのある新山小春が大慌て状態である。
「一刻も早く、乙葉くんを助けに行きたいのです!!」
胸元で拳をぎゅっと握り、小春が白桃姫に懇願するが。
流石の白桃姫でも、空間転移はおいそれと使える術式ではない。
「いや、小春や。いくら妾が空間術式の天才と呼ばれていても、見知ったことのない場所に転移するなど不可能じゃよ」
「見た範囲内に転移するとか、そういうのも無理なの?」
「う〜ん。有視界内転移か……確か、ショートリープという能力で、それを使える魔族は知っていたが。そもそも、今ここにはおらんなぁ」
白桃姫のいう、ショートリープ能力者は、元十二魔将のマグナム。
彼は戦闘時も反射的に転移する『コンバットリープ』と有視界内に転移する『ショートリープ』が自在に使える。
それでも、乙葉浩介の反応値の方が高かったため、一方的に敗北を喫したのであるが。
「何か手はありませんか? 空の上で気絶するなんて危険以外の何者でもありませんよ。魔法の絨毯から落ちたりしたら、死んじゃうじゃないですか」
「ん〜。新山さん、流石にそれはないな」
動揺する小春と困惑する白桃姫。
その間に割るように祐太郎が入ると、まあまあと二人を宥め始める。
「オトヤンが話していたんだが、魔法の絨毯と魔法の箒は、乗り手がいる限りはそこから落下することはないらしい。だから、寝ぼけて落ちることはないからまずは安心しろ」
「そうね。まだ乙葉くんのいる座標は確定できないけれど、バイオリズム的には眠っているだけだから」
「そ、それはまあ……そうなのですけど」
それでも不安なのは仕方がない。
その気持ちを、白桃姫も十分に理解している。
「流石に、どこにいるかわからん乙葉の魔力を感知することはできないからのう。今回ばかりは無理じゃな」
「先輩の深淵の書庫でも見つからないし。本当にどうしたら良いの……」
「こういう時のための魔導具なんだけど。流石にそれらしいものはないからなぁ」
祐太郎がカナン魔導商会を展開し、魔導具のコーナーを確認する。
そこにへいつものようにさまざまな魔導具が存在しているのだが、この緊急時に使えそうな転移型魔導具は存在しない。
「はぁ。こういう時こそ、魔導具屋さんの出番なんですけれど。魔導商人のジェラールさんは、今はどこにいることやら」
「ジェラールとやらは知らぬが、ちょうど良い輩はおるぞ?」
──ヒュンッ
右手で軽く印を描き、白桃姫が空間系魔術を行使する。
目に見えない刃が弧を描いて飛んでいき、近くの茂みを貫通して。
──ガギィィィン
そこから出できた怪しげな人物に直撃……する前に、その人物が手にした剣によって弾き飛ばされてしまう。
「ラティエ大姐。いきなりカッターを飛ばすとは思わなかったが」
「ぬかせ。こんなところに何をしにきた、魔皇の狗が」
ロングコートにボルサリーノの帽子を被った男……馬導師が、手にした『銭剣』にまとわりついているヤイバの術式に手を当てて、消去した。
「……銭剣? それって大陸系導師が使う武器だよな?」
「祐太郎の言う通りじゃ。奴は馬天佑、魔族であり導師であり、そして元・魔皇であり虚無のゼロのライバルじゃった男じゃよ。魔導具についてもかなりの含蓄があるからのう」
「……それって強いよな。そんな凄い輩が、何をしにここにきた?」
白桃姫の説明を聞いて、全員が身構える。
だが、そんなことはお構いなしに、馬導師は近くのベンチに座り、銭剣を手の中に収めてしまう。
「仕事ですよ。ちょっとピク・ラティエ殿に頼み事がありまして」
「何の用事じゃ?」
「古きものの封印が解かれかかっていることは、ご存知ですよね? それを制御するための武具が必要なのですよ……ムー大陸、そこに収められている超兵器を欲している方がいらっしゃいまして」
古きもの、ムー大陸。
この二つの単語だけで、馬導師が使徒及びオールディニックの事件に関与している可能性があることを示唆している。
「超兵器とはなんじゃ?」
「さあ。私も詳しいことは存じません。そもそも、私もつい最近、使徒とやらに襲われた口ですから。そこから先、どのようなルートで情報を得てきたとかは守秘義務がありますので」
そう説明してから、馬導師は立ち上がって帽子を取り、白桃姫に頭を下げる。
「太平洋上の、ムー大陸を封じる柱があるのはご存知ですよね? その封印を解除してほしいのです」
その話を聞いた時、瀬川は左目に深淵の書庫を起動させると、つい最近、太平洋上の諸島で動いていた各国の特殊部隊を検索する。
──ピッピッピッ
その中で、特殊部隊とは別に動いている馬導師の姿を確認すると、そのまま特徴を照らし合わせ始める。
「うむ、断る。そもそも、それを手に入れたいと言うのは、どこの輩じゃ? あれを制御することができないのは、お主も知っているであろうが」
「ですから。私も詳しくは存じないのですよ。先ほども申した通り、仕事として来ただけですから」
その言葉に、瀬川は小さく手を挙げる。
「馬導師でしたか? ここにはどうやって来たのですか? そもそもここは結界によって外界と遮断されています。それに……」
そこまで告げた時点で、馬導師の雰囲気も変化する。
「私の知る限りでは。あなたは、つい昨日までハワイ諸島にいませんでしたか? つまり、空間転移術式が使えるのではないですか?」
その瀬川の言葉に、白桃姫も軽く手を振る。
「それはないのう。そもそも馬導師は巫術使いの導師じゃよ。時と空間を紡ぐ術式は使えぬ。そしてそれが使えると言うことなら」
──ダッ!!
祐太郎が縮地で馬導師の懐に飛び込み、拳を叩き込む。
だが、それをぐるりと躱すと、真後ろに黒い球体を生み出し、そこに近寄っていく。
そして馬導師の体から、コートも帽子もスルリと地面に落ちていくと、体が徐々に変化を始める。
そしてその場に現れたのは、馬導師の顔を持つ黒い人間であった。
「ちっ。どうして魅了の瞳が効かないのか知らんが……まあいい。この場は素直に退散するとしようか」
男の声ではなく、女性の声が馬導師から聞こえてくる。
それが、高い知性を持つ使徒であることに、白桃姫たちもようやく理解できたのである。
「ほう。まさか妾まで騙されているとは予想外じゃったが……まあ良い、そのまま空間に飲み込まれて、死ね!」
──パチン
軽く指を鳴らすと、偽馬導師を飲み込んだ空間がいきなり縮小していく。
「な、なんだこれは」
「じゃから、妾を誰と思っておる? 時と空間を操りし神の加護を受けし魔族じゃよ。まあ、面倒臭いから何もしたくはないが……妾を謀った罪は重いとしれ」
──パン
今度は両手を合わせる。
その刹那、空間が真っ直ぐに閉じ、そこから青い体液が噴き出してくる。
「うわぁっ!! し、死んだのか?」
「魔族から霧散化、それ以外なら死。そして使徒なら、確実に死んだと思うが……しかし、よくもまあ妾を謀っていたものじゃよ。悪質と言うかなんと言うか……ここまで使徒が進化しているとなると、今後の対応についても考え直さなくてはならないのう」
そう告げつつ、チラリと瀬川を見るが。
「深淵の書庫でも、さっきの馬導師が使徒であるという反応は出ませんでした。鑑定眼でも、馬導師という表示でしたので……なんらかの方法で、私たちの鑑定眼をすり抜けていたとしか考えられませんわ」
「そこまでカモフラージュできる存在か。まあ、ここに来たこと、さっきの話から察するに。奴は、ムー大陸の兵器を欲しているようじゃな」
「それはなんのために? オールディニックと戦うとか?」
「いや、逆ではないですか? その超兵器を破壊して、オールディニックを脅かすものを処分するためとか」
小春の言葉に瀬川が補足を入れる。
いずれにしても、ここまで敵らしきものが動き始めたとすると、覚悟を決めて動かなければならないとこの場の全員が身構えることになった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




