第三話・取らぬ狸の暖衣飽食(時間を支配する)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週火曜日と金曜日を目安に頑張っています。
ネットショップの画面を黙々と眺めていたら、気がつくともう深夜。
このチートスキルさえあれば学校に行かなくても生きていけるのではという発想もあったが、万が一このスキルが使えなくなったら学歴社会の現代では負け組確定にされかねない。
実際は学歴よりも能力を見てほしいところではあるのだが、そんなことを話しても理解してくれるおっさんはそんなに居ない。
なので、明日も学生の本分である勉学に勤しむため、まずはゆっくりと睡眠を取ろうそうしよう。
………
……
…
そして朝。
眠いまなこを無理やり開き学校に向かう。
授業を受けて放課後に部活に向かうと、昨日と同じく部長と俺と祐太郎の3人しか部室には居なかった。
「こんにちは。今日は皆さんはどのような本を読まれるのですか?」
おっとりとした表情で、部長が話しかけてきた。
「あ、俺は戦争の歴史についてを読もうかと思います。色々と感慨深いものがありますから」
「戦争ですか。確かに、過去に起こった出来事とはいえ、無視できないものですわね」
部長違います。
祐太郎の読むのは架空戦記シリーズです。
史実なんて関係ありませんから。
「乙葉さんは何を?」
「あ、俺はまあ、昨日に引き続きラノベを少々。あ、ちょっと気になったものでして、色々な作品を見て統計を取ってみようかと思います」
「素敵ですわ。ただ読むだけではなく、統計を取るなんて」
両手を合わせて喜ぶ部長。
なら、ここは問い返すのが礼儀でしょう。
「因みに部長は、本日は何を読まれるのですか?」
「森鴎外の娘さんをご存知ですか? 森茉莉という方なのですが、あの方も小説を嗜むのですよ。今日はその方の作品を読もうかな、と思いまして」
「へぇ、娘さんも小説家なのか」
「ええ。特にお勧めなのは『枯葉の寝床』という作品ですわ。私はこれが大好きでして。ちなみに今日は『恋人たちの森』というのを読もうかと思います。何度読んでも、心がときめきますわ」
タイトルから察するに純愛系か。
森鴎外の娘も小説家とは知らなかったが、まあ、俺にはラノベがある。
ということで、そのままラノベの検索をしてから、その日ものんびりと自宅へと帰った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……本日のお勧め商品? なんだこれ?」
カナン魔導商会のメニューに、昨日まではなかったメニューが追加されていた。
どうやら『本日のお勧め商品コーナー』というページに、おすすめの品が特別価格でアップされているらしい。
ならば見ないという選択肢はない。ポチッと押して今日のおすすめ商品を見ると、普通の眼鏡のようなものが置いてある。
『本日のおすすめ商品はタイムスクープ・レンズ(TSレンズ)です。これは『紙の時間』を進めてみるもので、あらかじめ記してあるものならば、そこから予測される未来を映し出すことができます』
なんだこれ?
『眼鏡の蔓に指を添えて魔力を注ぐだけ。それであなたの魔力に応じた時間を進めることができます。但し、紙に対しての確定した未来でなくては読み取る難易度が変化します』
ふむふむ。
紙の時間を進める……紙ねぇ。
それってつまり、印刷物とかの時間なのか?
値段を見ると150万って表示されているけど、これって高いのか?
なんだかわからないけれど、これを買って見てマジックアイテムがどういうものなのか確認してみよう。
ついでに怪我を治す『中回復ポーション』と『病気治癒ポーション』も購入。
1瓶が10万なので3本ずつ買っておく。
なんで中回復かというと、軽回復は売り切れだったのさ。
そのまま購入したポーションを空間収納に放り込んで、あとはTSグラスを確認する。
「まあ、何処にでもある眼鏡だよな。取説もあるか」
付属してあった取扱説明書の文字は異世界のものなのだろうけど、自動翻訳を持っている俺に隙はない。
「ははぁ。眼鏡を掛けた状態でも、装着者の意思により眼鏡本体の透明化も可能と。魔力を注ぐってのも理解したけど、先に魔力回路を開かないとダメ……で、次のページが魔力回路の開き方と」
初心者にもやさしい魔力回路の開き方まで解説してある。
早速それを読み込んで、いざ実践。
両手を広げ、指同士をくっつける。
ちょうどボールを両手で包み込むような感じで指先を合わせると、体内にあるはずの何かを感じとる。
──ドクン
お、血液ともちがう、脈拍とも違う何か。
これが魔力か?
なら、これを体内に循環させて、こうかな?
ゆっくりと魔力を体内に循環させる。
すると、今までとは違う、何かを感じ取ることができる。
「ははぁ。これで良いのか。思ったよりも簡単だな」
そう考えたものの、取説によると普通の人間は数時間で魔力回路の開放などできないらしい。
俺の体が異世界転移者ボディなので出来たんだろうと都合の良い方に考えてみて、いざ眼鏡の実験をと思った時点で意識が遠くなっていった。
あとから分かったんだけど、初めての魔力回路の開放には自分の全ての魔力が必要らしい。
それで、俺は一気に大量の魔力を消費したので、魔力切れ、貧血のようなものになったということでした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ぬおおおおおおおおお‼︎」
完全に遅刻一歩手前。
しかも今日の一時限目は数学の学力テストとあって、俺は朝からクライマックス状態。
どうにか遅刻は免れたものの、テスト勉強なんてしていない。
「はぁ。目の前の答案が白く綺麗に見えるよ」
問題も解るものはあるものの、半分以上はダメ。
これは完全に詰み状態である。
(くっそ、こんな時に便利な魔導商会の道具があればなぁ……って待てよ?)
ふと閃いた。
このテストの解答用紙、こいつの時間を進めたら解答わかるんじゃね?
こっそりと空間収納からTSレンズを取り出して装着、すぐに魔力を注いで眼鏡を透明化すると、答案用紙をじっと見る。
『ピッ、指定の紙の表示時間を進めます。何秒進めますか? 一秒につきMPを1消費します』
レンズ内側に表示される文字。
なら試験が終わる時間まで進めることにして眼鏡の蔓に指を添えて魔力を注ぐ。
──ジワァァァァァ
すると、レンズ越しにゆっくりと文字が浮かび上がる。
(キタキタァァ、カンニング楽勝‼︎)
眼鏡をずらすと答案用紙はそのまま。
なのでゆっくりと時間をかけて解答を写していく。
いくつかの解答は浮かび上がらなかったが、それはまあよしとしておこう。
そして時間となり答案が回収されて授業が終わる。
「しかし、眼鏡をつけっぱなしというのもなんか疲れそうな気がするなぁ」
『ピッ……一度装備したアイテムは、空間収納内から自動的に装備することが可能です。その場合は空間収納メニューにある『換装』のコマンド欄に、装着するアイテムをあらかじめ登録してください』
なんだなんだ?
ゲームのチュートリアルのように、説明が頭の中に言葉で流れていったぞ?
ならば、こっそりとウインドウを開いて空間収納の欄を開く。
登録できるのは全身装備を10パターン、アクセサリーなども全て登録できるので自由自在である。
すぐさまTSレンズを登録して、恐る恐る小声で一言。
「TSレンズの換装を解除……お? 消えた」
ウィンドウで確認すると、確かに装備欄にはTSレンズの表示もあるが、非装備状態になっている。つまり現在は装着されていない。
「なんだろ、色々と分かってくると楽しくなってくるなぁ。これが異世界チートの面白さなのか?」
そのまま気分も晴れやかに授業を終える。
そして部活では、いつものように異世界チート系の統計を研究、自分にも使えそうなものや強力なマジックアイテムを調べることにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
数日後。
テストが返ってくる。
結果は赤点ではないが、それほど良くもない。
「はぁ。あのレンズを使ったのに、なんで間違えているところもあるんだろう」
ガッカリと肩を落として考える。
答案用紙の時間を進めて解答が浮かび上がる。
それって正解だよなぁ……ん? 待てよ?
紙の時間を進めたのなら、そこに書いてある解答は俺が書いたやつか?
つまり、俺はこの前の試験では、自分で考えて書くはずだった解答を先読みして書き込んだということになるのか?
そういえば、あの文字は確かに俺のだよなぁ……。
「使えねぇぇぇ‼︎」
──ガタッ
まだ授業中にも拘わらず、大声で叫んでしまった。
「乙葉君、どうしましたか?」
「いえ、ちょっと考え事で、申し訳ありません」
思わず叫んだもので、数学教師も慌てて俺に話しかける。まあ、頭を下げて座ると、また授業が再開された。
………
……
…
放課後。
魔導具関係で落とし穴があるような気がするのだが、それが何なのかまだ理解できていない。
部活に行っても、TSレンズの使い方ばかりを気にしてしまい、ラノベ統計にも身が入らない。
「オトヤン、なんか今日は元気ないな。なんか困りごとでもあるのか?」
「いや、ちょっと考え事でね。そうだ、ユータロ、ヒントくれないか?」
1人でわからないなら、人に聞く。
自分の描いている小説のネタだって切り出せば、怪しまれることはないだろう。
「例えば、小説のネタを考えてんだけどさ。紙の時間を進める魔法があったとするだろ、いや、紙の時間を進めて、それを見ることのできるレンズがいいか。そんなものがあったら。何に使える?」
「宝くじ売り場で、ロト当て放題だなぁ」
はぁ?
「なんで当て放題?」
「ほら、宝くじ売り場に貼り付けてある当選番号は、抽選のあった翌日に貼り出されるだろ? あれって手書きだからさ、前の日とかにその数字をじっと見ていたら、その日の抽選の当選番号当たるんじゃね?」
──ポン
思わず手を叩いてしまう。
そうか、そういう手もあったか。
「成る程、先輩も何かありますか??」
「そうですねぇ。テストで点数取り放題とかはどうでしょうか。あまり自分のためにはならないのでお勧めはしませんけれど……」
「いや、それは無理なんですよ。答案用紙に映る未来は、自分の描いた解答なんですから」
「あら、そのさらに先は見えないのですか?? 私は戻ってきた解答用紙を自分で添削しますわよ。その時に正解も書き込みますので、そこまで先が見えるなら……これは設定的には無理ですか?」
「あー。そういうことですか、先輩ありがとうございます。でもそこまで強い設定だと、小説としては破綻するなぁ」
なんだ祐太郎と先輩、2人とも天才か‼︎
そうか、そこまで時間を進めたら解答は全て埋められるか。
「ならオトヤン、競馬とかのギャンブルはいけそうか? 競馬新聞を買ってきて、翌日まで表示を進めてみるとか」
「ナイスユータロ。と言いたいところだけれど、新聞紙に映る文字は未来を示せないんだよ。印刷物については、印字されているものは変更されないんだよ」
「あ〜、そういう設定なのか。なかなか難しいところだよなぁ。でも、異世界ファンタジーなら、いろいろとあるかもな」
ちなみに祐太郎のいう印刷物については、自分で試してみた。
スーパーのチラシの時間を進めてみたのだが、自分で何かを書き込んだりしない限りは何も変化はなかったんだ。
「紙に書いた手書きの文字の未来が見えるか。うーむ。オトヤンにしてはなかなか楽しそうな設定だね。それは投稿するのか?」
「いや、まだ煮詰まってないからね。まあ、色々とありがとうな」
「いや、礼には及ばんよ。俺はサンフレッシュのクレープで良いが」
「私はサンフレッシュのプリンアラモードがいいですわね」
「おっけー。印税入ったら奢ってやるよ」
よーしよし。
これが成功したら、印税入らなくても奢ってやる。入ってくる予定もないけどね。
学校の近所の甘味処・サンフレッシュだな。
そう心に決めて、その日は帰宅する。
明日がロト6の抽選日だから、このまま帰りに売り場で確認して、即行で買う事にしよう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて。
TSレンズを使用する場合、一秒間の未来ごとにMPを1ポイント消費する。
一時間なら60×60で3600ポイント、俺のMPは16000あるので、四時間ちょい先の未来までは見ることができる。
試しに部活の帰りに、近所の宝くじ売り場に立ち寄り数字を見てみる。
「今が夜19時40分か。抽選時間は18時45分だから、部活が終わって学校を出た少しあとなんだよなぁ。まあ、部活のない日に見にきたら問題はないし、抽選時間前で少し余裕を持って17時に数字を確認して買えば大丈夫だろう」
今の時点で本日の抽選は終わっているが、数字は発表されていない。
近所の宝くじ売り場は18時には閉店してしまうので、ここの売り場での当選発表は明日の朝9時ってところだろう。
その時間がわかれば良い、あとはその時間まで紙の時間を進めて見るだけなので、ええっと……。
17時に買うならば、普通は当選結果をネットで確認することもできる。だがTSレンズを使ってあたりの数字を買うのなら、当選番号が張り出される前の時間に当選数字を確認しないとならない。
そして目の前の売り場は18時で閉店、張り出しは翌日の朝の開店時間である午前9時。
つまり、目の前の当選番号が切り替わるまでの時間は十六時間後。それだけ先の時間の文字を読めれば問題ない。
「んんん? ひょっとして俺のMPじゃ足りないのか?」
必要MPを計算して、俺は愕然とする。
今は足りないが、理論的には問題はない。
なら、俺のMPを増やせば良い。
前向きに考える、決してそこで立ち止まらないのが俺のいいところだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は自宅へと帰ることにした。
ちなみに翌日の放課後、無慈悲な祐太郎と先輩にがっつりとクレープを奢らされたことは言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回の判りずらいネタ
枯葉の寝床、恋人たちの森/森茉莉著
・カナン魔導商会残チャージ数
90万クルーラ