第二百六十八話・三位一体、眼光紙背に徹す(魔族の計画、日本の計画)
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──十二月中旬、札幌市乙葉宅
この日、朝から乙葉浩介は東京へ向かうために家を留守にしている。
現在、この家の中は乙葉浩介の母親と、その来客の二人だけが、張り巡らされた結界の中で話し合いを行っていた。
「……まさか、乙葉浩介の母親が貴方とは予想もしていませんでしたよ。玉藻前、なぜ、人間などと番いに?」
ボルサリーノの帽子を脱ぎながら、馬天佑が問いかける。
乙葉浩介と新たな魔人王とのつながりを知るために、馬導師が呪符を放って調べていたのだが。
今日は運が悪いことに玉藻前にそれが見つかり、さらに呪符返しを受けてしまい、やむなく降参して姿を表したのである。
「さぁ? 色々とあったのよ。それよりも馬導師こそ、なんでうちの息子を探っていたのかしら? 確か今は中国政府の特殊部隊『蛟龍』に雇われているのよね? でも、所属は香港のフリー術師集団だったはず。二重スパイでもしているのかしら?」
淡々と問いかける玉藻前に、馬導師も流れる汗を拭きつつ話を続ける。
「たしかに。私の所属は香港の『天仙楼閣』ですが、今は蛟龍に雇われています。蛟龍からは『乙葉浩介の魔術についての調査依頼、可能ならばDNAの採取』を請け負っていますが」
「天仙楼閣からは?」
「中国政府が主導で動いている、『二極合一計画』。それを調査し、可能ならば妨害する。玉藻前ならわかっていると思いますが、あの計画が動いている」
淡々と説明する馬導師に、玉藻前も腕を組んで考える。
馬導師の告げる二極合一とは、二つの世界を繋げ、一つの大きな世界として交流を行うという計画。
元々は初代魔人王である神楽が提唱した計画であり、軍事的侵攻ではなく話し合いによりお互いの世界をまとめ上げるはずであった。
そこに目をつけたのが二代目魔人王。
計画そのものを取り上げた挙句、神楽を封印し世界から放逐。
軍事的侵攻により裏地球を手に入れようとしたのである。
「でも、二極合一計画には水晶柱が必要よね? 大規模永続転移門と、それに繋がる水晶柱による世界規模の巨大魔法陣が。それを中国が制御しようっていうのかしら?」
「残念なことに、大規模永続転移門については魔皇でなくてはわからない秘術。魔族の侵攻に使われている転移門とは訳が違う。それ故に、新たな魔人王との繋がりを必要とした」
「そして、うちの息子が持つ魔力にも目をつけて、魔人王を探させようって魂胆なのね?」
──コクリ
馬導師が静かに頷く。
「中国政府が必要なのは、自分の手駒になる魔人王。そのために、鏡刻界に向かうための転移門を欲した。チベット秘術により、擬似転移門を作り出すところまではできたのだが、それを稼働させるための魔力は足りなすぎる」
「ふぅん。まあ、その辺りは魔力が足りないでしょうから開くことはできない。そこにもうちの息子を使おうって魂胆なのは許せないわね」
──ブゥン
玉藻前の魔力が高まる。
だが、馬導師はその魔力を涼風がそよぐかのように受け流す。
「このことは天仙楼閣にも報告はしてある。故に、乙葉浩介を攫ったあとは、別の魔族に奪回された風に見せかけて、香港まで送り届ける必要があった……」
「天仙楼閣は、二極合一計画については反対なのね?」
「中国政府が異世界の資源を手に入れるのは好んでいない。天仙楼閣は、そもそも香港政府と魔族によって作られた組織だからな。ただ、ここにマグナム派が動いているのが面倒くさい」
「マグナム派は何が目的? まさか魔人王になりたい、その後でこの世界に来るってだけじゃないわよね?」
そう問い返すと、馬導師は頭を左右に振る。
「そこまででないことぐらいは見抜いている。その先、何かが蠢いているとしか思えない。残念ながら、それ以上の情報はまだ存在しない」
「ふぅん。馬導師が私の息子を付け狙っていたこととかについては分かったわ。その上で聞かせて……ここまでの情報、貴方の性格を考えると嘘をついていないことは理解できるけど。何故、全てを私に告げたのかしら?」
──ザワッ
玉藻前の声に、空気の質が変化する。
馬導師の目の前の女性は、元・初代魔人王の側近。
白桃姫すら凌駕する、神に近い魔族。
その力はかなり失われているものの、馬導師程度では争うことなどできるはずがない。
「全てを告げた所で、貴方は動かない。いや、動けない……仮に初代魔人王と連絡が取れ、そこに報告したとしても……力を失った魔人王や側近に、この話を妨害するだけの力はない」
「そうね。二極合一計画が、それだけの話だったら、わたしたちが動く必要はないわね……」
表向きに知られている二極合一計画であるなら、そんなに気にすることもないしわざわざ動くことはない。
その裏にある、『本当の二極合一』が行われないのなら。
「まあ、そう言うことなので、私はこれで失礼します。中国政府にも報告をしないとなりませんのでね」
「どうぞお好きに。ただ、私の家族や知人に手を出したなら……魔人核を消し炭にしますからね」
──ザワッ
それが脅しでないことは十分承知。
ゆっくりと席を立って一礼すると、馬導師は帽子を被ったのち、全身を符に変化させて消えていった。
………
……
…
「まったく。命がいくつあっても足りないですね」
影から影へと符を飛ばし、やがて人気のないところで実体化する馬導師。
「私が中国政府と繋がっていることはジェラールは知りませんからね。このまま香港政府の狗と思ってもらったまま、計画を続けることにしましょうか」
そう告げてから、馬導師はゆっくりと歩き始める。
乙葉浩介に手出しできなくなってしまった以上、日本国内で彼がやるべきことは、もう存在しないのだから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──十二月中旬・東京都練馬区
はい、土曜日です。
この前の要先生との約束通り、俺と新山さん、瀬川先輩は東京都練馬区にある陸上自衛隊練馬駐屯地にやってきました。
目的は、今日の午後から始まる『魔術特科講習』の手伝い。
新山さんと瀬川先輩のサポートで、俺ちゃんも同行しましたが。
「……うわぁ。これはまた、とんでもない人数で」
「予想よりも倍以上の参加者ですね。それだけ特戦自衛隊の人たちは、魔術を修得したいのですよ」
「まあ、魔術資格保有者は幹部候補に上がれるそうですし。そのためにも、なんとかここで適性を身につけたいのでしょう」
そんな話をしながら、まずは受付で手続きをとる。
そのまま控室に向かって、あとは講義が始まるのを待つばかりなんだけどさ。
先輩たちは講義内容についての見直しと、サポートの手順について話し合っているところなので、俺はぶっちゃけ暇。
「要先生、俺、ちょいと建物の中を見学していいですか?」
「構わないわよ。でも、何かあったら」
「この駐屯地の中で何かあったら、それこそ自衛隊のメンツ丸潰れですよ。だから基本的には何もないと思って構わないと思いますが」
──シュンッ
空間収納から簡易結界陣装置を取り出し、新山さんに手渡す。
これはいつも使っているやつの改良版で、結果を維持しながら持ち運び可能。以前作ったやつは、起動するとその場に固定されちゃったからさ。
「これ、使い方わかるよね?」
「大丈夫!!」
──ブゥン
すぐさま新山さんが結界装置に魔力を込めて、部屋全体を結界で覆った。
「乙葉君は、新山さんに過保護すぎませんか? 彼女も魔術師ですよ?」
「まあ、私は深淵の書庫でなんとでも対応できますし、新山さんだってスクロールと神聖魔法で守りはそこそこ高いですわよ?」
「ん? いやいや、その装置は要先生を保護するため。二人が十分に強いことぐらいは、俺だって理解しているからさ。そんじゃ、あとはよろしく」
軽く手を振って部屋から出る。
さて、どこから見て回ろうかなぁ。
関係者以外立ち入り禁止の場所は確認したから、まずは講習を行うための講堂にでも行ってみますか。
そんなこんなで講堂に向かうと、入り口手前の受付に見たことのある水晶玉が置いてある。
「あれって、俺が作った魔力感知球だよな……すいません!!」
近寄って話を聞いてみようか。
防衛省に貸し出した記憶はないんだけどなぁ。
「はい。何かありましたか?」
「これって、魔力感知球ですか?」
「はい。そうですが?」
それなら、軽く手をかざして魔力を注いでみる。
──シーン
うん、反抗がない。
つまり偽物だよね?
試しに天啓眼でも確認してみたけど、どこにでも売っている普通の水晶玉ですが何か?
「これ、偽物ですよ? 魔力を注いでも反応がありませんから」
「そんなはずはありませんよ。ちゃんと対妖魔組織・第六課にお願いして借り受けたものですから」
「へぇ。でも、これは俺が作ったものじゃありませんよ? 製作者の俺が言うのですから間違いはありませんよ」
そう告げてから、首に下げている入館許可証を見せる。
すると受付の女性の顔がサーッと青くなっていく。
「こ、これは申し訳ありません。すぐに確認を取って見ますので」
「ではよろしくお願いします。これだと、今日の講義では誰も魔力適正なしって評価になってしまいますから、急いで対応した方が宜しいかと」
「はい!!」
慌てて電話しているけど、俺にできることは何かあるかなぁ。
『ゴーグルゴー。戦え大戦隊。俺が作った魔導具の魔力波長をサーチ!!』
──キィィィィィン
どこで入れ替わったのか分からないんだけど、近くにあるんじゃないかって予測してやる。
すると、ゴーグルに矢印が浮かびあがったので、とりあえずはそっちに向かうことにしよう。
どうせ、川端政務官あたりが何か企んで入れ替えたんじゃないかなぁ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




