第二百四十九話・多事多難? 後は野となれ山となれ(ケ・セラセラ)
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──札幌市豊平区・乙葉宅
魔人王に即位してしまった瀬川先輩と新山さんを連れて、俺は一旦自宅へ戻ってきた。
まあ、うちの母さんが魔族だったから、詳しい話をしてもらえるんじゃないかと思ってさ。
それで夕食をみんなで取ってから、居間で今後の対策というか先輩にアドバイスをしてあげてもらえるかなぁと。
「……はぁ。さっきのあの鐘の音は、そういうことなのね。まさか浩介がやらかしたのかと思って心配したのよ」
「それにしても、瀬川くんの娘さんが半魔人血種……彼が魔族とは、予想もしていなかったが」
「長年の付き合いじゃったが、まあ、なんでもそつなくこなすし会社を起業するし。できる男じゃったけど、魔族だったとは」
母さんも親父も、そして祐太郎の父ちゃんも。
瀬川先輩が魔人王に即位したという事実よりも、先輩の父さんが魔族だったことに驚いているんだが。
「はい。父は銀狼嵐鬼という名前だったそうです。ですから、私の体にも魔族の血が流れていますし……」
「そこで、母さんなら何かアドバイスができるんじゃないかと思ってさ。なにかこう、ない?」
「何かも何も。瀬川さんが魔族で、魔人王になったということは、私も彼女の配下になることになるわよ?」
「い、いえ、そんなことはしませんし、強制もしたくありません。それに、魔皇さんたちの話では、私の保有魔力では、魔人王の力は受け継いでも使いこなすことはできないとか」
淡々と説明してくれるんだけど。
要約すると、先輩の肉体は半魔人血種として作り変わったらしいのだけど、魂の持つキャパシティはまだ人間のままらしい。
そのため、魔人王としての力を振るうときには、足りない魔力を補うために『ムーンライトの加護』とリンクする必要がある。
そして、深淵の書庫と魔人王の能力がダイレクトリンクしてしまったので、俺や新山さんのように魔術を行使するのではなく、深淵の書庫に組み込まれたソフトを起動するように使うことになるそうで。
「ということでして……深淵の書庫」
──シュン
一瞬で居間の片隅に深淵の書庫を展開すると、その中で先輩の姿がゆっくりと魔族化していく。
「ふぅん。限定的能力解放ね。その姿で、深淵の書庫はどのように変化するのかしら?」
「はい。今のままで、ちょっとお待ちください」
体が変化を始めたので、先輩は急いで神装白衣を身に纏う。
サイズが自動的に変化する優れものなので、腕が生えた場合にもしっかりと対応している。
四本腕の、狼銀毛の獣人。
頭には狼の耳の形をしたツノが生えている。
「この状態では、私の右目が深淵の書庫の端末として使えます。この中にいると能力の全てを使えますが、右目限定での発動でも六割の能力が使えます。そして、魔族を率いるという『百鬼夜行』という能力については、必要魔力が足りなすぎるので、できたとしても中級魔族を数体程度かと思われます」
その説明ののち、深淵の書庫は解除されたけど先輩の姿は元に戻らない。
顔は先輩のままで、髪が銀色狼の耳装備。
ああっ、獣人描いたら日本一の真鍋先生のキャラクターみたいだわ。
「あの、先輩? その姿って元に戻せるのですよね?」
「シェイプシフトっていう能力らしいのですが。戻るための魔力が足りないので一時間ぐらいはこのままですね。でも、問題ありませんよ?」
「それは良かった……」
心配していたらしい新山さんも、ようやく一安心。
そして大人たちは皆、頭を抱えそうな状態である。
「胸元の王印はまさしく二代目魔人王のものね。瀬川さん、王印の中に、二代目魔人王の魂は入っているかしら?」
「それは、考えたことがありませんでした……少しお待ちください」
そっと胸元に手を当てる先輩。
そして、何かをぶつぶつと呟いたのち、苦笑い。
「いるようですけど。でも、こんな小娘が魔人王かぁって、文句をいってます」
「あっはっは。相変わらず、男尊女卑の激しいこと……」
母さんが笑いながら、先輩との話を続けている。
「魔皇の力は、支配するものではなく借り受けるもの。深淵の書庫とリンクしているのなら、彼らの力を借りることで、水晶柱の近くに発生した活性転移門の対処も可能なはずよ」
「そんなことが!」
「ええ。活性転移門は、ファザーダークの陥し仔の力。彼の加護を得た魔族が動いているのなら、相手が魔族である以上は対処方法はあるはず……でも、貴方の魔力では対応できないし、恐らくは浄化術式も必要になります」
淡々と説明をする母さん。
でも、浄化術式は、俺たちじゃ使えないんだよ。
俺が使う浄化術式は、光属性魔術による『なんちゃって浄化』であり、魔人核に光属性攻撃を仕掛けるという力技。
ちなみにヘキサグラムの機械化兵士が使っている『擬似浄化術式』は、雷撃を収束して魔人核を直接攻撃するためのものであり、やはりオリジナルの浄化術式とは別。
「……魔皇データベースから、活性転移門の削除方法を……」
そう先輩が呟くと、右目が少しだけ輝いている。
そして二分ほど、頷きながら俺と新山さんを見ている。
「活性転移門については、神威を伴った攻撃により『破壊耐性』を取り除く必要があります。そののち、新山さんの浄化術式で浄化することで、『魔素萌芽種』を消滅させることにより、『意識を持った魔導具』である活性転移門はその力を失い、消滅する……そうです」
「神威を伴った攻撃は俺か。でも、神威をうまくコントロールしきれていないんだよなぁ」
「浄化術式は、私の分野ですが、発動成功率はまだ三割です」
「ええ。そのためにも、二人にもより強い力を身につけてもらわないとなりませんよね?」
にっこりと微笑む先輩。
いや、その微笑みって氷の微笑ってやつですよね?
「はい。明日から特訓します」
「毎日お祈りを欠かせません」
「それで良いわ。わたしはもう、吹っ切ることにしたから」
そう告げてから、先輩は親父たちの方を見る。
「そういうことで、当代の魔人王として当面は活動することにします。何か至らない点がありましたら、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
「まあ。初代魔人王さまの側近だった経験はあるので。何か困ったことがあったら、いつでも連絡をくれて構わないわよ」
「御神楽さまには、俺から連絡を入れておく」
「政治家たちには当面は秘密にしておくから、安心せい。それよりも、瀬川くんの力で、うちの息子の居場所を見つけられるか?」
親父たちの話の後、晋太郎おじさんが先輩に問いかける。
すると、先輩は深淵の書庫を起動して、静かに意識を集中し始めた。
「……深淵の書庫、魔皇データベースから空間越境可能なサーチモードを選択……魔皇デビット、その力をお貸しください……ソウルサーチ!」
──ブゥン
深淵の書庫の表面に、不可思議な魔法文字が浮かび上がる。
そして、先輩はその中で、前腕二つで腕を組み、後腕二つで頭を抱えている。
いや、ほんのわずかな時間に、随分とコントロールできるようになってますよね。
先輩……恐ろしい子!!
「築地さん、落ち着いて聞いてください。築地祐太郎くんと有馬沙那さん、唐澤リナちゃん、そして白桃姫さんは、【アトランティス】に居ます」
「「「「はぁ?」」」」
いや、その言葉に全員が呆然としたわ。
母さん以外は。
って、母さんはなんで平然としていられるんだ? アトランティスだよ、伝説の大陸だよ? ラ・ムー案件だよ?
「アトランティスって、あの神話とか御伽噺の?」
「オリハルコンがあるっていう伝説の都市だよね?」
「まあ、昔の物語で見たことはあるが」
「なんでうちの息子は、そんなところで……」
「修行中のようですわ。まあ、白桃姫さんも一緒なので、そのうち帰ってくるかと思いますが……乙葉くんのお母さんは、アトランティスについてはご存知ですか?」
そう先輩が問いかけると、母さんは笑顔で。
「裏地球と鏡刻界の接点ね。ムー大陸、レムリア、アトランティス。この三つは、二つの世界を行き来している『彷徨える特異点』と呼ばれているわ。他にもいくつかあったと思ったけれど、昔のことなので忘れてしまったわね」
「魔皇データベースでも、同じことが告げられました。ですので、築地くんは無事のようですので、ご安心ください」
そう告げられて、晋太郎おじさんはほっと一安心。
「さて、それじゃあ新魔人王の瀬川さんにアドバイス。魔人王って、その地位を狙うものたちに狙われやすいのよ? そのためにも、自分の力になってくれるものたちを集めて、側近として迎えているのだけど」
「あ、それが八魔将だったり十二魔将だったりってことか」
母さんの言葉に、俺は納得。
魔人王を補佐する存在として選ばれたものが、魔将たち。
「ええ。それで、瀬川さんも魔将を従える必要があるわ。まあ従えるというよりも、同志として。その方が魔人王としての箔がつくだけじゃなく、身を守る術にも繋がるから」
「計都姫師匠や羅睺さんたちのように、ですか?」
「そうね。同じ志を持つものたちが集まった初代、武力で従わせていた二代目、古き仲間達で構成していた三代目。その時代に応じた魔将が集まって、魔人王を補佐していたけれど」
そう母さんが説明すると、先輩は頭を軽く振る。
「従わせるなんてことはしません。私は、私のお手伝いをしてくれる人にお願いします」
「そこで、我々文学部のメンバーの出番ってことか。先輩、俺たちなら力になりますよ」
「回復要員は必要ですよね?」
「ええ。でも、私が魔人王でいるのは短い間だけ。今回の活性転移門の件とか、面倒なことを全て終わらせたら、その時は魔人王を引退します。それまでは、私は、私を応援してくれる文学部のメンバーと頑張れますわ」
──ブゥン
深淵の書庫が展開し、金色の文字が走り始める。
『新魔人王の側近。新たな魔将選抜の儀を完了した』
「……え? ちょっと待って、まだ何も決めてないわよ」
『新たな魔将は【文学部】。その部長である新山小春が魔将第一位、乙葉浩介を第二位とし、文学部のメンバーを登録する』
「ちょ、ちょっと待って、深淵の書庫、選抜の儀を止めて頂戴!!」
必死に深淵の書庫を操作する先輩だけど。
「魔皇の決定……これは覆らないのよね。しかも、今の魔皇の声って、二代目魔人王よね?」
『ふん。人間に媚を売り、魔族のプライドを捨てた玉藻など知らぬわ!!』
深淵の書庫に浮かび上がる文字。
それはどうやら二代目魔人王の意志らしい。
そして、この魔将選定の儀を行ったのも、この二代目のようで。
そして、膝をついて呆然とする新山さんと、彼女を励ますのに必死な先輩。
「わ、私が十二魔将第一位……」
「違うの、大丈夫よ、魔将じゃなくて文学部だから」
「あ、先輩も混乱していますか。まあ、序列云々よりも、今後の作戦とかも考えましょうか」
俺はもう、この手の事件に巻き込まれるのに慣れてきたわ。
先輩がどうにか十二魔将についてはリセットして、別の方法を探してくれることになった。
少しして新山さんも落ち着いてきたことだし、修行の件も合わせて明日からのことを考えようじゃないか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




