第二百六十五話・(魔大陸は混迷を極めて)
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──鏡刻界・ヴェーラ王国王都
全くの計算外。
ここまで計算が狂っていくなど、ブルーナは考えていなかった。
神託によりフェルナンド聖王国へ向かう、そのために禁忌を犯してでもアトランティスを手に入れる。
そしてアトランティスに向かう途中でマグナム配下の魔族を集め、戦力を拡大し、奇襲をかけて占拠する。
ここまでの計画については、問題はなかった。
問題は、アトランティスの結界を破壊し、内部に侵入してから。
まさかのピク・ラティエの存在、そして彼女に付き従う獣人とオート・マタ。
たった三人だけの、いや、ピク・ラティエはブルーナとの一騎打ちであったため、実質は二人だけ。
その二人によって、マグナム配下はほぼ全滅。
かろうじて生き残った魔族も霧散化してアトランティスから脱出。
そしてブルーナもまた、義体を破壊されてしまう。
「くそっ……このような屈辱は初めてだ……力が足りない、もっと強大な、もっと強い魔力が欲しい」
義体を破壊され、ブルーナの本体である『頭部』だけでは満足に動くことができない。
頭部が本体のアンデッドタイプの魔族、デュラッヘ一族の末裔。
人間界においては『デュラハン』と呼ばれ畏怖されていた彼の眷属は、頭さえ残っていれば幾度となく復活する。
だが、義体を作り出すには膨大な魔力もしくは鎧のような魔導具を必要としている。
それゆえに、義体を失った今では、魔力の回復までは何もすることができない。
「生物に憑依するにも、この大陸の生命体では回復までに時間が必要。他大陸に霧散化状態で移動するのは危険すぎる。どうする? このままでは神託に応えることができないではないか」
焦りは正しい判断力を失わせる。
今、必要なこと、今、やらなくてはならないこと。
それらの優先順位を計算しつつ、体を持たないブルーナができることを模索する。
もしもブルーナが『暴食の氏族』であったならば、同族である魔族を食らい、己が力に変化させることができる。
だが、彼はアンデッドである不死の一族、魔人核を本体以外に安置してあれば、義体に意識を移して活動することができる。
「……焦るな、必ず答えはある……」
執務室の机の上で、ブルーナの頭部は思考を巡らせていた。
………
……
…
──魔大陸・中央王都
「ブルーナがやられたらしい」
「所詮、奴は十二魔将一位の側近の一人。そもそも、禁忌大陸であるアトランティスに手を出した時点で敗者である」
「そうよね。本当に、一体何が目的で、あの浮遊大陸に手を出したのかしら?」
王都王城の大会議室で。
嫉妬のアンバランス、虚無のゼロ、傲慢のタイニーダイナーの三名が、部下からの報告を受けているところである。
すでにブルーナが動いたことは彼らには確認済みであり、そのための偵察用魔獣・飛泉凰牙をステルスモードで飛ばしてあった。
そして彼らの予想通り、マグナム派の魔族はラティエ王国で船を手配し、アトランティスに渡ったのである。
「これが、ブルーナがやられた際の映像だが……」
ゼロが円卓の中央に丸い魔法陣を作り出す。
そこには、ブルーナとピク・ラティエの戦闘だけでなく、リナと沙那がマグナム配下と戦っている映像まで浮かび上がっていた。
「……ピク・ラティエよね。あの子が魔人王じゃないかって思っていたのですけど、どうも違う様子よね?」
「その通りだ。こいつは山猫族の獣戦士、こっちはプラティの作り出したオート・マタのようだな。山猫族はラティエの領土に住んでいる氏族だから、ピク・ラティエとプラティ・パラティが手を組んだ可能性がある」
「それよりもよ、この浮遊大陸ってやつは禁忌じゃなかったのか? ブルーナの話し方じゃ、こいつは裏地球に行けるんだよな? それをあいつらだけが占拠しているのかよ」
アンバランスとしては、こんな面白い話に自分が関わってないのが許せない。
「これはあれか? 俺たちもピク・ラティエの居場所に向かって、一つ噛ませてもらったほうが良いんじゃないのか? 奴のことだから、新しい魔人王についても知っているんじゃないのか?」
「可能性はあるわよね。でも、早々、私たちを受け入れてくれるかしら?」
「可能性はあると思うが……この通りだ」
虚無のゼロが告げると、アトランティスが霧に包まれ、そして消滅する。
そして霧が晴れた時には、海上には何も残っていなかった。
「……決まりだ。ピク・ラティエとプラティ・パラティは裏地球に向かうための力を手に入れた。おそらく、自分達だけで人間たちから精気を奪いまくっているに違いない」
──パン!!
力一杯拳を鳴らすアンバランス。
「それで、その可能性が正しいとして。我々に何ができる?」
「ゼロ。この場合、秘密を知っているのは一人だけ。マグナムの元に向かい、彼から全てを聞き出すのが正解じゃないかしら?」
「それとブルーナも抑えろ。実働班を動かしていたのは奴だ! 奴を捕まえて締め上げればいい」
──ガタッ
そう叫んでからアンバランスが立ち上がる。
「アンバランスはどちらに?」
「俺はブルーナを抑える。タイニーダイナーはマグナムを捕まえておけ。ゼロ、お前はどうする?」
「わたしは調停家。事を見守らせてもらう」
「決まりね。それじゃあ、動くとしますか」
アンバランスとタイニーダイナーが部屋から出ていく。
それを見送ってから、ゼロもゆっくりと立ち上がる。
「まあ、マグナム派は彼らに任せるとしよう。調停家であるわたしは、私としての仕事をさせて貰う……」
そう呟いてから、ゼロはスッと姿を消した。
そして数日後には、マグナムの居城にタイニーダイナーが軍勢を率いて到着、怪我により身動きの取れないマグナムを拉致し、王都の収容施設に監禁することになった。
そしてブルーナも身動きの取れないままにアンバランスに囚われ、彼の配下の拷問部隊に引き渡されることとなった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──大西洋・バミューダトライアングル中心地
「ふむ。この香り、帰ってきたようじゃな」
アトランティス全域を包む霧が晴れた。
万が一のために中央塔に避難していたリナや沙那も、プラティから安全を確認して外に出る。
「うおぁ!! バリ3!!」
「衛星通信って便利よね? リナちゃん、乙葉先輩に連絡つくかしら?」
「ちょっと待ってて。ノックしてもしもーし!!」
トントントンとルーンブレスレットを叩きながら、リナが乙葉浩介に念話を送る。
『リナちゃんか!! 無事だったのか。祐太郎は、沙那さんは無事なのか?』
『え、リナちゃんに繋がったの? 大丈夫、みんな無事なの?』
『二人のルーンブレスレットの座標を確認したいのですけど。流石に衛星軌道から念話をサーチすることができないようですわね?』
久しぶりのリナ坊の声に、乙葉浩介、新山小春、瀬川雅の三人も興奮状態。
「先輩方、沙那です。わたしもリナちゃんも白桃姫さんも無事です」
『それはよかった……それで無事そうじゃない祐太郎は? どうやら念話も繋がっていないようだけど』
「築地先輩は死にかかって魔導具で生きながらえて儀式が終わって心臓が再生して意識が戻りません!!」
『『『えええ!!』』』
リナの言葉に一同茫然。
それはつまり、祐太郎は無事ではなく、今もなお生死の境を彷徨っているってことになる。
『い、急いで向かいます!! わたしの回復魔法で治療しますから、場所を教えてください』
「新山先輩、リナちゃんの説明について補足します。築地先輩は生きてますし、死の可能性もありません。儀式が終わったので、あとは目覚めるのを待つだけです」
「そのとーりです!! 先輩たち慌てすぎ!!」
『ちゃんと説明してくれ!!』
今の沙那の補足で、どうにか落ち着きを取り戻す。
それでも、今までどこに居たのかとか、今はどこにいるのかとか心配でならない。
『それで、皆はまだバミューダトライアングルにいるのか?』
「アトランティスです!! 黄金のスケルトンに助けられまして?」
『え? ワッハマン?』
『黄金バットという可能性は……ないですよね?』
『二人とも落ち着いて。それは白桃姫さんの話していた冥王ですね? 築地くんの魔障中毒は解除されたということで間違いはないですか?』
まだ落ち着いていない二人を諌めつつ、瀬川がリナと沙那に問い返す。
「はい。プラティさんに間違いはありません。白桃姫さんも無事ですし、私たちの修行も一段落しています」
「築地先輩が目覚めたら帰ります!! それまではバカンス!!」
『はぁ。そういうことなら、関係者には報告しておきますわ』
「お父さんはもう日本に戻ってますか?」
沙那が有馬父の事を尋ねる。
ちなみに有馬父はつい数日前に、ボルチモアのヘキサグラム施設の改装を終えて日本に向かっている最中である。
『船で戻ってくるそうですから、あと半月は帰ってこないかと思いますわ。でも、無事そうですわよ』
「ざっつおーらい!!」
「それは良かった。それとですね、魔人王がそちらで降臨したという情報がありますが。まさかとは思いますけど」
『それについては、戻ってからね。その時に今後の対策について考えることにしましょう』
「かしこまりました。では、また随時連絡を入れますので、よろしくお願いします」
「でっは〜!!」
そこで念話は途切れる。
「さて、あとは築地先輩がいつ目覚めるかなのよね。プラティさんに聞いてみましょうか?」
「そうだね。またいつ、この島が異世界にいっちゃうかわからないからね」
そう話してから、二人はプラティのいる研究施設へと向かっていく。
彼がいつ目覚めるのか、それを聞くために。
………
……
…
──日本、札幌市妖魔特区・ティロ・フィナーレ
「無事だったぁぁぁぁぁぁ」
いきなり沙那さんから念話が届いた時は焦ったけど、どうにか全員マイナス一人が無事だということはわかった。
問題は祐太郎、リナちゃんの話だと心臓が止まったとか魔道具で生きているとか不穏当な説明ばかりだったけどさ。
沙那さんの補足で何となく状況は確認できた。
「これで四人が戻ってきたら、いよいよ乙葉君の出番ですわね」
「そういう事。俺が変装して魔人王側近として姿を表し、十二魔将はすでに決定していると宣言するだけだからね」
「そのために魔皇さんも力を貸してくれることになりましたから、万事解決……だといいのですけど」
本来ならば、鏡刻界の魔大陸に向かい、そこで王位継承を宣言。
そして魔人王側近として、俺たちが名乗りを上げれば終わる話であるんだけど。
ぶっちゃけると、俺が水晶柱を使って鏡刻界への道を開き、全員で向こうに移動して宣言すれば万事解決。
こっちで宣言するとやばいけどさ、向こうでなら誰にもバレないから問題ないし、すぐに戻ってきたら余計な争いも回避できて終わりだよね。
けれど、こっちでそれをやると正直いってやばい。
魔族の側近に現代の魔術師たちがいるってことになると、俺たちの立場もやばくなる。
だから、俺が変装して側近である事を宣言。
全てが終わったことにすればいい。
それでも、日本政府や各国の関係者からは問い合わせが来るんだろうと予測はできているけれど、あとはなるようになれだ!!
「本当に……白桃姫さんに魔人王を譲ってしまいたい気持ちです」
その先輩の気持ちも理解できるけど、今は、四人が無事に帰ってくる事を祈りましょう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




