第二百三十ニ話・曲突徙薪!!切磋琢磨しなくちゃ(やるっきゃない‼︎)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
乙葉くんが十三丁目フィールドから妖魔特区内に突入してから。
私は内部調査のために、この十三丁目フィールドで深淵の書庫を展開しようとしていたのですが、入り口ゲートからヘキサグラムの機械化兵士と軍人が近寄ってきました。
「フロイライン・瀬川。私はアメリカ海兵隊のキャンプ・千歳責任者のクロム・マンスフィールドです。あなたに協力するようにと、ヘキサグラム本部のアナスタシア・モーガンから命じられました」
「お久しぶりです。乙葉くんとキャンプ千歳でお会いした時以来ですわね」
「憶えていただいて光栄ですな。さて、ゴーグル、いけるか?」
クロムさんの襟章は大佐を示しています。
以前、乙葉くんたちと接触したことのある方と同一人物のようですし、モーガン司令官の命令でというのなら、素直に受けることにします。
「ご安心を。私は、この時のために調整された機械化兵士です」
まるでアクション映画の俳優、ミスターオリンピアで六連覇を成し遂げた方のような風体。
その彼が両手のアタッシュケースを開くと、内部から無数のドローンが飛び出しました。
それも、プロペラではなくジェットエンジンのような推進器を搭載しているらしく、すぐさま妖魔特区内に飛んでいきました。
「では、フロイライン、お手を」
跪いて騎士のように頭を下げると、ゴーグルは私にそっと手を差し出します。
その指先には、さまざまなコネクターが内蔵しているのがわかりました。
つまり、そういうことなのですね?
ゆっくりと呼吸を整えて、意識をゴーグルさんの指先に集中する。
「深淵の書庫!! ミスター・ゴーグルの端末とダイレクトリンク!!」
──ピッ
『了解。機械化兵士・ゴーグルの内部システムとリンク。ピーピングトムの制御権を獲得』
「了解。そのまま全てのピーピングトムは、妖魔特区内部の全てのデータを収集してください!!」
──ピッ、ピピッ
私の声に導かれて、全ての端末がデータの収集を開始。
魔素などは解析できなくても、大気濃度および環境情報から全てが推測できます。
そして10分後には、全てのピーピングトムが戻ってきました。
実稼働時間10分の、脳内思考による観測システム『ピーピングトム』。機械化兵士のゴーグルにしか制御できないそれは、内蔵エネルギーの枯渇により帰還したのです。
そして深淵の書庫を広域展開して、ゴーグルさんやマンスフィールド大佐にも見えるようにしました。
「……これが、噂の深淵の書庫。なんて美しい……」
「ヘキサグラム本部が、君をスカウトしたいといっている理由がよくわかる。いや、キャンプ・千歳にぜひとも迎えたいところだよ」
手放しで絶賛するヘキサグラムの方々ですけど、ここに表示されているデータは、明らかにおかしいです。
植生の異常発生、恐らくは過剰に発生した魔素が普通の植物を変異させているのがわかります。
さらに変異したのは植物だけではなく、鳥や昆虫まで異常な姿に変わりつつあります。
今までもかなりの廃墟率であった妖魔特区内が、さらに風化変容しています。
「魔窟……としか言いようがないですわ。普通の人間なら、確実に体調を崩すだけでなく、最悪は魔障中毒を引き起こしかねません」
「……たしかに。この場所でさえ、この私の体に組み込まれている妖魔細胞が過剰反応を示している。もしもこの結界から外に出たならば、私の体を構成している妖魔細胞が爆発的な増殖を開始しかねない」
ゴーグルさんは理解しているらしく、一定の距離から先、フィールドの外には近寄ろうとはしません。
そしてマンスフィールド大佐も、すぐにどこかに通信を送っているようです。
「しかし。この場所にいるのが我々ヘキサグラムと君たち、そして第六課の退魔官だけとは。日本の自衛隊は世界的にもかなりの戦闘能力を有しているはずなのだが、この場には特戦自衛隊の姿がないのは何故だね?」
そのマンスフィールド大佐の疑問はごもっとも。
彼らは妖魔特区外で非常線を展開、恐らくは安倍緋泉さんの助言により一定距離から内部に踏み込もうとしていません。
「日本の自衛隊の戦闘能力は、防衛の一手に尽きます。そのための力ならば、世界を敵に回しても十分な力を持っているとも思います。故に、妖魔特区の外で、『市民を守るため』に活動しています」
「……成る程。戦闘における感覚の違いでもあるか。それで、君達の切り札は、いつ頃戻ってくるのかな?」
それが乙葉くんのことであるとすぐに理解できました。
それなら、まもなく戻ってきますよ。
ピーピングトムが、未確認妖魔と彼の戦闘を確認していましたから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──妖魔特区外、臨時避難所
変異した妖魔特区から救出された人々は、一旦ここの臨時避難所に集められています。
そこで怪我人の状態の確認、緊急性のある人たちは待機している救急隊員によって病院に搬送されているところですが、明らかに手が足りなくなっています。
「第六課の要請できました、新山小春です。緊急性のある患者のもとに案内してください」
「よろしくお願いします、こちらです」
避難所では大勢の医者たちが患者の容態を確認、トリアージを行いつつ到着した救急車に患者を割り振っている。
まるで戦場のような状況であり、その迫力には一瞬、身が引き締められるような感覚があった。
けど、私もフェルデナント聖王国戦の時には、数多くの経験をしてきました。
「では、対妖魔特措法における、緊急医療行為のために魔術の詠唱を宣言します」
これは井川巡査部長から教えられた、魔術行使宣言。
これを行うことにより、私がこの場で患者に対する魔術医療行為を行うという説明になるそうです。
医師免許を持たない人間が、医療行為を行うことは法律違反となりますが、私はこの宣言によって魔術による『緊急医療行為』を行えるそうです。
──シュルルルル
右手に持っていたスクロール。
これを開いて術式の契約を行使する。
発動する術式は『広範囲化』であり、次に発動する魔術を『一対象』から『範囲』に拡大します。
残念なことに、私の神聖魔法では広範囲化を行うと消費魔力が高すぎてしまい、あまり連続で治癒魔法を発動できなくなります。
だから、スクロールで広範囲化を付与しました。
さらに右手に魔導書を呼び出すと、静かに意識を集中して詠唱をはじめます。
「我が言葉に祈りを込めて。神の眷属たちよ、私の問いかけに答え、かのものたちの状態を教えてください……診断!!」
──キィィィィィン
術式が発動。
そして目の前の範囲の人たち全ての頭上に、現在の診断状況が表示されました。
「一番イエロー、二番イエロー、三番はレッド、四番はイエロー!!」
次々とトリアージを行いつつも、緊急際のある人に対してはすぐさま神聖魔法の状態回復、中治療、除去を使い分けていきます。
大半の人は避難時の転倒などによる怪我ばかりですが、なかには瘴気を吸い込んで肺や喉が焼けたもの、視力が落ちたものや筋肉の動きが阻害されたものまではいます。
ここまで様々な反応があるとは、正直思っていませんでした。
そして。
「二十五番ブラック……魔障中毒を確認。除去……」
歪な瘴気により、魔障中毒を発症し、肉体の細胞が変質を始めていました。
「魔障中毒? それはどんな病気なのですか?」
「高濃度の魔障に晒されたり、吸い込んだ場合における肉体の変質現象です。魔力が使えなくなったり生命の維持に必要な臓器の不全を引き起こすことがあります……」
すかさず除去で魔障を取り除こうとしましたが、やはり私の魔法では魔障中毒を取り除くことはできません。
せいぜいが、弱った体に活力を与える程度で、二十五番とナンバリングされた方も、すぐに生命維持のために緊急搬送されていきました。
「……申し訳ありません、私では魔障中毒は癒すことができないのです……続けます」
すぐに気を取り直して、私は治癒魔法を行使し続ける。
これが私のやるべき事だから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
未確認妖魔から逃げて、俺は十三丁目フィールドに逃げ込んだ。
いや、近くにいるだけで俺の体にも奴が吐き出した魔素が絡みつきそうだったし、少しずつ魔力を引き抜かれていくような感覚があったんだよ。
だから魔法の箒を引っ張りだして、ぶら下がるように高速で逃げてきたんだけどさ。
「おかえりなさい。その足にぶら下がっているネギとか大根はツッコミ無用かしら?」
そう。
触手に絡め取られていた魔族や野菜を救出してきたからね。
魔族はどこかに逃げていったけど、野菜たちは俺の足にしがみついているんだよ。
その力はどこから出るのかとか、そもそも野菜がしがみつくなって突っ込みたくなるけど。
「おつかれさま。内部の様子は……って、なんでスプリンターオニオン?」
「マッシブ大根も一緒だよ。なんだか触手に捕まっていたから助けた。あと、白桃姫の部下も捕まってたが、あいつはかなりやばい」
「あいつ? こちらで調べた感じでは、とくに危険そうな存在は確認できなかったけど」
そのまま先輩が深淵の書庫を起動し、調査した画像を見せてくれた。
うん、俺がいた区画が映っていない。
「惜しい。俺がいた場所は映ってないわ。とにかく凄くてなぁ……って、新山さんは?」
「外の緊急避難所から、まだ戻ってきていないわよ」
「そっか。まあ、新山さんにしかできない事だろうから、彼女には後で報告するとして……クロム大佐と、えーっと……前にキャンプ千歳で見た機械化兵士の兵士さんだよね?」
あ、俺が一方的に見ていたっていうか、見つかった兵士だよなぁ。
「ゴーグルだ。キャサリンとマックスの同期に当たる。二人を助けてくれて感謝する」
「いえいえ、こちらこそ。それで、ゴーグルさんたちはなんでここに?」
「ヘキサグラム本部からの命令だよ。お前たちに協力しろと。それで、そんなにやばい相手がいたのか?」
「まあ、そういうことなら説明するけどさ」
そういう事で、俺はその場のみんなにも詳しく説明したよ。
とんでもない化け物がいたって。
本当に、このままじゃ妖魔特区内部の魔族が全て奴に食われる……って、ちょっと待った!!
「綾女ねーさん!! この中には綾女ねーさんもいるんだよ!!」
「おや、心配してくれるとはねぇ」
俺の背後から、綾女ねーさんの懐かしい声が聞こえてくる。
慌てて振り向くと、十三丁目フィールド外、妖魔特区の中でフワフワと浮いている。
「無事だったのか……こっちに来る?」
「そうしてくれると助かるね。出来るのかい?」
「そりゃあ、俺が作った結界だからね」
──ブゥン
右手を結界壁に当てて魔力を注ぐ。
そこに直径50cmほどの穴を作り出すと、そこから綾女ねーさんが飛び込んできたので、すぐに穴を閉じた。
これが外壁に当たる対物理障壁結界だったら、こんなに簡単に穴なんて開けられないからね。
自分で作ったものだから、自分の魔力で中和できただけだからな!!
──シュン
そして綾女ねーさんが実体化すると、クロム大佐とゴーグルの二人が思わず身構えてしまう。
「こ、ここに魔族が来るとは!!」
「確認できる魔力量は890マギカスパル……上位魔族に分類される」
「待った待った!! 綾女ねーさんは敵じゃないから武器を構えない、銃を抜かない!!」
「「なに!!」」
そのまま簡単に説明して、どうにか綾女ねーさんが味方であることに納得してくれたけどさ。
生首がぷかぷかと浮いているのは、正直いって落ち着かないらしい。
「そんなことを言われてもさ。私の体は封印されているからね」
「その通り!! そしてその身体は、俺が預かっているから返すかい?」
神居古潭で封印杖を手に入れるために、綾女ねーさんの身体とはガチで戦闘したからなぁ。
どうにか封印できたけど、正直いってもう二度と戦いたくはないんだよ。
「そうだね。返してくれるなら、私としても助かるけどさぁ」
「そんじゃ返すけど、いきなり俺たちを襲ったりしないかい?」
「するはずがないだろうさ。あんたは人間でも数少ない、私の友達みたいなものだからね」
そう言われると照れるなぁ。
まあ、この場を収めるためなら、とっとと体を返すことにしようそうしよう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




