第二百四十七話・一触即発、虎の威を借る狐となるか?(色々な思いが交錯する)
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魔人王の即位は、全地球規模で大混乱を来している。
あの女は誰なのか?
どこに存在するのか。
欲深き魔族は、取り入って十二魔将の地位を得ようと画策する。
魔人王に怯えるものは、できる限り彼女から離れるべく、存在場所を探そうとする。
人の文化に塗れたものは、できる限りいまの生活を維持したく魔力を抑え、魔人王に見つからないようにする。
それが、大氾濫を乗り越えた魔族たちの知恵。
そして戻りたくとも戻れなくなった魔族たちにとっては、裏地球に魔人王が誕生したという事実は新たな希望でもあった。
これで、鏡刻界に帰れる日が来るかもしれない。
その思いが、魔族の中にも芽生えつつある。
………
……
…
──東京拘置所・結界檻房
魔力を封じられた陣内こと、ブレインジャッカーにも、魔人王即位の鐘は聞こえていた。
慌てて窓の外を見ようと、鉄格子の嵌められた窓に近寄って空を眺めると、そこには魔族にしか見えない映像が浮かび上がっている。
「あの体毛……どうやら銀狼嵐鬼……の娘ですか。いやぁ、これはファザーダークも予想していなかったでしょうね……」
陣内は、フォート・ノーマが殺されたことを知らない。
ただ、鐘の音を聞いた時、なんとなく理解はした。
魔人王の中でも、平穏無事に隠居して世代交代したものは少ない。
ましてや十二魔将第一位がマグナムという時点で、暗殺されたという可能性を考えてしまう。
「しっかし、ファザーダークはどう考えていますかねぇ。手伝いたいのは山々ですが、いくらあの方でも、この監獄の結界をどうにかできるとも思えませんし……俺としては、なんとしてもここから出て、新たなる魔人王にも取り入らないとならないんですが……」
窓から離れ、色々と策謀する。
だが、予想外にも手がない。
ここまでファザーダークの計画に乗ってきた。
『世界渡り』の力も得て、計画の邪魔となる乙葉浩介を始末しようとした。
それら全てが失敗に終わり、さらに彼の手によって魔力そのものを封じられてしまう。
今の陣内には、何もすることができない。
「はぁ……この現状は、なかなか辛いですなぁ」
苦笑する陣内。
その様子は監視カメラから守衛室に送られ、さらに特戦自衛隊や第六課にも提供される。
数少ない、捕縛した魔族のデータとして。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──サンフランシスコ・黒龍会本部
魔人王即位の鐘は、世界中に届く。
当然ながら、マグナム派閥の多く存在する黒龍会のあるサンフランシスコにも。
「……不死王、我々はどうすれば良いのですか?」
「マグナムさまが魔人王となる。そのための道筋を作り、ここまで無茶なことをしてきました。それがここにきて計画が頓挫することになると、集めた魔族が黙っていないかと思いますが」
不死王の元にも、大勢の魔族が集まっている。
魔人王即位の鐘が裏地球で鳴り響いたという事実が、そして空中に新たな魔人王の姿が浮かび上がったことが、彼らの敗北を決定づけたのである。
「たしかに、マグナムさまは新たな魔人王となることができなかった。だが、それは瑣末なこと……」
不死王は笑う。
新たな魔人王が生まれようとも、それを排除すれば良いまで。
そして王印を奪い取り、それをマグナムさまに献上する。
それで自分は確たる地位を得ることができる。
「魔人王を殺せ! 王印を奪い取るのだ!」
「で、ですが、我々は王印の力により、魔人王には逆らうことができない」
「そのことは不死王さまもご存知のはずですが!!」
集まった魔族は叫ぶ。
魔人王の力である『百鬼夜行』、それがある限り、魔族は魔人王に牙を剥けども手を出すことはできない。
「……いや、それはない。マグナムさまは仰っていた。オリジナルの王印が失われた今、新たな王印には『百鬼夜行』の力はないと……世界中に散れ、そして探せ!! 新たな魔人王を!!」
──ザッ!
不死王の前で、一斉に首を垂れる魔族。
そして勅命に従うように走り出して……自分たちの居場所に気がつく。
ここはサンフランシスコ結界。
不死王とその配下たちは、一年前の百道烈士と同じ状況に追い込まれている。
出ること叶わず、そして結界を構築した結界魔は今回も逃亡。
札幌市妖魔特区を構築した結界魔が、乙葉浩介から逃れるために海を越えてこのサンフランシスコの地にやってきたことなど、誰も知らない。
そして不死王に認められてサンフランシスコ結界を構築してから、またしても乙葉浩介に一部を破られたことなど。
結果。
結界魔は逃げた。
そして、このサンフランシスコ結界もまた、妖魔特区と同じように不変不朽の存在となった。
「……外だ、外の魔族に連絡を取れ、結界の入り口を守る人間どもを根絶やしにしろ、結界装置を破壊させろ!!」
不死王が叫ぶ。
文明を知るものたちは、急ぎスマホなどで知り合いの魔族に連絡を取るだろう。
だが、それで結界の外に待機するヘキサグラムの機械化兵士たちを抑えることができるのか?
それはまた別の話である。
………
……
…
──サンフランシスコ郊外、デーリーシティ
ダイヤモンドプリンス号を下船した藍明鈴は、迎えにきていた魔族と合流。
真っ直ぐにデーリーシティまでやってきた。
街の半分、サンフランシスコ側はアメリカ政府による非常線が張り巡らされているので近寄ることすらできないのだが、その手前の都市部には出入り可能。
やむを得ず、都市部にやってきたのはいいのだが、ここから先に進むことができなくて難儀している。
「はぁ。ねえあなた、転移能力とかないかしら?」
運転席に座っている男性魔族に問いかけるが、苦笑いしながら頭を振る。
「そんな能力があったら、騎士爵級魔族になりますよ。いや、男爵や伯爵級でも問題はないよなぁ」
「あら、それは失礼。そうなると実力行使しかないわよね」
「そんなの無理ですわ。あの非常線に張り巡らされた壁、あれは聖別された銀が組み込まれています。それに入り口には機械化兵士が待機していますからね」
浄化術式が使えない人間など恐れることはない。
だが、機械化兵士に攻撃されて、魔人核が傷ついたなら消滅する。
そんな危険な橋など渡りたくないというのが、魔族の実情である。
「はぁ。誰でもいいわよ、あの向こうに通してくれたら謝礼はするわよ」
「唯一の窓口だったヘキサグラムのネスバーズが消滅したらしいですからね……」
「さっき、報告は聞いたわよ。あの馬鹿が、どうせ早とちりして正体でも曝け出したんでしょう……はぁ、どうしようかしら?」
溺れるものは藁をも掴む。
そんな心境の明鈴の横を、軍用車両が走り抜けていく。
その助手席にジェラール・浪川が座っているのを、明鈴は見逃さなかった。
「ちょ、ちょっとジェラール!! って、早くあの車を追いかけて!」
「はいはい」
すぐさまジェラールの乗っている車両の横に並ぶと、明鈴は運転席越しに叫ぶ。
「ちょっとジェラール!! あなた、あそこに入ることができるのかしら?」
「……はぁ。誰かと思ったら、また明鈴かよ。俺は、中国政府が連絡してくれたので、内部視察のために向かうだけだ。それじゃあな」
「待って待って、お願いだから同行させてよ!! ね、知らない仲じゃないんだし」
「はぁ? 黒龍会の名前出したら入れないのかよ?」
「無理言わないでよ。うちは香港の貿易会社で、アメリカ政府になんて口コミも顔繋ぎもできないのだから」
運転席の魔族は、自分を挟んで怒鳴り合うなと叫びたくなる。
だが、明鈴が財布を取り出して札束を見せると、ジェラールは破顔した。
「5000ドル。それでどうだ?」
「ウグッ……ま、まあ良いわよ」
「それなら話はOK。付いてこい」
真っ直ぐにゲートに向かい、どうにか話をつけてから明鈴を載せてゲートを越える。
そして指定の駐車場にたどり着くと、ジェラールは明鈴から現金を受け取って半分を運転手に手渡す。
目の前、距離にして200メートル。
そこに巨大な結界が発生している。
それをみて呆然とする明鈴だが、すぐに更に上、空を見上げた。
──カラーンカラーン
彼女には聞こえる。
魔人王即位の鐘が。
そして空に浮かび上がる魔人王の姿が。
「う、嘘でしょ? マグナムさまじゃないの?」
「ん? 何かあったのか?」
「ちょっと待って!! 話は後にして!」
すぐさま明鈴は不死王の元に連絡を取る。
人間の文明を嫌う不死王だが、側近の何名かはスマホを使える。
そして話をしてわかった事実はひとつだけ。
「マグナムさま以外の誰かが、魔人王になった……それも、この裏地球で」
──ブッ!!
そのつぶやき声を聞いて、ジェラールも噴き出す。
「ちょっと待て、それはどういうことだよ、誰だ? 誰が魔人王になった?」
そうジェラールは叫ぶが、彼の中でも思い当たる存在がある。
魔人王を越える魔力を持つ、現代の魔術師。
「そうか、奴が魔人王になったか……」
「ちょ、ちょっとジェラール、あなたには心当たりがあるっていうの?」
「まあ、な。悪いが馴れ合いもここまでだ、ここからは仕事なのでね!」
そう叫びながら車に走るジェラール。
そして運転席で札束を眺めてニヤニヤしている運転手に、近くの空港に向かうように指示をすると、そのままゲートから出ていった。
(……近くの空港に頼む。日本にすぐに向かわないとならなくなった‼︎)
そう運転手に叫んでいるジェラールの声は、しっかりと明鈴の耳にも届いていた。
「日本……ね。確か、現代の魔術師のいる国だったかしら? まあ、向かえばわかるわよね?」
そう呟いてから、明鈴もゲートへ向かう。
そして、そのジェラールの声は、彼の荷物に紛れ込んでいる一枚の符術を通して、馬天佑の耳にも届いている。
………
……
…
「日本か。まあ、魔人王に挨拶するもよし、うまく取り入ってて目的を果たすもよし……か」
カリフォルニアのとあるバーで。
馬導師はカウンターで静かに呟いていた。
すぐさま証拠を消すために、ジェラールの荷物の中の符術を解除すると、アタッシュケースを片手にバーから出ていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




