第二百八十八話・進退両難? 渇して井を穿つかも(島は、生きている?)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
──カリカリカリカリ
シャーペンがテキストの上を走る音が聞こえる。
俺の目の前では、新山さんが冬休みの宿題を終えるべく、必死に作業を続けている。
なお、俺と祐太郎はとっくに終わらせたので、のんびりとカナン魔導商会の画面を見ているところですが。
「オトヤン、この『機動戦艦シリーズ』ってなんだ?」
「あ、それ、たまに出てくるんだけど。非売品で残骸だけなんだよね。廃品として売っているのか、ニコイチで組み立てるためのパーツ取り用なのか、よく分からないんだわ」
「ふぅん。まあ、値段が『要・交渉』っていう時点で、怪しさ大爆発だよな。こっちは……反魂香か(ボソッ)」
ナイスだ祐太郎。
そこは新山さんに聞かせてはいけない。
チラリと新山さんの方を見ると、困り果てた顔で課題に取り組んでいますか。
(反魂香は非売品だろう? 俺が購入したからもう買えないんだよ。他にも神威関係の商品は一度購入すると二度は買えないらしい)
(はぁ。俺はオトヤンのオマケだから、俺にもそのルールは適用されているのか)
(マジか!! 俺に何かあったら、祐太郎に頼もうと思っていたんだが)
(マジだな。まあ、この辺りの回数限定品については、細心の注意を払う必要があるな)
念話での内緒話。
最後はお互いに頷きながら、また画面を見る。
「日用雑貨系魔導具が多いんだよなぁ。油のいらないランタン、熟睡プラス自然回復量増加毛布、保存食……と、なんだこれ?」
「あ、それは魔力を注ぐと、熱々のスープが出てくる鍋だね。薄味だから、スープストックの代わりには使えると思うが」
「こっちは魔導書か。上位術式が書いてあるって説明にあるが、オトヤンは買わないのか?」
「それはかなり前に買ったし、もう俺の魔導書には写してあるよ。魔導書とか書物については、それほど真新しいものはない……って、これ、なんだろ?」
ふと目についたのは、これ。
『浮遊大陸と、その、伝承について』
なんだかよくわからないけど、浮遊大陸って心が躍るよね。
アトランティスも浮遊大陸だって言う話だし、俺たちの世界と鏡刻界を自由に? 行き来することができるよね。
ではポチッとな!!
──ドサッ
目の前に落ちてくる、カナン魔導商会の宅配箱。
おや? 箱詰めになったのか。
「オトヤン、何を買ったんだ?」
「浮遊大陸についての書物だね。ほら、祐太郎もアトランティスにいただろう? あれも浮遊大陸だってプラティさんが教えてくれたからさ、気になって買ってしまったんだよ」
「すっかりユータロじゃなく祐太郎呼びになってるよな。まあ、あまり発音も変わらないし、もう大人だから構わないけどな」
そう、いつのまにか祐太郎呼びになってたんだわ。
まあ、それがどうしたって何も変わらんし。
「あの〜、乙葉くん。浮遊大陸の本って言いましたよね?」
「そ。何か気になる?」
「カナン魔導商会のある世界って、鏡刻界なのですか? 以前、違う世界じゃないかって話をしていましたよね?」
「「……それだ!!」」
この本、鏡刻界の本じゃないんだわ。
そして浮遊大陸の本が売っているということはつまり。
「カナン魔導商会のある世界に行ける可能性がある!!」
「いや、オトヤン、それは無理じゃね?」
「ですよね〜。俺たちの世界にあったとしても、行き先は鏡刻界だよね〜」
言ってみたかっただけだよ。
そのあとも祐太郎は、カナン魔導商会の画面を睨みつつ欲しい商品のメモを取っているし。
新山さんは課題の海に飲み込まれて、溺れそうになっているし。
だから、俺は浮遊大陸の本をじっくりと読み込む。
「……浮遊大陸は生きているのか」
「あ〜。プラティ師匠は、そんなことを言っていたな。確か、鏡刻界の浮遊大陸は、『封印大陸』って言うところに存在する無機質生命体っていうことだぞ?」
「なにその矛盾した存在。ケイ素生命体とか、そのレベルの話なの?」
「多分、そんな感じだと思うが。人間の体に近い原子価を持つのがケイ素だったよな? よくあるSF漫画の設定でも使われているし」
あー。
すまん祐太郎、そっちは専門外なんだわ。
「シリコン生命体とか、そういうのですよね? ほらあの漫画の、確か、力が欲し『ストップ!!』へ?」
「それそれ。新山さんは知っているか」
「俺もそのセリフで思い出したわ。それで、祐太郎の話と合わせると、アトランティスは生きているのか?」
「そこまでは知らないけど。プラティ師匠なら、その辺りは詳しいんじゃないかなぁ。それで、オトヤンの本の話だとどうなんだ?」
そこな。
カナン魔導商会のある世界では、浮遊大陸とは異世界で空に浮かんでいる『鯨』のような生き物らしい。
その体が石のように変質し、さらに浮かんだまま鳥たちが種を運び込み、自然が生み出されるというサイクルにより生まれるそうで。
凄いのは、肉体を失ったはずの浮かぶ鯨は、生きたまま石のように姿を変えていくらしい。
だけど、意志は残っていて生きている。
生きたまま『浮かぶ島』になり、のんびりと大空を揺蕩う存在になるんだと。
「……っていうことらしい。この浮遊大陸になった鯨については細かく書き込まれていないけど、浮遊大陸自体はいくつかの異世界に存在するんだと。つまり」
「浮遊大陸は、時空を越えるということが」
「正解。この本では、レムリアーナという世界とカルアドっていう世界、この二つの場所に浮遊大陸が存在していたらしく、古代魔導王国などは浮遊大陸を捕獲し、戦艦のように作り替えたっていう話まで書いてある」
まあ、全てが実話とは思えないが。
プラティ師匠の話していた浮遊大陸が『封印の大地』に存在するっていう話も、これでかなり信憑性が出てきたっていうことだよね?
「生きたまま作り替えるって、えげつないよな」
「まあ、ね。でも、これはカナン魔導商会のある世界の話で、鏡刻界とはどのような繋がりがあるのか不明だし」
「あの〜。乙葉くん。そのあたりは調べる方法がありますよ?」
「「まじ?」」
思わずハモった。
「それはどうやって?」
「ええっとですね。カナン魔導商会には、神話に関する書物はありますか?」
「ちょい待ち……と、教会の経典ならある。とりあえずポチッと」
──ドサッ
今度は無造作に本が降ってくる。
「その本に出ている神話の神々と、鏡刻界の神々について調べて見ると良いのでは? 二つの世界が一つでしたら、同じ神が存在してもおかしくはありませんから」
「神様による世界のすり合わせか。さすがは神の巫女!!」
「神の巫女は勘弁して。でも、魔導神アーカムとか、武神ブライガーが記載されているかどうか、それだけでも調べる価値はありますよね?」
そうだな。
それじゃあ、その辺りも調べてみようかな。
「ではでは、私は課題に戻ります……」
「あ、はい、がんば!!」
こういう時、俺は応援することしかできない。
まあ、自分の宿題だから当然だよね?
一昨年の中坊だった時代の俺なら、祐太郎にうつさせてもらったりしていたけどね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──シュゥゥゥゥ
夜。
巨大な岩の上に、オーロラが輝く。
観光客にとっては、待ちに待った風景。
けれど、現地の人にとっては、それは災厄の前兆。
虹色の輝きはすなわち、時空の乱れ。
こことは違う、どこかの空間が繋がった証。
そしてオーロラからは、人間の目には見えない何かが姿を表す。
『あと少し……もう少しで、この身体は目覚める……長き時、遥かな世界。我を追放した者たちに、復讐するために……』
それは、ゆっくりと瞳を開ける。
けれど、その身体は巨大な石の塊に変化している。
『我が眷属よ……力を集めよ。この縛鎖を解き放つために、魔の力を生贄に捧げよ……』
声が大地に響く。
すると、岩の周りの木々が、ゆっくりと姿を変えていく。
あるものは翼を持った蛇へ、またあるものは二足歩行の獣へ。
そして豹の頭を持つ集団も巨大な岩から姿を表すと、ゆっくりと大気の中に溶け込んでいく。
………
……
…
翌朝。
テレビでは、一晩で消滅した森についてのニュースが流れていた。
世界最大の一枚岩・ウルル。
エアーズロックとも呼ばれているオーストラリアのシンボル、その周辺の森が一夜にして消滅したのである。
何者かの悪戯か?
オーロラによる磁気の乱れか?
さまざまな憶測と推測が流れてはいるものの、その真実について知っているものは、どこにも存在はしなかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──中国・崑崙八仙
朝のニュースを見て。
パールヴァディは静かに座禅を組み、瞑想を始める。
意識を腹の中心に集め、それまで封じていた魔力をゆっくりと開放する。
『プラティ・パラディ。私の声が聞こえますか?』
魔族の中でも、長距離思念を飛ばせるものは少ない。
短距離もしくは目に見える範囲などに飛ばせるものは多いが、数千キロメートル単位で念話を飛ばせる氏族は、それほど多くはない。
例外的に、ボルチモアにいる瀬川雅の眷属はあるが、それは例外中の例外であろう。
『ほう、誰かと思ったら、琥珀眼のパールヴァディか。封印されていたと思ったら、無事だったのか』
『ええ。自らの魔力を封じて、消耗を抑えていましたから……それよりも、【魂喰らい】が目覚めようとしています』
『……マジ?』
『その単語は、私は知らない。でも、これは事実。オーストラリアと呼ばれている地から、奴の波長を少しだけ感知した』
琥珀眼のパールヴァディ。
かつての三代目魔人王フォート・ノーマに仕えていた魔将の一人。
今は訳あって、この裏地球に存在し、正体を隠して崑崙八仙で賢者という姿で暗躍している。
『まだ未覚醒か。そうなると、あれも目覚める可能性があるということか』
『そう。対魔神用封印大陸・ムー。あれが動き出すと、恐らくこの星は消滅する。あれは、命令にのみ忠実だから』
『まあ、あれが動くためには、六箇所の封印穴に膨大な魔力を注がないと……ん?』
そこまで告げて、プラティは頭を捻る。
何か忘れているような気がするが、すぐには思い出せない。
『まあ、思い出せないということは、そんなに重要ではないか。それよりも、奴が目覚めるとすると、あとどれぐらいの時間が掛かる?』
『わからない。でも、遠い未来ではない。私は、この地にやってきた時に大切な能力を奪われたから。それがあれば、もっと細かいこともわかる』
『パールヴァディの能力か、それはわしも知らないからなぁ』
『それは言えない。話は戻るけど、この世界にいる魔将はあなただけ?』
『新魔人王配下なら、半数はいる。フォート・ノーマの配下なら、俺とピク・ラティエ、クリムゾン。あとはルクリラぐらいだろう? プシ・キャットとライザーは封じられているからな』
一つ一つ指折り数える。
それでも半分ぐらいは残っているのだなぁと、プラティは感心している。
『それなら、魔将全てに伝言を。【魂くらい】が覚醒し始めたなら、【使徒】も目覚めているはず。魔族の魔人核を狙う、【魂くらい】の忠実な配下が』
『それも踏まえて、魔皇たちは奴らをこっちに封じたんだろうけどなぁ。全く、本末転倒だわ……パールヴァディの念話では、他には届けられないのか?』
『もう限界。回復までかなりの時間が必要だし、【魂くらい】が目覚める時までに、力を蓄えないとならない』
『分かった、繋ぎは取っておく』
そこで、パールヴァディの魔力は枯渇する。
そして再度、体内の魔力回路を封じて、外に余剰魔力が漏れないようにすると静かに瞑想を始めた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




