第二百三十七話・天長地久! 盲亀の浮木となればよし!(新天地? いや、虎の穴だわ)
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鏡刻界には、さまぞまな種族が存在する。
それは神の悪戯なのか、地球のホモ・サピエンスのような知的生命体もいれば、ゴブリンのように知性の低い亜人も存在する、一種、異様な世界である。
地球人のような平均年齢60歳前後の種族は『コモン』と呼ばれており、これが世界の大半を占める人間を意味しているのに対し、定命ではない種族も中には存在する。
それが、聖霊であるエルフであり、精神生命体である魔族である。
共に仮初の肉体を持ち、種族によるタブーはあるものの人間のような食事を取ることができる。
ただ、霊体であり精神体である彼らは、他の種族とは異なり時間の概念がかなり麻痺している。
成人するまでの時間すら人間の十倍近く掛かるため、人間との話の中では常に齟齬が発生している。
それ故、彼らは人間世界に馴染むことはなく、自分たちの領土や大陸から出ることは殆どない。
それでも、新天地を求めたり好奇心に揺り動かされたもの、人間の文化に憧れたものなどは慣れし故郷を旅立つ……。
………
……
…
「と、まあ。我々魔族と人間の時間概念がここまでずれていることは理解できたかな?」
バミューダ・トライアングル内、霧の都。
その王宮で俺たち四人は、冥王の話に耳を傾けている。
もっとも白桃姫は向こうの世界の住人なので、やれやれまたか、という顔で話を聞いているのだが。
沙那さんとリナちゃんはフムフムと頷いている。
「ずれてあるのは理解できた。その上で、治療の代価に時間をよこせというのは、どういう意味なんだ?」
「まあ、ありていに告げるなら、後継者育成。そう、修行だよ!!」
瞳……はないけど眼窩をキラーンと輝かせながら、冥王が力強く叫んだ。
いや、後継者?
え? 俺?
俺は闘気法しか使えないから、暗黒魔術なんて無理だぞ?
そういうのはオトヤンの仕事じゃないのか?
「つまり、俺は冥王に弟子入りして修行を開始。冥王は修行と並行で、俺に治療を施してくれるということでいいのか?」
「まて築地。此奴の修行は洒落にならぬぞ? 十二魔将でもトップクラスの修行バカじゃからな」
「バカとはまた。否定はせぬがな……」
──ズズズ
コーヒーカップを口元に運び、一気に飲み干す冥王。
その口から入ったコーヒーは、骸骨ボディのどこに流れていくのか教えて欲しいんだが。
「そこまで酷いのか?」
「うむ。百道烈士を覚えているじゃろ? あやつが三日で逃げたレベルじゃ」
「……はぁ?」
百道烈士って、あの妖魔特区でオトヤンを殺したやつだろ? あの肉体バカというか、近接特化魔族。
それが逃げるほどの修行……まあ、魔術については百道烈士は専門じゃなかったからなぁ。
そりゃあ、専門外のことをスパルタレベルで叩き込まれるのなら、逃げるわなぁ。
さて、ここがバミューダ・トライアングルでそこを統べる王が冥王ならば、確認しないとならないことがある。
「冥王に聞きたいんだが。このバミューダ・トライアングルで起きた事故、全て冥王の仕業なのか? 人間の生気を得るために、大勢の人間を殺したのか?」
ここ重要。
人間に敵対する存在なら、俺は魔障中毒が治らなくても構わない。
そんなやつに師事する気など毛頭ない。
「元々、ここを支配していたのは『霧の王』という伯爵級魔族でな。第二次大侵攻の折に逃げ延びて、この地に自分の世界を作っていた奴だ」
「ほう、霧の王か……確か百道烈士の親にあたる貴族じゃったな。先代の暴食じゃったと思ったが」
冥王の言葉に、白桃姫が驚いている。
まあ、その辺りの人の繋がりも複雑なんだろうなぁと覚えておくか。
「我がこの世界に来て400年ほど。世界を旅し、腰を据える場所を探していた……そして、この地に辿り着いたのは70年ほど前だったな……」
「なんだ、ここに来てまだ100年も経ってないのかよ」
「うむ。ここは我の故郷と環境が似ているからな。話し合いで霧の王から、この地を譲り受けた。まあ、奴の張り巡らした霧の結界は我には制御できないゆえに、今でも時折、迷い人が来ることがあるが」
その説明ではまだ納得できないのだが、沙那さんがポン、と手を叩いた。
「近年に起きているバミューダ・トライアングルでの消息不明事件、殆どの人が生還しているのはそういうことなのですか?」
「オート・マタの少女は察しがいいな。我が欲する生気は『動物』のもの。人間種の生気は、我には不味くて食えたものではない……我は、魚が好きでな」
「はぁ。相変わらずの偏食じゃなぁ」
「はっはっはっ。人それぞれに嗜好が存在する。つまり、築地とやらの懸念している『人間を殺したのか?』という意思については、必要以外はノーと告げよう」
「必要以外? それって食べるとかじゃなく?」
「我を殺しに来た魔術師は半殺しにして追放した。まあ、運が良ければ生きているだろうが。人間だって、降りかかった火の粉は払い落とすであろう?」
うーむ。
過激であるのは否めない。
けど、それも向こうのルールなら良いのか?
でも、こっちの世界だからなぁ。
そんなことを考えていたら、オトヤンの件を思い出す。
それと照らし合わせても、黒ではないが白ではない。限りなくグレーに近い白ってところか。
それに、ここ以外で俺を治療できるところがあるのかというと、現時点では皆無。
腹を括るか。
「よし、その修行とやらを頼む。それだけど、俺は魔闘家であって魔術師ではない。魔術の修行となると経絡を書き換えなくてはならないんだが、それは俺の望むところではない。そのあたりは、どうなるんだ?」
「……ん? わし、お前に魔術を教える気はないが?」
「「「……?????」」」
冥王の一言に、俺たち地球人三人は頭を傾げる。
「わしがお前に教えるのは『暗黒闘気』。経絡を用いる闘気体術のさらなる上じゃからして。よし、それじゃあ早速、修行を始めるとしようじゃないか!!」
──パチン
冥王が指を鳴らすと、俺の首にごっつい首輪が生み出された。
「こ、これはなんだ?」
「魔障を吸収する吸魔石が組み込まれた首輪じゃな。まずは治療の第一段階、それをつけて一ヶ月ほど過ごしてもらう。そのあいだにも修行も行う……今日のところは、観光でも楽しんでくるといい!!」
──パンパン
冥王が手を叩くと、骸骨メイドがやって来る。
「この方たちを客間へ。長期滞在となる予定だから、失礼のないように」
そう説明してから、冥王が手の中に炎を生み出し、メイドに向かって投げつける。
それが彼女? の頭の中に吸い込まれると、みるみるうちに体が形成され、人間のような体が作り出された。
「うわぁ!! 骸骨がメイドになった!!」
「リナちゃん、そこは驚くところなの? メイドの骸骨が人間になった、じゃないの?」
「それだ!!」
頭を抱える沙那さんと、楽しそうなリナちゃん。
そうか、純正の人間って俺一人か。
「まず一ヶ月か。実家やオトヤンたちに連絡しないとならないんだが、ここからは全ての通信や念話が届かないんだが」
「それが霧の結界だ。ここに紛れ込んだものは、外界との通信が完全に途絶える。王の許可なきものは出ること叶わず、この霧に包まれて溶かされ、食われる……というのを、わしが改良して結界能力の強化に切り替えた」
「はぁ。つまり、此処を出るまでは外に連絡ができないのかよ」
頭を抱えていると、俺の肩をポン、と叩いてサムズアップするリナちゃん。
「私と沙那ちゃんは帰るから!! お手紙をお届けに行ってきます!!」
「学校を休むわけにはいきませんので。言伝がありましたら、皆さんにお伝えします」
「妾は、今しばらくはのんびりするとしようかのう。沙那とリナ坊も、すぐに帰る必要はあるまいて……二人には、妾が修行をつけてやろうではないか」
──げっ!!
白桃姫の言葉に、沙那さんとリナちゃんが驚いている。
まあ、白桃姫の修行って、洒落にならないからなぁ。
「それは羨ましいな。白桃姫は現行の魔族の中でも最強の一角だからな」
「怠惰の無敵モードがあるからなぁ」
冥王の言葉に、俺も相槌を入れたんだけど、冥王は俺を見て一言。
「いや、無敵モードじゃなくなった白桃姫は、洒落ならないからな。桃撃羅漢百二十八連掌、未だ無敗の必殺技だからな」
「……まじかよ」
「二代目、三代目魔人王も、白桃姫が辞退したからこそ王位に就くことができた。初代と互角の力を持ち、本気の三鬼狼が三人がかりでも勝てなかった相手だからな」
ゴクッ。
思わず息を飲んでしまう。
それほどまでに、白桃姫が強いのかよ。
「そうそう、冥王や、吾輩も其方も、十二魔将を解雇されたからな」
──ブーッ!!
飲みかけのコーヒーを力一杯吐き出す冥王。
あれ?
さっきの自己紹介のとき、自分で元十二魔将って言ってたよな?
「そこは、驚くことなのか? さっき自分で元って付けていただろう?」
「いや、裏地球に帰れなくなった吾輩が首になったのは理解できるが、何故に白桃姫まで解雇されたのだ?」
あ、驚いたのは、そういう事か。
「何故も何も、フォート・ノーマがマグナムに殺されたからな。じゃから、まもなく魔人王継承の儀が始まるぞ」
「それで、十二魔将の何人がマグナムについた?」
「……誰もおらん。おらぬから、やつは妾の友達である乙葉浩介を配下に加えようとしておる」
「……誰、それ?」
「この引きこもり魔族があ!! 良いかよく聞くのじゃ!!」
そこから先は、白桃姫がオトヤンたち、つまり俺たちとの関わりがどのような流れであったのかを説明し始めた。
それを必死に石板にメモする冥王。
次々と石板が積み重ねられていくのは、実に不思議な光景だよなぁ。
そして一時間ほどで話は終わったらしく、冥王の瞳? がメラメラと燃えている。
「そうかそうか。マグナムが動くか。よかろう!! 築地よ、お前の修行は超絶短縮授業に切り替える。十年ほどで終わらせようと思っていたが、さらに短縮!!」
「待て待て、最初は十年だったのかよ!!」
「たかが十年ではないか?」
「「「うわぁ……」」」
これだから、時間の概念のない存在は。
「暦はあるか?」
「こちらを」
執事のようなスケルトンが粘土板を持ってくる。
それをじっと眺めてから、冥王が一言。
「う、うむ。なる早で仕上げるとしよう」
「なる早って……」
「あの、冥王さまにご質問、よろしいですか?」
ここで沙那さんが、そっと手をあげる。
「構わぬが。なにかな?」
「冥王さまも白桃姫さんもそうなのですけど。私たちの世界の言葉や言い回し、固有の単語を使うことがあるのは何故ですか?」
「……はて?」
白桃姫は頭を捻る。
「ああ、オトヤンの翻訳スキルって、向こうの世界の言葉を適切に変換するんだけどな。その時に、訳の分からない変換をしたり、固有名詞や方言、諺とかはなどはこっちの世界におる似たようなものに変換されるから」
これは以前、オトヤンに聞いたことがある。
実にファジーな変換なんだけど、オトヤンに加護を渡した神様の能力も関係しているんじゃないかって話していたんだよ。
「成る程、理解しました」
「うむ。吾輩の説明は不要じゃったか。まあ、補足を加えるならば、この鏡刻界と裏地球、この世界は常に『中間世界』によって繋がっている。そこを通じて、知識や文化などは知ることができるのだが」
「「「「中間世界?」」」」
なんで白桃姫も驚く?
「なんじゃ、白桃姫も知らなかったか」
「それって、封印大陸などではなくてか?」
「「「「封印大陸?」」」」
今度は俺たちと冥王が驚く。
いや、俺たち人間はどっちも知らないんだけどさ。
それって説明してくれるのかよ?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




