第二十二話・海千山千、他山の石(強さの表と裏)
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埼玉県・三郷市
まだ日本では詠春拳がそれほど有名でなかった昭和の時代から、あまり人知れずにのんびりと詠春拳の道場を構えている人物がいる。
源流は今から約300年ほど昔。少林武術を祖とした短打を基本とする手技、少林武術に倣い刀術と棍術も収めている南派に含まれる武術である。
……
…
「しっかし、相変わらずのボロ道場だな‥‥‥築地祐太郎、入ります」
正面正門前で声を上げて抱拳礼を取ると、誰かが出てくるのをじっとまつ。
出てくるのをじっと待つ。
じっと待つ。
こない。
「まあ、そうだよなぁ。師範は相変わらず気が付いていないのか」
正門横にある納戸から中に入り、少し大きめの道場に向かう。
窓からは活気にあふれた声‥‥‥が少しだけ聞こえてくるので、入り口から入って壁に掛けられている門下生の札を手に取ると、自分の札を表に向けて着替えながら向かう。
「なんだ、誰かと思ったら珍しい顔だな。北海道では楽しくやっているのか?」
齢にして50の道場主、忍冬修一郎が築地の下に歩いていくと肩をパンパンと軽くたたく。
現役の警察官で、休みの日などは詠春拳の道場を手伝っているらしい。
副業はまずくないかと思ったが、元々実家の手伝いなので問題はないらしい。
「師範もお元気そうで何よりです」
「ああ。年に一度ぐらいしか顔を出さない弟子よりは元気にやっているぞ。まあ、北海道から通えないからそれは気にする必要もない。基礎はしっかりとやっているか?」
「はい。毎年恒例の聖地巡りで来たんですけれど、ついでに汗を流したいので顔を出しました」
「そうか。まあ、ゆっくりとしてけ、あとで茶でも飲もう」
ニイッと笑って告げてから、忍冬は弟子たちの指導に戻っていく。
そして築地も着替えてから道場に戻ると、試したいことがあったので実験することにした。
‥‥‥
‥‥
‥
普通に基礎訓練を行い、 箭衝拳と蹴りの型をさらう。
午後は基礎歩法共八種、詠春踢腳七種を繰り返してから一対一での乱取りに入る。
「では、築地、高杉、両者前へっっ」
「はい」
「うす!!」
中央線に進み挨拶。
そして半身に構えてから、高杉という新人の型を見る。
――ボウッ
すると、高杉の体からほんのりと湯気が立ち上っているように感じた。
(まあ、暑いからなぁ、体の熱が立ち籠って湯気のように屈折して見えるんだろうなぁ‥‥‥え?)
高杉の体を覆っている湯気。その右腕と左足の部分が大きくなったのを感じた。
まさかとは思った刹那、高杉の右拳から左前蹴りが飛んできたのだが、不思議とすぐに右手で流し、空いた胸部に一撃を叩き込む!!
――パンッ!!
俺の一撃が予想外と思ったのか、高杉が次々と連撃を入れてくるのだが、攻撃が飛んでくる起点の手足の湯気が強くなるので、次の攻撃を容易に躱すことが出来た。
(あ、これがひょっとして闘気か‥‥‥なら、俺も闘気を纏えば、そこそこいけるんじゃないか?)
昔の練習の時などに、忍冬師範がよく話していた。
闘気の練りこみ、それを教えるにはまだ早いと。
でも、そう言われてから5年、そろそろ教えてほしいと思ったのだが忍冬師範の実家が、札幌から埼玉に引っ越しとなり、師範も東京勤めになってしまったため、教えを乞うことが出来なくなった。
そののち札幌には別の道場ができたのだが、利益追求ばかりで廃れてしまい廃業となり、築地は独学で型を習い続けていた。
「スーーッハーーーッスーーーッハーーーッ」
ゆっくりと深呼吸。
闘気があるのなら、それを感じ取ればいい。
オトヤンから教えてもらった魔力回路の解放、そして循環。同じことを闘気でやればいい。
感じろ、俺の体内にある闘気。
だが感じられない。
念のためにブライガーの武術書で何かヒントがないか確認したいところだが、鞄ごとロッカーに放り込んであるから無理か。
――パンパンパパパンパンパンパパン!!
お互いの攻撃をさばきつつ、築地がどうにか闘気を探す。
だが、どうしても見つからない。
「あ~、ダメかぁ」
すなおに闘気抜きで相手をする。
5年ほど自己流で訓練していたため、結果的には俺の負けで終わってしまった。
「築地君は、闘気を練り上げればまだまだ伸びるのですけどねぇ‥‥‥」
「その闘気がなんなのか理解できていませんけどね」
「まあ、この科学の世界で、闘気という非科学的なものを使用しなさいというのも難しいですが、人間の体内には闘気は少なからず存在しますよ」
「そこは信じています‥‥‥と、そうだ、もう一手お願いしていいですか?」
「すこし休憩を入れてからなら、構いませんよ。では次、糸井君と本田君」
中学生二人が稽古に入ったので、俺は道場の隅で座禅を組む。
よく漫画であるのは、闘気は臍の位置にあるチャクラを解放することっていっていた。
なら、そのチャクラを感じるところから始めればいいんじゃないか?
とりあえずは、体内にあるものを一つ一つ確認していく。
血液、リンパ、血管、神経‥‥‥そして魔力回路と、その中に存在する何か‥‥‥。
お? これか?
魔力回路は人間の経絡と同一の存在。
乙葉は異世界の知識として魔力回路と呼んでいるのであるが、その正体は人間の体内にある、目に見えない細い回路。正式な呼び方は『経絡』といい、そこに体内にある魔力を流すと魔力回路、闘気を流すと闘気経絡となる。
築地はここに魔力を流して魔力回路としたために、一時的に闘気経絡として使えなくなっていた。
けれど、今は分かる。
チャクラを流動している闘気、これをゆっくりと経絡に送り込んでいく。
ちょうど経絡の中に流れている魔力を押し出すような感じで。
そして押し出された魔力は全身を流れていくうちに体内に吸収され、やがて闘気が経絡を満たしていく。
――ミシッ
すると、今まで以上に体が軽く感じる。
自分の体でありながら、今まで以上に体をコントロールできるような感覚がある。
「よし。では、築地行くか?」
「はいっ」
立ち上がって開始線に立つ。
そして先輩と一対一での乱取りを始めたのだが、先ほどとは違い相手の動きが全て見える。
まるで映画のワンシーンのように、先輩の一挙手一投足がスローモーションにも感じられる。
綺麗にすべてを受け、止め、流し、隙を見て一撃を入れる。
「そこまで!! 築地、さっきとは動きが違うな。何があった?」
「ええっとですね、闘気が見えたといいますか?」
「そうか。では、築地はそのまま見えたとかいう闘気を纏ったまま、型を習うこと。次の乱取りは‥‥‥」
そのまま道場の右に移動すると、俺は闘気を纏ったまま型を習い始めた。
〇 〇 〇 〇 〇
そして一日が終わり、俺は師範に茶室に招かれた。
一服立ててもらい一息つけると、忍冬師範が真剣な顔で俺を見る。
「築地、闘気が見えるようになったのか?」
「はい。見えたのは今日が初めてです。そして経絡を使って闘気を循環してみました」
「そうか。まあ、闘気修練に免許があるとしたら、築地は皆伝に達したというところか。だが、その闘気は諸刃の剣だ、決して本気で闘気を纏ったまま、喧嘩をするようなことはないようにな」
最後は優しく諭すように告げていたので、俺もほっと一息入れてしまう。
でも、俺のはスキル的にはまだ初伝、この先どんな技があるのかワクワクしてくる。
「つかぬことを尋ねてよろしいでしょうか」
「構わぬよ」
「忍冬師範は、妖魔というものをご存じでしょうか?
「妖魔? どのソシャゲの話だね? 娘がやっているものならなんとなく分かるが、妖魔というのは聞いたことがないなぁ。女神転生とか?」
忍冬師範、なかなか渋いところをついてきますか。
しかし、闘気は理解できても妖魔は知らないか。
「いえ、では魔術については?」
「それも同じゲームかね? 魔術については昔はいろいろなゲームがあったから、ある程度は分かるが、どのゲームの魔術だね?」
「えぇっとですね、俺も詳しくは知らないのですが、まあ、現代世界を舞台とする魔術のでるゲームです」
「ふむ、分からないなぁ。昔読んでいた小説では、ちょうど東京の新宿を舞台としたものがあってだね、それには魔術もでてくるし‥‥‥ああ、妖魔というのも出てきたか」
「そ、それは何という作品ですか?」
そのまま忍冬師範の読んだことがあるという小説を教えてもらうと、今日はそのまま道場を後にしてホテルへと戻ることにした。
魔族や魔術について、なんで聞いてしまったのか今考えてみれば俺にも理解できない。
ただ、忍冬師範なら何かを知っているような、そんな直感がしていたのだが。
「まあ、師範は普通の人間だからなぁ、そんなこと知る由もないか‥‥‥」
〇 〇 〇 〇 〇
東京・警視庁
「‥‥‥はい、公安部、特殊捜査課です‥‥‥これは忍冬警部補、お疲れ様です」
『はいお疲れ様。ちょっと北風さんにお願いがあるのですが、先日、秋葉原で発見された妖魔の残滓、それについて当日の秋葉原近辺の監視カメラの映像を纏めておいてください。それと井川巡査長にも調査要請をお願いします。調査対象は築地祐太郎、詳しい資料はそちらにのちほどお渡しします』
「はい。調査内容は?」
『対象者およびその近くに、魔術及び闘気覚醒者が存在しています。そして魔族や魔術という単語を理解しているところから、彼およびその知人が妖魔と接触した可能性がありますので‥‥‥』
「了解しました」
――ピッ
静かに電話を切ると、忍冬は縁側に座って空を見上げる。
「蛇の道は蛇といいますけれど、どうして今頃になって築地君が妖魔と関わってしまったのですかねぇ‥‥‥あの時の事件で、妖魔が彼を狙うことはなくなったと思ったのですが‥‥‥」
まだ築地祐太郎が子供だった昔。
彼は、彼の父親の政敵によって拉致されそうになった。
祐太郎の命と引き換えに政界から身を引くようにとの脅迫電話があったらしく、祐太郎を探すため、それなりに大勢の人が動いた。
だが、祐太郎が攫われたとき、それを助けたのは偶然その場に居合わせた彼の親友であった。
しかし、その時の誘拐犯の手によって、その親友は致命傷を負ってしまう。
一か月間も生死の狭間を彷徨っていた彼は、私たちが保管していた『治癒の魔石』によってどうにか一命は留めることが出来た。
その誘拐犯は人ではなかった。
俗に人魔と呼ばれているタイプの妖魔であり、その人魔も背後で操っていた政治家も、第六課の手によって処分されている。
このことは一般には公開されていない。
妖魔の存在については、現代世界では公開してはいけないと、古くからの盟約によって縛られている。
だが、この情報社会である現代では、すべての情報を封じることなどできない。
それでも、妖魔の存在は人々に知られてはいけない。
いや、正確には、まだ人がそれらを受け入れるレベルまで進化していないのだから。
「‥‥‥難儀ですね。子供たちを巻き込みたくはないですが、破壊神の残滓である妖魔が関与している以上、そうもいきませんか‥‥‥どうしたものですかねぇ‥‥」
そう呟いて、忍冬は部屋へと戻っていった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回の判りずらいネタ
魔界都市・新宿 / 菊地秀行
女神転生シリーズ / ATLAS